The weight
02



登場人物:マック/レイジ
場所:マックのマンション近くの場所





マック「言うほど悪くないワインだよな? 俺が庶民だから?」

レイジ「思ったほどには、な。
     ときにおまえ、酔いを覚ましたいのに何でワインを飲んでるんだ?」
マック「あ。そっか」
レイジ「相変わらず意味不明なヤツだな。こんなもの明日の朝は頭痛確実だぞ。
    この寒空の下で飲むなら、ホットワインにでもしてくれば良かった」
マック「そうかなぁ。うまいけど。有名レストランで出てるのだって大差ないんじゃねぇの。
    流行の産地偽装かもしれないぜ。さすがに旨いとか言って、実は裏でこっそり笑われてるかも」
レイジ「飲めばわかるよ。おまえのバカ舌と同じにするな。
    おれが味音痴だとでも言うのか? まさか。音痴なのは歌だけだ」
マック「そうですか、味の解らない男ですいませんね」

レイジ「寒いな……。凍えそうだ。今年一番の寒さなんじゃないか。どこに行く気なんだ?」
マック「どこへも行かない。ちょっと付近をくるりと回るだけ。そこのベンチに腰かけようか」
レイジ「まだ歩いてる方がましだ。じっとしてると寒くて凍死しそうだ。
    おれはもう死ぬのはやめたんだからな。無理心中はお断りだ」
マック「うん。そうだな。心中はないよな。レイジが前向きに生きてくれて、嬉しいよ」
レイジ「おまえの行き当たりばったりな行動に振り回されるのもこれで最後だし、
    外でワインが飲みたいのなら付き合うが、凍死はごめんだ。
    だいたいワインで酔いも醒めないのに、外で飲む必要があるのか?」

マック「あるよ。身に沁みる寒さを、覚えておきたいんだよ」
レイジ「そんな想い出が必要なのか」
マック「そう。何でも過酷な方が覚えてるもんだろ。あんたが忘れないように、だよ」
レイジ「北極の氷の上で別れても、おれはおまえのことなんかすぐに忘れられる。
    おれは本気で寒いんだけどな」
マック「そんなに寒いなら抱き寄せて暖めたいけど、やめとくよ」
レイジ「……それは賢明だな」
マック「あのさ、この間、レイジの家に行ったとき、ランプがあっただろ。
    ステンドグラスのアンティークな、傘のランプ」

レイジ「ランプは以前から色々あるけど、おまえの気の引くものがあるなんて珍しいな。
    それはステンドグラスにブドウの絵がついたやつか?」
マック「そう、そうかも。レイジのものは皆高そうだけど、あれも結構するものなのかな?」
レイジ「それなりにな。……あれは貰ったものだ。昔に。ずっとしまってあったんだが、
    思い出して飾ってみたんだ。……どうしてあれが気になる?」
マック「別に。なんで思い出したんだ?」
レイジ「そこを突っ込むのか。おまえってヤツは妙なところで勘がいいな」
マック「勘? なんで思い出したんだろうってだけだよ」
レイジ「あれをくれたのは……初めてエトーと出会った会社の、社長でな。
    小さなデザイン事務所だった。おれが社会に出たはじめての会社で、
    世間知らずのおれは何かと社長に可愛がってもらったんだ」

マック「だったら、長い付き合いの年配のひとか?」
レイジ「そう。長いつきあいだった。おれがエトーと一緒に仕事を始めるまではな。
    社長はエトーの裏の仕事も知っていたから、あまり近づくなと警告されていたんだ。
    それでもバカなおれは結局、最後にはエトーと仕事をすることになって、社長の想いを裏切ったんだよ」

マック「その社長さんはエトーが嫌いだったんだな。俺と気が合いそうだ。
    それで内緒にしてたのがバレて、破門された?」
レイジ「いいや。エトーと仕事をすることになったと、ちゃんと正直に話したよ。
    そしたらため息をついて、そうかとただ言っただけだった。
    説教も反対もされなかったのが逆に堪えた。わかってたんだろうな。
    おれが昔からエトーに惹かれていたことは。だから諦めていたのかもしれない」
マック「……」

レイジ「エトーとの話は、聴く気にならないか? 話すのをやめる?」
マック「違う。相手は死人だ。今さら気にしてねぇよ。それで?」
レイジ「それからは歳暮を送るくらいのつきあいだけで疎遠になってたんだが、
    エトーが死んで、おれが正式にピアノマンのオーナーになった時、
    社長はあのランプを贈ってくれたんだ。店まで持ってきてくれた」
マック「へぇ。愛想を尽かしてたわけじゃなかったんだ」
レイジ「そうだな。出来の悪いヤツほど可愛いってやつだったのかな。
    嬉しかったよ。おれは社長を尊敬していたし。それからまた付き合いが復活してな。
    だけどエトーのことだって、本当は社長が当時から一番心配していたんだ。
    エトーも随分と社長には可愛がって貰って自由にできたし、甘やかされていた。
    だけどお互い思い通じず、だったんだよな。エトーも社長のことは好きだったんだ」
マック「そうか……その社長さんはいいひとなんだな」

