吉沢シリーズ
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ホテル・カルフォルニア

01


登場人物:仲尾(仁)/男(従業員)/常連客
場所:閉店間際の雑居ビルのバー




仁 「ったく、ぜってー嘘だな、あのヤロー……」


男 「なんだよ、仁。どうした? 彼氏の許可は取れたのか?」
仁 「取れた。……けど、気にいらねえ」
男 「はぁ? 常連客とメシを食いに行く許可が取れたんだろ? 何が気に食わないんだよ」
仁 「スムーズ過ぎる」
男 「いつもは疑ってくるのか?」

仁 「いいや。俺が誰と飲み食いしようが一切気にもしないし、いつもひとつ返事だが、
   今日の返答はちょっと、オカシイ。どうも今日の様子は―――臭うな」
男 「何が」

仁 「女だ。メスの臭いがする。あいつ、女と一緒だったんじゃねぇのかな……」
男 「……浮気? 仁の彼氏ってバイだったのか?」
仁 「バイセクじゃねぇよ。あいつは女好きなんだよ、死ぬほど女好きなんだ」
男 「だったら、バイなんじゃないのかよ」
仁 「野郎は男なんか好きじゃねぇよ。根っからの女好きだ。畜生、どこの女だ」
男 「わかんないこと言うなぁ。仁は男だろ。
   じゃ、その女好きの彼氏は、一体どこがどう怪しいと思うんだ?
   そう思う理由は?」

仁 「理由なんかねぇよ。勘だ。この間バイトしてたバーで、クソ女にひっかかったかな」
男 「見たのか?」
仁 「見てねぇけど、判るんだよ。だいたい、そんなだからな。
   夜の女はフラフラあいつに寄ってくるんだよ。街頭に寄る蛾みたいにな。
   鱗粉まき散らして、うっとうしい」

男 「彼氏があんたの知らない毒蛾女と寝たと思うのか?」
仁 「知んねぇよ、ンなこた。寝てるに決まってるだろ、どうせ。上膳を断るタチじゃねぇからな。
   不幸な女に誘われたなら、毒でも針でも絶対食ってるに決まってんだよ!」
男 「それって想像の範囲だろ? 想像でそんなにピリピリ怒るのはどうかと思うけどな」
仁 「うっせーよ、想像でも事実でもそんなのどっちでもいいんだよ!
   野郎、ムカつく……。やったくせに寝てないってしれっとした嘘つきやがるからな。
   絶対、言わない。クソ……いつか尻尾を掴んだら、ぶっ殺してやる」
男 「物騒だな。嫉妬のしすぎは相手の気持ちを失うぜ? 落ち着けよ。
   じゃあさ、早くお客と出かけて、逆に彼氏に妬かせてやればいいんだ。
   外で待たせてるんだろ。早く行けよ。店、閉めとくから」
仁 「やめた。気がのらねぇ。……あんた、俺と飲みに行かねぇ?」

男 「は? 俺? いや、客はどうするんだよ?」
仁 「あぁ……そうだったな。 おい、あんた!
   悪いけど俺のオトコの許可がでねぇから今日はやめる! またな!」


常連「えーっ! またかよ、仁!! 今月、何回目だよ?!」
仁 「悪りィな。えっと、あんたの名前なんだっけ?」
常連「菅だよ、すが! ちっとも覚えてくれないんだからなぁ。しょうがないなー。
   すぐ気が変わるんだから。じゃ次回こそは、頼むぜ〜?」

仁 「ああ考えとくよ、菅さん」



男 「……(・.・;)」
仁 「済んだぜ? これで今晩はフリーだな」
男 「―――マジかよ……」

仁 「あんたの、予定は?」
男 「俺は……今から恋人の待つ家に帰るつもりなんだけど……どうするかな」

仁 「そりゃ悪かったな。サヨナラ、オヤスミ」

男 「いや、ちょっとちょっと、待てよ! そんなあっさりなのかよ!?
   なんだよ、もっと誘ってくるかと思ったのに。
   折れたてのカミソリみたいだな、仁って……不用意に触れると切り口、スッパリだ」
仁 「面倒くせぇ。手間をかけるのは性に合わねェんだよ。別に怪我なんかさせねぇぜ?
   俺の気に障ることさえ、しなきゃな」
男 「じゃあ、俺の家に来いよ。三人で飲もうぜ、仁。俺の恋人に紹介するよ」
仁 「冗談だろ。そこまで野暮じゃねぇ。白けた。どっかでカモをひっかける。あばよ」

男 「待てよ。あのな、俺ら最近、二人だとぎこちないんだ。
   ……つまり恋人とは長いことセックスしてないんだ。だから気にすんなよ」
仁 「なんで」
男 「何でって……そうなんだから仕方ないだろ」
仁 「勃たねぇのか、あんた」
男 「いや、そういうわけじゃないけど……そうだな、相手が変わったら勃つかもな。
   マンネリってあるだろ。ちょっと付き合いが長いんだ、俺ら」

仁 「ああ、マンネリ、ね。だったら俺を交えて3Pでもやろうって相談か?」
男 「いや、そいつは刺激的だけど、どうせするなら、二人でやってみたいかな」
仁 「どの二人」

