見上げてごらん夜の星を
★7★彡
レイジ「……いったいどこへ行くんだ? いい加減にしろ、マック。
人をメールで呼びつけておいて、一言もナシか。何なんだ。
目的地まで喋らないつもりか? 同窓会はどうしたんだ。
行ったんだろう? 今頃なら、二次会か三次会の時間のはずだ」
マック「同窓会には行ったよ。そのために帰省したんだからな」
レイジ「だったら解散がやけに早かったのか?」
マック「二次会を抜け出して来た」
レイジ「何のために?」
マック「あんたに、会うために」
レイジ「昨日の今日で? 帰ってからでも良かったんだ。もう答えを出したのか?
相変わらず決断が早いな。速攻で考えて済むことか。だったら聴こうか。それで?」
マック「なぁ。どうして泊まりであんたと過ごすと、あとでなんかダメになるんだろうな。
夏のバカンスに言ったあと、会わなくなったよな」
レイジ「同棲し出してからケンカが絶えないカップルがいるだろ。
おれたちはカップルじゃないけどな。一緒に長く居すぎるからだ。
四六時中いるとウザいんだろ。きっと結婚はできないよな。価値観が違うんだ」
マック「俺、サワと付き合うことにする」
レイジ「――――それが、おまえの出した答えか」
マック「って云ったら、どうする?」
レイジ「……そうすればいい。と言うだけだな」
マック「じゃ、言わない。今のはちょっと反応が見たくて言ってみただけ」
レイジ「聴いておれが動揺するとでも? 本心なんだろ、実は。
おまえには自分を好いてくれるサワが似合いだ。サワも喜ぶし、解決だ」
マック「あんたさ、俺がサワとどれくらい関係が進んでると思ってるんだ?
茅野とヨロシクやってるあんたほど、俺は器用じゃないんだ。
サワに好きだとも言ってないし、デートもしてないし、セックスもしてないし、
事故はあっても故意にキスだってしてない」
レイジ「だから何だ。好きじゃなくてもできることばかりだ」
マック「俺には真剣なことなんだよ。サワはそういうの関係なさそうだけど。
俺はレイジには好きだと言ったし、セックスもしてるし、故意にキスだってしてる。
レイジとデートもしたいし、一緒にもいたいと思ってるし、願ってる。
でもサワは違う。ただの友達だ」
レイジ「……それで?」
マック「レイジが好きなのに、サワとはつきあえない」
レイジ「おまえがサワとどうするかなんて、訊いてない。そんなことは好きにしろ。
おれには鏡夜がいるのに、おまえはこの関係を続ける気があるのかと訊いてるんだよ。
おれが聴きたいのは、それだけだ。サワとおれのどっちかを選べなんて尋ねてない。
この関係を続けながら、おまえはサワとつきあうことだってできるんだ。
……前にも言ったか?」
マック「逆に聞くけど、あんたは恐らく茅野が好きで一緒にいるし付き合ってんだろうけど、
それなのに俺なんかと浮気をする気があるのか? あんたに?」
レイジ「あるから訊いてるんだろう。おまえはどうするんだとな」
マック「何で? 何故、好きでもない俺と浮気する気になるんだよ?」
レイジ「……今さらそんな根本を覆す気か。いいか。おれは身体だと、言ったよな?
