What's Going On


SAWA(2)




ステージが始まった。

珍しくステージ上のマックはサングラスをしていなかった。
オレの大好きな鋭い目がそのまま晒されている。
しばらく見惚れて、我に返る。
思わずヨダレが出てないかちょっとセルフチェック。

そこそこ美形とは言ったが、マックはかなり整った顏をしている。
そこはオレの今までの趣味の合致を見出す最大のところ。
良く見るとパーツのひとつひとつの造りがくっきりと正しくて丁寧だ。
男前でキリリとした精悍な容貌。まるで野生の豹のよう。
但しじっくり見ないと案外分かりにくい。
ベースは目立たないポジションだからあまり注目されない。

ただこの豹の中味は二枚目ではなく、時々可笑しなことを云う三枚目の豹。
MCではその妙な間合いに、いつもクスクス笑われているのが常のようだ。
そのギャップも人気のひとつかもしれない。
そう。マックはその良さに気付いた女性には、意外とモテる。

マックの身体は身長のこともあり、遠くから見ると結構きゃしゃな造りだが、
真近で見ると意外に腕だけではなく、身体も筋肉質なのがわかる。
運動不足になるからジムで鍛えているんだと言っていたが、
あの体を直に触れることができたら、幸せだと思う。


オレの前で脱いでくれるのは、いつになるんだろう。
あの身体に抱かれるのは、どんな恍惚だろう。
セックスは上手いだろうか?
キスは上手かった。というか、ひどく優しかった。
想像するにセックスは退屈しないで愉しいと思う。
AB型男は結構、セックスに関して凝り性だから。

ふとステージのマックと目が合った。
すると鋭い眼光の豹は、愛嬌のある子猫のような笑顔に変わった。
オレに気が付いてくれた。あの笑顔も良かった。

マックが時々みせる、はにかんだような笑顔が好きだ。
見ると自然に顔がほころんだし、やはりオレはあの笑顔を手に入れたいと思った。
けれど彼は何度口説き文句を言っても、手ごたえ無くすり抜けてしまう。
もう少しで落ちそうな雰囲気なのに、落ちない。
最強に手ごわい。
オレにしては、随分時間をかけすぎていた。

かつてこれほど苦戦したのはギタリストの豪さんくらい。
そういえば彼も過去シックスティーズのバンドマンだった。
シックスティーズはやはり質が高い。
豪さんは結局、落ちなかった。
でもマックは、絶対に落としたい。
そろそろ本気で仕掛けてみようかと考えたりする。

そんな思いを秘めていた矢先のできごとでもあった。


オレは気まぐれにリクエストカードに「アイラブユー」と書き、
連れのマダムを指さして欲しいとメッセージを書き入れた。
それはアイラブユーでの、マックのパフォーマンスだ。
邦題は、好きさ好きさ好きさ。基本、日本語版で歌う。
『おまえのすべて』のフレーズで客席を指をさす仕草をするのが見どころ。

ナルセにやれと言われて、気恥ずかしいがやってるうちに慣れてきたと、
いつだか話してくれたのを思い出した。
本音はオレを指さして欲しかったが、公衆の面前でそういうわけにもいかないので、
マダムをだしに遣った。

マックならきっとわかると思った。
きっとマダムを指さしてくれるだろう。
茶目っ気とサービス精神はある奴のことだからそこは安心だ。
そのとき、こっそりオレの方を見てくれればいいのにと、少し期待した。
そうなったら、きっと心が弾む。

……心が弾む?
そんなことで? このオレが?
オレは本当にどうかしちゃったのかな。
どうも今までとは勝手が違って、おかしな感じがする。

そして、アイラブユーのリクエストは通った。
思った通りにマックはマダムを指さしてくれた。キマッてる。
が、目線はオレではなくもちろんマダムでもなく、もっと上の方を見ていた。

オレは反射的にその視線の方向を仰ぐ。


――――レイジさん。

そこにはピアノマンのオーナーがいた。

愕き。
店に来るのが珍しいことなのかよくあることなのか分からなかった。
見知った顏の客を捕まえて聴いてみると、
彼はナルセを目当てに時々来ているらしかった。
今日はナルセが休みなのを、オレと同じで知らなかったのか?