レイジ「ああ。エトーの葬儀で会ったとき、もう危ない仕事はやめて、おまえは死ぬなと言われたけど、
    生憎、その時のおれにはもう誰の言葉も届かなかった」
マック「そうか。でも今なら暗黒街もほどほどで、自殺マニアもやめましたって報告できるじゃないか」
レイジ「そうだな。報告しておけば良かったよな。残念ながら、もう亡くなったんだよ」

マック「えっ、亡くなった? ……なんで? 病気?」
レイジ「癌だった。発見が遅くて、分かった時はもう何もできないほど手遅れだったんだ。
    余命三カ月でも半年はもった。見舞いに行く度に骨と皮になっていって、辛かったよ。
    ある日、夜中に奥さんから電話があって、危篤だから来てくれと頼まれて病院へ行った」
マック「親族でもないのに夜中に呼ばれたのか?」

レイジ「家族以外は面会謝絶だったんだが、奥さんがこのひとは主人が息子のように
    可愛がっていた人だからってな。……結局、臨終まで家族と一緒に看取ったよ」
マック「……そうだったのか。レイジは辛い体験が多いな」
レイジ「普通だろ。この歳になれば死に直面することも多くなる。それだけのことだ。
    知人や友人や世話になったひとが死ぬのは、交友関係が広ければよくあることだ。
    だけど、社長がそんなふうに思ってくれてたとは知らなかったんだ。
    おれは迷惑をかけてばかりで、喜ばせるようなことは何一つして来なかったのに」
マック「それでも、レイジとエトーのことを気にかけてくれてたんだな」

レイジ「駆けつけた時は、もう息をしてるか否かというような状態だった。
    だけど家族は、頑張って息をしてと最後の最後まで声をかけて、諦めないんだ。
    もう一瞬先に死が見えてるって状況なのにな。頑張ったって、死が数分ほど遅れるだけの話だ。
    おれはもう社長が息も絶え絶えだっていうのに、無意識に一生懸命それに答えようとしてるのが、
    酷く気の毒に思えてな。不謹慎だが皆が逝くなと言う中で、早く楽になってくれと願ったよ。
    もう頑張って息をしなくていいと思った。苦しまないで欲しかったんだ……」
マック「……レイジ、もう、話さなくていいよ。ごめん」

レイジ「いい。話したいんだ。傍で皆と同じように見守っていたけど、おれは―――。
    ただひたすら心の中で、早く楽にしてあげて下さい神さま、と祈ってたよ。
    怖かったんだ。人が死ぬ瞬間を今まさに見なきゃいけない。早く終わって欲しかった。
    でも、あれがもしエトーだったら、きっと俺は最期まで諦めなかっただろう。
    きっと奥さんたちと同じように、最後まで無駄でも一分でも一秒でも頑張ってくれと、
    懇願しただろうと思ってな……。
    エトーの死ぬ瞬間に立ち会っていたら、おれの反応は違ったかもしれない。
    そう考えたら、最後まで絶対に諦めなかった家族の気持ちが、痛い程よくわかった―――」
マック「……そんなの全然知らなかった、おれ。相変わらず鈍感でごめん。いつ頃の話なんだ」

レイジ「夏の終わり頃だ。別に同情や慰めて欲しくて話してるわけじゃない」
マック「それ……ひょっとしてあんたが恐い夢を見たって、話してきた頃か?
    マジか。本当に俺って、ダメだな……鈍感すぎて自己嫌悪だ。嫌になってきた」
レイジ「さぁ、どうだったかな。あの時は人に話したくなかったし、記憶が前後して覚えてないんだ。
    この前、怪我をしてるのに病院からひとりで帰らせて悪かったな……」
マック「別に……。それ気にしてたのか? おれは癌じゃないし、軽傷だったからな。
    家まで送ってくれてたら、どうせレイジをそのままで帰すわけなかったし。
    本当はあれで正解だったよ。送ってくれなくて良かった」

レイジ「おれは……」

マック「思い出したんだろ、病院で。その時のこととか。最悪だったろうな。
    今度はあんたの大事なナルセと思わせて、本当に脅かしたんだろう。
    かけつけてくれた時、血の気がないほど青い顏しててレイジが倒れるかと思ったよ。
    ゴメン。恩師が亡くなってたとか、そんなこととは知らなかったからさ。
    結果的に悪質な嘘をついちまったよな。俺は本当に自分勝手だ……」

レイジ「それは気にしてない。おまえはおれに会いたかったんだろ」
マック「そうだけど、その話を聴くとちょっと自分本位すぎて落ち込む……」
レイジ「マック。あの時、もし送って行ったら、おれが帰る自信がなかった」

