I Can't Stop Loving You
愛さずにはいられない
03
鏡 夜「あなたとセックスするのは、二度目ですね。もう、することはないと思っていました」
サ ワ「俺もそうかな。いや、したいとは思ってたよ。鏡夜さんとのことは、忘れたことはないからね」
鏡 夜「そうですか、私もですよ。嬉しいです。憧れの41のサワさんと二度も寝られるなんて、光栄です。
するのは久しぶりだったようですね? 最近は、誰ともおつきあいされてないのですか?」
サ ワ「うん。ちょっと、忙しかったから、ご無沙汰だったんだ」
鏡 夜「今夜はお暇ができたのですか? 寂しい夜の便利使いに私と肌を合わせたいと思って?」
サ ワ「そんなふうに言わないでくれよ。貴方は相変わらず、意地悪な悪魔の麗人だよな。
あのゲームの時は、本当に一杯喰わされた。でも結局、お互い欲しい相手は手に入れられなかったよな」
鏡 夜「欲しいものは、簡単には手に入れられないものですよ。ましてゲームなどでは無理でした。私の敗北です」
サ ワ「へぇ。負けを認めるんだな。負けるのは嫌いだったんじゃないのかい?」
鏡 夜「嫌いですよ。ですが、負けを認めて他の利を得ることもあります。私は利益なき降参はしません」
サ ワ「すごいな。つまりは転んでもただでは起きないってこと?」
鏡 夜「転ぶときは、怪我をしないように転ばなくてはいけませんよ、サワさん」
サ ワ「……俺と鏡夜さんの違いはそれかもしれないな。俺は無様にスッコロンで、無理やりケツまで掘られる痛手だ。
忙しいより裂傷が酷くて、しばらくは性交したくてもできなかったんだよ。カラダの問題だ」
鏡 夜「メンタルの問題でもあるのでは?」
サ ワ「そりゃ、心も傷ついたけどさ。でも、そこはなんていうか、さ。強姦魔は、別に俺の心までは犯さなかったよ。
ただ単に酷くされた傷が、本当に治りが悪くて苦痛だっただけだ。心より皮膚の炎症のせいさ。マヌケだよな」
鏡 夜「では親切に治療してくれた天使が、あなたの心を犯したのですか? 優しさ、という柔らかな絹の衣であなたの首を絞めた」
サ ワ「……鏡夜さん、レイジさんに何か聴いてるのかな?」
鏡 夜「要はお店のお客様の悩みを、誰かに話したりしませんよ」
サ ワ「そうか。そういうシステムだって言ってたよな。でも、本当は聴いたんだろ?」
鏡 夜「いいえ。聴いておりません。要は絶対に、話しませんよ。ですが、実はあのとき……。
あなたが要に相談された日、私はそこにいました。裏で探し物をしていたのに、要が私は出かけたと思ったようです。
出るに出れなくなってしまった。結果、盗み聞きをするようなことをして、申し訳ありません」
サ ワ「そうか。そうだったんだ。あのとき、鏡夜さんは聴いてたのか」
鏡 夜「すみません。黙っていた方が良かったのかもしれませんが、あなたに嘘をつくのが嫌なので白状しました」
サ ワ「いや、良かったよ。最初から説明しなくて済むし、素直に言ってくれた方が、ありがたいね」
鏡 夜「そうですか。許して頂けて良かったです。では、あれからリンさんと会われましたか?」
サ ワ「いや。会ってないんだ。結局、連絡できなくてそのままなんだ」
鏡 夜「そうなんですか? あなたはリンさんに会いたいと思っていたのでは?」
サ ワ「鏡夜さん。貴方は俺のこと、惚れっぽいバカな淫乱尻軽野郎だと思ってるよな?
