Hope


03
3月31日 PM.11:45

登場人物:レイジ/ナルセ
場 所:ピアノ・マン事務所





レイジ「おかけになったこの高級電話は、只今使われておりません。
    勝手にお急ぎのバカ野郎様は、ピーという発信音のあとに…………」

ナルセ「レイジ」
レイジ「なんだ、ナルセか」
ナルセ「なんだナルセか、じゃないだろ。表示を見れば解るくせに。
    まさか俺の番号、削除したんじゃないだろな?」
レイジ「どうかな。おまえは愛しの豪ちゃんと長期休みを利用して、
    一緒にアメリカ新婚旅行中だからな。おれに黙って行くなんてな。
    ビッチな浮気者のアドレスなんか、とっくに消しちゃったよな、おれは」
ナルセ「そんな姑息な拗ね方しなくてもいだろ。レイジは出張中だったじゃないか。
    だいたい、新婚旅行じゃないし」

レイジ「じゃあなんだよ。そっちに移住でもする気なのか。おれを捨てて恋人と幸せか。
    なのにどうしたんだ。急に捨てた愛人を思い出すなんて、豪とケンカでもしたのか?」
ナルセ「ケンカはしてないけど……」

レイジ「してないけど、何だよ?」
ナルセ「豪はやっぱり、アメリカで音楽をした方が合ってるような気がするんだ」
レイジ「そうなのか? 荒野の堅物は、楽しそうにへらへら笑顔でギターでも弾いてるのか?」
ナルセ「うん。そう」
レイジ「……冗談だったんだけどな。それは本当か。何が起こったんだ一体。
    へらへらしてるなら、ちょっと写真、撮って来てくれ。見たい」

ナルセ「へらへらはしてないけど、明らかに日本にいる時よりも、楽しそうなんだ」
レイジ「そうか。そりゃ、しょうがないよな。豪にはそっちの音が合うんだろ。
    だったら、残ってアメリカで活動しろと言ってやれよ。恋人ならそうしろ。
    豪が幸せなら良い筈だ。おまえには辛いだろうが……。いや……ナルセ?」
ナルセ「何?」

レイジ「おまえ、まさか、おまえ、嘘だろ?」
ナルセ「何が嘘だよ」
レイジ「おまえまでそっちに残るとか、云わないよな?」
ナルセ「……」

レイジ「ナルセ! 冗談じゃないぞ。シックスティーズはおまえがいないとダメだぜ、
    分かってるんだろうな? 何で黙ってるんだ!」
ナルセ「それは、分かってるよ」
レイジ「じゃ、帰ってくるよな? そうだよな?」

ナルセ「レイジは、帰ってきて欲しい?」
レイジ「当たり前だ。当然だろ。帰ってこないなんて、許さないからな!!
    ナルセ、いいか、よく聴けよ? おまえは……おまえは―――」
ナルセ「うん」

レイジ「……どうしたいんだ? ナルセ。 豪のそばに、いたいのか?」

ナルセ「レイジ、俺。……豪が、好きなんだ」
レイジ「そうだな。よく知ってる」

ナルセ「俺には豪しかいないんだ。豪のそばをもう二度と離れたら、
    俺はもうダメな気がする……。豪と今度、距離を置いたら、耐えられない。
    ダメなんだ、レイジ。助けてくれ……」
レイジ「落ち着け、ナルセ。仕事と恋愛を一緒にするなよ、そうだろ? おかしいだろ。
    おまえには豪だけじゃない。店がある。おまえはずっと歌いたいよな? シックスティーズで?」
ナルセ「うん。シックスティーズで、おれは歌いたい」

レイジ「そうだ。おまえは正しい。シックスティーズは日本にあるんだ。分かってるな?
    おまえは、帰ってこなきゃいけない。ファンは、ナルセを待ってるんだ。
    おれも待ってる。バンドマンも待ってる。スタッフも待ってる。つまり、みんな待ってる。
    シックスティーズの改装後に、ナルセがいないなんて、嘘みたいな話はない。
    誰も信じられない。信じない。絶対に起こっちゃいけない悪夢だ。そうだろ?」
ナルセ「必死だな、レイジ。俺は、みんなのために帰るのか」

