DESPERADO
 〜デスペラード〜


02
2月13日 深夜のピアノ・マン

登場人物:リン/レイジ/鏡夜


リ ン「たぶんアキラはさぁ、ナルセのこと、本当に好きだったんだよ」

レイジ「本気で好きだったのか?」
リ ン「そう。だけど、ああ見えて慎重派だし、本気色が濃かったし、
    ナルセの誘惑にのりそこなったみたいだし、しょうがないよ。
    色恋ってのは両者の想いが合わないと、どうにもならないんだ。
    でも結局、これで良かったと思うけどな、俺は」
レイジ「でもナルセと寝てないんじゃ、未練が残るんじゃないか?
    アキラもナルセと寝るべきだと思うがな」
リ ン「混ぜ返すこというなよ。寝た方が未練って残るんじゃないの?」

レイジ「そうか? せめて一回寝たら、納得するだろ」
リ ン「何を納得するんだよ」
レイジ「いや、分からない。何だろう?」

リ ン「レイジ。何かさっきから上の空じゃない? 考え事か?
    いつも以上に適当な回答だぜ?」
レイジ「そんなことはない。ちゃんと聞いてる。おれは適当が嫌いな男なんだ。
    それよりも、酒の肴にアキラの失恋てのは、どういう趣向なんだ?
    あまり感心しないな。気の毒だろ、アキラが」
リ ン「そういうつもりじゃないよ。
    アキラが肴なんじゃなくて、テーマは失恋だよ。
    ただナルセが浮気を本気でやめて、アキラは完全に失恋したんだよなってことだよ。
    だから、叶わぬ恋とか、大人になっての失恋は辛いよなって、俺はしみじみ語ってるわけ」
レイジ「ふぅん。大人の失恋ねぇ。 キョウ、おまえはどう思う?」


鏡 夜「何をですか?」

レイジ「だから、アキラの失恋についてだよ。話、聞いてたのか?」
鏡 夜「いい大人が深夜二人して、クラブのバーカウンターで語る話題ではないと思いますけど」
レイジ「バッカだな、おまえ。男の恋バナだよ? しかも失った恋についてだよ?
    折しも明日は、いやもう今日か? バレンタインデーなんだぜ。
    アダルトな大人がバーカウンターでしか語れないよな、イタ苦い話だろ。
    お客さまが失恋について語ってらっしゃるのに、無下にする気なのか。
    そんな従業員教育をした覚えはないな、おれは」
鏡 夜「ここにいらっしゃらない人物のプライバシーに触れるお話をするのは、
    参加しかねます。私の知らない人ではないですしね」

リ ン「やだな、茅野さん。アキラの話は、まぁ、例みたいなものだよ。
    俺はアキラの話をしてるんじゃないよ。……そうだよな?」
鏡 夜「どうでしょう。少し酔いすぎのご様子ですよ、リンさん」
リ ン「そっかな……。そうだよな。アキラが気を悪くするよな。ごめん。
    このとこ、茅野さんに話を聞いてもらうの、心地いいんだよね、俺」

鏡 夜「恐縮です。私もシックスティーズのリンさんと話せるのは楽しいですよ」
レイジ「じゃ、鏡夜を貸そうか? デートまでなら2枚、ベッドインは追加料金だぞ」
鏡 夜「要オーナーは、黙ってて下さい」
リ ン「勘違いしないで貰いたいんだけど、俺、ゲイじゃないよ、茅野さん」
鏡 夜「分かってますよ。要の言うことは無視してください」
レイジ「ちぇ。おれは仲間外れかよ……」

リ ン「なんかさ、うまくいかないんだよね。恋愛とか、そういうの。
    要するに、話したいのは、おれの失恋の話なんだけどさ〜、聞いてくれる?」
レイジ「初めからそういえばいいのに。自分がもてないのは何故かって」
鏡 夜「貴方はもう発言しないでください」
リ ン「レイジや茅野さんはモテるから、失恋なんて心配しないんだろうけど、
    俺はさぁ、やたら失恋してるよね。何がイケてないんだろ?」

