Because


6月3日 PM10:00
ピアノ・マン 地階のワインセラー


登場人物:新条/レイジ



新 条「こんな密室に誘ってくれるなんて、
    ようやく私の手に落ちることにしたのかね?」

レイジ「そんな気もないくせに。それはおれのセリフですよ。
    気のある振りなんかしても、おれはターゲット範疇外でしょう?」
新 条「そうだね。見た目なら合格なんだけど、実年齢がどうもいけないねぇ。
    でも、あの子はいいね。実に私の好みだけどね?
    お互いにそれぞれで気に入れば、手を貸す協定はまだ有効なんだろ?」
レイジ「だから、あれは駄目だって申し上げました」

新 条「理由を聴きたいなぁ、実に。どうしてだい? きみのものなのか。
    レイジくんと私の趣味が被るなんて、思わなかったからねぇ♪」
レイジ「嬉しそうに言うのをやめて下さいませんかね。そうじゃない。
    新条さんの見立て違いですよ。あなたの趣味とは違うはずです。
    あれは、やんちゃでシャイな子猫ちゃんじゃないですよ」
新 条「そうかな? 見た目、顔立ちも良いし、少し粗野な猫系で可愛いけどねぇ」
レイジ「可愛くないです。ナルセに比べりゃ多少は小柄でしょうけどね。
    でもあれは野生の山猫です。しかも少し粗野なんてものじゃない。
    爪で引っかくどころか、食いかかって来ますからね。襲われますよ。
    本性、黒豹なんですから」

新 条「ほう。貴方と同じ猛獣ですか。それはうっかりしたなぁ、私としたことが。
    仕留めたと思ってホテルに連れ込んだら、逆転されるとこだったのかな?
    それなら私を助けて下さったとも言えるね。この歳で食われずに済んだよ。
    でもまさかレイジくんは、そんな失態はしてないのでしょうけどね?
    いや、するはずがないな。きみは誰にも屈しない雄々しいハンターだからね。
    次期私の座を奪おうかという、抜け目ない敏腕ハンターだ」
レイジ「……新条社長。お褒めの言葉をどうも。さりげない嫌味ですか?
    何か大きな誤解をされてるようなので、云っておきますけどね。
    おれは、あの小僧とは、何でもありません」

新 条「ふぅん? そうなのかね? わかったよ」
レイジ「……わかってないでしょう。信じてないですよね」
新 条「ないよ? いいかね。私の眼は節穴じゃない。誤魔化しても無駄だ。
    私のフェイントに、両方で引っかかっただろ? ふふ……愉しかったな。
    あの坊やは未熟でしょうがなくても、きみまであんな顏をするとは思わなかったよ。
    いったい何の不意を突かれたんだね? 無防備なきみは、わりと可愛いな。
    少し食指が動いたよ。きみは年齢以外は、姿形も中味も高級品だからね。
    でも驚いたね、まったく。本当に久しぶりに愉快だよ、レイジくん」
レイジ「あなたはおれの、鬼門ですね。わかりました。負けを認めましょう。
    百歩譲って、関係は、あります。でもただそれだけです」
新 条「彼に食われた? それとも、隙を狙って逆転したかい?」

レイジ「どちらでもいいでしょう。寝たってそれだけですよ」
新 条「でも過去形じゃなく、続いているんだろ?」
レイジ「さぁ。まぁ、そんなところですかね」
新 条「本気じゃないのかい?」

レイジ「まさか。違いますよ。付き合ってるわけでもないですよ」
新 条「なんだ。ただのミストレスのひとりなのかね?」
レイジ「それも、ちょっと違います」
新 条「遊びでも本気でもない? それは新しい枠組みだな。興味深いね。
    でも、私を阻止した。それは非常に気になる点だ。
    きみは愛人の浮気は意に解さないタイプだと思ったが、意外と独占欲が強いのかな」
レイジ「独占欲? まさか。違いますよ。マックを、あの小僧を助けただけです。
    掘られる経験がないのに、老翁の毒牙にかかるのは、あまりに可哀想だ」
新 条「おっと、白状したな。口が滑ったかね? きみは食われたわけだ」

レイジ「別に。知られて困ることでもないですしね。一部では色々漏れてるらしいし」
新 条「それは気の毒に。そうですか、きみがねぇ……。
    彼は、余程良いのかな? やはり少し惜しい気がしてきたよ」
レイジ「妙な色気を出さないで下さい。無駄ですよ。
    下世話なこと言ってないで、帰って下さいよ。
    もう十分、年下者をからかって愉しんだでしょう?」
新 条「いやいや、そんなつもりはないよ。悪かったね。気を悪くしないでくれたまえ。
    本当に、ちょっと楽しい出来事だったのでね。浮かれてしまったようだ。
    初々しいね。きみのあんな顏が見れただけでも、来たかいがあったよ。
    今夜のセイリングは失敗したがね(^_-)-☆
    ああそうだ、パーティの件は本当だから、また秘書から連絡させるよ」

