吉沢シリーズ
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ホテル・カルフォルニア

02


登場人物:カイエ/吉沢
場所:カイエの泊まっているホテル



カイエ「……おはよう、吉沢。
    お腹、空いてない? 何か食べに行く?」

吉 沢「いや―――。いい……どこだ、ここは?」
カイエ「ホテルだよ。私が滞在中のホテル。昨日の夜、あんたはここに泊まったんだ。
    このホテルにはちょっと素敵なオープンカフェがあるから、食べに行こうよ」
吉 沢「何が美味いんだ?」
カイエ「クロワッサンと、カフェモカが絶品だよ」

吉 沢「カイエの好物だな。じゃあ、食いに行くか……」








★★★


吉 沢「冬の朝にオープンカフェとはカイエは寒さに強い女だな」

カイエ「そうよ。気分がシャッキとして、気持ちいいでしょう? 私は冬が一番好きなんだ」
吉 沢「そういえば、クリスマス行事を一番はしゃいでたのはカイエだったな」
カイエ「愉しかったよね。昔がすごく懐かしいよ。あんたと居ると、まるで昔みたいな気分だ。
    ねぇ、昨夜はごめん……吉沢。
    あんたには彼女がいると言ってたのに、無理やり、こんなことになってさ……」

吉 沢「おいおい。そりゃ男のセリフの筈だろう。先に言われたら俺の立場はどうなるんだ?」
カイエ「違うよ。あんたは優しいから、私を放って置けなかったんだろ」
吉 沢「優しいわけじゃない。男の助平心だよ。
    ご馳走さまでしたと言いたいとこだが、やっぱり謝った方がいいか?」
カイエ「バカね。あんたがあんな私を放っておけないことをわかってて誘ったんだ。
    だから私がゴメンだよね。いっとくけど主導権は、私だからね」
吉 沢「そうだな。おれの立場はいつもそうだったな。女王さまたちの僕だ。
    俺は服従するだけ。久しぶりに最高のイイ女と夜を過ごせた。役得だ」

カイエ「吉沢の今の彼女は、最高のイイ女なんじゃないの?」
吉 沢「イイ女、と言えなくもないが、ちょっと凶暴だ」
カイエ「凶暴? 強気なの? それとも怒らせた? そうなんでしょ。
    あ、もしかして子供ができちゃったから、あの街を出たとか?」
吉 沢「まさか」
カイエ「そう、まさかだよね。あんたに限ってないよね。そんなほのぼのしたこと」
吉 沢「俺に限ってないか?」

カイエ「ないよ。吉沢.くらい家庭の似合わない、生活感のない男はいないよ。
    ねぇ、あそこを出てあれから一体、どこで何をしていたの?
    相変わらず生活臭がないよね、あんたってさ。彼女がいるなんて言ったけど、
    どうせまたヒモ生活なんだろ」
吉 沢「まぁ、そんなところかな。フラフラと根無し草でね。
     金が尽きれば何処かで稼いで、そしてまたどこかにドロンだ」
カイエ「まったく相変わらずだね……。不思議な男。
    でも浮世離れしたとこが健在で、なんだか嬉しくなっちゃうな。フフ……。
    それにしても男と別れて傷心旅行の筈が、まさか昔のオトコに会うなんてネ」
吉 沢「運命の出会いだな」

カイエ「こんなところであんたに会うなんて。本当にビックリしたよ。
    もう吉沢に会うことはないと思ってたからさ。懐かしいと思ったら、もう自分を止められなかった」
吉 沢「旅先で出会った男が偶然にも俺で、ラッキーだったというわけだな」
カイエ「吉沢が?」
吉 沢「この俺に出会うのは、幸運の女神の前髪を掴むより至難の業だからな。
    ラッキーなのはカイエの方だ」

カイエ「もう。(笑) 変らないね、吉沢は。安心する……。
    あんたの傍はさ、いつも居心地が良かったよ、吉沢……。
    他の男が言うようなワザとらしい言葉を囁いたり、うっとおしく口説いたりもしなかった」
吉 沢「予約を詰め過ぎて、囁く暇がなかったんだ。それに口説くのは苦手だ」
カイエ「違うよ。あんたが愛してたのは、マリアだけだった。そしてそれを皆が承知してたからだ。
    でも今は過去のことなのかな? マリアのことは、もう忘れられた?
    それともまだ、引きずったまま?」

吉 沢「あの頃のカイエは――――。
    何も言わなくても、俺が寂しい時を解ってくれて、いつも拒まずに抱いてくれたよな。
    マリアを失ってからの俺は、辛い時にどうしていいかわからなかった。
    カイエは皆の相談役で、どうしようもないときに尋ねるといつも癒してくれた」
カイエ「そんな大袈裟なもんでもないよ。ただ、相談に乗ることが多かっただけ。
    だけど、あの時の吉沢は……本当に可哀想だったんだ」
吉 沢「同情されるのが、あんなに気持ち良いものだとは思わなかったよ」