鏡 夜「オーナーは知りませんが、私はもてませんよ。
    リンさんは素敵だし、貴方が悪いわけではないと思います。
    ただ、その女性とは合わなかっただけと考えた方がいいでしょう」
レイジ「甘やかすな、キョウ。リンが悪いから、女が逃げてくんだろ。
    一回ならともかく、何回もならリンのどっかに問題があるんだよ」
リ ン「やっぱ、そうなのかなぁ……」

レイジ「そもそも、どの段階で振られるんだ? 寝てからか? 寝る前か?」
リ ン「……寝てから、かな。つーか、お互いを知る前に寝ちゃうからダメなの?」
レイジ「お前さんも手が早いねぇ。いい子に目をつけたら速攻だ。
    昔にやんちゃしてた奴は、いつまでもそのノリだから呆れるよな。
    喧嘩っ早い奴は、パンツ脱ぐのも早いってわけだ。
    それじゃあ床の方の問題じゃねぇの、と言いたいとこだが、まぁ違うな」
リ ン「え、違うのか? 俺、実は最近そこかなって心配してたんだけど……」

レイジ「相手は、セブンレイジィロードのファンの子だろ?」
リ ン「まぁ、そう。おれのファンって言う。おれは店でしか、知りあう暇ってないし……」
レイジ「狙った獲物と寝ちまうと、それに満足してあとはもう用無しってやつだよ」
リ ン「ええッ!! マジで? 俺が獲物?! 女の子もそんなふうに思うのか?!」
レイジ「女舐めてんじゃねぇぞ。奴らは男以上に強かだが、ハンターじゃない。
    キャッチ&リリースのフィッシャーウーマンだ。釣って戻すが、虐待になる場合もある。
    いいか、プチ常連でやたらと仲良くしたがる女には気をつけろ。
    シックスティーズのドラマー、爽やかリン様をヤリ落とすフィッシング・ゲームだよ」

リ ン「そんなことないよ……みんな、いい子だし……おれ、釣られてたの?」
レイジ「だったら、何で寝てからすぐゴメンナサイされるんだ?」
リ ン「だから、俺のテクが悪いかのかな……って……自信、無くしててさ……。
    もうこの際、ゲイになっちゃおうかなってくらい、悩んでるんだ」
レイジ「アホか。ゲイを舐めんなよ。ゲイはもっと努力してるんだよ。
    いいか、女と知り合ってすぐ寝るのをヤメロ。ガキのすることだ。
    真面目に長く本気で付き合いたいなら、グルーピー女の前でパンツを簡単に下すな。
    そして股間にすぐムシャブリついてくるカンディル女を選ぶな。以上だ」

鏡 夜「たまには、貴方もマトモなことを言うんですね」
レイジ「アホな小僧と話してると、イライラするからな。アホが感染すると困る」
リ ン「だってレイジだって、まずセックスから入る派だろ?!」
レイジ「なんだって? おれは初めから、本気のおつきあい前提なんかじゃねぇからな。
    おまえの軽さと一緒にするなよ。さっきのは野郎同士の場合は、適応しないんだ」
リ ン「本気のおつき合いなし? すべてが遊びで終わりなのか?」
レイジ「遊び? それも違うな。遊びの行為だなんて、侮辱だぞ。
    この歳で遊びだなんて、中身のない大人だと言われてるようなものだ」
リ ン「じゃあ、レイジの行為はなんて言うの」

レイジ「社交辞令だな。つまり紳士の儀礼だ。敵だと思わせず、相手に微笑む」
リ ン「おかしいだろ、それ。儀礼でセックスって危ない思考の人か逆にケダモノじゃん」
レイジ「じゃあ、紳士の娯楽だ」
リ ン「変わりませんけど。というか、娯楽と遊びって一緒だろ?」
レイジ「全然違うな。娯楽は紳士の嗜みで、遊びは下等な風俗、不良のゲーセン通い並みだ」
リ ン「屁理屈じゃん、そんなの」
鏡 夜「要オーナーは、自分好みの裸体に出逢ったら、コレクションしたいんですよ」
リ ン「ひぇー。これまた危険な発言が出てきたんだけど。言うねぇ、茅野さん」