レイジ「退屈なあなたを愉しませることができて良かったですよ。
    ところでおれは、さっきどんな面白い顏をしてたんですかね?
    初々しいなんて言われるのは心外だ。屈辱的ですよ。
    今後、誤解されないために、ぜひ教えて頂けませんか」    
新 条「さぁねぇ……。それは私の今夜の酒の肴ですよ」
レイジ「非常に嫌なご趣味ですね。悪酔いしますよ」

新 条「きみは、素直に感情を表現するのが嫌なタイプらしい。
    頂に立つ者は、相手に懐を知られるのを避けるから、自然と身についたんだろう。
    でも、実は自分の心を訊けていない場合もあるからね」
レイジ「訊けてない? どういう意味ですか」

新 条「自分で本心に気がついていない、と云うことだよ。
    それを蔑ろにしてこのまま過ごせば、私のように恋人ひとりも決めずに、
    競技の途中で海原に遭難したまま、魚を釣ったり逃がしたりして、年老いてしまう。
    それは、本当は寂しいことかもしれない。
    きみはまだ若いから、本気の恋愛もすればいい。まだ遅くはないよ」
レイジ「羨ましいですよ。そんなあなたは、今も魅力的だ。若い恋人が多数いる。
    おれの老後目標でもありますね。後悔しないセイリング人生の見本です」

新 条「ありがとう。でもそれが幸せかどうかは、きみが老年になってからわかるよ。
    でもそれでは遅すぎることもある。もちろん、正解はわからない。
    私は現状、幸せだと思えるけど、それでも正解かは不明だ」
レイジ「ぜひとも伝授して欲しいところですが、おれがあなたとの持ちつ持たれつの、
    愉快なハンティングゲームを、勝手にリタイアした理由はご存じでしたか?」
新 条「さぁ。特別ないいひとができたからかい?」

レイジ「単に勃起不全になったからですよ。ハンターの失脚だ」
新 条「それはなんとお気の毒に。まだ若いのに。でも安心なさい。
    私ほどの歳になれば、それは問題なくなるよ。特に不自由ではない。
    手を握り合って眠るだけで、気持ちが満たされることもあるからね」
レイジ「いえ、残念ながら、そこまでまだ枯れてませんよ。
    今はもう治ったんです。精神的なものでね。無茶しすぎだったのかもしれません。
    だからハンターは休業中です。優雅なセイリングに変更しようと思います」

新 条「なるほど。だが、私のいないところでお願いするよ。
    貴方とつるんでいては、私が引き立て役になってしまうからね」
レイジ「ご冗談を。あなたはいつもモテモテでしたよ、新条社長」
新 条「レイジくん。きみは焦る必要がないほど若いとは言えないが、
    もしも、セイリングの途中に留まる場所を見つけたなら、競技を降りて、
    貴方を繋ぎとめてくれる錨を降ろすことも必要だ。
    セイリング人生で、自分を繋ぎとめてくれるアンカーが見つかるのは、
    ごく稀なことでね。それは偶然でしかない」

レイジ「おれは永遠に漂っていたいですがね。……イカリ、ですか」
新 条「そうです。何がアンカーかは、潜在意識が一番よく知っていますよ」
レイジ「覚えておきましょう。あなたから学ぶことは多いですからね。
    それで、良ければやっぱり教えて頂けませんかね?
    さっき、おれがどんな間抜けな顏をしていたのか。自覚症状がないんですよ。
    おれは最近、たまに予想もしない滑稽な顏をしているらしい」
新 条「自覚症状がない? それは困りましたね。
    そういうときは、自分が管理できていない意識がふいに浮上した時です。
    参考になるなら教えてあげましょう。自覚するのもいい。
    貴方はあのとき、彼の目の中からほんの数秒、心の動きを探って、
    切実に答えを知りたがっていた。それは彼もそうだった」

レイジ「おれは、何の答えを知りたがっていたというんです?」
新 条「きみは目の前の彼が、いつから、自分のことを考えるようになったのか、
    どれくらい想ってくれているのか、心底知りたがっているように見えましたよ」
レイジ「……ああ、なんだ。そんなことですか。
    それなら違いますよ、新条さん。そんなことは端から知っていますからね。
    あの小僧は、おれが好きなんです。そんなことは、おれはとっくに知っています。
    だから社長の勘違いですよ。酒の肴にならなくて、残念でしたね」

新 条「残念ではないですよ。充分です。
    貴方が彼からの言葉で聞いて、知っていると思っていることを、
    貴方の管理できていない意識は、そう感じていないし、知らないのです。
    無意識、潜在意識とはそういうものです。純粋な子供のような本能の意識ですからね。
    でもきみの命を司る意識だ。不安を感じて、困って怯えているんですよ」
レイジ「……あなたは、ひょっとして心理学者なんですか?」
新 条「いいえ、ただの好奇心旺盛な爺ですよ。
    では、これで失礼。とても良い夜でしたよ、レイジくん。おやすみ」


レイジ「何が管理できてない意識だ。……古ダヌキめ」







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