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夏まつり
5
ウオッカ「え? 夏祭りのチケット?」
キール 「うん。二枚、あるんだけど……。一緒に行ってくれない?」
ウオッカ「これは会社用の招待券だな。親父に貰ったのか?」
キール 「うん。ボスが、ブロンクスと行けってくれたんだけど……。
ブロンクスは仕事が入ったから、ウオッカと行けって」
ウオッカ「……なんだ、せっかくのデートだったんだろ?
番犬も酷い奴だな。仕事なんか親父にいえば休ませてくれただろうに」
キール 「ううん、仕事って、用心棒の方なんだ。つまり、キラに呼び出されたんだ」
ウオッカ「ボディガードの仕事か……なら、しょうがないな」
キール 「本当はね、おれとの夏祭りの約束の方が、先だったんだ……
だけど、ブロンクスの優先順位は、いつだってキラだから」
ウオッカ「それは……まぁ、用心棒が本職だからな。
番犬は職務上、いくらオフでもキラを放っておくわけにはいかないだろ」
キール 「おれなら、放っておいていいの?」
ウオッカ「え? いや、キール??」
キール 「あ。ごめん。……おれ、変なこと言ったよね?
でも、なんかね、胸がぎゅっとなったんだ。言われた時。
最近、ブロンクスがキラを優先する度に、苦しくなる気がする……。
どうしてなのかな。恋っていうのは、いつもこんな感じなの?」
ウオッカ「……本当に好き、なんだな。あいつが。
お前も、そんな風に思えるようになったのか……そうか、恋か。
お前は番犬に、自分を優先して貰いたいんだよな」
キール 「え? そうなの? キラより優先して欲しいのかな。
でも、もしそうなら、いらないよ。恋なんて気持ち……」
ウオッカ「な、何でだ?」
キール 「だって、ブロンクスがキラの用心棒より、おれを優先したら、
それって、おかしいじゃない。大事な仕事なんだよ?
それを嫌だって望むなんて、おれって、おかしい。恋っておかしいよ。
そんなの、自分勝手じゃないか」
ウオッカ「……そういうのが、恋ってやつなんだよ。周りが見えなくなるんだ。
自分の正直な心だ。これが厄介な気持ちなんだよ……」
キール 「だったら、嫌だ。恋なんか絶対したくない。
おれ、キラを好きなのに、なんか、ブロンクスのこと、
独り占めしたいみたいになって、すごく嫌だよ……」
ウオッカ「うーん。こういうのは、理屈じゃないからなぁ」
キール 「我慢する。おれが恋を我慢すればいいんだもの。簡単だよ」
ウオッカ「お前は……我慢してばっかりだな、キール。
本当はもっと、恋人には感情をぶつけてもいいのにな。
けど、相手が悪い。なんだって、ケルベロスなんか……。
前にも言ったはずだが、奴がお前を護ってるのは、性的報酬の為だぞ。
そういう関係は、やめた方がいい。
お前は納得してるようだが、それは自分のためにはならない」
キール 「でも……ブロンクスだとそんな理由でも、嫌じゃないんだ。
他の人なら、嫌だし、考えられないと思うけど……だって、護ってくれて、
かっこいいんだ、ブロンクスって。彼、すっごく強いんだよ?」
ウオッカ「カッコイイ……ね。
じゃ、たとえば、そうだな。
お前の好きなキラと、お前の好きなブロンクスが、
二人で一緒にいるなら、お前は幸せな気持ちに、なれると思うか?」
キール 「え……幸せって……こんな感じ……じゃないと思う。
もっと、暖かい感じのものだって……。
でも、そんな想像したら、おれの今の気持ちって、悲しくて、
胸が潰されそうな感じだ……ウオッカ、なんだろうこんな感じ?
