恋はみんなのもの
06

登場人物: ナルセ / 豪 
場所:ナルセのマンション






ナルセ「本当に驚いたよ」

 豪  「・・・・・驚かせたかったんだ」
ナルセ「そうじゃなくて、豪がマックを殴ったことに、だよ」
 豪  「ああ。奴がチャラチャラとしているから腹が立ったんだ」
ナルセ「俺とマックの間に何かあると思って、妬いたのか?」
 豪  「またお前の悪い癖が出たと思ったんだ。……そうじゃないのか」
ナルセ「浮気なんかしてないよ。もう二度としないと言ったじゃないか」
 豪  「わかるものか。長い間放っておいたら、お前はわからない」
ナルセ「だから帰ってきたのか? そんなに信用されてない?」
 豪  「俺に信用させないのは、お前だろ」

ナルセ「確かに、これまでの行いで簡単に信用して貰えるとは思ってないけど。
     だけどマックには関係ないだろ。あんなことをして謝っておかないと」
 豪  「謝る? ひとの恋人にちょっかいを出しておいて、あれくらいは自業自得だ」
ナルセ「だから、誤解だよ。マックとは今、何もない。俺が心を入れ替える前にちょっと寝ただけだ」
 豪  「だから、その礼をしたまでだ」

ナルセ「……あれは、その時の、報復だったのか?」
 豪  「そうだ。ひとの恋人に手を出すなら、それくらいの代償は覚悟しておくべきだ」
ナルセ「俺が他の男に盗られて、そんなに腹を立ててたんだ、豪は?」
 豪  「当たり前だ」

ナルセ「そっか……」
 豪  「嬉しそうにしたって誤魔化されないからな。帰ってきたからには、はっきりとさせておきたい」
ナルセ「何を?」
 豪  「おまえは、俺ひとりだけとつきあう気があるのかどうかだ」
ナルセ「今さら何を云ってるんだよ。ふざけてんのか? 豪だけに決まってるじゃないか!」
 豪  「ふざけてるのはお前の方だ。あんな、タチの悪いヤツを相手に……本当に何もないんだろうな?」

ナルセ「豪は誤解してるよ。マックは豪が思うようなタチの悪いヤツなんかじゃないぜ? 良いヤツだ。
     それにマックはレイジと今、つきあってるんだ。最近なんだけど。真摯に、本気にだよ」
 豪  「だからこそ信用ならないんだ。本気だと? レイジとか。レイジが本気であんな男と付き合うとは思えん。
     お前とレイジを二股にかけるようなヤツだしな。レイジの冗談なんだろ。レイジの言う戯言を真に受けてるのか、あの男は」
ナルセ「いい加減にしてくれよ、豪。それ以上マックを侮辱するなら、大概、俺もキレるぜ?」
 豪  「なんだと?」
ナルセ「俺に怒ってるのならいいさ。しょうがないからな。だけど俺の友達に妙な偏見と八つ当たりはやめてくれ。
     マックは、俺のバンドの大事なベースだ。仲間だよ。バンドの技量だけじゃなくて、ちゃんと人間性だって俺は見てる。
     レイジとのことは、豪が長いことこっちにいなかった間の出来事だ。豪は、何も知らないんだ。長いこと、知らずに海外にいた。
     豪は俺が話していたことを、一切本気で聴いてなかったんだよな。それはレイジの何かが変ってしまうほど、長かったってことだよ。
     今まで何も聴かなかった見ようともしなかった豪が、マックのことを批判する権利なんか、まったくない」
 豪  「・・・・・・・・」

ナルセ「ちょっとは冷静になれたかよ? 焼きもちを妬いてくれるのは凄く嬉しいよ。でも、あれはやりすぎだ」
 豪  「俺はやり過ぎ、か」
ナルセ 「そうだよ。有無を言わさずボディに一発とか、ないだろ。それがNY流なのか? 今までドライだった豪らしくもない。
      過去、俺の浮気相手にそこまで激しい情熱を見せたことなんかないじゃないか。そんなの俺だって戸惑うよ」
 豪  「確かにな。―――そうだな。俺も、長いあっちでの生活で変わったのかもしれない。感情を抑え込むと通用しない世界だった。
     だから、少しは本心を、心で思ってることは外に出すようになった。言わないと解らないとお前はいつも言ったけど、確かにそうだった。
     今までだって、心底お前の浮気相手には、ひとり残らずボディブローを食らわせたかったんだ。本心ではな」

