Because
8
6月3日 PM10:00
ピアノ・マン 地階のワインセラー
登場人物:新条/レイジ
新 条「こんな密室に誘ってくれるなんて、
ようやく私の手に落ちることにしたのかね?」
レイジ「そんな気もないくせに。それはおれのセリフですよ。
気のある振りなんかしても、おれはターゲット範疇外でしょう?」
新 条「そうだね。見た目なら合格なんだけど、実年齢がどうもいけないねぇ。
でも、あの子はいいね。実に私の好みだけどね?
お互いにそれぞれで気に入れば、手を貸す協定はまだ有効なんだろ?」
レイジ「だから、あれは駄目だって申し上げました」
新 条「理由を聴きたいなぁ、実に。どうしてだい? きみのものなのか。
レイジくんと私の趣味が被るなんて、思わなかったからねぇ♪」
レイジ「嬉しそうに言うのをやめて下さいませんかね。そうじゃない。
新条さんの見立て違いですよ。あなたの趣味とは違うはずです。
あれは、やんちゃでシャイな子猫ちゃんじゃないですよ」
新 条「そうかな? 見た目、顔立ちも良いし、少し粗野な猫系で可愛いけどねぇ」
レイジ「可愛くないです。ナルセに比べりゃ多少は小柄でしょうけどね。
でもあれは野生の山猫です。しかも少し粗野なんてものじゃない。
爪で引っかくどころか、食いかかって来ますからね。襲われますよ。
本性、黒豹なんですから」
新 条「ほう。貴方と同じ猛獣ですか。それはうっかりしたなぁ、私としたことが。
仕留めたと思ってホテルに連れ込んだら、逆転されるとこだったのかな?
それなら私を助けて下さったとも言えるね。この歳で食われずに済んだよ。
でもまさかレイジくんは、そんな失態はしてないのでしょうけどね?
いや、するはずがないな。きみは誰にも屈しない雄々しいハンターだからね。
次期私の座を奪おうかという、抜け目ない敏腕ハンターだ」
レイジ「……新条社長。お褒めの言葉をどうも。さりげない嫌味ですか?
何か大きな誤解をされてるようなので、云っておきますけどね。
おれは、あの小僧とは、何でもありません」
新 条「ふぅん? そうなのかね? わかったよ」
レイジ「……わかってないでしょう。信じてないですよね」
新 条「ないよ? いいかね。私の眼は節穴じゃない。誤魔化しても無駄だ。
私のフェイントに、両方で引っかかっただろ? ふふ……愉しかったな。
あの坊やは未熟でしょうがなくても、きみまであんな顏をするとは思わなかったよ。
いったい何の不意を突かれたんだね? 無防備なきみは、わりと可愛いな。
少し食指が動いたよ。きみは年齢以外は、姿形も中味も高級品だからね。
でも驚いたね、まったく。本当に久しぶりに愉快だよ、レイジくん」
レイジ「あなたはおれの、鬼門ですね。わかりました。負けを認めましょう。
百歩譲って、関係は、あります。でもただそれだけです」
新 条「彼に食われた? それとも、隙を狙って逆転したかい?」
レイジ「どちらでもいいでしょう。寝たってそれだけですよ」
新 条「でも過去形じゃなく、続いているんだろ?」
レイジ「さぁ。まぁ、そんなところですかね」
新 条「本気じゃないのかい?」
レイジ「まさか。違いますよ。付き合ってるわけでもないですよ」
新 条「なんだ。ただのミストレスのひとりなのかね?」
レイジ「それも、ちょっと違います」
新 条「遊びでも本気でもない? それは新しい枠組みだな。興味深いね。
でも、私を阻止した。それは非常に気になる点だ。
きみは愛人の浮気は意に解さないタイプだと思ったが、意外と独占欲が強いのかな」
レイジ「独占欲? まさか。違いますよ。マックを、あの小僧を助けただけです。
掘られる経験がないのに、老翁の毒牙にかかるのは、あまりに可哀想だ」
新 条「おっと、白状したな。口が滑ったかね? きみは食われたわけだ」
レイジ「別に。知られて困ることでもないですしね。一部では色々漏れてるらしいし」
新 条「それは気の毒に。そうですか、きみがねぇ……。
彼は、余程良いのかな? やはり少し惜しい気がしてきたよ」
レイジ「妙な色気を出さないで下さい。無駄ですよ。
下世話なこと言ってないで、帰って下さいよ。
もう十分、年下者をからかって愉しんだでしょう?」
新 条「いやいや、そんなつもりはないよ。悪かったね。気を悪くしないでくれたまえ。
本当に、ちょっと楽しい出来事だったのでね。浮かれてしまったようだ。
初々しいね。きみのあんな顏が見れただけでも、来たかいがあったよ。
今夜のセイリングは失敗したがね(^_-)-☆
ああそうだ、パーティの件は本当だから、また秘書から連絡させるよ」
レイジ「退屈なあなたを愉しませることができて良かったですよ。
ところでおれは、さっきどんな面白い顏をしてたんですかね?