浮気するのは、おまえとのセックスを手放すのが惜しいからに決まってる」
マック「それだけ? 本当に?」
レイジ「たぶん、それだけじゃないけどな」
マック「だからその他は何だよ? それが知りたいんだよ。俺を好きなのか?」
レイジ「好きかと訊かれたら、おまえのような勝手な奴は好きじゃないよ。
セックスだけかと言われたら、それもきっとそうじゃない。
嫌いかといえば嫌いじゃないが、少し違う気がするし、わからない」
マック「……わからない? 分からないってどういう意味だよ?」
レイジ「浮気をする他の理由は不明慮だということだ。帰って不明慮の辞書を引けよ」
マック「それは好きだというのを、認めたくないだけなんじゃねぇの?」
レイジ「違うな。それは違う。まさか、そう思ってるのか?」
マック「いえ、思ってませんけどね……希望です。俺、何回このセリフ言ってるのかな」
レイジ「ところで、どこに行くんだ。おれを誘拐する気か?」
マック「どこにも? 目的地は、ここですから」
レイジ「はぁ? ただの田舎の魚港? こんなところ、何もない」
マック「あるよ。ここに広がる、夜空とか夜の海。灯りも水面に煌めいてる。
あっちへ行くともっと夜景がきれいだ。観光地だからな。
ここは穴場で地元のカップルが時々、夜の散歩をするところなんだ」
レイジ「……散歩、ね。散歩か。おまえは本当に散歩が好きだな。
ピアノマンのオーナーに漁港で散歩をさせるのは、おまえくらいだろうな」
マック「俺は田舎者だから、デートの場所は洒落てない」
レイジ「よく言うよ。夜空だとか星だとか、さらっと気障なことをぬかしておいて」
マック「考えてくれよ、レイジ。想像でも妄想でもいいよ。
もし、あのメリナの歌う夜の星ソングに見送られながら、やっぱり泣きたくなったら、
その時、あんたはどうしたらいいのか。寂しくなって、俺に会いに来るだろ?」
レイジ「生憎その時間、おまえはステージの上だ」
マック「じゃ、俺の家で待っててくれたらいい」
レイジ「鍵を持ってない」
マック「これ、持っててくれよ」
レイジ「―――おまえの部屋のカギ? スペアか?」
マック「スペアに決まってる。おれのを渡したら、おれが家に入れないだろ。
そこまで俺のことおバカさんだと思ってるわけ? レイジって」
レイジ「わざわざ作ったのか……」
マック「うん」
レイジ「いつ」
マック「同窓会行って、そのまま帰りにさっき。酔いに任せて勢いで作りました。
出来立てホヤホヤです。火傷しないようになんちゃって」
レイジ「返されるかもしれないのに?」
マック「その時はその時。あんたの返事として、返してくれ」
レイジ「勿体ないから、返されたらサワにやるか」
マック「それはない。サワの話はもうしなくていい」
レイジ「よく考えた結果なのか。これがおまえの答えだと受け取ればいい?
おまえに―――有利なことは、期待できることは何ひとつ、ないんだぜ」
マック「……よく考えようとしたけど、面倒臭くなったから鍵を作りに行ったんだ」
レイジ「おまえの頭はすぐ思考することを諦めるんだな。そんな調子だから信用されないんだ。
もっと問題は真剣に考えないと、人生をダメにするぜ」
マック「俺はさ」
レイジ「うん」
マック「レイジが好きなんだ」
レイジ「そうか」
マック「あんたといたいし、やりたいし、あんたが笑ってるのを見たいだけなんだ。
それが何で人生をダメにするんだ? 人生って何だよ。
毎日を繰り返して、いつか終わるものじゃないか。
些細な毎日を繰り返すだけなんだ。その些細な中身が愉しいか悲しいか
辛いかムカつくかって、ただそれだけなんだ。
楽しいのも嬉しいのも辛いのも、腹立たしいのも、誰にも均等にある。
ちゃんと知ってれば、冷静に人生は過ぎるよ。時間はどんな時もとにかく進むだけだ。
それでどれだけ用心してても、最高なことも、最悪なこともいきなり来るんだよ。
来た時に受容しようがしまいが、時間だけは止らない。お構いなしに進むし戻らない。
その中で、俺が選ぶものって何だよ?」
レイジ「…………恋人のいるおれを選ぶ利点なんか、ないだろう」
マック「俺は本気なんだよ、レイジ。どういうわけか、本気なんだ。
茅野とあんたを共有する気はまったくないけど、どうしても諦められない。
俺は自分が大事だから、過ぎゆく日々では俺の気持ちを尊重したい。
選んでいいって選択権があるなら、今度はリタイヤしない。なんか信憑性ないけど」
レイジ「共有するとは、言わないわけだな」
マック「言うわけない! そんな本気はないだろ。茅野とは共有なんかしない」
レイジ「だけど結果的にはそうなる」
マック「それはあんたの感想だろ。俺にはそうじゃない。そう思わない。
いつかレイジが、どちらかを選ぶと言う日を待つよ。これも信用できないだろうけど」
レイジ「それは明日かもしれないぜ?」
マック「え。そんなに早いの? マジで? 嘘だろ?
