夏まつり




夏の終わりってやつは、
あんまり好きじゃねぇんだよな。

子供の頃を思い返すような、良い思い出なんかねぇし。

夏祭りか? リアルの?
ああ、あったよな。ガキの頃。

夏祭りに行きたかったよ。ちっせぇガキの頃ってな。
よその裕福なガキどもが、夏祭りに招待されているのを、
羨ましいと思っていた自分が、腹立たしい。
というか、子供じみていて、恥ずかしい思い出だ。

政府が夏の終わりにやる夏祭りイベントは、誰にでも平等じゃなかった。
あれは、地位のある奴らだけが、行けるものだ。
まぁ普通の家庭も行けるんだが、普通以下はダメだよな。
夏のゴールド・チケット。
いや、上流用のプラチナ・チケットかな。
下流の俺たちには、噂には聞くが、特に関係のないものだ。
だから行けるはずもないのに、いつも夏が終わると思うんだ。


―――ああ、今年も夏祭りには、行けなかったな。

笑うだろ?
そんなもん、行けるわけがないのに、毎年思う自分がイヤだった。
それでも十三くらいの年齢になってからは、あんな子供騙しのもの、
何故あんなに行きたかったのか、不思議に思ったがな。

その頃の歳に、ハッカーチームに入って、仲間が出来て、
急に思いついたんだ。俺は他にも声をかけて、夏祭りのイベントを開いた。
下流の人間だけが参加する、下流式の夏祭りだ。
やっぱ、憧れと悔しさがあったんだろうな。

案の定、連中は夏祭りに参加できなかった下流の奴らばかりだったから、
賛同するチームの数が思いの外集まって、会合は大盛り上がりだった。
もうそれですでに、お祭りだ。

行ったことがない連中がやるものだから、情報をかき集めて、
見様見真似みたいな、想像のまがいものだ。
なんとなくそれらしいものを開催したが、ただ騒いで楽しんだだけで、
何がどうなのか、よくわからなかった。
だって、クリスマスパーティと何が違うんだ?

まぁ、それでも恒例化して、夏になると必ずどこかのチームが
持ち回りで、夏祭りを開催することになっていった。
こういうものって、引き継がれるもんなんだろ?
なんかこう、地域の青年団みたいな話を聴いたことがある。
今も、ハッカー主催の夏祭りがあるだろ?
あれは初め、俺らのチームがやりはじめたんだぜ。

チームの夏祭りは、オンラインが主流だ。
つーか、オンラインの方が楽だから、本当はその方が断然多い。
バーチャルな世界のオンライン夏祭り。
ハッカーが、オフライン・リアルなんて、ダセェだろ。

でも俺は、リアルで顔つき合わすのも好きだから、
俺のチーム主催の時は、オフラインが結構多いけどな。
オンラインネットのときは、誰でも参加オッケーだ。
一般人だろうが、ハッカーチームだろうが、立場は関係ねぇ。
来る者、ウエルカム。
国境がないのが、ネット世界だ。

俺は、たぶん、そういうふうに誰でも参加できる方がいいと思ってた。
招待チケットなんか、必要ねぇ。
差別環境で育つとそんなものなんだろ。
全てに平等を。なんてな。
まぁ、もっとも最近は、マナーを知らないガキどもが増えたんで、
オンラインも招待状が必要になっちまったが、何だか寂しいよな。

それで、だ。

まだ招待状なんかない頃、
俺はあの政府の夏祭りイベントに参加したことがあるっていう
一般人の女の子と、一度きり、
オンラインで夏祭りデートをしたことがあったんだ。

ネットナンパを始めた初期だったから、結構セキュリティに用心していて、
自分がハッカーチームの人間だとバレないよう、必死に細工した。
相手は、一般人で上流側の女だったから、そこまで用心するこたなかったんだが、
やっぱバレるとヤバイんで、用心に用心を重ねて、だよな。
まぁオフリアルで会うとか、そんな発展はなかったけどな。

