星に願いを
When You Wish Upon a Star
02
November
登場人物:レイジ/ヘミ
場所:ピアノマン
レイジ「やぁ、ヘミじゃないか。店に来てくれるなんて久しぶりだ。珍しいな、元気か?」
ヘ ミ「ハイ、レイジ。こんばんは。あなたは忙しかったの? しばらく見なかったわね。
マックは誕生日にあなたがいなくて、元気もなかったわよ。可愛そうだわ」
レイジ「出張してたんだ。ベースの小僧は、財布でも落としたんだろ」
ヘ ミ「長期の出張だったのね。店を閉めていたわ。茅野さんも一緒だったの?」
レイジ「寄ってくれてたのか? そいつは悪かった。埋め合わせするよ。
この店は気まぐれオーナーの店だから、長い休みも告知しないんだよ。
扉が開いてない日は、すなわち休みだ。おれか鏡夜のどちらかがいないと、この店は営業できないんでね」
ヘ ミ「そうなの。従業員はその間、お休みなのかしら。もちろん有給よね?」
レイジ「まさか。従業員をサボらせておくわけない。別の店に応援で行かせてた。店は他にもあるからな」
ヘ ミ「そう。何のお店かは知らないけど、レイジなら、それもあるんでしょうね」
レイジ「雑貨や骨董関係の店さ。知らない? 飲食店も数軒あるが、どれも人に任せているんだ。
飲食系でおれが携わっているのは、ピアノマンだけだ」
ヘ ミ「レイジは、とてもお金持ちよね。何でも欲しいものは、自由に手に入るんでしょうね」
レイジ「どうした? 女王様は何か欲しいものでもあるのか? おねだりに来た?
いいぜ。おじさんが、どんなものでも買ってあげるよ? 欲しいものを言ってごらん」
ヘ ミ「レイジの精子が欲しいわ」
レイジ「……すまないな。どうやらおれの欲求妄想が、脳内をかなり刺激しているらしい。
失敬すぎる聴き間違えをしたようだ。悪いけど、もう一回、ゆっくりと言ってくれるかね?」
ヘ ミ「子供が欲しいの、あたし」
レイジ「ヘミ。酔ってるのか? それともジュウリとケンカした?」
ヘ ミ「酔ってないわ。ジュウとの仲は、良好よ。ジュウを愛してる……。すごく。
だからこそ、あたしたち、子供が欲しいのよ。二人で話し合ったの」
レイジ「ちょっと、待ってくれ。それは、あれか? その……」
ヘ ミ「あたしたちに、精子提供して欲しいの。授かれば、あたしとジュウの子供として、二人で育てるわ。
法律上は、あたしの子供になると思うけど。レイジに絶対迷惑はかけない。書面でやりとりしてもいいわ。お願いよ」
レイジ「そういうのは、精子バンクとかあるんじゃないのか? 知らないけど」
ヘ ミ「そんなところに行かなくても、提供者がいればできるわ。精子提供は違法じゃない。
ガイドラインで認められないだけなの。同性カップルだと、ちょっと難しいわ。
精子を持って行っても、今の制度は、結婚している夫婦に限られるのよ」
レイジ「その辺に関しては、可能な医者の紹介はできるがな」
ヘ ミ「いいえ。それはいいのよ。信頼できる先生は、もういるのよ。
人工受精を行うのは、なんとかなるの。提供者さえいればね。必要なのは精子。
問題は、人工でも体外でも、あたし、知らない人のものを自分の体に注入するのは、いやなの」
レイジ「本気で、言ってるのか?」
ヘ ミ「びっくりするわよね。正気かと思うわね。ええ。でもそうよ。もちろん、本気よ。
レイジが驚くのを分かってて、それでも、お願いしてるの」
レイジ「きみが、産む?」
ヘ ミ「そう。うまく妊娠したら、シックスティーズには迷惑をかけるけど、あたしが産むことにしたの。
理由は精子を頼みたいのが、レイジだからよ。レイジとジュウリじゃ、無理だもの。
つまり、人工的な搾取じゃなくて、レイジが良ければだけど……直接、貰いたいのよ」
レイジ「ちょ、ちょっと待ってくれ。ヘミ、凄いことを云ってるぞ? 意味、解ってるか?」
ヘ ミ「生娘じゃないわよ。あたし、レイジとなら、肌を合わせるくらい構わないと思ってるの。
きっと、大丈夫だと思う……。長い間、男性とは経験がないけど、子供のためなら、できると思うの」
レイジ「待て待て、ヘミ? 少し冷静になろう! そんな酔狂な話は、ここでは話せない。
誰もいないからってバーカウンターで話す話じゃないだろ。複雑な内容過ぎるよな。
だが酔いを醒ませよ。きみは酔っているよな?」
ヘ ミ「酔っていないわ。いえ、酔ってるかしら? そうね。酔っているかもしれない」
レイジ「きみは、酔ってる。この話を切り出すだめに、ずいぶん飲んでた筈だ。場所を変えて話そう、ヘミ?」
ヘ ミ「……ええ。そうね、レイジ。素面で話すことじゃないもの。少しお水をちょうだい」
★★☆
レイジ「酔いは醒めた?」
ヘ ミ「……ごめんなさい、レイジ。でも冗談なんかじゃないの。あたしは、真剣よ」
レイジ「冗談じゃないことは、分かってるよ。ジュウリと二人でよく考えたんだよな?