カイエ「でも、また本気になれる女ができたんでしょう?
    ちょっと妬けるけど、あんたには幸せになって欲しいよ」
吉 沢「そんな優しいことを云ってくれるのは、カイエくらいだろうな」
カイエ「まぁね。あそこの女たち―――純子や美夜たちはそうは言わないだろうね。
    安奈は……あんたが居なくなったことを、新しい女と逃げたんだと言ってたよ。
    あそこにはどんどん新しい男や女が入替わりでやって来て、
    吉沢なんて男優が居たことも過去のことになりつつあるけど。
    もう吉沢の居場所は、あそこにはない。
    でも、もし戻りたいなら取り持ってあげてもいいけど?」

吉 沢「いや。早かれ遅かれあそこからは出ていたさ。
    結果的には、あそこじゃ俺みたいな男は生きられないからな」
カイエ「何故? いつも仁義を欠くから?」
吉 沢「全部の女に惚れられて、男どもに命を狙われるからだ」
カイエ「よく言うよ。(笑) 今でも気障なのは治らないわけだ?」
吉 沢「俺は懐古主義者なんだ」

カイエ「あんたの……そういういい加減で掴みどころにないとこが、みんな好きだったよ。
    吉沢との決して先に進むことのない永遠に止まった時間を、愛してた。
    ところで、いま一緒にいる彼女は、あそこから逃げ出した時と同じなの?」
吉 沢「ああ。そうだ」
カイエ「そう……。彼女のこと、愛してる?」

吉 沢「さぁ、たぶんな」
カイエ「たぶん?」
吉 沢「多分さ」

カイエ「あんたって、相変わらずハッキリしないとこも変わってないね。私と似てるよ」
吉 沢「カイエと? 俺が?」
カイエ「そう。はっきり愛してると言って、そのうち捨てられるのが恐いんだよ。
    だから自分はいつもひとを愛さないんだ。傷つかないように。自分を護りたいだけ。
    傷つくのは怖いよね。わかるよ。
    あんたの優しさは、弱さからなんだ。恐がりの臆病者の優しさだよ」
吉 沢「――――ああ。そうかもな。 俺は臆病者だ」

カイエ「そうよ。情けない男だよね。あんたは本当に弱くて臆病な可哀想な男よ。
    だから、守ってくれるひとを選ぶべき。あんたにはそういう女が似あうと思うよ。
    今の彼女にずっとそばについて貰いなさいよ。わかった?
    もう浮気なんかしちゃ駄目だよ。私が言うのも変だけどね」

吉 沢「できるかな。カイエみたいなイイ女の誘惑には、弱いからな俺は」
カイエ「吉沢には、吉沢を守ってくれる今の彼女のような包容力のある女が合ってる。
    あんたをさらって護って行ける、誰よりも度胸のある強い女が必要だよ。
    良かった。そんなひとと巡り合ってくれて……。吉沢が幸せで嬉しいよ」

吉 沢「変らないな、カイエは。俺が甘えていた頃のカイエとちっとも変らない」
カイエ「そう? 私は悩んでいる皆の幸せを願ってるんだ。あそこでは皆が私に答えを求めてくる。
    私は皆の力になりたいんだ。幸せになるアドバイスはしてあげたい」

吉 沢「そうか。俺のことはだいたい当たってると思うが、ただ俺の彼女への見解は少し違うだろうな」
カイエ「そう? どこが違う?」

吉 沢「あいつは、強かったわけじゃない。俺を守ろうとしてるわけでもないんだ。
    俺とあの街を出て行くことは、誰にでもできた。でも誰もそれを望まなかった。
    ただ、あいつだけがそれを望んだというだけだ。だからあいつだけが俺にそれを云わせた」
カイエ「何を、あんたは言ったの?」
吉 沢「逃げるかと聞いた。俺と一緒に。あいつはそれに応じた」
カイエ「……皆、望まなかったわけじゃないよ。ただ誰にもあんたは奪えないと思ってただけ」

吉 沢「あいつが、もしもあの時、俺の問いに応じてくれなかったら、
    今頃俺は、どんどん駄目で喪失感を持ったままの人間になっていたかもしれない。
    まぁ今もダメなのには変わりないんだけどな。結局。性分なのかな。
    俺は、いい加減逃げたかったんだろうな。俺を監視してた黒崎からも本当は逃れたかった。
    マリアを亡くしてから、誰を抱いてもどこかでマリアに罪悪感を感じていたよ。
    自分でも気づかない内に、自分をどうしようもない価値のない堕落した人間だと思ってた。
    なんたって女を抱くと言い知れぬ罪を感じるのに、女がいなけりゃ俺は自身を保てなかったんだ」

カイエ「そう。そしてあんたは、それがあまりに辛くて私のところに来たんだ―――」

吉 沢「そうだ。限界を超えて辛くなると、俺はカイエを求めていった。
    自己断罪っていうのがある。自分の存在が無価値だと思っている人間は、自分を卑下する人間に
    何故か魅力を感じて近づいてしまうらしい。自分の外側の者の力によって自分を肯定しようとするんだ。
    あの頃の俺は、だからカイエに惹かれたんだろうな。駄目な俺を肯定して認めてくれるカイエに。
    尊大な力に依存しながら、自分に価値賦与を行うんだ―――それでもあさましく生きる為にな」






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