The weight
03



登場人物:鏡 夜/マック
場所:深夜のピアノマン バーカウンター






鏡 夜「メリークリスマス。マックさん」

マック「今晩は」
鏡 夜「私がカウンターに居る時に来て下さるのは、ずいぶん久しぶりですね。
     何にしましょうか?」
マック「そうだったかな。ヘネシーVSOPを、ダブルで」

鏡 夜「かしこまりました。今、ステージ終りですか? 珍しいですね。
     私と対面で飲む気になって下さるなんて。てっきり嫌われてしまったと思ってましたよ」
マック「勝者と敗者だから、あんたは気分がいいだろ」
鏡 夜「気分がいいなんて、そんなこと申し上げられませんよ」
マック「言ってるじゃんか」

鏡 夜「確か二年前のクリスマスの日も、ここで貴男は飲んでいましたね」
マック「ステージ終わりだったから、クリスマスは終わってたよ。今日と同じだ」
鏡 夜「マックさんは寝るまでがクリスマスだと、おっしゃってました。
    そして、あのときもヘネシーを注文された」
マック「よく覚えてるな。あんたは店を閉めるまでがクリスマスなんだっけ?」
鏡 夜「ええ、そうです。だからまだクリスマスですよ。
    懐かしい会話ですね。この二年に、貴男と私がこんな関係になるとは、
    思いませんでしたよ。いえ、本当は少し予感はありました。
    あのとき、貴男はオーナーにとても会いたがっていましたからね」
マック「そうだな。無意識だったけど、そういうことだと思うよ。
    だからあんたは俺に、忠告したんだよな」

鏡 夜「忠告ではなく、申し上げただけです。オーナーを迂闊に心配しない方がいいと、ね。
    あのひとと寝れば、あとに退けなくなるは解っていました。誰でもそうですから」
マック「それが忠告だろ。でもその通りだったよ。おれはずいぶん、不相応な夢をみちまった」
鏡 夜「不相応な夢ですか? それは悪夢ですか? それとも良い夢?」
マック「さぁ。おれにとってはイイ夢なんじゃねぇの。
    まさかの高嶺の花と約二年、継続的じゃなくてもつきあえたんだから。
    あんたにとっては、良い気分じゃなかっただろうな。悪夢だったか」
鏡 夜「いいえ。全然。慣れていますよ。要の気紛れがどこへ向くかなんて、いつもでしたから」
マック「あんたはいつだってレイジを信じてるんだな。誰と関係を持っても、信じて待てた。
    レイジもあんたを信じてたし、お互いに信じ合ってるってわけだ。
    相思相愛か。俺の入る隙間なんてないよな。良かったな。
    今夜で完全にあんたのものになると思うよ。オメデトウさん」

鏡 夜「望む器を手中にしても、中身が入っていない場合、手にいれたものは何でしょうか」
マック「……意味わかんねぇ。中味は入ってるだろ。あんたのことを、レイジは愛してると言ってた」
鏡 夜「愛してるなんて、想ってなくてもあのひとは誰にでも軽い挨拶のように言います」
マック「おれは言われたことないけど」

鏡 夜「本気にすると困る人には、いいませんね」
マック「そんなに単純だと思われてたのかなぁ……まぁ、そうかも。すぐ誤解するから、俺」
鏡 夜「何故、困ると思いますか」
マック「誤解されて、あとが面倒だからだろ。悪いけど、もうその手の心理戦はいいよ。
    どうせ俺は負け犬なんだから、あんたと戦う気はないね。
    今夜は敗者宣言に来たんだよ。おめでとう、茅野さん」
鏡 夜「諦めるのですか。結局、そんな程度でしたか。残念ですね」
マック「おい、アンタ。いい加減にしろよ。そんな挑発、意味ねぇだろ。
    これでも今後のために穏やかに腹を見せてるつもりなんだぜ、俺は」