え? そうだよ。
振られたんだって。
分かってるなら、聞くなよ。
やな奴だな。

でも彼女は、可愛くて、素直で、良い子だった。
いいとこの御嬢さん、だった。
夏祭りに行ったことのなかった俺に、
その場の情景を、色々話して聞かせてくれた。

暑苦しい、むっとした空気と気温、
だけど、どこか涼しい虫の声、
笛と鈴の音色、
どこまでも連なる提灯、
浴衣の男女、
わんさと並ぶ露店の食べ物屋や、ゲーム屋台、

わたあめ、
リンゴ飴、
かき氷、
ラムネ、
金魚すくい、
ヨーヨー釣り、
輪投げ、
射的、
くじ引き、
キツネのお面、
お化け屋敷。
―――いろいろ。

データで知るのとは、ちょっと違う。
大体、それらのものは情報を得て、オンラインにも揃っていたんだぜ?
でも、違うんだ。

分かるか?
主観ってものが、そんだけ大事なんだよ。
夏祭りの思い出ってやつは、特にな。
偉そうに見たこともないくせにと思うだろうが、
なんとなく、そう思ったんだ、俺は。

それで彼女は、最後に行った年に、
リンゴ飴を食べ損なったのが、残念だったと言ってた。
いつもは、夏祭りの最後に買うんだと。

もちろん、買ってやったぜ?
バーチャルだけどな、御土産のリンゴ飴だ。
夏祭りのプレゼントってな、チープな値段で買えていい。
けど、すごく喜んでたのが、また嬉しくてな……。

そして、彼女は言った。
家族との、思い出なの、と。
夏祭りに行ったのは、家族といつも一緒に行ったの、と。

家族との、思い出。だぜ?

そんな高尚なログを持っている人間は、俺の周りにはいなかった。
そう言った彼女は、すごく嬉しそうに笑ったんだ。
それ以来、その彼女の夏祭りの笑顔が、俺の大事な思い出になった。

……ちょっと気障だったか?

それで、やっぱり夏祭りに行ける状況を、羨ましいと思った自分を懐かしんだんだ。

そうなんだよな。
もしも仮にガキの頃、チケットを手にして夏祭りに行けたとしても、
俺には、一緒に行ってくれる、家族や親や兄弟なんか、
誰ひとりだって、いやしなかったんだからな。
ひとりで行く夏祭りなんか、きっと楽しくねぇだろ。
この右目を失った時には、そんなもの全部、存在してなかった。

羨ましいと思ったのは、夏祭りに行きたかったんじゃなく、
そんな家族がいることに、きっと腹を立ててたんだろう。
羨ましくて、憎らしかったのかもしれないよな。
ま、単純な子供だったからな。

でも今、そうは思わねぇぜ?
だって、チームの仲間がいるからな。
あいつらが、俺の家族みたいなものだ。
家族のなんたるかが、まぁ分からないが、
見様見真似の、バーチャル夏祭りみたいなものだろ。
やってるうちに、いつか本物にならぁな。

そうだろ?
だから、夏祭りっていうと、ヤッパ、あの彼女のことを思い出すんだよな……。
そうだよ。すごく、惚れてたんだ。オレ的にはな。

あの時、俺は彼女の気持ちを一番共有できたと思う。
俺だけに話してくれたと思ってるからな。
いいだろ。思うのは勝手だろうが。

もっとも彼女は、そのうち俺がチームの人間だと知って、
速攻で逃げちまったんだけどな。
そりゃ、恐かったんだと思うぜ。ま、よくあるそんなオチだ。

それ以来、二度と出会えなかった。
もっともネットだから、それぞれ成りすましてりゃ、
お互い一生、わかることはねぇけどな。

ハッカーチームは、たいてい嫌われてるし、世界が違うと思われたなら、
それだけはしょうがねぇだろ。
今さら慣れきった反応だし、たいしたことじゃねぇ。
いや、失恋直後は、もちろん落ち込んだぜ?
まぁ、初恋ってくらい、昔の話だよな。

でも、すごく良い子だったんだ。
それはきっと、間違いない。

だって、あんな笑顔で笑うんだ。
幸せでなけりゃ、あんな風には笑えねぇよ。
代理映像だろって?
ただの代理映像だって、表情はリアルだ。

MB生まれの子供は、情操教育がなされてないと、
笑う表情さえも苦労する。
俺は結構、表情だけは豊かだと思ってるけどな。
これでもすんげぇ、独学で努力したんだぜ。

でも幸せのログを持つんだから、良い子には違いねぇだろ?
俺は、そう思うぜ。

幸せの記憶、だ。

やっぱり、下流にいた俺らなら、誰でも憧れるもんだろ?
そうじゃねぇのかな。