そんなに早いんじゃ、それ俺が選ばれたりしない方向だよな?」
レイジ「勿論、そうだろうな」
マック「いやでも、俺を忘れるには、それじゃちょっと早すぎると思うぜ?
な? 思わない? そうだろ? そうだよね?」
レイジ「残念だながら、一瞬で忘れる自信があるけどな」
マック「いやいや、そんなことないって。それはないよ。ないない。
きっと、夜空を見上げて星を見れば絶対、俺を思い出すって。
マック……って知らずに呟いたりするって」
レイジ「エトーだろ。そのフレーズで思い出すのは。おまえが言ったんだぜ」
マック「いや、さぁ? どっちかな? 今日のことがあるからな。港で星を見たな作戦。
深層心理に訴えて……。効果は曲を聴いてみてからのお楽しみでーす」
レイジ「何が言いたいんだ。どっちにしても……キョウにバレたら殺される。
今後は用心して会わないとな。本当の密会だ。容易なことじゃないぜ」
マック「なんとなく、あの男に秘密がばれないとは思えないけど」
レイジ「当たりだ。みごとに今回のことはバレてたよ。まぁ無駄だな」
マック「ええーッ?! マジで?! すげぇな、茅野の影忍びの術……忍者?」
レイジ「続けるのなら、覚悟しとけよ」
マック「何の覚悟? 殺される覚悟? それとも茅野に死なれる覚悟?
俺、あんたを諦めてくれってお願いはされたけど、約束はしてないからな。
茅野が死んでも俺のせいじゃないよな? 死んだりないよな?
案外さ、ここまで来たら諦めるんじゃないのかな。茅野の方がさ。
あんたを独り占めできるなんて、おこがましい、とか言いそうじゃん。
つーか、言って欲しいです。茅野はモテそうだし、俺に譲ってくれないかな」
レイジ「言うかもな。だが……おれが鏡夜を恋人にすると言ったんだ」
マック「な、もういいよ。茅野のことは俺といるとき言わないでくれると俺は嬉しい」
レイジ「約束できない。おれはおまえといても、鏡夜のことを考える」
マック「茅野といるとき、俺のことは考える?」
レイジ「考えない」
マック「……わかった。言ってみただけ。俺も約束は嫌いだ。守られないと意味ねぇもん」
レイジ「おまえの場合は、特にな」
マック「なぁ気持ちってのは、理屈や約束ごとじゃ縛られないんだよ。
進んでいくだけの無機質な時間とは違うんだ。お、なんか良いこと言ってねぇ?
ホラ、見上げてごらん夜の星を……ささやかな幸せを祈ってる」
レイジ「テンパりすぎだぞ。ヤケクソで歌でも歌う気か?」
マック「いや、ほんとにだよ。ここが最高なんだ。なんの散歩だと思ってるんだよ。
ダダッ広いから空が見渡せるんだ。昔は近くを通勤通学バスが通ってて……」
レイジ「美人のおねぇさんとオリオン座を見ながら帰った道か? ここが?
