夏まつり




そうだな。
あれは、夏祭りの風景だ。

政府が提供するレトロチックな夏祭りイベント。
桜祭りと同じく、年に一度の夏限定のシーズンものだ。
年寄りたちの望む、郷愁溢れるレトロな楽園。

人工の夏温度。
人工の音声。
人工の風。
人工の沢の水音。
人工の宵。

必要なもののサービスは満点だか、過剰に寄せ集めすぎの感もある。
もっとも運営会のオヤジどもが懐古趣味に浸る、特別な思い出だけが中心だからな。
多少のやりすき感は、しょうがねぇ。これもご愛嬌だ。
だって、夏祭りの想い出ってのは、
誰にでも切なく懐かしい、夏の匂いがするものだからな……。

会場である小さな広場と、その周辺通路に、たくさんの種類の露店の屋台。
こじんまりしているようで、案外広い。
広場での「盆踊り」は賛否両論があって、その年にはなかった。
作り物の、何のありがたみもない神社や境内は、どこかにあったがな。
だけど、教会でもいいんじゃないのか、別に?


そして。
小さな、あの子。


小さなあの子には、初めての夏祭りだ。
確か、あの子は六歳くらい。
初めて見るものばかりに目を輝かせて、右や左と首の位置が定まらない。
そして、俺の手をひいて言うんだ。

「ねぇ、『金魚すくい』がしたい!」

「わぁ、『綿あめ』食べていい?」

「ねぇ、『かき氷』食べようよ」

「わぁ、『輪投げ』やろうよ?」

「えー、お化け屋敷』だって!!」

夕暮れの夏祭り通りを、親子三人そぞろ歩く。
適度に汗をかくほど暑くて、生ぬるい風がたまに吹く。
レトロな提灯が連なり、暗くなれば、それが行く道案内をする。
夏祭りのノボリや、どこからか時々聞こえてくる祭囃子と風鈴の音色。

ああ、夏だなぁ……
(人工でも)と感じて、
夜を迎える準備を始め、薄くなりつつある夕暮れの空を見上げる。

宵。

もの悲しい蜩の声に、夏の終わりを感じながら、
俺は片手にあの子の手、
もう片手にビールが入ったプラスチックカップを持ち、
おう、とか言いながら、笑ってその要望にいちいち応えてやる。
子供に甘いバカ親だと思うだろう?

あの子は、初めての浴衣を着て、
帯を金魚の尾ひれみたいにヒラヒラさせて、
元気に屋台の間を、スイスイ自由に泳ぎまわる。
店の文字をいちいち読み上げて、全てが珍しくて仕方がないみたいだった。
そして、たびたび振り返って、俺を見あげて言うんだ。

「バカラ! 早く、早く!!」

俺は嬉しくなって、恰好悪いほどデレデレとしながら、
あの子に手を引っ張られて、はいよ、と返事をする。

一方、もう一人のバカ息子は、はしゃぎ廻るような歳は
もう卒業したと言わんばかりに、醒めた顔で、しれっとしてやがった。
俺はあの子の元気なはしゃぎ振りに、なんだか昔のあいつも
屋台のものをよくねだったよな……とか思い出して、やけに懐かしい。
子供は、大きくならなきゃいいのにな。
やっぱオヤジは、懐かしがるのが、正当だろう?

あいつは、もう片方の手で、あの子に手を引っ張られながら、
少し大人になった振りをして、
冷笑ぎみに、あの子を見つめていた。

ちょいと、おにいちゃんぶってたわけだ。
あの子が来てから、あいつは少し大人になった。
だが「お兄ちゃん」と呼ばれないことが、少々不服そうだった。

まぁ、息子よ、拗ねるな。
それは父も同じだからな。
俺は、その言葉が喉まで出かかった。

あの子は、決して「お父さん」とか「親父」とか呼ばない。
いっそパパ、でも良かったんだ。
この頃の限定ならな。
今はダメだ、勘違いされるだろ? ややこしい世の中だからな。

あいつは、わざと退屈そうな素振りで、
祭り屋台に大騒ぎのあの子を、鼻で笑って小馬鹿にしていた。
本当はあいつだって、祭りが大好きなくせにな。
ガキって面白れぇよな。

「おまえ、何がそんなに楽しいんだ? バッカみてぇ。
 見たもの見たもの、度々欲しがるなよ。
 祭り屋台なんか、まだいっぱいあるんだから、もうちょっと落ち着けよ」

小さなあの子は、頬を高揚させて、早口に反論するんだ。

「だって、だって! 何にもしないうちに、消えちゃったら嫌だもん!」

俺は微笑んで一気にビールを飲み干し、カップをゴミ入れに放り込んでから、
あの子の頭に手を置いて、優しく撫でながらゆっくりと言ってやる。
オヤジの貫録、出てるよな。

「大丈夫だ。そんなにすぐ消えたりしねぇよ、あっちも商売だからな。
 心配しなくても、もういいっていうくらい通りの向こうまで、
 屋台はたくさんあるんだぜ。急がなくても、大丈夫だ」

あの子は、ちょっと困った顔をして立ち止まり、
真ん中で俺とあいつの手をぎゅっと握りしめて、遠慮がちに言ったんだ。



「違うよ。だって、バカラとウオッカが、消えちゃったら、嫌だもん……」



俺はあの子と、あいつも一緒に、頭ごと抱きしめた。
なんか、胸がいっぱいになってな。
分かるか? 分からないよな。
だけど、親父、暑苦しい! とか、
嫌がられながらも、いつまでも二人を掻き抱いていた。

あの子は、照れくさそうにしていたが、
でも、その顔は、天使みたいな笑顔だった。


あの子が本当に嬉しかったのは、
手をつなぐ、俺とウオッカが横にいることだったんだ。

いや、ちょっと……目頭が緩んじまったかな。
年寄りは、涙腺が弱くなっていけねぇや。

でもなぁ、この昔話を、俺が懐かしんで語りだすと、
あの子はいつも、鼻でせせら笑ってこう言うんだ。

「バッカじゃねぇの?
 その頃にはすでに、俺は大人の心をつかむ技を、習得してんだよ。
 そんな時期から、俺に騙されてたんだ? 知らなかったよ。
 気の毒っていうか、ケッサクだよね〜(^○^)/」



天使の笑顔は、今や悪魔の冷笑に変わった。
ガキってのは、ちょっとでも育つと可愛くないもんだ。
なぁ?


でもな、本当は違う。

違うんだぜ―――。