ジュウリは、おれときみが寝ることを、賛成しているのか?」
ヘ ミ「きっと手放しで賛成はしてない。愛する人が、誰かに抱かれるのに賛成なんかできないわ。
だけど、納得はしてる。相手がレイジなら良いと思ってる。いいえ、レイジしかいないの。
そうじゃないとダメなのよ。だから、レイジに頼んでるの。レイジだから、あたしたち、お願いしてるの。
レイジ以外になら、このことは、もう諦める道しかないと思ってるのよ」
レイジ「待てって。待てよ、落ち着け。何も諦めなくても、養子縁組や、里親制度という手もあるだろ」
ヘ ミ「無理よ。同性カップルには、色々と難しいの。レイジ、ここは日本なのよ」
レイジ「そうだったな。一部パートーナーシップ証明だかもできたが、まだまだ難しいだろうな。
外国に……いや、行くのは困るな。シックスティーズには、ヘミが必要だ。休んだとしても」
ヘ ミ「そう思ってくれるのなら、協力して。こんなこと、本当に頼むのは、おかしいのだけど」
レイジ「じゃあ、二人のためという話は、置いておこう。おれと、ヘミのことを話そうか。
ヘミの気持ちを聴きたい。おれに、本気で抱かれてみたいと思ってるのか?」
ヘ ミ「―――レイジは、素敵よ。悔しいけど、あたし、レイジに惹かれている時があったのよ」
レイジ「それは、光栄だ。おれもヘミとは、本気で結婚してもいいと思っていたからな」
ヘ ミ「だけど、それはレイジがゲイだからよ。男と女として、あたしはきっとレイジと寝ない。
レイジが、魅力的で素敵だから、寝てみてもいいと思っただけ。レイジもそれは同じじゃないかしら」
レイジ「きっと、おれもそうだと思うよ。おれの女神ヘミ。だけど愛してるのは、本当だよ」
ヘ ミ「聴きたいことがあるの。あたしに話してくれた秘密は、まだあるのかしら。
レイジはまだ指に、エメラルド色の指輪をしているけど、心はまだそこにあるの?」
レイジ「あるよ。どうして?」
ヘ ミ「指輪を時々、外したそうにしてるわ。あたしには、正直に言って。お願い」
レイジ「まだ、想いはここにあるよ。……だけど、まだあると、思いたいだけかもしれない。
だけど、結局は一生、無くなりはしないものなのかもしれない。きっと手放せるものじゃない」
ヘ ミ「レイジ。秘密の鍵は、あたしが預かってもいいのよ。あなたは死ぬまでもう開けなくていい。
鍵の開かない心を持っていることも、可能だわ」
レイジ「そんなわけにもいかないさ。それはおれの心だからな。どこにあっても責任の所在は、おれだよ。
この指輪を外す決心をするのは、おれだけなんだ。でも、申し出は嬉しいよ。ヘミ。ありがとう」
ヘ ミ「そう……。でもレイジは、それを決心することを酷く苦痛に思ってるみたいに思える。
逃げたいのじゃない? 逃げることは、指輪を裏切ることだと思うの?」
レイジ「……正直に言う?」
ヘ ミ「話して。あたしの心は、話したわよ。今度は、レイジの心を教えて」
レイジ「おれの精子を提供するよ。ただし、直接は、無理だ」
ヘ ミ「今は大事な誰かを裏切れないから、あたしとは、しない。そう思っていい?」
レイジ「そうじゃない。簡単だ。物理的な話だよ。おれはゲイだ。悪いが男としかできないんだ。
愛しいヘミの前で、恥をかきたくないからな。そんなプレイはご免だ。いつでも説明を受けに行くよ。
産婦人科に付き添ってもいい。少し早いクリスマスプレゼントというわけじゃないが。
いや、そんな価値はないよな」
ヘ ミ「いいえ。あたしたちには、最高のクリスマスプレゼントよ。
答えを誤魔化したわね? レイジ。あたしにも、話してはくれないということなのね」
レイジ「誤魔化してない。云うべき答えが無いだけ。ところで、大事なことなんだが、
あれかな、下世話な話、アレをひとりで搾取するときには、ゲイ用AVも置いてあるのかな?」
ヘ ミ「たぶん。必要なら用意するわ。ありがとう、レイジ。お礼は、どうしたらいい?」
レイジ「礼なんか必要ない。どうせ、無駄にしてきた種だ。使えるものなら、是非ドウゾだよ。
だが、おれの歳で使い物になるかどうかが、疑問だな。妊娠はもっと若い精子でないと難しいぞ。
失敗の確率が高い。いいのか? キーボードのミトあたりだとまだ若いし、良いんじゃないか?