鏡 夜「要オーナーの娯楽は、あまり品が良いとは言えませんからね」
レイジ「狙った獲物は逃がさない野生のハンターだ、とか言えば納得するわけ?」
リ ン「げげっ、オヤジくさいなぁ、レイジ(笑)」

レイジ「放っておいてくれ。もうオジサンは、いいお歳なんだ。
    面倒臭い惚れた腫れたは、もういいんだよ。
    おれが呼んだら飛んで来る、誰か数人がいれば間に合うんだよ」
リ ン「レイジは相手がひとりじゃ、満足できないんだ?」
レイジ「……でも、ない」
リ ン「なに? 今の何? 妙な間があったぞ?
    でもないって、どういう意味? 今、誰か特定の相手のこと考えただろ。
    ちょっと目が、泳いでたぞ〜? 怪しいなぁ♪」
レイジ「はぁ? んなわけねぇだろ。あっちの客が帰ったんだよ、バカ。
    おまえも、もう帰れよ。いい加減、店を閉めたいんだがな」

鏡 夜「現在のお相手には、ずいぶんご執着のようですね」
レイジ「ッバカ、おまえ、何を言い出すんだよ」
リ ン「なになに〜? レイジ、今リアルで本当に誰かとつき合ってるのか?
    あ、アレかな? この間のメールの相手かな? ついに本命か?
    ズルいぞ、どんな相手か、吐けよ♪」
レイジ「あのな。誰とも付き合ってないし、おれの本命はナルセだ。
    そもそも付き合う気なんかないって、言っただろ。ハイスクールかここは。
    いい加減にしろ。高級ナイトクラブは、話の質も大事なんだぞ」

リ ン「でもレイジは、ヘミとならつき合いたいんじゃないの?」
レイジ「それはつき合いたい。是非ともだ。結婚してもいい。裏本命でもある」
リ ン「嘘ばっかりだな。そんなんだから、ヘミに相手にされないんだぜ、レイジ」
レイジ「バカかおまえ。女王さまには、相手にされない方が燃えるんだっつーの」
リ ン「結局、ヘミでさえも真剣につき合いたくないんだ、レイジはさ」
レイジ「そんなことはない。それはまったく誤解だ。
    ヘミは、おれの別途コーナーに、特別指定席の用意がある」
リ ン「レイジの相手って、どんな人が多いのかなぁ。男と女では、どっちが多め?」
レイジ「そんな質問、答える義理はないな」

鏡 夜「私が思うには、男性だけでしょうね」
レイジ「キョウ、おまえな。さっき、プライバシーがどうの言ってたよな?」
鏡 夜「この場にいらっしゃる人物なら、反論できるでしょう?」
リ ン「ほうほう。茅野さんが言うなら、むしろ信憑性があるな……」
レイジ「ホラ見ろ! おれの言うことなんか、信用されねぇんだよ。余計なこと言うなよ」
リ ン「レイジは、じゃあ今、恋してないの? その相手のことは、何なの?」

レイジ「おいおい、話の内容がナイトクラブにあるまじき中身になってきたぞ。
    て言うか、良い大人がする話だとは思えなくなって来た」
リ ン「恋の話は全国飲み屋につきものだって、さっき言ってたじゃん自分で。
    あ〜ぁ。俺もナルセみたいに、恋がしたいよなぁ」
レイジ「ナルセのあれ、恋とかいう話か? 修羅場ドロドロじゃないか」

リ ン「だって、今はラブラブだもん。ステージ降りたら、るんるんだもん。
    豪ちゃんに会う機会があるだけで、すごく幸せそうだもん、ナルセ。
    女の子じゃなくても時にはトキメキとか、男にも必要じゃない? だろ?」
レイジ「いや、ときめきっておまえ。言ってて恥ずかしくないのか」
リ ン「レイジはもう、二人の邪魔はしないんだろ?」
レイジ「するよ? するに決まってるだろ。おれのナルセだぜ? 冗談じゃない」
リ ン「だって、最近、うるさく言わないじゃん、ナルセのこと」
レイジ「……そうだったか?」