もっと田舎の土手道だと思ってた。港だとは思わなかったな」
マック「おれの実家は、海が近いんだよ。そんな話、覚えてたんですか……」
レイジ「覚えてたよ? おまえは記憶力の良いおれの前で、くだらないことばかりを
寝物語に語るからな。……確かに、良い星空だな。思ったよりよく見える。
潮のにおいもどこか官能的だな」
マック「だろ。な。ここで、手を繋いで一緒に歩けばさ。
絶対に夜の星ソングの主役は、俺に決定するのにな。俺が主役をゲット! みたいな」
レイジ「アホか。――――
……そうだな。近くに人の気配もないし、手、繋ぐか?」
マック「……え。ええッ?!」
レイジ「頭の悪いボウヤの手を引いて帰る、おねーさんの気持ちになれそうだからな」
マック「あたまわるいは余計です。本気ですか? こんなとこで? おかしいだろ。
う、わ。え! マジで? どうしよう。ホントに手、繋ぐかな。
あり得ないだろ。どうしたんだ、レイジ。星のパワーか? 凄いな、星空の奇跡だ。
なんか……めっちゃ興奮する……なんか……えっと…………その…………」
レイジ「どうした。急に大人しくなったな。気分は中学生か?」
マック「だって、歌詞にあるじゃん……。
♪みあげてごらん 夜の星を 手をつなごう ぼくと
追いかけよう 夢を 二人なら 苦しくなんかないさ ってな」
レイジ「冗談だろ、苦しいことだらけだ。まだメリナの歌を聴いてないし、何の感慨もない」
マック「ないのかよ。だったら坂本キューちゃんではどうなんだよ」
レイジ「どうしたいんだろうな、おれは―――何をやってるんだ……。
どんどん事態がややこしくなるだけだなのにな。前を向き始めたのに重荷が軽くならない。
何故だ? 何故、おれはおまえを捨てられないんだ?」
マック「そんな情けない声出すなよ。あんたらしくないぜ。時間がきっと解決するさ」
レイジ「おまえに励まされるとは末期だな。
エトーが地獄から甦ったら、簡単におれはどっちも捨てられるのにな。
やっぱり死んでないかもしれないってことにしないか。
おれはエトーを待つことにすればいいんだ。一番、簡単だ」
マック「逃げるなよ、レイジ。前を向くことにしたんじゃないのかよ。
でも俺はゾンビと戦うようなバイオハザードは苦手だからな。
もし本当に出たらあんたを置いて逃げるから俺は。ゾンビもお化けもダメだから、俺」
レイジ「そんなことだと思ったよ。でもキョウは戦うと思うぜ。相手が誰でもな」
マック「ゾンビ―がエトーでも?」
レイジ「おまえ、会ったことのないエトーまで呼び捨てなのか?(笑)
呆れたヤツだ……まったく最強だな。呆れ果てて失笑だ、気がぬける……」
マック「……なぁ。あんたが笑ってて、こうして手を繋いでると、何でも可能な気がしてくる。
なんとかなる気がしてくる。星からパワーを貰えるような気がする」
レイジ「おまえは、このまま二人で逃げようとか言わないんだろうな」
マック「まさか。非常識だろ。だってそんなの唯一の俺の適職が無くなる。
俺は器用じゃねぇし、他の仕事なんか無理だからな。食っていけなくなる」
レイジ「バンドマンなら仕事はどこにだってあるだろ。楽器が弾けるんだからマシだ。
ライブハウスはそれこそ全国、星の数ほどある」
マック「でも、シックスティーズは一店だけだ。俺はシックスティーズが好きだし、
あんたはナルセが見れなくなるのは嫌だろう? 絶対、ないよな。
第一、ピアノマンを捨てられないだろう?」
レイジ「そうだな……ナルセの歌は、捨てられないかな」
マック「俺だって、シックスティーズのベースを捨てたくないからな。天職なんだ」
レイジ「おまえは何も捨てずにおれを手に入れたがってるんだな。それは傲慢だ。
何かを手に入れるには、犠牲はつきものだ」
マック「傲慢だとは思わねぇよ。俺にあんたは上等すぎるとは思ってもさ。
だってさ、あんただって捨てなくても良かったかもしれないだろ。
過去に戻れば、エトーを選ばなかった選択だってあったはずなんだ」
レイジ「―――おれが? エトーを選ばなかった選択を? まさか。ありえない。
以前の人生を捨ててなかったら、おれはただのサラリーマンで、ただ普通に働いて、
いつも上司の愚痴を言って、ライブハウスで憂さを晴らすつまらない退屈な人生だぜ?