ナルセ「豪……そんなふうに言われると俺は怒れない……ズルいよ。そんなタラシ的な技を使うようになったのか? 豪は変わっちゃった?
     俺の方が、海外にいた豪の素行を疑いたくなってきたな。……怪しいよ。何か俺に謝っておくことないか? 正直に言えよな」
 豪  「バカ言うな。俺は、今まで通りでもあるさ。どんなに飢えた夜があっても、誰とも関係なんか持ってない。本当だ。
     お前のことしか、頭になかった。だからナルセに会いたくて、少しでも早めて帰ってきたら、お前があの男とじゃれついてたんだ。
     一瞬の出来事だ。急に頭に血が昇って、自分を抑えきれなかった。……悪かったよ」
ナルセ「やっぱ、俺自身は喜ぶとこなんだよなァ。マックには悪いけどさ」

 豪  「会いた、かった。ナルセ・・・・長かった―――ずいぶん待たせたよな、俺は、お前を」

ナルセ「豪――――、そうだよ。狂いそうに長かったんだ。
     待ってたよ、死ぬほどこの日を、待ってた……もう、傍に居てくれるんだよな? どこにも行かない?」

 豪  「これからは日本で仕事をする。……ナルセ……、一緒に暮らさないか」

ナルセ「豪……本気なのか? 俺が明日、仕事できないくらい、声が枯れるほど、鳴かせて――――」








★★★





 豪  「それで、本当の話なのか?」

ナルセ「……なにが?」

 豪  「―――おい、ナルセ、声が……枯れてる。そんなに無理、させたのか」
ナルセ「俺は無理してないよ。でも豪が無理して、俺の声をこんなにしたんだろ」
 豪  「嘘だろ。。。。 店長に殺される。。。」
ナルセ「大丈夫だよ。ちゃんと店に行くまでにはなんとかするから。まだ明け方だ。で、何が本当の話?」
 豪  「レイジだ。レイジは江蕩さん以外に、本当にあいつを恋人にする気になったのか」

ナルセ「本当だよ。と、言ってもまだレイジから報告はないけどね。まぁ、そんな報告するとも思えないけど」
 豪  「だったら、あいつの思い込みかもしれないだろ。だいたい、レイジには茅野さんがいるはずだ。
     茅野さんはどうなったんだ。以前、レイジが茅野さんと恋人宣言したとお前は言ってたよな?
     それともまた二股なのか。相変わらずだらしのない話だな」
ナルセ「茅野ちゃんは、もう身を退くんじゃないか? だってあの二人は本気だからさ。入る隙はないだろ」
 豪  「本気って本気なのか、レイジは。どんなふうに」
ナルセ「そうだなぁ。今さら恋しちゃってる感じかな」
 豪  「……恋。レイジが、恋?」
ナルセ「そう。ぽかんとするよな。わかるよ。マジ、今のレイジは可笑しいよ。いつだったかこの間だって、
     インターバルにさ、レイジのヤツ、自分のテーブルに来たマックのことを、じっと見つめてるんだ。
     マックは何かしてて、視線に気がついてない感じだったけど、熱でもあるような熱い潤んだ瞳で見てたよ。
     あれは昔、俺と初めて寝たときのレイジと同じ目だったな……。あの時、レイジは俺に夢中だったからな。
     こんなとこで見境なしかよって、ちょっと見てる俺の方が恥ずかしかった」