レイジ「違うだろ、おまえのために、帰るんだよ!!
    シックスティーズで歌いたいなら、どっちかを選ぶしかないんだ!
    豪を選びたいなら、豪を日本でやるように説得しろ!
    できなきゃ、縄をつけて連れて帰れよ!?
    おまえが説得できないなら、おれがしてやる! いいか、そっちに行くから待ってろ!」
ナルセ「レイジ、そんな必死で止めないでくれよ。本気すぎるよ。可笑しいだろ、レイジ」
レイジ「おれは笑えない。
    ―――おまえが、歌わないシックスティーズなんか、おれは認めない」

ナルセ「うん。……おれ、アメリカに居てはダメだよな?」
レイジ「ダメだな。おまえのレベルなんて、そっちには捨てるほど居る。
    だから豪のことは辛抱しろ、日本で、我慢して堪えろ」
ナルセ「俺が心底、狂うほどに豪を愛しててもダメだよな?
    豪と距離的には別れるしか、ないんだよな?」
レイジ「……そうだ。豪とおまえは、別れて欲しくはないが、
    おまえがおれから離れるのはもっとだめだ。赦さんからな。
    ナルセの歌が、おれには必要だ。たとえ、どんな犠牲を払ってもだよ……」
ナルセ「豪を失って、俺が廃人になったらどうする?」
レイジ「―――豪を、そんなに好きか、ナルセ」
ナルセ「好きだよ。これから先も、豪しか愛してない」

レイジ「そうか。なら、豪を選べよ。おれは、おまえたちだけには……」
ナルセ「だから俺、歌よりも、豪をとる覚悟を、したんだけど……でも……」

レイジ「でも?」

ナルセ「レイジが、俺にシックスティーズで歌えって言うなら俺は、帰る。
    豪の代わりにレイジが支えてくれるなら、俺は帰るよ。本当に」
レイジ「本気か? それでいいのか? 離れてると何が起こるか分からないんだぜ。
    豪はおまえを忘れるかもしれない。それは離れているせいだ」
ナルセ「そうだな。豪は、俺を忘れるかな。
     だけどもし、俺が豪のところに残ったら、レイジは俺を忘れるのか?」

レイジ「ナルセ。まさか。おれの中の湖に深く届く光は、おまえの歌だけなんだ。
    本当だ。おれのスターだ。どこにも行かないでくれ。愛してる。おまえだけを、愛してるんだ。
    おまえは永遠におれの密やかな場所で、シックスティーズで歌っていてくれ。頼む」
ナルセ「帰って来いって、言ってくれよ。レイジ」

レイジ「帰って来いよ、ナルセ。豪の代わりに、おれが傍にいてやる……」
ナルセ「うん。頼むよ。帰ってきたんだ。ひとりで。もう」

レイジ「帰ってきた? 今、どこにいるんだ? 空港なのか? じっとしてろ。迎えに行く」
ナルセ「やっぱり、俺にはシックスティーズを捨てる勇気はなかったよ。
    結局、そういうことになるんだよな。仕方ない。
    ……店の前に、いるんだ。いま。扉を開けてくれよ、レイジ」

レイジ「今? ――――ナルセ!?」

ナルセ「ただいま、レイジ。なぁ、レイジ。もう一度、俺とやり直さないか……。
    もう俺の、この崩れそうな精神を支えておけるのは、レイジしかいないんだよ。
    レイジ、俺を見捨てないでくれよ。まだ俺を愛してるって言ったよな?」

レイジ「わかった。分かったよ、ナルセ。心配するな。おれがいる。ずっといる。
    豪の代わりになってやる。おれは、おまえを愛してる―――ずっとだ。
    どんなときも、おまえの歌があったから、おれはこれまでも乗り越えられたんだ。
    おまえの歌があるシックスティーズは、セブンレイジィロードは、おれの希望だ」



photo/真琴さま



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