Smoke Gets In Your Eyes
煙が目に沁みる
04
登場人物:レイジ/鏡 夜
場所:ピアノマン・予約の入ってないパーティ個室
レイジ「今から、シックスティーズに行こうと思うんだがな」
鏡 夜「どうぞ、いってらっしゃい。お気をつけて」
レイジ「……止めないのか?」
鏡 夜「どうして止めるんですか? あなたがシックスティーズに行きたいのに私が止められますか?
確かに仕事を放り出して行くなら、止めてもいいですけどね。
止めて欲しいんですか?」
レイジ「仕事は片づいてない。書類整理ばっかりで飽きたんだ。
気分転換にナルセの歌が聴きたくなった。止めても行く」
鏡 夜「仕方ないですね。年末に向けて、どうしても処理する書類が多いことは免れません。
今までは私ひとりでしていたんですから、あとは私がやりましょうか?」
レイジ「いいよ。休憩したら、ちゃんとやる。おまえはおれが新しく押し付けた分の仕事が増えただろ」
鏡 夜「別に増えても処理時間は同じですよ。少しスピードを速めるだけのことです」
レイジ「羨ましいねぇ。おれは何でもゆっくりとやりたいタイプだから、
高速スピードのおまえが心底羨ましいよ。コツを教えてくれないか。
どうして皆、超スピードで進められるんだろうな。時は金なり、か」
鏡 夜「ぼんやり考えごとをしながらするから、スピードがでないんですよ」
レイジ「そうかな。別に何も考えてないけど。ああ、今年のクリスマスのことを考えてるかな。
どうだ、クリスマスは店を閉めて、二人で最上階のスイートに泊まって、
夜景を見ながらシャンパン・デートでもしないか?」
鏡 夜「ベタですね。発想が凡人化していますよ」
レイジ「そう? 鏡ちゃんは手厳しいねぇ。おじさん萎えそう。
最上階、スイート、夜景のワードがダメだった? 今どきそれはない?」
鏡 夜「私はあなたと一緒なら、どこでもいいです」
レイジ「それは超凡人乙女のセリフじゃねぇのかよ? 主張しようぜ、行きたい場所を」
鏡 夜「だったら凡人同志、お似合いでしょう」
レイジ「なんだよ、もう。……その気にならんのか?」
鏡 夜「当たり前です。クリスマスにお店を閉めるのはダメですよ」
レイジ「何だよ、そこ本気にしたのか? まさかするわけないだろ、稼ぎ時なのに」
鏡 夜「前科がありますからね、あなたには。
冗談だと思っていたら、本気だったことは山のようにあります。
ツリーの飾り付けまでしておいて、満席の予約まで入れておいて、
クリスマスにお店を閉めるような酔狂を、あなたは平気でやったでしょう?」
レイジ「そんなことやった? おれが? そんな身勝手なことを本当に?
おれの店は、おれの気分次第だからな。おまえがそう言うならやったのかな。
ああ、恐らく情緒不安定な時期だったんだろうなぁ……」
鏡 夜「別に今もたいして変わらないでしょう」
レイジ「どこまでも厳しいね、鏡夜くんは。もう少し労りの精神でモノが言えないか?」
鏡 夜「呆れて言葉も出ません。あなたは裏の仕事以外はどうして何もかも不謹慎なんですか」
レイジ「不真面目じゃなく、不謹慎ときたかね」
鏡 夜「店のスタッフの困惑を、本気で考えてみたことがありますか?」
レイジ「また説教が始まる? 悪いけど録音しておいて貰えるか? 帰ったら正座して聴くから。
シックスティーズの2stには間に合うように行きたいんだけどな。
ああもう、始まってるな」
鏡 夜「結構、頻繁に通ってたのに、この二週間ほどは行ってませんでしたよね」
レイジ「ああ、おまえが山ほど持ってきた仕事に時間を費やしてた。
行かなかったんじゃなくて、行けなかったんだ。わざとじゃなかったのか?」
鏡 夜「違いますよ。そこまで意地悪じゃありません。
だけど何故いきなり頻繁に通い出してたんですか? シックスティーズに。
まるで何かに区切りをつけるための、最期の未練みたいですね」
レイジ「言うじゃないか。ライブハウスに通う理由はひとつだろ。バンド生演奏を聴きたいからだ」
鏡 夜「それだけですか?」
レイジ「ああ、それとナルセを視姦しに、かな。
あのエロい唇を見ながら脳内でえっちな妄想をしてみるのは楽しい。
おっと、これは浮気じゃないよな? おれの憧れスターとの妄想の話だからな」
鏡 夜「体の浮気と、心の浮気と、どちらの罪が重いと思いますか?」
レイジ「そりゃ、体だろ。浮気相手と性交してなきゃ、離婚訴訟も起こせないんじゃないのか?