リ ン「そうだよ。他のことに気をとられてるんじゃないの?
    ナルセもレイジがちょっかい出してこないんで、安心してるのかも」
鏡 夜「今のお相手とのことが忙しいんでしょう。きっと」
レイジ「さっきから何やら言葉に悪意を感じるですがね、茅野くん?
    おれ、君に何かした? 何を怒ってるんだ?」
リ ン「妬いてるんだ〜、茅野さん♪
    そういや、二人はどういう関係なの? やっぱ、そういう関係?」
鏡 夜「妬いてません。違います。私たちは、雇い雇われの主従関係です」
レイジ「じゃ、何にもしないから、怒ってるのか?
    悪かったよ鏡夜。今晩、ヒマ?」
鏡 夜「ええ。貴方さえ良ければ溜まっている書類に一晩中、目を通して欲しいですけど」

レイジ「なぁ、コイツ、コレ本気だよ?
    まだリンと寝る方がマシだよな。どう、おれと今夜?」
リ ン「えー、どうしよう。悩んじゃうな。
    レイジに抱かれたら、もうリンくん、社会復帰できなくなっちゃうかもぉ〜♪」
レイジ「(ー_ー)。
    おれだって社会復帰できなくなっちゃうわ。
    おまえみたいな爽やかなのに手を出したら、おれのアイデンティティが下がるわ」
リ ン「ひっで〜な(笑)。確かにレイジは、色気がないのは嫌いだよな。
    マジ、俺とマックとメリナは、レイジのアウトオブだよなァ〜(^。^)?」
レイジ「……そうだな。ない、な」

リ ン「メリちゃんは天真爛漫天然少女みたいだし、レイジの趣味じゃないよな?
    マックは、論外だろ? きっと喧嘩っ早いよ、アイツ。
    時々、怖いくらい目つきが狂暴だもん。で、あっちの手も早いと思うな」
レイジ「あの小僧、田舎から出てきてナルセにすぐ手ぇつけてんだから、手は早いだろ」
リ ン「まぁ、そうだけど。でも本当はバイセクだよ、マックは。
    こっちに出てくる前、地元では女の子とつきあってたみたいだから」
レイジ「へぇ。そうなのか」

リ ン「マックって、普通にやんちゃだったんだよ。音楽バンド好きの不良さ。
    昔の俺と同じ匂いするんだよなぁ……。でも俺より少し、几帳面だよな。
    口は悪いけど、面倒見は良いし、結構、真面目なとこあるし。
    ナルセと寝たのは、好奇心だろうな。上京して初めに誘ってきたのがナルセだ。
    ある意味、怖いもの無しだよな。いきなり上級から始めちゃったらさ」
レイジ「いきなり高級男娼じゃ、もう女なんか抱けないだろうよ」
リ ン「見る目は肥えるかもね。でも好きになったらそういうこと気にしない奴だ、きっと。
    おれはあいつの人柄とか好きだよ。すごく良いヤツだもん」

レイジ「やんちゃ同盟かよ。おまえも初めの頃、喧嘩っ早かったもんな」
鏡 夜「リンさんが? そうなんですか?」
リ ン「まーね。シックスティーズに来る前にロックバンドやってた時は、
    破天荒がカッコイイと思ってたんだ。若気の至りだよ。まぁその話はいいじゃん。
    レイジはさ、もう一生、ひとりでいるつもりなの?」
レイジ「おれか? そうだな。おれには、ピアノマンがあるからな」
リ ン「そうか。……ん、そうだな。ごめん。
    レイジには、寂しいときに来てくれる何人かいれば、それで足りるよな。
    特定の恋人じゃなくてもさ。そういうのもありだよな。
    俺もそういうクールな生き方にしようかなぁ。
    ミュージシャンてさ、収入も不安定だから、結婚してうまくいく奴とか少ないし」
レイジ「数人キープがいても、ひとりも捕まらない時は、悲惨だぞ」
リ ン「げ……。そういうこともあるのか」