男 「俺と仁、に決まってるだろ」
仁 「あんた、恋人がいるのに俺と寝たいのか」
男 「そういう誘いじゃなかったのか? てっきりそうだと思ったけど」
仁 「俺は飲みに行こうと言っただけだぜ?」
男 「まぁね。別にその気にならないなら、無理にとはいわないけどね」
仁 「消極的だな。本当に勃たねぇんじゃねぇのか? 誘うならハッキリ誘えよ。
   俺と一発ヤルのか、帰って恋人とコタツで世間話でもするのか、どっちだよ」

男 「……わかった。じゃあ、ホテル、行かないか?」
仁 「いいぜ」

男 「―――いいぜ、か。ひとつ返事なんだな。
   なぁ、彼氏を女に盗られた腹いせなのか? そういうことをしてると破滅するぜ?」
仁 「もうしてるつーの。なんなんだよ? うぜぇ。
   誘っといて説教するなら帰ってセックスレスの恋人と動物映画でも見てな」
男 「だけど仁は、セックスしたいんだろ?
   一人で帰っても、きっと彼氏は女とデートできっと出かけてる」

仁 「うるせぇ。もう一回言ったら殴り倒すぞ。
   俺はセックスしないと眠れないタチなんだ。ひとりじゃできねぇだろ。
   最もひとりでするのが好きなヤツもいるけどな。おまえみたいに、な」
男 「別に好きじゃないよ。でも一人でやる方が、楽じゃないか?」

仁 「楽? 楽したいのか、あんた」
男 「疲れるのが嫌なだけさ。セックスって疲れるだろ」
仁 「ふぅん。俺はクタクタになるまでヤリ疲れるのが、大好きだがな」
男 「確かに、仁は何だか凄そうだよな。
   そんなふうに挑発されりゃ、俺にもしたくなる気持ちが出てくるかな」
仁 「そうか。やる気になったならコタツで待ってる彼氏とやりな」

男 「なんだよ? 俺とホテル行くんじゃないのか?」
仁 「気が変わった。疲れるのはイヤなんだろ? 俺とヤルと相当疲れるぜ」
男 「仁となら、違う気がしてきた」
仁 「どうせ疲れるなら俺は自分のオトコとヤリたくなった。帰る」

男 「はぁ?! そんなのありかよ? 彼氏、浮気したんだろ? 見返さないのか!」

仁 「うっせーよ! そんなの、いつもなんだよッ」






――――そう そんなのいつものことだ

あの男は いつも女優たちの間を 悠々と泳ぐ魚のように生きていた
女のいない海だと溺れて窒息するような そういう生き物だ
それが分かっていたから 俺は屈辱も羞恥も捨てて あの男の女になったのだ

俺がどれほど あの女たちを憧れて見ていたのか
俺がどれほど あの女たちを憎悪して見ていたのか

俺がどれほど身勝手で醜い嫉妬心を抱えた貪欲な女だと あの男は本当に解っているだろうか
俺は あの男がどうしても欲しかった 手に入れたかった
ただ それだけの自分勝手な欲望の塊


吉沢秋人

嘘みたいなきっかけで 吉沢と寝たあのときから
俺のセックスに対する感性は 対極まで覆った
身体が知っているものは ヤクザだった聖に全てを教え込まれ
快楽の底を見たと思っていた もう何も知ることはないと思っていた

けれど

ただのキスさえセックスの一部だと思わせたのは 吉沢だった
とことん自己をはぎ取られる 痛みに似た甘味を俺に覚えさせたのは 吉沢だった
どこまでも俺を惨めに追いつめて 懇願するまで泣かせたのは 吉沢だった
優男にみえるあいつの裏側にある 熟れずぎた果実のような濃密で甘い残虐な性
残虐なのは体に加えられる暴力ではなく 快楽に溺れ過ぎる果てのない残酷な性交
そして優しさの欠片も無ければ心の切り離しもできるのに 真逆に優しすぎ全てが満たされるセックス
こんなふうにずっと女を抱いていたのだろうかと思うと
自分自身にさえ嫉妬を覚えるほどの 愚かしい気持ちになる
いったい俺は どこまで狂ってしまったのだろうか


昔 スタジオの片すみで 吉沢と女優が抱き合ってキスをしているのを見た
そしてそのとき 女が眉を寄せながら夢見るように囁いた
台本でも読むような 怠惰で甘い 気取った女の言葉を 今もはっきり思い出せる

繰り返し 繰り返し
俺はその鈍痛に似た甘いセリフを 長い間ずっと忘れることがなかった




『 あなたのキスは甘いというより 凶悪ね
いえ 凶暴かしら
それとも略奪? わたしから何もかも奪うわ…… 』




理性を奪われ 相手の何もかも手に入れたがり 全てのことを忘れ
自分のことしか考えられなくなった愚かな人間に 日々成り下がって行く恐怖

自分勝手で醜いこの嫉妬心は いつかは破滅を迎えるしかない
頭では解っているのに 苛立ちをどうにも抑えきれない自分を 不安になるたび持て余す―――――






photo/真琴様

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