SAY IT



◇ 2 ◇




鏡 夜「……それ。まさか今頃、返事ですか?」

レイジ「ああ? なんだよ。ひとのメール、勝手に読むなよ」
鏡 夜「ひどいですね、あなたってひとは」
レイジ「酷い? おれが? 何故?」
鏡 夜「二週間も前にマックさんから来たメールの返信を、今するんですか?
    今日する意味がありますか? もういっそ、しなくていい返事ですよ、それ」
レイジ「そうか? そんなにヒドイ? そうかな。そんなことないだろ。
    だってメールに返事をしないと、返信がないとか言って怒るんだ」
鏡 夜「もう怒るような期間は、すでに過ぎたと思いますけどね」
レイジ「それよりなんでおまえが小僧から来たメールのことを知ってるんだよ。
    おれの携帯、見たのか? 親しき仲にもってな……」

鏡 夜「見ていませんよ。あなたが言ってたでしょう?」
レイジ「なに? おれが? 言ってた? いつ? なんて?」
鏡 夜「酔っぱらって、言ってましたよ。二週間前に。
    『バレンタインのおれのスケジュールは空いてるかな?』ってね」
レイジ「……そんなこと、聴いたか?」
鏡 夜「ええ。どうしてですかと尋ねたら、あなたはそのメールの文面を私に見せてくれました」
レイジ「小僧のメールをおれがおまえに? 本当か?」
鏡 夜「そうです。嬉しそうでしたよ。結構ね」
レイジ「まさか。喜んでない」

鏡 夜「最近のあなたは、緩んでいますね」
レイジ「それ、イヤミか? 気を引き締めろって? 以前も言われた気がするな」
鏡 夜「いいえ、違います。気を抜く時間は必要です。緩めることも大事なことだし、いい傾向だという意味です」
レイジ「そんなふうに聴こえなかったけどな」
鏡 夜「なにか後ろめたいと思っているからでしょう。まぁ多少はそういうニュアンスも込めました」
レイジ「テクニシャンだなァ、おまえは何でも」
鏡 夜「二人でコソコソとやられるよりは、良いですけどね。あなたは一応、私に気を遣って下さってるんですね」
レイジ「……それもイヤミなんだろ。別に気なんか遣ってない……」
鏡 夜「そこで言葉を濁すことなど、以前のあなたなら無かったでしょうね。なんだか不思議です。
    これも良い傾向ですという意味です」

レイジ「なぁ、結局なんだけど、さ」
鏡 夜「はい」
レイジ「おれの相談者は、おれの真の理解者は、おまえだけなんだよな。おまえしか、おれにはいないんだ。
    結局、おれが本音を出せるのも、大事なことを相談できるのも、おまえしかいないんだよ、キョウちゃん」
鏡 夜「―――――レイジさん……」
レイジ「うん。感激した?」

鏡 夜「ここにあったモルト、一本、ぜんぶ空けたのはあなたですか?」
レイジ「うん。おれがひとりで飲んだけど。酔わないと素面ではできない話もあるよな?」
鏡 夜「ふぅ。困りましたね。お酒の力に頼るのはマックさんだけじゃないんですね」
レイジ「小僧が、なに?」
鏡 夜「先日、店に来られていました。あなたがバルセロナのディーラーと商談しているときに」

レイジ「そうなのか? 何でおれに小僧は声をかけなかったんだ」
鏡 夜「声をかけても大丈夫かなと訊かれましたので、今はどうでしょうとお答えしました。
    マックさんは、あんたがそう言うならやめておくと笑って帰られました。いけませんでしたか?」
レイジ「いや、それで良い。正解だな。和やかなムードでもないしな。そうか、来てたのか……」
鏡 夜「少々気の毒だったので、お相手をしていたら、あなたからのメールがないのは、ダメだからかなと訊かれました。
    14日にデートに誘ったんだけど、返事がないのだと。その日の予定はどうなってるのかと言われました」
レイジ「あのバカ。なんでおまえに、言うかなァ……」
鏡 夜「そうですね。でも悪気はないんですよ、マックさんは。彼は私ほど性格は悪くないですからね。
    きっと本気でただ心配だっただけです。ですがお二人とも、私に気を許し過ぎではないでしょうか?」
レイジ「そう言うなよ。あいつは一応、おまえには一目置いてるんだよ、あれでもな。無神経に見えても、おまえを立ててる。
     あいつもバカなりにちゃんと解ってるんだろう。おれたちの領域には一線を画して、踏み込んできたりはしない」