知らないけどな」
鏡 夜「あなたは体だと思うのですね」
レイジ「罪、だというなら体じゃないのか」
鏡 夜「心なら罪じゃない? どちらの行為も相手を傷つけるなら罪でしょう」
レイジ「おれがナルセと妄想でヤッて、おまえは傷ついた?」
鏡 夜「いいえ。ナルセさんが相手なら、何も思いません。だけど……」
レイジ「やめた。行かないよ。なんだか面倒くさくなってきた」
鏡 夜「レイジさん。いい加減、向い合えばどうですか」
レイジ「おまえと?」
鏡 夜「自分自身とですよ」
レイジ「は。そんな今さら、青臭い。大人なんだから大人の対応でいいだろ」
鏡 夜「心に嘘はつけませんよ」
レイジ「ははは。そんな純文学みたいなこと言うなよ。冗談のセンスが上がったつもりか?
おれは心に嘘だってつけるよ。そうじゃないか? おまえも嘘つきだからわかるだろ。
面倒なことを考えさせるなよ。おまえに悪いようにはしないから、もう少しだけ見逃してくれ」
鏡 夜「私が、大事ですか?」
レイジ「大事だよ? 心から大事だと思ってるよ。苦しいくらい思ってる」
鏡 夜「……だから、捨てられない?
あなたにとって他を選んだなら、私を捨てるしか無いんですか?」
レイジ「おれは捨てようなんて一切、思ってない。
おれが他の選択をしても、おまえはおれから去らないと言ったよな?」
鏡 夜「云いました」
レイジ「だったら、心の思うまま素直におれは、何にも縛られないで他の選択だってできるよな。
でも、そうはしない。何故なら、おれに必要なのはおまえだからだ」
鏡 夜「ええ。あなたは私が必要ですよね。あなたのビジネスライフを支えるには、私は必要です」
レイジ「そうだよ。分かってるじゃないか」
鏡 夜「でも、あなたの心と体を支えるのは、きっと私では役不足なのでは無いですか」
レイジ「そんなことはない。もし仮にそうだとしたら、おまえは努力したらどうなんだ?」
鏡 夜「努力、ですか? これ以上、私に何の努力をしろと?」
レイジ「おれの心と体を支えられる努力だよ。おれが好きならできるだろ。しろよ。
おまえにはできるよ。おまえならできる。
だけどそれだけおれのことを好きなおまえを、見捨てるような都合のいいことは、おれにはできない」
鏡 夜「都合のいいことじゃない。あなたは心のままにすればいい。
あなたが……恋人に誰を選んだとしても、私にはビジネスパートナーの場所があります。
そして、あなたの部下にただ戻るだけだ。今まで通り。私はそれで満足です」
レイジ「おれを、心底好きなままだろ。血を流すような我慢をしながらか?
満足だと? この嘘つきめ。本気でそう思ってないよな?