この前までマックに本気なんだとか言ってた俺がさ、振られてすぐに、
シックスティーズのノンケなドラマーにちょっとふざけてキスされたくらいで、会いたいとか言ってる安っぽい男だってさ」
鏡 夜「何故、そこまで自分を卑下するのですか、サワさん? あなたらしくありませんね」
サ ワ「らしくない? そうだよな。らしくないんだよ。まったく俺らしくないんだ」
鏡 夜「あなたはリンさんを好きだったのではないですか?」
サ ワ「リンを好きだったかって? リンのドラムはさ、気持ちいいんだ。ボーカルなら誰だってそういうと思うよ。
あいつは俺が歌いたいように、歌いやすいような音を出してくれるんだ」
鏡 夜「昔にリンさんのドラムで歌ったことが?」
サ ワ「ピアノマンでライブをやった時だよ。すごくそう思った。俺は酔ってたけど、リンはそれも加味して呼吸を合せてくれた。
ナルセがいつもこのドラムで歌ってるのかと思ったら、ひどく羨ましかったよ。嫉妬したよな。
リンは俺がどう歌いたいのか、全部分かってくれるんだ。マックのベースとリンのドラム。マックも間合いの勘がいい。
MCの空気は読めなくてもね。彼らは全体の音を支えるリズム隊だ。二人ともしっかり安定していて、お互い上手く合わせあってる。
ボーカルは、安心して歌いたいように歌える。その音で歌うのは、めちゃめちゃ気持ち良かったんだ……。セックスしてるみたいにね」
鏡 夜「そうですね。あのときのサワさんの歌は、アルーシャでお聴きする時よりも数段、良かったと思います。
サワさんの艶めきが際立って声に出ていました。恍惚としました。酔っていたせいと思っていましたが、そうではなかったのですね」
サ ワ「酔ってたって、目が醒めるような音だったさ。あの音の乗り物に乗らないボーカルは本物じゃないよ」
鏡 夜「そのときにサワさんは、リンさんを意識し出したのですか? 恋愛の対象として」
サ ワ「いいや。その時は漠然とリンとまた演奏してみたいなっていう気持ちくらいはあったよ。気分良くて高揚してた。
でもただそれだけだ。リンを恋愛対象として見たことなんか、まったくない。本当なんだ。
でも……でもそれはリンがしたあのキスで、今まで抑え込んでいただけじゃないかって気もしてきたんだ」
鏡 夜「キスで、封印が解かれたということでしょうか」
サ ワ「即物的だよな? でもあんな冗談くらいで、この俺がリンに対してそんな想いを抱くわけがないしさ」
鏡 夜「そうですね。サワさんにはキスくらい、挨拶程度のなんでもない行為でしょうね」
サ ワ「だろ? なのにこんなに惑わされるってことは、もうすでにそれは、あったんじゃないかと思うんだよな。
心の奥底にあって、鏡夜さんが言うように、封じ込められていたものが封を切られちゃったってことさ」
鏡 夜「それは、恋なのでしょうか」
サ ワ「ハハハ。鏡夜さんは、ロマンチストだね。いい歳の男が、イカレたミュージシャンが、恋、なんて話、くだらねぇ」
鏡 夜「そんなことはありませんよ」
サ ワ「だけどリンは、友達なんだ。俺の性癖を知っても態度を変えない貴重な友達だ」
鏡 夜「恋よりも大事なものがお二人の間にあるのでしたら、己の真の心に気がついても、知らなかったことにすればどうですか?
それを締め出して気が付かず、今までのように接するのです。また封印をしてはいかがですか」
サ ワ「まったく腹立たしいよな。あんなことをリンがしなきゃ、俺は今まで通りにリンと悪友のままお互いに悪態ついて、
良いケンカ友達で、親友でいられたってのにさ。くそう、リンめ! って感じなんだよ。リンに会ったら無言で殴りそうだ」
鏡 夜「それで、リンさんに会えないのですね。ではいっそのこと、殴りあえばどうですか? 青春ドラマのようにね」
サ ワ「ははは。もう少し、青くさけりゃね。でももう、そんな歳じゃないからな、俺たちは。いい大人だ」
鏡 夜「男はどんなに歳をとっても、大人げないものですよ。
永遠の少年とはよく言ったものです。身近でそういうケースを知っています」
サ ワ「そんなものかな。……それ、レイジさんのこと?」
鏡 夜「お答えできませんが、いつまでも恋に年齢は、関係ないということですよ」
サ ワ「そんなものを封じてたとしたら、そんな自分にも腹が立つんだよな。リンが趣味じゃないって?