鏡 夜「でしたらあと一歩ほど譲歩して頂ければ、お互いに抱擁もできるのですけどね」
レイジ「それは二人で話合ってくれ。性格の悪いおまえは、それで小僧にイジワルな答えでも言ったのか?」
鏡 夜「いいえ。要のスケジュールは空いてますよと、お伝えしました」
レイジ「微妙な、返しだな……。というか、マズイだろ、それは」
鏡 夜「私は真実を伝えただけです。誤解を埋めたければ、そのあとはレイジさんがすることです。
     さっきの返信で、伝わればいいですけどね」
レイジ「冷たいな、キョウちゃん」

鏡 夜「私は優しいですよ。言わなくていい情報を、お二人に伝えています」
レイジ「そうか。そうだな」
鏡 夜「レイジさん。私はマックさんを、嫌いではありません」
レイジ「そうか。それは良かった」
鏡 夜「想いに迷って傷つけ合うようなことはしないで下さい。お互いに、です。私はそれを望んでいません」
レイジ「うん。わかってるよ。……それじゃ、おれはもう帰るな。キョウ。おやすみ」

鏡 夜「帰るではなく、出かける、でしょう。車をお出ししますか?」
レイジ「……いい。車はいいよ。酔い醒ましに途中まで歩いて行くから。いいんだ。
    大丈夫だ、分かってる。ちゃんと途中でタクシーでも拾うから心配するな。……心配、しなくていい」
鏡 夜「では、ちょうど良い辺りに車を向かわせておきましょう。合図させますから使って下さい」
レイジ「ほんとにおまえは、律儀でデキるイイ子だよ。最高の相棒だ」
鏡 夜「ええ。絶対、私の方がお買い得ですけどね」
レイジ「そうだよな。本当にそうだよな。おれはセンスがないよな。 ……イッテキマス」
鏡 夜「いってらっしゃい。どうぞ、お気をつけて。
     酔いにまかせて普段言えないことでも、うっかりこぼしてきてはどうですか?
     彼にとっては、酔ったあなたの失言は、何よりのバレンタインプレゼントでしょうから」

レイジ「……うるさい。言う事なんか、ない」





◇◇◇


リ ン「じゃ、今日もお疲れさまー! バレンタインライブ、終了ォ!!
    でも今年のバレンタインは平日だったからか、思ったほど初めからカップルは来なかったなァ」

ナルセ「そうだな。九時前後からは入れ替えで結構、来たみたいだけどな。一応、満員御礼だ」
リ ン「後半もうメロウな曲ばっかりで、ハートのお腹はいっぱいだわ。
    でもリアルな胃袋はカラッポだよ。ナルセ〜、いっぱい貰ったチョコ、俺にもちょうだ〜い♪」
ナルセ「お前も貰っただろ。おれのは酒とかネクタイとか物品が多いから残念ながら食えないぜ」
リ ン「ちぇっ、いいなぁ。自慢かよ。リッチなおばさまからの貢物なんか、羨ましくないもんね。
    マックもいっこくらい貰ったか? 今日はお前、絶好調だったな。なかなか良かったぜ。
    やけにノリノリだったけど、イイコトあったのか? もしや返信、来た?」
マック「ねぇよ。そんなもの来てねぇよ。今日はテンションあげなきゃやってられねぇだろ。
    ボカァ、プロなのでバレンタインは幸せな恋人たちのために一生懸命、弦を弾くだけさね。
    いっとくけど、八個はGETしましたからチョコ!!」
リ ン「うぅーん、カッコイイ〜、マックさんモテモテだなッ♪」
マック「フフフ。俺に惚れんなよ、ハニー。チョコ食べる? あーんして♪」
ナルセ「何バカやってんだよ。それじゃ、お疲れ。帰るな」
リ ン「あ、ナルセ、お前ひとりで帰るの? もしや豪ちゃん帰って来てるのか?」
ナルセ「当たり前だろ。だからさっさと帰るんだ。バレンタインの夜はこれからなんだよ」
リ ン「はー、独り者の俺に冷たいよな、ナルセは。そうだ、メール来なかったマックは暇なんだろ?
    飲みに行こうぜ。もう時間的にはバレンタインデー終了なんだし、良いだろ?
    いっそ、ピアノマンにでも行くか。レイジがいるかもしれないぜ? 文句云いに行こう」
マック「そうだな……。いや、やっぱり帰ろうかな」
リ ン「なんだよーつまんねぇ。……ま。それもそうだよな」