鏡 夜「犬の服従ですか。そんな必要があるでしょうか。
    私と仲良くなって、貴男に何かいいことでも?」
マック「あるよ。あんたと仲たがいしたら、この店に来にくくなるだろ。
    そしたらレイジが気に病む。あいつの顏が曇るのは嫌だからな」
鏡 夜「そのためにプライドを捨てて、私に腹を出して降参するんですか」
マック「するけど? プライベートで腹を出すなんて、大したことじゃないだろ。
    そんなのプライド以下のことだ。俺のプライドはそんな私生活の次元にはない。
    ベースを弾くときとか、音楽をやるときとか、そういう時にだけ譲れないものがあるんだ」
鏡 夜「……そうですか。自分の中に護るべき特別な領域があるひとは、強いですね。
    とても羨ましいと思います」
マック「あんたにだってあるだろ。仕事だとか、裏とか色々と奥が深そうだ」

鏡 夜「ありますよ。だけど、私生活の次元にないとはっきり言われるとは思いませんでした」
マック「……ちょっと恰好つけすぎたかも。本当いうと、なくはないですよ?
    私生活にだってあるにはあるよ。ちっぽけでヘタレなプライドだけど。
    だけど、レイジとのことに関して、レイジの為に捨てた方がいいなら捨てるだけだよ」
鏡 夜「マックさんは、考え方の方向が違うけれど、実は私と似ているんですね」
マック「はぁ?」

鏡 夜「レイジさんは、私を愛してはいないですよ」
マック「そんなことを今、云われても困る。そんなことはないと思うぜ。
    俺は、あんたとレイジが本気で付き合うから身を退くんだ。
    もしそうだったら、何故レイジは俺と別れようなんて言うんだよ?」
鏡 夜「今夜、貴男に会う約束で、レイジさんは貴男の家に行きました」
マック「別れ話だろ。今頃待ってるかな。だけど俺は……怖くて家には帰れないんだ。
    だって、終りが決まってるお別れ会には行きたくないよな」
鏡 夜「朝まで尻尾を巻いてここにいる気ですか?」

マック「そうもいかないけどな。何か……ここで諦められるきっかけでもあればと、
    三流ドラマチックに、始まりに戻ってみたっていうわけだよな。
    ホント、しょぼいよな俺って。諦めたと言って未練だらけだからな」
鏡 夜「きっかけですか。ならば、これはどうでしょうね。
    先日、メリナさんがナルセさんが怪我をして大変だと要を呼びに来ました」
マック「ああ。あれ、本当は俺が怪我したんだよ。まだ跡が残ってる。聴いてない?
    レイジが駆けつけるように、メリナには俺じゃなくてナルセが怪我したことに
    してくれって、頼んだんだ。本当にせこいよな。情けないって思うよ。
    レイジがナルセのことで必死になるのは、当たり前のことだからな……」
鏡 夜「メリナさんは、車に乗る前に、本当のことを話したんですよ」

マック「え……?」

鏡 夜「本当はマックさんが頭を殴られて、血まみれになって病院に運ばれたと、
    メリナさんは泣きながら云ったんです。嘘をつけない性格なんでしょうね」
マック「―――でも、レイジは、ナルセは無事かって、来るなり真っ青な顏をして言ってた……」
鏡 夜「貴男を心配して、そういう反応だっただけです。
    ナルセさんと言ったのは、貴男が嘘を伝えたことをきっと配慮したんでしょう。
    ナルセさんじゃなくても、オーナーは顔面蒼白で貴男のところへ行きましたよ」
マック「なんで、レイジはそう言わなかったんだ……」

鏡 夜「わかるでしょう? 素直じゃない。それに本心を隠すことは容易にできるんです。
    もっとも自分で本心に気が付いていないなら、隠す必要がないですけどね。
    江蕩さんにだって、ストレートに気持ちを伝えられなかった人ですよ?
    潜在意識で貴男に惹かれていることなんか、健在的に認めるはずがないでしょう。
    レイジさんは、自分の恋愛に関しての答えを知らないんです。まるで小学生レベルです。
    ずっとこのまま潜在意識下に沈めて、忘れたまま終りたがっている」
マック「なんでそれを俺に言うんだよ? あんたにとって、俺は恋敵だよな?」
鏡 夜「そうですよ。だけどあのひとのことは、私の方がよく知っている。
    貴男は私から彼を奪って、彼と一緒に私と戦えばいいんです。
    もしくは、彼が私を必要としてるなら、私も彼に与えればいい。それが一番平和的です」

