十 五 夜

登場人物/吉沢・仲尾
美月のマンションの最寄り駅にある公園
(最終話)


「よう 仲尾 やっと来たか」



「…てめぇ 何がよう、だよ!
 疲れて帰ってみりゃ 留守電たぁどういうこった!
 しかも迎えに来いだと? ざけんじゃねぇ おかげでまたリターンだぜ
 何でこんな離れた公園なんかに居やがるんだ
 お前のバイト先は逆方向の筈だがな 吉沢」

「怒るなよ 今日は良い月だから 月見に誘ってやったんじゃないか
 見ろ 秋の月は格別だ 今年の十五夜は今日だ 晴れてよかった
 日本は雨が多いから 十六夜から臥待月まで 月をいつまでも長く愛でる
 中国では中秋の名月には 月餅と葡萄を食べる習慣があるらしいが
 何で葡萄なんだろうな」

「何を寝言抜かしてやがる ただの酔っ払いの月見だろうが
 暢気にいいご身分だな 俺が迎えに来てなけりゃ オヤジ狩りに会うとこだ」
「だから用心棒を呼んだんだ まぁ座れ 俺のベンチじゃないけどな」
「誰が用心棒だ …酒あんのかよ あとタバコ出せ」
「カップ酒で良けりゃどうぞ タバコは胸ポケット」
「カップ酒とはまたオッサン趣向だな
 …で? 本日の殿様の一日は どうしてらしたんですかね?」

「本日は 雇い主のママの店で酒注ぎのアルバイトをして そのあとママに連れられて
 探偵ごっこをしに とあるバーまで偵察に行った 大変充実した一日だ」
「はぁ? またワケのわかんねぇこと言いやがって
 女と出かけたんならそう言えばいいだろ 俺の機嫌を伺う気もねぇくせに」
「いや 本当の話だ そこでな 面白いものを見たんだ」
「何だよ その女の股間にありえないものでも生えてたのかよ 何を見たんだ」

「美女をエスコートしてる セブンズ・ヘブンのホモのバーテンダー」

「!! てめぇ 見てたのか? …いや オカシイぜ そんな偶然があるかよ
 まさか尾行してたんじゃないだろうな その探偵ごっことやらで
 だから ここの公園なのか? らしくねぇだろ吉沢 そんな話信じられるか」

「そこまで酔狂じゃないが 不思議な偶然てな あるものなんだな
 俺は お前が女を送ってやるなんて言ってる事実の方が 夢かと思ったがな
 弁解するならこの場所は 別にお前と彼女を心配して 尾行したわけじゃない
 お前の彼女に振られた男に 月見にいい場所はないかと聞いたら
 最適な公園を紹介されたんで ここで一杯月見酒というワケだ」

「…相変わらず胡散臭い言い訳しやがって
 まさか美月を狙って 本当に尾けて来たんじゃねぇだろうな?」
「あのな 俺はそこまで 信用ないのか」
「…店に居たのなら声かけろよ 畜生…
 お前がいれば余計なこと言って 泣かす羽目にはならなかっただろが
 クソ この役立たず」
「何? 泣かせたのか? あんな美人をもったいない 最低なナイト様だな」
「知るかよ 勝手に泣いたんだ お前じゃあるまいし 俺にどうしろっていうんだ」

「抱き寄せて キスするとか」

「…してんのか いつも」

「いや 滅相もない してません」
「…お前なら するだろうな」
「しません 私は貴方一途です」
「見え透いてんだよバカ …ったく
 いったい何だったんだろな ああいう女は おかしな女だ
 俺とデートしたかったんだとさ 俺が堅気に見えるかよ?
 一目惚れだと ふざけてやがる」
「それは妬けるな 浮気は関心しない」

「女なんざ… 最初に入った事務所の撮影で抱いたのが最後だ 体の形も もう忘れたぜ」
「そういや お前 あの頃は女でもちゃんと抱いてたよな 俺の後輩だったもんな
 今や信じられんがな」
「そうさ ガキの頃はちゃんとした不良で 普通に女ともヤッてたんだ
 お前のせいで すっかり人生踏み外したけどな」
「俺のせいとは 光栄だ ちゃんとした不良で進む人生より 外れてるのか?」
「そうさ 俺はずっとお決まりの不良で 悪さをしては姉貴を泣かしてた
 普通の悪ガキだったんだ」

「どうした ノスタルジーか? 昔話でも始めるか?」
「別に… 女泣かすのは 嫌なもんだなと思ってな」
「俺は場合によっては 泣かせるのも …かなり好きだぜ」
「…そうだろうよ このたらし野郎め あのな 俺の肩の傍で喋るなよ…
 くすぐったいんだよ 弱いの分かってんだろうが こんなとこで妙な気にさせんなよ」
「月光の下にいると 気が変になるっていうだろ」
「お前なぁ 所かまわず発情すんなよ 実は露出狂か吉沢?」
「月に吠えるというじゃないか ワン」

「公共の場所でじゃれるなよ
 吉沢 やめろったら… 帰ってしようぜ こんなとこじゃ落ちつかねぇよ」
「何を? 帰って何するんだ?」
「…お前はセクハラオヤジかよ
 セックスに決まってんだろ せっくすだよ ダンナ!」
「イヤだわ ムードのない男は嫌われるわよ」
「オネェ言葉はやめろ(−_−メ)」