自分の身を餌にしてまで狐を誑かして、おれを手に入れようとしただろ!!」
鏡 夜「……確かに、しました。サワさんを焚き付けました。
―――でもあなたが、そのことを……正面から云いだすとは思いませんでした。
良かれと思ったんです。選択しやすくなると思った。でも効果はなかった。失敗でした。
私はあなたを好きなままでないと、傍にはいられません。嫌いになれと言われても、
きっと無理です。だけど以前も言いましたが、憎いとは思っています」
レイジ「憎むのはいいよ。心がおれに向いてるからな。だが無関心になられるのは困る。
それは本意じゃない。忠誠心が揺らいだら、おまえを信用できなくなる。
一番信用しているおまえを失ったら、おれはどうしたらいい」
鏡 夜「忠誠心は、揺らぎません。あなたのために、死んでもいいと思っています」
レイジ「そうだよな。おまえはおれを死ぬほど愛してるのに、自分の心を殺して引き下がろうっていうんだろ?
心も体も、おれのために我慢をしますというんだろ? まったく面倒くさいヤツだよな。
おれは、そんな我慢はしなくていいと言ってるんだ。
ただ、もう少しだけは、もう少しの間だけ、我慢してくれと頼んでるんだ。
どうして、おまえも待てないんだ? 誰も彼もせっかちすぎるぞ」
鏡 夜「あなたは―――。私の心の傷が、自分のことのように痛いんですね。
でも私の傷口は私のものです。あなたにどうすることもできない」
レイジ「知ったふうな口の聞きかたをするな。もういい―――。話は終わりだ」
鏡 夜「すみません……」
レイジ「なぁ。鏡夜。思い通りにならないことには、苦労するよな。
結局、アホ小僧が淫乱狐に惑って、ケツに食らいついてれば良かったんだよ。
それなら丸く収まったんだ。だけど、おれもおまえも小僧を見くびってた。
おまえのやったことは、逆効果だったんだ。効果はあったよ。
だけど、それはおれにとっても、な……」
鏡 夜「それは、どういう意味……」
レイジ「……なんだ、店の方が騒がしいな。どうしたんだ。もう酔っ払いの出現か?
まだそんな時間じゃないだろ。お品の良い堕紳士殿なら、お帰り願え。
泥酔の美女ならおれの事務所に呼んで、ペリエでも持ってこい」
鏡 夜「はい……。様子を見てきます。……レイジさん」
レイジ「何だよ。もう口論はしないからな。シックスティーズも今夜は行かない。
悪かったよ。怒鳴ったりして。おれもちょっと言い過ぎた」
鏡 夜「あなたが心を殺して我慢することも、私には辛くて痛いことなんですよ。
結末は誰かが、痛い思いをしなければなりません。それが真実です」
レイジ「ご大層だな、鏡夜。真実は小説より、か?
おれにそんなロマンチックな嗜虐趣味はないね。痛いのはご免被る」
☆☆☆☆
鏡 夜「―――メリナさん? どうしたんですか、こんな時間に?
まだステージの最中のはずですよね……。何かシックスティーズであったんですか!」
メリナ「き、きょうざぶろうさん!?」
鏡 夜「鏡夜ですよ」
メリナ「あ。あの、レイジさん、いませんか、レイジさんを呼んで下さい!
……ひっく……わたし、わたし……」
鏡 夜「メリナさん、落ち着いて下さい。どうぞこちらに。
今すぐオーナーを呼んできますから、どうか泣かないで」
レイジ「おいおい。どこのどいつだ? シックスティーズの天然歌姫を泣かせたのは?
どうしたんだ、お嬢ちゃん。誰に泣かされたんだ? マスカラが滲んで酷い顏だぞ」
メリナ「レイジさん!! レイジさん、一緒に来てクダサイ!!
ナ……、ナルセさんが、ナルセさんが、殴られて大ケガして、大変なんですッ(>_<)
私のせいで、私のせいで……うええーん、、(TOT)」
photo/akoさま