交渉してみたら? 絶対にその方が成功する」
ヘ ミ「いやよ。着床しなければ、それはそれでやっぱり諦めるわ。ミトのはいらない。
変な話だけど、あたしたち、やっぱりレイジの子供が欲しいのよ、きっと。
他の男の精子なら、ジュウリもあたしも、いらないの」
レイジ「嬉しいねぇ。ゲイなのに子孫を残せるってわけだ。おれのDNAが続くなんて恐ろしいな。
おっと、そうだ。鏡夜には、この話は絶対に知られないようにしてくれ。おれの条件はそれだけだ」
ヘ ミ「それは勿論、こんなこと誰にも話さないつもりだけど、レイジは茅野さんには話しておくのじゃないの?
それとも……。これはマックに言うべきかしら?」
レイジ「マックに言う必要はない。それより鏡夜に言うなんて、冗談だろ。恐ろしいことを云う。
おれの血を引く子供がいるなんて知れたら、一大事だ。母子の命の保証ができないぞ。
あいつは、おれの跡を継ぐ気だからな。邪魔になるような不安要素は、元から潰す。
おれの財産を担う権利がある子種なんか、即抹殺の対象だ」
ヘ ミ「変な脅しをしないで。そんなわけないじゃない。それに、レイジの財産なんて貰わないわよ」
レイジ「ヘミは鏡夜を知らない。脅しじゃなく、本気だ。あいつの野心は並み大抵のものじゃない。
鏡夜を普通の男だと思うな。みんな、あのなりに騙される。優男じゃないぞ。あいつは武闘派だ」
ヘ ミ「そんなふうには見えないわ。茅野さんとは、どこで知り合ったの?」
レイジ「……シィッ。 大きな声では言えないんだが、ある国の、ヤバイ武装集団に捕まったときだ」
ヘ ミ「そこに、彼がいたの?」
レイジ「そう。いた。奴は珍しい、日本人奴隷だった」
ヘ ミ「! 奴隷として囚われていたの?」
レイジ「違う。珍しい、奴隷から重要幹部にのし上がった、奇跡の奴隷だったんだ」
ヘ ミ「……そんなことが、有り得るの? だいたいレイジは、そんなところで何をしていたの?」
レイジ「そうだなぁ。商談が失敗したんだよ。よくあったんだ。命を落としかねない危険な展開になることは。
本当にエトーは、適当だったからな。おれの機転なくして、成功してなかったよな、いつも。
でもその時は、天才のおれの手にも負えない最悪の状況だった。それを鏡夜が助けてくれたんだ。
日本人で良かった。危機一髪、シークレットヒーローのお出ましだ! カッコ良かったねぇ……」
ヘ ミ「なんですって? シークレット?」
レイジ「実はな、奴の真の正体は、その国の警察組織の密偵で、危険武装集団をスパイ中の潜入捜査官だったんだ。
今にも殺されそうな、憐れなおれとエトーを救うために悪の集団をバッタバッタなぎ倒したんだよ」
ヘ ミ「ええ? なんですって?」
レイジ「何故かと思うよな? そんなことをすれば、今までの長い長い苦労が水の泡だ。
それは鏡夜が……。鏡夜がおれに、一目惚れしたからなんだよ。おれもビビビ、と来たね。
異国での運命の恋の出会いだ。鏡夜は、おれの傍を離れたくなくて、その国の警察を裏切って、
一緒に日本へ逃亡したんだが、一旦は別れた。エトーがいたからな。そしてエトー亡き後、見ていたように
鏡夜はピアノマンのスタッフ面接を受けに現れ、運命のおれと再会し、めでたしめでたし。現在に至るだ」
ヘ ミ「レイジ。……嘘なのね」
レイジ「嘘だけど? マックに言うなよ? あのバカは本気にするからな。大好きな暗黒ものだ。
でもミステリアスな鏡夜には、それくらいあったほうがスリリングだろ。映画でありがちな内容だったかな?
だけどもしも、おれの種が着床したら、おれから貰ったという記憶は、一切忘れることだ。
絶対に鏡夜には知られるな。財産は二の次で、おれ似の子供にただならぬ愛情を抱く筈だからな。
気をつけろ、誘拐されるかもしれないぞ」
ヘ ミ「ええとね。レイジ。
あなたが基本的にちょっとおかしいことを、すっかり忘却していたわ、あたしたち。
悪いけど、レイジの個性的な遺伝子を貰うのは、もう少し考えさせてもらおうかしら」
レイジ「いいよ? だけどもちろん考え直す原因は、鏡夜の執着のせいだよな?」