気にはなったが、最後のステージ途中でマダムが飽きてしまったので、
店を出ることになった。
ナルセはいないし、最後まで見る価値はないということだろう。
オレも少し気が萎えていたので、躊躇なく席を立った。
なんとなく先ほどのことが面白くなかった。

マックはレイジさんを見ていた。

それがやけに気になった。
思い過しではない。きっと。

でも、ただその時に来た客を無意識にマックは目で追っていただけかもしれない。
そういうことは、稀にある。多々ある。
それが今回たまたまレイジさんだっただけで、ただ単に見ただけかもしれない。
来た客が、ピアノマンのオーナーだった。
それを見ただけに過ぎない。
タイミング良く。
レイジさんがちょうど来たタイミングだったかどうかは分からなかったが。

いや。

でも。

あの眼は、

熱を帯びていた。

……そんな気がした。
マックをずっと見てきたオレだから分かることかもしれない。
マックには客が彼だということは、分かったはずだった。
レイジさんは、特別なオーラがある。ナルセのように。
ただ、ステージに立っていないというだけ。オーラを隠している感じもする。
けれど暗い客席でもステージからでも、彼の姿はきっとわかる。

考えすぎだとは思うが、ただただ無性に面白くはなかった。
たとえばそうだとして、熱っぽく見たと仮定して、理由はなんだろう。

マックの片思いなのだと考えるとそんな気もしなくはない。
むしろそれだと、あれだけピアノマンに行くのを嫌がった辻褄も合う。
ナルセと同じく高嶺の花の想いは叶うはずがない。
マックとピアノマンのオーナーでは、不似合すぎる。
レイジさんがマックを相手にするはずがない。
マックには悪いけど、真実だ。

オレはどっちに嫉妬しているのか分からなかった。
マックが絶対的に好きだし、でも正直レイジさんには惹かれていた。
ただレイジさんは届かない華だから初めから諦めている。
それは絶対、マックにも言えることのはずだ。
だからこそ、気になるのか。

帰る間際までレイジさんを観察してみたが、
レイジさんは、ステージを見ていないようだった。
ナルセがいないことで興味が失せたのだろう。
もちろん、オレのことにも気が付いてないようだった。

フロントを出たところで、ピアノマンのバーテンダーに出くわした。
確か名前は、カヤノ・キョウヤ。
イケメンとか美形とかいうより、美しい男と形容するのがしっくりくる。
そしてレイジさんとはまた違う、ミステリアスな雰囲気。
オレに気が付くと微笑んで会釈をしたが、マダムを気遣ってか声はかけてこなかった。
オーナーを迎えにきたのだろうと思った。
営業用の綺麗な笑顔だった。ちょっと怖いなと思った。
魔物のような妖艶さだ。

レイジさんとはできてるんだろうなと思う。
間違いなくそうだと思うし、レイジさんにはああいう妖しい男が似合う。
マックではイメージが違うだろう。そのはずだ。
オレがそうあって欲しいだけ?

何故こんなに気になるんだろう。
妙にマックと話がしたくなった。
オレはレイジさんのほうに嫉妬しているのか?
マックが見つめたから?

だって、あんなマックの目をみたことがなかった。
あんな風に見つめられたこともない。
身体が熱くなった。
胸も苦しい。
急にあのキスを思い出した。
マックが酔ってオレにした、あの優しいキス。
誰かと間違えていた、キス。

同時にひどく不安になった。
マックとはまだ付き合ってもいないのに、この不安はなんだ。
マックとすぐにでも話したい。気持ちを確かめたい。

マックがオレを避け続けているのは、それが原因じゃないのか。
そんな想いが重い胸に持ち上がってきた。
叶わぬ恋なのに諦めきれず、オレと彼の間で揺らいでいるんじゃないのか。
だから、オレとの差が縮められない。そんな気がした。
全て勝手な想像なのに、
マックのあの目はそういう想像を真実かのように抱かせた。



今夜はやけに寒い。

空にはオリオン座が綺麗に見えた。
都会では珍しい。冬の空は冷えて澄んでいる。
こんな場所でも状態によっては冷たい空に星が煌めく日もあるんだな。
ふだん滅多に空を見上げたりはしないけど。
人は何かを想って途方に暮れるとき、空を見上げる。
広々とした空を見て、ちっぽけな悩みを忘れたいからだと思う。

マックに会って話がしたい。
思うのはそればかり。
マックの声を聴きたい。
マックがオレだけに笑いかけるのが見たい。
マックに、会いたい。

さっきステージで見たばかりなのに、オレはあの笑顔がもう恋しくなった。
自分を持て余すほどの恋というのは、随分と久しぶりな気がした。
恋。恋だって?

おれは、マックに恋している。
そうなんだ。今回は、本気の恋だ。
だったら、急がないとダメだという気がした。
携帯を出して、メールを打つ。
早くしろと、緊急警報が頭の中で鳴っていた。

どこからか軽快なメロディが聞こえてきた。
近所のクラブの音楽が、何かの偶然で外に漏れているのだろうか。
メールの返信を待つオレの耳にはまったくその曲は耳に入ってはこなかった。





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