                   ……♪  ♪〜〜…♪〜



マック「!」
リ ン「おっと。マック、お待ちかねのメールじゃないの?
    その着信、レイジだろ? コルトレーンのやつだ。やっとの返事かよ?
    遅すぎるだろ、今頃って。 あ、バレンタインだったから? ……なんだよ? 見ないのか?」
マック「……や。もうちょっと、着音を聴いてから……かなって」

リ ン「うへぇ。……勝手にしろ。それでレイジはなんて? 俺にも見せろよ。気になるだろ」
マック「あっ、勝手に見るなって! コラ、リン! 返せよ!」
リ ン「なんだよ、リンくんには見る権利があるだろー。あんだけ愚痴られたんだからな!」
マック「わかったって。ちゃんと教えるから俺より先に見るのはヤメロっつーの」
リ ン「はいはい」



     『わかった』




はい?

これだけ?

わかった?

……って、なに?


そんな返事で合ってるのか?
コレ、俺の送ったメールのどこの質問にかかる返事?
コレ、本当に俺の二週間前のメールに対する返信?


問い『バレンタインDアフターにお時間、とれませんか?』
答え「わかった」
……なのか?

問い『ステージが終わったら会いたいです』
答え「わかった」?
……ですか?

そもそも、返信が遅くなってすまないな、とか、
ゴメン、今さらだけど、とか、
この間貰ったメールの返信だけど、とか、
ないわけか?
これ本当に返信のメール?



マック「ハ、アハハハ……」

リ ン「マック? 大丈夫か? ショックな内容でキレたか。何て返信だったんだ?」
マック「なぁ、リン。『わかった』って、どういう意味かな」
リ ン「それだけ?」
マック「うん。それだけ」

リ ン「しらね。……要するにわかったってことだろ。返事じゃん。
    今からレイジに会うのか? レイジ、マックんちに来るんだろ」

あ、そうか。
これって、会えるって意味か。
わかった、行く。
そういう意味だ。きっと。


マック「じゃ、おやすみ、リン。俺、帰るな」

リ ン「おう。おやすみ。レイジによろしくな。いいよな、結局ラブラブでさー」



コルトレーンの、セイ・イット。
俺がレイジから来るメールに設定した着メロ。

以前、バレンタインデーに二人でデートできた日、
待ち合わせたジャズが流れるバーで、最後に聴いた曲。
レイジが好きな曲だと言ったので、わざわざCDを買ってホテルに持ち込んだ。
だってダウンロードした曲なんて、色気がないからな。
ちょっと切なく心地よい甘いメロディ。
ゆっくりとした優しい情景と、囁くような愛の音。
その日、バスタブの中で一緒に繰り返し聴いた。
ことは終わった後だったのに、のぼせそうな、熱い時間だった。

携帯からは時々しかこの曲は流れないけれど、
流れたときの心臓の高鳴りは、言葉では言い尽くせない。
沈んだ気分など吹っ飛んで行く、幸せに満ち溢れた気分。
いつも少し長めに聴き終えてから、メールを開く。
この瞬間、いつも思う。
レイジに心底、会いたいと。

シックスティーズから帰るとき、
レイジはお気に入りの曲を途中にして、脳裏に巡らせながら店を出るのだと言った。
そうすると好きな曲に送られて、最高の気分で帰路に着くのだと。


俺もこの曲を脳裏に描いて、
きっと逢えるであろう愛しいレイジを胸に想いながら、急ぎ足で帰路を急ぐ。
レイジはきっと、俺の部屋に来ていて、待っていてくれる。

心なしか、今夜のお月様は少し雲がかかって、ハート型の月に天使の羽が生えたように見える。
バレンタインに浮かれた愛の夜空を照らす、柔らかな月の光。
相当、俺の脳内はおめでたいのかな?
ささやかな幸せを感じられるのは、生きて行くのに大事なスキルだ。


会ったらすぐなんて言おう?
メールの文句か?
遅いじゃないか、とか?
あれだけ? とか?

いや、ちがう。
そんなのはどうでもいい。何でも構わない。
レイジはいつも長文を打たない。
だけどレイジのメールには、行間の想いが見える。
前後にある、想いがあるのだ。
俺には見える。
眼科に行けと、きっとレイジは言うけれど。

レイジがくれる素っ気ないメールは、
いろんな葛藤の末の、囁くくらいに小さな、だけど大事なメッセージに違いないのだ――――






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End

〜2017 バレンタインSS〜