初々しいなんて言われるのは心外だ。屈辱的ですよ。
今後、誤解されないために、ぜひ教えて頂けませんか」
新 条「さぁねぇ……。それは私の今夜の酒の肴ですよ」
レイジ「非常に嫌なご趣味ですね。悪酔いしますよ」
新 条「きみは、素直に感情を表現するのが嫌なタイプらしい。
頂に立つ者は、相手に懐を知られるのを避けるから、自然と身についたんだろう。
でも、実は自分の心を訊けていない場合もあるからね」
レイジ「訊けてない? どういう意味ですか」
新 条「自分で本心に気がついていない、と云うことだよ。
それを蔑ろにしてこのまま過ごせば、私のように恋人ひとりも決めずに、
競技の途中で海原に遭難したまま、魚を釣ったり逃がしたりして、年老いてしまう。
それは、本当は寂しいことかもしれない。
きみはまだ若いから、本気の恋愛もすればいい。まだ遅くはないよ」
レイジ「羨ましいですよ。そんなあなたは、今も魅力的だ。若い恋人が多数いる。
おれの老後目標でもありますね。後悔しないセイリング人生の見本です」
新 条「ありがとう。でもそれが幸せかどうかは、きみが老年になってからわかるよ。
でもそれでは遅すぎることもある。もちろん、正解はわからない。
私は現状、幸せだと思えるけど、それでも正解かは不明だ」
レイジ「ぜひとも伝授して欲しいところですが、おれがあなたとの持ちつ持たれつの、
愉快なハンティングゲームを、勝手にリタイアした理由はご存じでしたか?」
新 条「さぁ。特別ないいひとができたからかい?」
レイジ「単に勃起不全になったからですよ。ハンターの失脚だ」
新 条「それはなんとお気の毒に。まだ若いのに。でも安心なさい。
私ほどの歳になれば、それは問題なくなるよ。特に不自由ではない。
手を握り合って眠るだけで、気持ちが満たされることもあるからね」
レイジ「いえ、残念ながら、そこまでまだ枯れてませんよ。
今はもう治ったんです。精神的なものでね。無茶しすぎだったのかもしれません。
だからハンターは休業中です。優雅なセイリングに変更しようと思います」
新 条「なるほど。だが、私のいないところでお願いするよ。
貴方とつるんでいては、私が引き立て役になってしまうからね」
レイジ「ご冗談を。あなたはいつもモテモテでしたよ、新条社長」
新 条「レイジくん。きみは焦る必要がないほど若いとは言えないが、
もしも、セイリングの途中に留まる場所を見つけたなら、競技を降りて、
貴方を繋ぎとめてくれる錨を降ろすことも必要だ。
セイリング人生で、自分を繋ぎとめてくれるアンカーが見つかるのは、
ごく稀なことでね。それは偶然でしかない」
レイジ「おれは永遠に漂っていたいですがね。……イカリ、ですか」
新 条「そうです。何がアンカーかは、潜在意識が一番よく知っていますよ」
レイジ「覚えておきましょう。あなたから学ぶことは多いですからね。
それで、良ければやっぱり教えて頂けませんかね?
さっき、おれがどんな間抜けな顏をしていたのか。自覚症状がないんですよ。
おれは最近、たまに予想もしない滑稽な顏をしているらしい」
新 条「自覚症状がない? それは困りましたね。
そういうときは、自分が管理できていない意識がふいに浮上した時です。
参考になるなら教えてあげましょう。自覚するのもいい。
貴方はあのとき、彼の目の中からほんの数秒、心の動きを探って、
切実に答えを知りたがっていた。それは彼もそうだった」
レイジ「おれは、何の答えを知りたがっていたというんです?」
新 条「きみは目の前の彼が、いつから、自分のことを考えるようになったのか、
どれくらい想ってくれているのか、心底知りたがっているように見えましたよ」
レイジ「……ああ、なんだ。そんなことですか。
それなら違いますよ、新条さん。そんなことは端から知っていますからね。
あの小僧は、おれが好きなんです。そんなことは、おれはとっくに知っています。
だから社長の勘違いですよ。酒の肴にならなくて、残念でしたね」
新 条「残念ではないですよ。充分です。
貴方が彼からの言葉で聞いて、知っていると思っていることを、
貴方の管理できていない意識は、そう感じていないし、知らないのです。
無意識、潜在意識とはそういうものです。純粋な子供のような本能の意識ですからね。
でもきみの命を司る意識だ。不安を感じて、困って怯えているんですよ」
レイジ「……あなたは、ひょっとして心理学者なんですか?」
新 条「いいえ、ただの好奇心旺盛な爺ですよ。
では、これで失礼。とても良い夜でしたよ、レイジくん。おやすみ」
レイジ「何が管理できてない意識だ。……古ダヌキめ」
Photo/Do U like