おれって、すごく心の嫌な子なのかな」
ウオッカ「おまえは嫌な子じゃないさ、キール。
だけど、どうしたらいいかは、俺にも分からないよ。
俺も色恋には、案外疎いんだ……恋愛相談とか柄じゃねぇし、まいったな」
キール 「嘘……ウオッカは、色恋多いし、いっぱいモテてるじゃない」
ウオッカ「好きじゃない人にモテても、しょうがないだろ」
キール 「ウオッカは、誰が好きなの?」
ウオッカ「! いや、別に……。今は、いないよ」
キール 「今はいないの? じゃ、前はいたの?」
ウオッカ「えっ。それは……いや、い、いなかったよ……」
キール 「俺より長く生きてきて、誰も好きになってないの?」
ウオッカ「……うっ。お前の天然発言は、時々、ぐっさり刺さるよな(-_-)」
キール 「あ。ゴメン。イーブに叱られたんだった。
思ったことをすぐ素直に言い過ぎるって。考えてものを言えって。
でも、おれは空気読めないし、何故かは聴かないとわからないし……」
ウオッカ「いいさ。お前のせいじゃない。それは生まれつきだからな。
少しずつ、学んでいけばいいんだよ。焦ることはない。
お前の言葉が刺さるのは、俺の痛いとこを突かれたからなんだ。
俺は、対峙することから逃げるのが常なんだ。嫌になるよな」
キール 「ごめんねウオッカ、おれを嫌いにならないで……自分でなんとかするよ」
ウオッカ「いや、嫌になるのは、自分のことだよ。キール。違うんだ。
まいったな……。話題を変えよう。そうだ、夏祭りだな。
夏祭りか……こういうとアレだけど、良い思い出ばかりなんだよな。
俺って本当、貧乏坊ちゃんだからなぁ……こういう時、思い知る」
キール 「ウオッカは、夏祭りに行ったことがあるの?」
ウオッカ「あるぜ。昔にな。今もハッカーチーム主催の夏祭りは好きだぜ?
政管イベントの夏祭りの方は、俺がガキの頃、オヤジに連れられて
良く行ったんだ。うちは本来、招待状なんか貰える身分じゃないんだが、
親父は、あの頃からチャッカリしてたからな。
だから下流だったけど、あんまり苦労したこともねぇんだよな」
キール 「そうなんだ。キラも、一緒に行ったの?」
ウオッカ「―――そうだな。あの頃は、行ったかな……。
金魚すくいの金魚みたいに、あちこち走りまくってたな。
急がなくても大丈夫だって言ってんのに、楽しくて仕方がないみたいでな。
俺も最初に行った頃は、ワクワクしてオヤジの手を引っ張って、
色々、食べ物やらをねだって……懐かしいよな」
キール 「ふうん。じゃあ夏祭りって、とても楽しい場所なんだね」
ウオッカ「……楽しい場所だからじゃ、なかったな」
キール 「え? どういうこと?」
ウオッカ「一人で行ったって、楽しくなかっただろうさ。
あれは、皆で行ったから、楽しかったんだ……」
キール 「そう。だから、そんなに優しい顔して話すんだね、ウオッカ」
ウオッカ「え。……し、締りのない顔、してたか?」
キール 「締りのない顔じゃないよ。幸せそうな、顔だよ。嬉しい顔さ。
俺が憧れる、優しい顔だよ。きっと今のウオッカの顔だと思う」
ウオッカ「……そうか?」
キール 「ウオッカは、お父さんの愛情に恵まれて育ったんだよね」
オウッカ「まぁ。不本意ながら……暑苦しいほどの、愛情は頂きました」
キール 「羨ましいな。おれ、ウオッカがお父さんのこと……つまりボスだけど、
ボスのことを話す時、おれ、凄く好きだった。ドキドキした。
だからウオッカが恋人だって、勘違いしちゃったんだ。
でも今も、こうやって話をしてくれるウオッカの傍にいるの好きだよ。
ウオッカの傍、こぼれそうなくらい幸せがあるって思えるんだ。
だから、そのこぼれた幸せ分を、貰いたいのかも。
ウオッカの幸せを貰えたら、おれも幸せになれる気がするんだ」
ウオッカ「……キール。お前を引き取った時は、負の感情は厳禁だったからな。
俺は自分の都合のいいことしか、話さないしな。
幸せな話しかしないとしたら、それは今が不幸だからかもしれない」
キール 「どうして? ウオッカは不幸なの? 何か辛いことがあるの?
でも、本当に幸せじゃない人は、幸せな話なんかできないよね?