レイジ「もちろん、あるさ。そういう生き方をするには、覚悟がいる。
    過去、おれがどれだけ悲惨なイベントをひとりで過ごしたと思うんだ?」
リ ン「え、そんな悲惨な体験もあるのか?!」
レイジ「ひとりのクリスマス、ひとりのお正月、そしてひとりのバレンタインデー。
    誰に声をかけても先約済だ。もう寂しくて死にたくなるぜ?」
リ ン「それは地獄だな……地獄の連続三か月イベントだよ」
レイジ「自分がそういう態度で接してるなら、相手だってそうだろ?
    相手をオンリーワンだと思わないのなら、相手だっておれが一番じゃない。
    だから頑張って、オンリー彼女作りに励めよ、青少年。諦めるな。
    おまえに掛け持ちなんかは似合わねぇよ、リン」

リ ン「そっかぁ。結局は、そうなのか〜クソ〜。
    分かった……。レイジの助言を、まず実行するとこから始めるよ」
レイジ「なんか助言したっけ?」
リ ン「寝るのは、あとにしろって言ったろ?」

レイジ「ああ、それか。そうだな。そうしろ。とりあえず」
リ ン「なんか、いい加減だなぁ。ホントに上手く行くのかな……」
レイジ「少なくとも、身体目当ての女だけは、回避される」
リ ン「なんか、リンくんの価値って何だろう……トホホだな」
レイジ「そう悲観するな。最悪シックスティーズには、リンのドラムが必要だからな」

リ ン「慰めになってないって!!」


★★☆



レイジ「やれやれ。やっと帰ったな。リンのお喋りは長いからな。
    本当にガキみたいなことを、平気で相談してくるから困る。
    あいつも天然系だな。おれは学校の先生か、兄貴にでもなった気分だ……」

鏡 夜「甘えてるんでしょう。貴方を慕ってるんですよ」
レイジ「リンに甘えられても興奮もしないし、可愛くともなんともないね。
    ナルセがシックスティーズに、リンを連れてきた当時なんか、
    リンと客が乱闘寸前なんてことは結構あってな。豪がよく止めに入ってたよ。
    喧嘩っ早いし、本当やんちゃだったんだ。ずいぶん丸くなったよな、あいつ」
鏡 夜「私は、そう思いませんよ」
レイジ「は? もしやリンに野生の魅力を感じるの、おまえ?」

鏡 夜「いいえ。貴方にとってオンリーワンでなくても、
    相手にとって彼方は一番ということも、有り得ると思います。
    数人の中の、少なくとも私は、そう思ってますよ……初めから」
レイジ「……おれを誘ってるのかな? キョウ……。ちょっと長いこと、放置し過ぎたか?」
鏡 夜「ええ。貴方は私にとって、いつでも一番、最優先です。
    今夜は全部の書類にサインして貰うまで、帰しませんからね。
    いったい、どれだけ私が内務で大変な思いをしているか分かってるんですか」
レイジ「なんだか在りし日の自分を見ているようで、他人事だと思えないな……。
    どうしたんだろう、ありもしない心が痛むよ……ちくちくと」

鏡 夜「レイジさん……。他人事じゃ、ないですよ。
    私は貴方の、裏商売の駒ですからね。貴方がいないと、動けない。
    裏の世界へ引っ張り込んでおいて、存在を忘れて貰っては困ります」
レイジ「そんなに怒るなよ……。なんだよ。忘れてないよ、いつだって。
    最後の客も帰ったし、閉めるか。そろそろ閉店時間を作るべきかな。
    いつも居残りご苦労さん。片付けたら、先に帰っていいぞ。
    書類はオフィスにあるんだろ? 全部サボらないでやっとくから。
    もう、おまえと一緒に書類を片付ける時間は、いくらでもあるんだしな」

鏡 夜「さっきの話は、本気にしていいんでしょう?」
レイジ「さっきの話?」
鏡 夜「溜まっている『私』に、一晩中、目を通してくれるって」
レイジ「え。それ、そういうエロい意味? 書類じゃなかったのか?」
鏡 夜「もちろん溜まった書類も、現実に山積みでありますけどね。
    たまには、貴方の夜を独占してみたい日もあります。オレにだって」
レイジ「大層な口説き文句だね。
    そういえば……おまえと最後に寝たの、いつだったっけ? 鏡夜」
鏡 夜「忘れました。記憶にないくらい前ですね。貴方はいつも忙しいですから、
    他のひとと寝る時間はあっても、私とはないんでしょう」