 豪  「そんなのは見間違いの、思い違いじゃないのか。レイジがそんな甘ったるい感傷を抱くとは思えんな」
ナルセ「どうかな。ただ、レイジがマックに会いにシックスティーズに来ているのは確かだよ」
 豪  「レイジがシックスティーズに来るのは、お前の歌が目当てだろ」
ナルセ「そうだよ? だけど、わかるよ。それ以外にも理由があることなんか。レイジの態度を見てたらわかる。
     レイジはさ、今まで甘い感情なんてのには縁がなかったんだ。エトーさんとは、そんな甘ったるい関係を築けなかった。
     だから自分でも戸惑うような青臭い感情に、翻弄されつつあるんじゃないかな。いわゆる恋ってやつにだよ」
 豪  「レイジが、恋……。 ……レイジが? あのベーシストに? 全員、騙されてるんじゃないか?」
ナルセ「あの年齢で今さらかって笑っちゃうけど、恋する年齢はいつだって関係ないだろ。恋は皆のもので、いつまでもできるものだ。
     それに、レイジはマックの部屋のスペアキイまで持ってるんだぜ。そんなものをレイジが持つなんて信じられるか?
     本当に信じられないけど、本当なんだ。レイジはちょっと、今、地に足がついてない。完全な恋の病だよ」
 豪  「そうなのか……。 ちょっとまだ信じがたいがな。お前はちょっと、見当違いをすることがあるからな」

ナルセ「そんなことないさ。レイジはふいに恋に落ちて戸惑ってる。今までのレイジらしくないからな。
     でも純粋に、初めての甘い気分を愉しんでるようにも見えるんだよな……なんとなくだけど。
     レイジは今までにない自分の感情に表面上は追いついていないから戸惑ってるけど、受け入れる気持ちもあるんだと思う。
     たぶん変ろうとしてるんだ。豪はレイジがもう一度、誰かとやり直して欲しい派だったろ?
     だったらレイジがそうなってくれて、良かったじゃないか。気持ち良く応援してやれよ」
 豪  「相手が信じられない。レイジが、あんな……、いや、別にシックスティーズのベースに文句を言ってるわけじゃないが、
     茅野さんとのことを、どうするんだ。俺は、茅野さんがレイジには、最適な相手だと思うがな」
ナルセ「豪は、俺がマックと関係してたから、それでただマックが嫌いなだけだよな?」
 豪  「確かにそれも一理あるがな。俺はあいつのことなんか、何も知らない。ただ……」
ナルセ「ただ?」

 豪  「俺を見る眼が、鋭かった。喧嘩っ早い昔のリンに似てると思ったよ。あれはケンカ慣れしてる眼だ。
     迂闊におれの拳を無防備な腹で受けたわけじゃなかったからな。反射神経もいいんだろう」
ナルセ「マックが? そんなことないと思うけど。眼つきが悪いだけだし、結構、彼は抜けてるっていうか、間が悪いんだ」
 豪  「でもあいつは俺の殺意を、結構早めに感じ取っていたぜ。眼は俺を完全に威嚇してた。だから俺もカッとしたんだな。
     ちゃんと拳はストレートに決まった筈だったんだが、奴は上手にかわして、ダメージの少ない部位の腹筋で受け止めたと思う。
     だから恐らくそんなに酷いダメージは受けてない筈だ。打ち身は多少あると思うがな」
ナルセ「そうなのか? 買いかぶりだよ。マックは去年、シックスティーズで乱闘騒ぎがあったとき、俺を庇ってビール瓶で殴られたんだけど、
     その時も当たった位置が良かったって言ってたよ。額を数針縫っただけで済んだんだ。今回も偶然なんじゃないのかな。
     反射神経が良いなら、ビール瓶を避けられる。もっとももし避けてたら、メリナに当たった可能性があるけど……」
 豪  「待ってくれ。乱闘? 聴いてない。そんな乱闘があったのか? お前、あいつに助けられたのか?」
ナルセ「え、そうだな。助けられたのか。ああ、そういうことになるかな」

 豪  「だったら、本当に文字通りのお礼をすべきだったというわけなのか、俺は。うそだろ……。
     なんてこった、参った……頭痛がしてきた。だいたい、なんでそんな大事なことを、お前は俺に言わないんだ!?」
ナルセ「何怒ってるんだよ? だって、豪に云ったら心配するだろ。俺は怪我しなかったんだし、いいじゃないか。
     でも、そうだよな。豪のマックへの初挨拶は 『俺の恋人を守ってくれてありがとう、マックくん!!』
     っていう感謝の気持ちの熱いハグであるべきだったと思うけど。やっぱり謝った方がいいと思うけどなぁ?」

 豪  「・・・・・・・・・帰ってくるなり、俺はまたお前に振り回されるんだな。また寡黙な男に戻りそうだ。。。。」








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