おれ、何かウオッカの幸せになることがあればしたい。
今のウオッカが、不幸で悲しむのは嫌だよ」
ウオッカ「ああ、そうだな……ごめんな。
今日の俺は、キールを悲しませることばかり言ってるな。
俺は、基本ダメで出来の悪い放蕩息子だからな……許せよ、キール。
本当に悪い。ごめんな」
キール 「謝らないで。出来の悪い放蕩息子じゃないよ。
ウオッカは、立派だよ。だってイーブの店の皆のために、
お金を出してくれてるじゃない。おれ、知ってるんだ。
ギャンブルのお金の全部を、イーブに渡してるよね?」
ウオッカ「あんなもの、泡銭だ。それに、あれは……イーブに貢いでるんだ。
ああ、俺が今好きなのは、イーブだな。イーブを買うための、金だ」
キール 「違うよ、イーブの夢への投資金だよ。
イーブが将来作る娼館に捨てられる子供たちの教育学校の為の、お金だよ」
ウオッカ「! なっ……喋ったのか、あいつ……!?」
キール 「あ。違うんだ。イーブは知らないよ。黙っててね。
イーブはさ、酔っぱらうと、子守唄の代わりにその話をしちゃうんだ。
だから、店の大きい子は、ほとんどが知ってるよ。
でも、イーブは気がついてないから、それは秘密なんだ。
だってイーブは表向き、『ガキを使って娼館で儲けた金を貯めて、
自分の老後を面白おかしく暮らすんだ』って、言いふらしてるからね。
そう思われたいみたいだから、皆、そういうことにしてるんだ」
ウオッカ「バッ……あいつ……。ったく〜〜〜ッ!!
なんて間抜けなんだ、バカイーブめ……ホント、バカだな」
キール 「皆、イーブが好きなんだ。それでウオッカのことも、好きだよ。
誰もウオッカをダメで出来が悪いだなんて、思ってない」
ウオッカ「キール……。でも俺は、お前が思うほど良い人間じゃない。
普通、そんな目的があるなら、ちゃんと働いて稼いだ金を渡す筈だろ。
なのに働きもせず、ギャンブルで勝った時だけ金を渡してる。
そんな人間が、まともであるはずがないだろ?
俺は、やっぱりクズなんだよ。
勘違いだよ、キール。でも、ありがとうな……。」
キール 「ウオッカ……。どうして自分を責めるの?
俺には自分を責めるなっていうのに。
じゃあ、ウオッカがそう思いたいなら、それでいいよ。
でも、おれがウオッカをどう思うかなんて、ウオッカには変えられないんだ」
ウオッカ「……キール。なんか、変わった、かな。
電タブ社でバイトしてから、少し強くなったか?
……いや、もともと、無駄に強情なとこはあったかな」
キール 「強情かな? それブロンクスにも言われたけど」
ウオッカ「そうか。さすが番犬。鋭いな。
なぁ、キール。番犬は、キラに預けてやってくれないか。
お前に我慢しろって、言うつもりじゃないんだが……」
キール 「え……どういう、意味?」
ウオッカ「番犬がついていれば、危険はないだろ。
あいつが狙われるのは自業自得だし、俺にはどうでもいいけどな。
でも親父は、オヤジの奴は……その方がきっと安心するだろ。
イカレ親父の泣き面を見るのは、ちょっと退くからな。
そうだ、夏祭りでキラが迷子になった時があって、
あの時のオヤジの泣きそうな情けない面ァ、なかったよなぁ……
今思い出しても、笑えるんだけどな」
キール 「……ねぇ、ウオッカって……。あ、えっと。
ううん、いいや。よくわからない。何でもない。
そうだね。キラは敵も多いし、ブロンクスが常に必要だよね。
おれは時々借りられたら、いいよ。
それで、あのさ、夏祭り……なんだけど……」
ウオッカ「なぁ、キール。
思いついたんだが、お前の養父と一緒に行けばどうかな?
夏祭りってのは、初めての時は、家族で行くのが一番だ。
お互いの良い思い出に、きっとなるはずだ」
キール 「あ! そうか、そうだね。何で、思いつかなかったんだろ。
ありがとう、ウオッカ。そうするよ。帰って話してみる。
お養父さん、きっと喜んでくれるよね。
おれもウオッカみたいに優しい顔で、夏祭りを語れる大人になれるかな?」
ウオッカ「なれるさ。もちろん。さぁ、良い思い出、作ってこいよ。
良かった。やっと笑ってくれたな……。
笑えるってのは、いいことだぜ。
そのうちお前は、最高の笑顔ができるようになるさ、キール」
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