マック「え?」

レイジ「あの時、送って行けば、おまえと寝ないで帰る自信はなかったから拒否したんだ」

マック「……じゃあ、何故だ? 何故今、それを言うんだよ、レイジ。
    まだ時効なんていう期間じゃないだろ。つい、最近の話だぜ。
    おれの額の傷はまだぜんぜん痛むくらい、ついこの間のことなんだ。
    状況は、今と同じだろ。しかも今日は別れ話なのに、なのにそれを今聴いたら、
    俺……期待するだろ」
レイジ「期待する?」

マック「当たり前だ。しないわけない。なぁ、俺と、別れたくないんだよな?
    そういうつもりじゃないなんて、言わせないぜ。そうだよな?
    今のはどういう意味なのか、逃げないで教えてくれ、レイジ」
レイジ「意味? 解らなかったか? そういう意味だろ。ただ生理的な体の現象の話だ。
    ただ、寝ればまた性欲のせいでズルズルと別れられないというだけの話なんだよ。
    セックスに縛られるっていうだけだ。おまえのことが好きなわけじゃないんだ、おれは」

マック「本当にそうなのか?」
レイジ「そうだよ。酷い言葉だと思うよな。でもこれが事実なんだ。ただの性欲のせいだ。
    悪いな、マック。もしかすると、今夜、最期だからと寝ることになったら、
    またズルズルとおれはおまえを捨てられないかもしれないよな?
    おまえは、それは嫌だと言った。言ったよな?」
マック「言ったよ。おれは、誰ともレイジを共有なんかしたくない」
レイジ「だけど、おれはキョウと…… 鏡夜と一生、共に生きて行くと決めたんだ。
    なのに体が渇けば、気まぐれにおまえと寝るだけなんだ。 おまえの立場はずっとそれだけだ。
    便利に使われる。 おまえはそれを、続けていけないよな?」

マック「……俺がそれでもいいと、言うと思うのか?」

レイジ「思わない。おまえはそこまで自暴自棄なヤツじゃない。ちゃんと自分が見えてるよな。
    自分のことを大事にするんだろう? おまえはおれの欲求の犠牲になることなんかない。
    だから、ここで別れよう、マック――――」
マック「レイジ、俺はもう、必要ないのか?」

レイジ「おまえのお蔭で気が付いたこともあった。自分を大事にすることは、重要なことだな。
    それだけでも、おまえとつきあった価値はあったと思うぜ。だから終りにしよう」
マック「レイジ。だったらレイジも自分を大事にしろよ。望んでないことをしなくていい。
    俺はあんたを今から部屋に連れ帰って、今夜は抱くよ。
    もう嫌だっていうほど、抱くからな。俺は俺の為にそうしたい。最後だなんて、思わない」

レイジ「本気で言ってるのか。そこまでバカなのか、おまえは。おれに軽蔑されてもいい?」
マック「俺は、俺が好きなレイジを、大事にしたいんだよ。こんなことで、逃げたりしない。
    自暴自棄で、あんたこそ自分を捨てるなよ。そんな決断が茅野のためにもなるかよ!
    ひとつクリアしたなら、また新たな辛いことにも向き合えよ」
レイジ「何のことだ。おまえに説教される所以はない」

マック「課された重荷はいくら捨てても、また新しい荷ができるもんなんだよ。
    しょうがないんだ。だから都度、乗り越えるしかないんだよ。
    裏切ることが辛いなら、それを受け止めて消化しろよ。何を怖がってるんだ、レイジ」
レイジ「怖がってなんかいない。もしかしてこの結論でおれが逃げてると思ってるのか?
    冗談じゃない。あいにくそうじゃないぜ。鏡夜がおまえよりも必要なんだ、おれには。明白だ。
    おれが愛しているのは、鏡夜なんだから。どこが間違ってるんだ?」
マック「間違ってるね! あんたはそう思ってないよ。 茅野を傷つけるのが恐いか?
    だったら!! 茅野といるより、俺といろよ!! 俺がそばにいるよ。
    あんたに茅野がどうしても必要なら、茅野も俺が繋ぎとめてやる。あんたに茅野をやる。
    茅野のことも、おれに預けろよ。重すぎるなら俺があんたの荷物を背負ってやるよ」

レイジ「……何を、意味不明だ。 まったく会話が噛みあわないな。最後に偉そうにほざくな。
    テンパり過ぎて頭がどうかしたのか、いい加減にしろ。おれはもう帰る」
マック「駄目だ。今夜は、帰さない。
    うわッ。ナニコレ。すげぇ陳腐な台詞云っちゃった。でもその通りだからしょうがない」

レイジ「――――この後に及んで、出した答えはそれか? また身体だけの繰り返しだ……
    マック、どうしてわからないんだ……。失望させるなよ。また繰り返せば同じことじゃないか。
    何も変わらないんだ。何故ここで決着をつけようとしない。逃げてるのは、おまえの方じゃないのか」

マック「レイジ。何で繰り返しだって決めつけるんだ。望むことをすれば簡単なことだぜ。
    答えは出るよ。もう一度、俺を好きじゃないって言ってみてくれ。俺と寝たあとでだよ。
    俺とキスをして、体を繋げてから、もう一回、同じことを言ってみろよ――――」






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