高級クラブのピアノ・マンもなければ、使いきれない富も地位も裏稼業の刺激もない、
今頃、誰もカッコイイとか言っても貰えない暗くて冴えない中年オヤジだ。
考えただけでぞっとするな。だったら選ばなかった人生はないだろ」
マック「そうかな。レイジのルックスなら冴えなくはないと思うけど。
もしもの人生はそのままシックスティーズで俺と出会って、恋に落ちてたかも」
レイジ「―――笑うとこなのか?」
マック「可笑しければ?」
レイジ「おれがずっとシックスティーズに通ってるとは限らないだろう」
マック「ナルセがいる限り、あんたは通ってるよ。そうじゃないか?」
レイジ「ナルセか。そう、だな。確かに。おれはナルセを……見ているだろうな」
マック「だったら、俺と出会うことはあったよ、きっと。
そしたら何のしがらみもなかったと思うぜ。捨てても捨てなくても、
俺とあんたは出会ってた。どっちにしてもだ。すごいじゃん。
どっちの道でも、星の数ほどの中での出会いの奇跡ってあるんだ、きっと」
レイジ「案外ロマンチストだな、おまえは」
マック「ミュージシャンは、わりかし浪漫ちすとなんですよ。
それに、いい歳した男二人で手を繋いで夜の星空を眺めてりゃ、
おかしなことも口走りたくなるよな」
レイジ「まぁ、そうだな。過去のことをもしもと言うのは意味のないことだがな」
マック「でも省みりゃ、戻れなくてもやり直すことは可能だぜ」
レイジ「別にやり直したいことなんかない。
おれはエトーを選んで、ピアノマンを得て、好きな仕事をやって、
後悔はしていない。こっちの道で良かったと思う。
ただその中で、エトーを失ったことが選んだ全てを失くしてもいいほど、
文字通り死ぬほど辛かっただけだ――――。死んでてもおかしくなかった。
おせっかいなナルセや豪やリンや、周りの連中がおれを引きとめた。
よく、ここまで持ち直せたと思うよ。それでも俺は、生きているんだな」
マック「そうだな。本当に死なずに生きててくれて良かったよ。会えて良かった。
俺もその過去を持つあんただから、惚れてこうしてるんだよな」
レイジ「おれの過去なんかどうでもいいと言ってたのは誰だ。
今さらそんな殊勝なことを云っても、同情票はやらないからな」
マック「なんだ。残念」
レイジ「だけどもしもの話、シックスティーズにそのまま通っていれば、
おれはナルセとデキてた可能性がある。だからおまえなんかお呼びじゃないな。
おまえに出会っても、何も変わらなかったさ」
マック「えー、もしもの場合さえも無いって、冷たいひとですね。
でもナルセにはすでに恋人がいたんだろ? あんたの出番はないじゃん」
レイジ「ああ、その通り。本命とはいつもくっついたり別れたりしてたな。
お互いの愛が強すぎたんだ。これからだってどうなるかわからないけどな」
マック「俺たちみたいに?」
レイジ「全然、一緒じゃない。こっちに愛はないからな」
マック「俺にはあるよ。あんたも俺への愛に、いつ気が付ついてくれるのかな。
レイジはさっきおれがサワと付き合うって云ったら、絶望的な顏をした。
気づいてないだろうけど」
レイジ「してない。セックスできなくなるのが残念だと思っただけだ。
いや、違うかな……。おれとは付き合わないと答えるだけでいいのに、
サワと付き合うと答えるとは、人間が小さくてつまらん男だと失望しただけ」
マック「失望した顏だったのか? あれ」
レイジ「そうだ。あるいは軽蔑だな。嫌悪だ」
マック「なんだよ。ちょっとは妬いてくれたのかと思ったのに」
レイジ「おめでたいな。そんなことより、おまえは今後、鏡夜の報復を心配しろよ。
鏡夜に脅されていながらおれと浮気するなんて、見直したよ。大物だ。
実は恐いものはないんだな。ヘタレだなんて言って悪かった」
マック「……冗談だろ? 冗談だよな? 茅野って怖いけどそこまでじゃないよな?