マック「はぁ?! どういう意味だよ? 冗談だろ、レイジを今まで通り共有しろってことか?
    俺はそういうのがイヤだからこそ、レイジを……」
鏡 夜「そうは言っていません。あのひとの望みを優先してはどうかと言ってるだけです。
    私と先も寝るか寝ないかは、彼の気持ち次第ですけどね。自信がありませんか?」
マック「ない。あるわけない」

鏡 夜「そうですか。だけど今、あの状態で私を選ぶなんて、自虐もいいとこなんです。
    下手をすると元に戻る可能性があります。自殺したがる頃の、あのひとにね。
    江蕩さんの墓参りに行ったとき、あのひとは私が声をかけなかったら、飛び降りていましたよ」
マック「なんだって……。 だけど、もうレイジは死ぬ気はないんだろ? 大丈夫だよな?」
鏡 夜「本人はそう言ってますけどね。でも常に原因になりそうなことはこれからも起こり得る。
    厄介なことに衝動的に何かをするから、私の居ない時にそうされると止めようがない。
    そんなことは私は絶対に望みません。困るんです。そういうことでは。
    精神安定を望むなら、きっと今、貴男と体も心も離すのはよくないと思います。
    いったん体が離れてしまうと、心も平均を失いやすい」

マック「意味わかんねぇんだけど……どう考えたらいいわけ?」
鏡 夜「難しいですか? だったら簡単に言いましょうか。
    ナルセさんが怪我をしたと聞いたとき、彼は酷く心配して的確に行動ができました。
    だけど本当はマックさんだと聴いた途端、レイジさんは過呼吸になりかけて混乱していた。
    たぶん、大事なひとを永遠に失くすことを想ったんでしょう。
    そして私はそれを見て、少なからずショックを受けましたけどね。
    正直、そこまで深く入って来ているとは思わなかった……。間に合うと思っていた。
    思い当たる疑惑がどんどん確信になりました。私には担えない役目が貴男にはある。
    レイジさんの今後の心の安定を願うなら、その役目だけは今の私にはできない」
マック「もし、そうだとしてもレイジは俺を好きだと認めないし、レイジの望みは俺と切れて別れることだ。
    もう決めてて完結してるんだ、レイジの中では結論がついてる。どうしろって言うんだ」

鏡 夜「上辺ではね。ではそれを優先しますか? 彼のために?
    それが本当の彼の望みと思うのですか? 貴男には覚悟がないんですね。
    何もかもが厄介な彼を受け止めて、この私から奪う覚悟が。もしくは私を与える覚悟が、ね。
    それがないのであれば、ここで朝まで飲んでいても構いませんよ?
    今の私にできないだけで、この先の私にはできることですからね。
    貴男と別れて彼は私を愛そうと努力するでしょう。そうすれば次第にそうなって行くものです。
    何の心配もない。だから貴男のチャンスは、これが最後ですよ」
マック「なぁ。何でそんなに俺を挑発するんだ? あんたは俺が邪魔なはずだろ?
    この先のあんたにできるのなら、そんなこと言う必要ないよな。何の誘導尋問だ?
    俺を試すようなセリフも必要ない。俺はあんたの言いなりにはならないぜ。
    話は聞いても、最後は自分で決める」

鏡 夜「そうですか……。
    意外にマックさんは冷静なんですね。もっと単純なひとかと思っていましたけど」
マック「生憎、俺は単線だけど、都会の悪魔が囁くのには用心してるんだ。
    用心深い田舎者なんだよ。都会人の造った気取った石橋は叩いて渡る。
    あんたは特に悪魔らしいから、頑丈な石橋の先で地雷を埋めてるかも知れないだろ」
鏡 夜「面白い表現ですね。でも他意はありませんよ。貴男がただの男なら、こんなことは言いません。
    さっさと言いくるめて追い払うだけでしょう。私は負けるのは嫌いです」
マック「じゃあ、何だよ。俺はただの男で、あんたには全然敵わないよ」

鏡 夜「だけど私にも敵わないものがある。敬意を表するものがある。
    それは私にとって、貴男がシックスティーズのベーシストだからです。
    これはシックスティーズの貴男に対する、私の敬意です」







photo/akoさま

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