レイジ「遥か昔に言ったことがあるようなセリフだ。自分に責められてる気がするな……」
鏡 夜「責めてはいません。そんな権利を、私は持ってはいないですから」
レイジ「権利はあるさ。おまえのことは、忘れてなんかいない。大丈夫だ、心配するな。
    天国のあいつと違っておれは優しいし、この場所に帰ってくる。ここはおれの場所だ」
鏡 夜「……あれは、本気でした決心だったんですね」
レイジ「安心していいって話だよ。もう、今後は危険なことは、滅多にない。
    重荷は軽くなったんだ。忙しさも、これから半減だから、仕事を増やさないとな。
    裏の闇におまえを引っ張り込んだのは、おれだ。その責任は持つ。
    鏡夜には、あの頃のおれみたいな虚しい思いはさせねぇよ。
    だから責めるなよ……。何だか罪悪感でヘコむだろ……」

鏡 夜「責任とか義理で抱かれても、嬉しくはないです」
レイジ「本当に今日は絡むな? 長いこと放っておいたから拗ねてるのか?
    おれは、鏡夜なら任せられると思って、おまえを選んだんだぜ。
    言っとくが、おまえはおれの商売道具の駒なんかじゃない。
    現世の、おれの相棒だと思ってるよ。本当だ。
    義理で抱くんじゃない。期待以上に、おまえはやってくれてる。
    一番、頼りになって、使える男だと認めてるんだ。それじゃ、足りないか?」
鏡 夜「本心なら嬉しいですよ。でも貴方が私を闇商売の相棒に選んでくれたのは、
    私がただ、今迄の中で一番優秀だったからに過ぎない。
    そして抱いて欲しいと頼んだから、お義理で寝てくれているんでしょう?」
レイジ「義理だなんて言ってねぇだろ。しつこいぞ。
    最近しなかったのは、理由があるんだ。実はこのとこ、勃起不全でな。
    歳には勝てないよな。本当にまいったよ。
    まぁでも、もう治ったから、大丈夫だ。いつでもオッケー」
鏡 夜「それも知ってました。治ったって、病院にでも行ったんですか?」

レイジ「いいや。自力で治した。鏡夜くんを抱くために頑張ったんだよ」
鏡 夜「……どうだか。奇抜な荒療治のおかげでしょう?
    それにしても、珍しいタイプに手をつけましたね、貴方にしては」
レイジ「なんでも御見通しなら、聞くなよな。
    リンにバラすなよ? あんなことがバレたら、おれのメンツに関わる」
鏡 夜「あなたのメンツだけの問題なんですか?」
レイジ「そうだよ? パンツだけの問題の方が良かったか?」
鏡 夜「だったら、コソコソと会うのは止めたらどうです。
    もう治ったのなら、彼との密会は必要ないでしょう」
レイジ「コソコソなんか、してねぇだろ。おれに尾行でもつけてるのか?」

鏡 夜「尾行は撒くくせに。これ以上詮索するのは、やめておきます」
レイジ「知りたいことがあるなら、おまえの情報網で調べろよ?
    もうすでに調べたか? おれが気がついてないと思うなよ?
    もしもおまえが敵側につくことになったら、おれは心底恐ろしいけどな。
    老い先短いおれのことを、捨てないでくれよな、キョウ」
鏡 夜「ターゲットが貴方の心なら、何も知ることはできませんよ。
    何もない空洞の中からは、オレでも何ひとつ探せないんです……レイジさん」

レイジ「おまえ、おれのこと名前で呼ぶとき、欲情してるよな?
    一人称も変わるし。そうだな、今日はもうバレンタインデーだな。
    さっさと片付けて、久しぶりに二人で復活のお祝い会しようぜ。
    ゆっくりと、おまえの隅から隅まで、目を通してやるよ。
    ……エロい唇だな、鏡夜。主を誘惑するとは、悪い子だ。
    今夜は、じっくりお仕置きしないとな――――」
鏡 夜「趣味ではないですけど、そういう変態じみたのがお好みでしたら、つきあいますよ」  

レイジ「おまえのそういう律儀なとこ、好きになれないんだけど」



photo/真琴さま(Arabian Light)

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