でも俺、茅野よりナルセの方がコワイと思ってるんだけど。本気で。
そういう比じゃないのかな……相当、ヤバい?」
レイジ「おまえに会って、ひとつだけ変わったことがある」
マック「え、なに?」
レイジ「シックスティーズで、ベースの音が聴こえるようになった」
マック「それは今まで聞こえなかった?」
レイジ「聴こえるはずがない。ベースラインにある音なんか聴こえない。
そんな音が聴こえる方がどうかしてるし、そんなものが気になったら
曲を聴くには邪魔になる。曲は一体化しているからいいんだ」
マック「まぁな。でも聴こえるようになったら、低音は体に響くのがわかるだろ?
自分では知らないうちに、奥底の芯に響いてるんだよ。ベースの音って」
レイジ「響く? ベースの音が聴こえるだけでいつもと曲は変わらない」
マック「なぁ、これはおれの持論だけど、曲を聴いて高揚する気持ちの底辺を、
ベースの音が本当は担ってるんだ。でも誰もそこは無意識で気が付かない。
歌が、曲が素敵だって思うだけだ。派手なギターやピアノのせいだと錯覚する。
本当は地味な弦楽器だとは思わないんだ。だからベースは必要不可欠だ。
誰も知らないうちに、そんな大事な役割をしてるパートなんだからな。
ま、ちょっと良く言いすぎだけど。持論なんでコレ」
レイジ「それにオナニー楽器じゃなくて、セックス楽器なんだろう?」
マック「……そうだよ。覚えてたのか? 交わってこそ、快楽が得られる楽器なんだ。
あの、……レイジはこのあと、今夜の予定は何かあるのかな?」
レイジ「ふざけろ。ここまで来て、他に予定があると思うか? あったら来ていない」
マック「良かった……。
手を繋ぐだけでこのままサヨナラとかもう言えない。俺、どこかに寄りたいです。
もういますぐレイジにキスしたい衝動を抑えて限界がきそう」
レイジ「同感だな」
マック「えっ本当に? 昨日、やりすぎたけど……いいのか?」
レイジ「帰ったら、できないかもしれないぜ。きっと邪魔される」
マック「マジで。すぐ、行こう!!」
レイジ「ただし、民宿はダメだからな。防音設備がないところは却下」
マック「……王様。一応、田舎でもラブホくらいはありますよ」
――――ああ、そうだったのか。
おれの奥底で何かがやけに響くと思っていたら
それはベースの弦の振動で起こる震えだったのか。
コイツに触れる時にどこかで聴こえると思っていた音は、
ベースギターの重い音だったわけだ。
道理で鈍くてわかりにくはずだ。いや、本当にそうなのか?
はっきりとしてるわけじゃない。
ナルセの歌を、聴きたいな。
おれの魅惑のスター。
どちらの人生を選んでいてもそこにいた、おれのスター。
いますぐこの地を発ってシックスティーズに行きたい。
おれのナルセに会いたい。
ステージに立ち、MCなど一言も喋らず、ただ佇む。
それなのに歌いだしたときの存在感は、どうだろう。
あの自身に満ちた、傲慢でオレ様の、
激しく眩い光のオーラを持った鮮やかな、おれのスター。
自由に、優雅に、気楽に、恰好良く、ワイルドで、セクシーに。
ひとつずつポーズをキメながら歌うその姿を。
目を閉じれば、ひとつひとつの動きとしぐさを鮮明に思い出すことができる。
すぐに瞼の裏で会えるような、鮮明なイメージ、スターの存在感。
片時も忘れようのないはっきりとした存在感だ。
そして、あの歌声。
悪魔の誘惑。
胸が激しく高鳴り、心臓を悪魔に掴まれ動悸が激しくなる魔性の歌声。
歌声が鮮明に思い出せる人間の脳の構造は、どういうものなのだろう。
脳が出す、幻聴なのだろうか。
最高に格好良く、
時にキュートで、
魅惑的に、
冷静で、
最強に、
ステージでただ歌う。
あんなふうに何事にも囚われず、自由に自分を信じ、
ただ歌うだけで、ひとの魂と嫉妬と憧れを波のようにさらって、
心を掴んで離さない。そんなナルセというスターに憧れて、
見聴きするのが快楽のようにひとは傾倒し、のめり込んでいく。