「俺と―― セックスしたいか? 仁 」

「…いったい何のゲームだよ ニヤついてんぜ エロオヤジ」
「いや ただ―― そうだな… 俺はニヤついてるか?」
「涎垂らしたエロ狼ってとこだ」

「他人が欲しがってるものを
 デートさえままならないものを
 この手でいつでも自由にできるのは ちょっと優越感というか
 エロチックな気分だなと思ってな」
「…自由にね そりゃそうだ
 お前には俺を好きにする行為が許されてるからな
 何をやったっていいさ 好きに扱え お前のモノだ
 まぁできれば 今から勝手好き放題する気なら
 帰って部屋の中でやって欲しいけどな
 お前の女の 切実なるリアルな要望だ
 お願いを聞いてくれるなら あとでイイコトしてやるぜ」

「それは聞き捨てならんな 早く帰ろう
 何だか素直で気味悪いが 月に当てられたのか?」
「今日はなんとなく …自暴自棄で自己嫌悪な気分なんだよ」
「女を泣かしたから?」
「うるせぇ 女ってだけで イラつくんだよ
 だからって 人に説教できるような偉そうな人間でもねぇ
 むしろ逆だ …いちいち自分の言ってることに ムカツク」

「慰めてやるよ 帰ったらな
 すぐ忘れるさ そんな些細なことなんかな」

「…確かに 忘れそうだがな」

「お前の彼女は きっとお前の不器用さは 判ってくれてるさ」
 お前のような男に 一目ぼれするくらいだ」
「彼女じゃねぇ! 気持ち悪りぃこというな!!」
「彼女といえば お前が俺の彼女だと ママに告って来ちまったな」

「!? …はぁ?! 何だって?! そりゃ ヤバいだろ」
「ヤバイかな 言われて見ればヤバイかもな
 放心して あまり口を聞いてくれなかったもんな」
「お前な吉沢 どうしてそう楽観主義なんだ?
 また明日から別のとこに行かなきゃなんねーだろがよ ったく面倒くせぇな」
「驚いた お前に楽観主義と言われるとは思ってもいなかったぜ」
「言っとくがお前の方が 頭はイカレテルぜ 俺よりな」
「そうか? 自覚がないが」
「大抵本当にオカシイ奴は自覚がねぇんだよ
 俺みたいに自覚がある方が ある程度はマシなんだ」
「知らなかったな」
「すっとぼけた野郎だぜ …まぁいいさ
 俺もちょうどあの店やめようと思ってたとこだしな」

「あのな だったら人のせいにすんなよ お前はいつもそうだな
 そうやって 自分の問題を俺のせいだとか どうのこうのと…」
「分かった 分かった 愚痴るなよ
 あんまりぼやくと もてないぜ色男」
「俺がもてると怒るくせに」
「だらしなく鼻の下伸ばしてるからだろ」

「俺が? まさか ああ 例えばここで毒づいてるチンピラ野郎が
 あられもない悩ましい姿態で 俺の名前を呼んで喘いでるのを想像すれば
 多少は絞まりの無いツラになってる可能性は あるけどな?」
「……!!!
 てめぇ 公園ベンチで朝まで寝てやがれッ!
 朝になったら凍死のエロオヤジを埋めてやる じゃあな!」

「あ 待てって 冗談だ 仲尾
 寒空の下に可哀相なご老体を置いて帰るなよ」 

「うるせぇ! 月に向かって マスでもカイてな!!」
「凄いことをいうな お前」
「〜〜! 誰がだ! それはお前の方だろが!
 バカ!! 変態! セクハラ男!!
 お前のそういうとこが ムカツクんだよ」

「待てよ そんなに怒るなよ 仲尾
 一緒に帰ろうぜ 俺を 迎えにきてくれたんだろ
 わざわざ帰路と逆方向の女を送って帰って またここまで戻ってまで な?
 だいたい留守電に勝手なメッセージを吹き込む エロオヤジなんか無視して
 とっとと寝ちまっても良かったんだぜ? お前はそうしなかっただろ」


「…お前の傍に いるしか ねぇんだよ 俺は」


「――退屈だったって 言やいいのに
  時々お前は意表をつくな 仁
 手を振って 別れなくて良かったと 思うぜ
 現実的な選択じゃないと あの時は 思ってたけどな
 遠い昔な あの時
 ――だけど今は 何よりつかんだものの意味が よく分かる」

「ッせぇ… 大体が芝居掛かってんだよ いつも てめぇはよ…」
「心外だな 俺はこれでも役者崩れなんだぜ 忘れたか?」
「寒いセリフが平気で言えるから いつまでも三流だったんだよ バカ」
「なぁ ママの娘がな 面白い娘でな 気が合うんだ
 最近流行ってる彼女らの言葉の呼び名の意味が お前にピッタリだ」

「…言うなよ 聞きたくねぇ」

「ツンデレって知っ…」

「もう絶対 二度と 月見ができねぇようにしてやる…(怒)」


 
素材サイト:創天 
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