違う。リンは精悍なハンサムでシックスティーズのドラマーだし、ターゲット的には俺のど真ん中だ。超好みだよ。性格も良すぎる。
ちょっと、いや、うざいほどおせっかいな男だけど。親切が過ぎるんだよ。イイヒト過ぎてイヤミな奴なのが、短所で長所だ」
鏡 夜「リンさんは、他人の破れた恋にもご自分が無力で役立たずなせいだと傷つくような、優しくて正義感の強いひとですね」
サ ワ「初めて会ったときに速攻、リンを口説いておけば良かった。なんで俺はそうしなかったんだろうって、今さら思うんだよ。
そしたら、あいつはノーマルだし、ゲイなんか無理だって俺を避けて、もう現在は俺と縁もなかっただろうにさ」
鏡 夜「それは違いますよ、サワさん。
リンさんは性癖などで、ひとを遠ざけたりはしません。あなたの方がよくお分かりの筈です」
サ ワ「……そうだよ。あいつは、そういうヤツなんだ。イイヒトきどりだ。ハラタツ……いいひとだ。さいあくな相手だよ」
鏡 夜「リンさんから、連絡はないのですか?」
サ ワ「ないよ。ないんだ。だから、余計に、不安が募る。さすがのリンも、あんな惨めな俺を見て軽蔑したのかもしれない。
いつものリンなら、きっと連絡をくれるはずなのに、もう今年が終わる。怖くて、この俺がそんなことが恐くて、連絡さえできないでいるんだ」
鏡 夜「リンさんも、連絡し辛いのかもしれませんよ。親友にキスなんかをしてしまったのですから」
サ ワ「ふざけてたんだ、リンは。または本気で、変なオキシトシン効果の治療だと思ってたか、だ。バカだろ。マジ、バカだ」
鏡 夜「または、自分からキスした行為について、悩んでおられるのかもしれません」
サ ワ「……そんな筈、ない」
鏡 夜「そうでしょうか? リンさんが、ふざけてキスしたことをいつまでも遠慮しているでしょうか?
または酷い目にあったサワさんを、そのまま見捨てるような情のないひとでしょうか?」
サ ワ「リンはそんなヤツじゃ……。だからこそ、俺は……。リンに会えないんだよ、鏡夜さん。
リンはもしかすると俺の気持ちに気が付いて、どう応えたらいいのか困ってるのかもしれないよな?」
鏡 夜「それは考えすぎですよ。今のリンさんに、あなたの気持ちを推し量る余裕はないと思います。
きっと、ご自分が何故そうしたかの答えを出せなくて、悩んでいる最中だと思いますよ」
サ ワ「……そうかな? そう言ってた?」
鏡 夜「あなたは可愛いひとですね。サワさん。そんなあなたには、ちょっとそそられます」
サ ワ「本当に? でも、貴方も意外に荒々しい抱き方ができるんだな。以前とはまったく別人みたいだった。
役を交換しただけで、こうも違うなんてね。ちょっと、驚いた。でも、すごく良かったな」
鏡 夜「私は相手の望む欲求の形に応じて、変えられるのです。あなたはリンさんに抱かれたいと思っていたのじゃありませんか?
それを表現してみただけです。私はリンさん流の抱き方までは、存じ上げませんけれどね。データがありませんので、イメージです」
サ ワ「それ知ってたら、かなり恐いよな。鏡夜さんなら、それもありそうだけど。ノンケでも落とせそうだし。
俺はさ、リンと寝たいなんて本気で思ってるのか? 潜在意識の話をしてるんだよな? でもちょっと想像できないけど」
鏡 夜「そうですね。でも残念ですが、まだサワさんは、リンさんを本気で愛してはいないように思います。
こうして私と寝たのですからね。本気でひとりを愛すと、その相手としかセックスをしたくなくなるようですから」
サ ワ「それは、一般論?」
鏡 夜「身近な話です」
サ ワ「ふうん。いいね。そういうの、羨ましいな。できるならね」
鏡 夜「そうですね。実は私にも、それがよくわかりません」
サ ワ「同じか。でも俺はそんなことは絶対できない気がするな。誰と付き合ってても、いつもどこかで裏切ってる。
体も心もだ。三浦店長もそれを分かってるから、俺のすることには放置だしな。大人なんだよな。心が広い。別に本気じゃないんだろうけど。
そうだよな。本気じゃない。リンに気持ちがあったって云いながら、すぐ鏡夜さんと寝られるなんて、俺には真実味がまるでないよな」
鏡 夜「私と寝ることで分かったこともあるでしょう、きっと」
サ ワ「何を悩んでいたんだろう。俺はリンまでも、自分の欲の対象にしようとしてるとこまで堕ちたってことかな。
ずっと俺はこういう感じで行くんだろうか。本気でただひとりと寝たい思わせるような相手に一生出会うことのないままさ」
鏡 夜「サワさんも私と同じ悩みをお持ちなのですね。空虚な気持ちになるのは、よくわかります。
違うのは貴方にそんなひとはいなくて、私はその唯一そのひとを失い、新しい恋を探さねばならないということです。
私の時は止まったままなのに、思い出を抱きながら、前を見て進む時間を生きて行かねばなりません。
私の愛するひとに、安堵を与えるためにも―――」
photo/Do U like