何度も何度も通っても、愛想もみせず話かけもしないクールなナルセに会いたくなる。
恍惚とステージ上のナルセを見上げる客のなんと多いことだろう。
そのブラックグラスは、誰の姿も映しはしないのに。
おれの歌を聴けと、そう全身で奏でる声の楽器。
羨ましいと、憎らしいほどに思う。
ナルセを、見ていたい。ずっと。
ナルセが、欲しい。ずっと。
ナルセに、なりたい。ずっと。
そして。
そのナルセが、そうして自由に光放つことができるのは、
あのステージがあるからだ。
シックスティーズのあのステージの時間があるからだ。
あのバックバンドを背にしているからこそ、
何者にも何事にも揺るぎなく颯爽として歌うことができる。
バックバンド、セブンレイジィロード。
あれはナルセのパーツの一部。
1音も外すことなくボーカルに寄り添う、ナルセの心臓。
静かで、賑やかで、愉快で、しなやかで、力強い、ナルセのバンド。
才能とセンスとハートのあるメンバーだけを取り揃えている。
ドラム、ギター、サックス、キーボード、ベース。
どこの店にも負けない実力を持つ。
何がステージで起こったとしても、
屈強なバンドに支えられるという自信によって、
ナルセはあそこまでスターでいられる。
あそこまで輝くことができる。
安心して、背中を預けてただ歌っていられる。
セブンレイジィロードのいる、シックスティーズ。
おれの大事な店だ。
唯一、昔のおれの残像が今も残る店。
ピアノ・マンとは違い、いつもおれに癒しだけをくれた場所。
何を選んだとしても、あの場所だけはずっとそばにある。
心の拠りどころだ。忘れはしない。
あるいはピアノマンよりも大事な聖域なのかもしれない。
だからおれは、今もあの店へ足を向ける。
独りになりたくて、あの頃の孤独をより感じたくて。
帰ったら、すぐに行こう。
おれのナルセに会いに。
昔のおれに会いに。
作られたというおれがまだ存在しなかった場所に。
暗い目をして音楽に傾倒しエトーを忘れらなかった真面目な自分の残像に会いに。
夢も希望もなかったが、ただまっすぐな想いだけを苦しいほど秘めていた過去に。
おれは真面目過ぎると、エトーは確かに言ったのだ。
できれば言いたい放題の勝手なこのベースが休んでいる内がいい。
いつの間にかスターではなく、地味な土台に目が行くような
最悪に不様なことにならない内にだ。
ついでにメリナの星の歌でも聴いて帰ってやろう。
だがそれならコイツがいないことには、都合が悪い。
ラストステージのセットリストにその曲を入れると言ったのだから。
曲の途中で店を出て、エトーを想いながら夜空を見上げ、
手に持つこの鍵ひとつで絶望せずにいられるのなら、
心の奥底に小さな星の灯りが見えるという気がした。
肉眼で見るには小さな小さなその星は、実際の実物はとてつもなく大きい。
ちゃんと知っているのに、信じられないだけだ。
いつかおれはその厄介で面倒な事実を認めることができるだろうか。
作られた言葉で逃げずに対峙できるだろうか。
おれは星の歌で、誰を思い出すだろう。
星を眺めて呟くその名前を、おれはまだ知ろうとしない。
もう少し、ゆっくりと小さな星の夜空を眺めていたいと願うだけだ。
♪見上げてごらん夜の星を
見上げてごらん 夜の星を
小さな星の 小さな光りが
ささやかな幸せを うたってる
見上げてごらん 夜の星を
ぼくらのように 名もない星が
ささやかな幸せを 祈ってる
手をつなごう ぼくと
追いかけよう 夢を
二人なら 苦しくなんかないさ
見上げてごらん 夜の星を
小さな星の 小さな光りが
ささやかな幸せを うたってる
見上げてごらん 夜の星を
ぼくらのように 名もない星が
ささやかな幸せを 祈ってる
(作詞:永六輔 作曲:いずみたく)
☆彡見上げてごらん夜の星を
(※動画サイトにリンク。宣伝がある場合スキップして下さい)
☆END☆
※窓を閉めて戻って下さい
photo/Do U like