What's Going On
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MAC
ステージが終わってから、俺はすぐに店を出た。
飲みに行く約束があったからだ。
といってどこかの店ではなく、シックスティーズから離れたあるマンション。
飲み会場は、アキラの自宅だ。
アキラはセブンレイジィロードの元メンバーで、
以前は辞めた後もフリーでたまにセブンレイジィのヘルプをしてくれていたのだが、
今は老舗コリンズのハウスバンドで、ギターボーカルをしている。
王子様のような甘いマスクで、女性ファンをキャーキャー言わせている、
爽やかイケメンボーイだ。
別に羨ましくなんかないけど。
アキラはバンドマンにしては灰汁のない、とても性格のいい奴だった。
どうやったらこの世界で、そんなに擦れずにあんな性格を保てるのだろう。
多少、色んなバンドを転々としたせいで、少しは意地悪く図太くはなったようだが、
やはり基本は優しく素直なままだった。お育ちがいいのかな。
電車はもうないので、タクシーで来て下さいとアキラは言ったが、
そんなに遠くはないし歩いて行くと俺は云った。
するとアキラは車で迎えに行くから適当な所で待ってるようにと呆れながら言った。
本当になんて良いヤツだろう。アッシーアキラくん。
車でお迎えなんてセレブみたいだね。
一時間くらい歩いたって、どうってことないのに。
きっと頭が冴えていい。
本音は最近買った車を、見せびらかしたいんじゃないのかな。
すぐ僻む育ちの良くない性格の悪い俺。反省。
アキラとは、去年からずっと飲む約束をしていたが、
なかなかお互い忙しくて叶わず、ようやく今夜、約束を果たせそうだった。
アキラが演奏しているコリンズでも毎日ステージはあるので、
今日もお互い仕事が終わっての飲みだ。
最近の音楽傾向を話すのは、楽しみだった。
俺の明日は休暇を貰ってあるので、昼まで飲んでも支障はない。
久しぶりに飲むぞー!! って感じでもある。
ナルセが休めて俺が休めないはずがない。
風邪とか言ってたが、多分サボりに違いない。
近頃ナルセは、休暇を貰ってはせっせとアメリカの彼氏に会いにいっているようだった。
日帰りではできないし、一日でも遠すぎて無理だから結構なハードスケジュールだ。
行って会ってナニして帰るだけらしい。それくらいナルセに愛されている彼氏。
ぜんぜん羨ましくなんかないけどね。
そんなとき、店長は機嫌が悪かったが、俺たちは案外、楽しんだ。
スター不在のステージは、キーボードのキタさんが暴走してかなり面白いのだ。
そういうステージも、俺は好きだった。どっちかといえば、俺はそっち系。
普段お笑い系はナルセが嫌な顏をするので、あまりしないのだが、
鬼の居ぬ間にと、キタさんが今年初めの『ライブ書初め』を計画していたのが笑えた。
最もナルセがいないと、やっぱり歌のパンチが足りないけど。
それにしても習字をするなんて、小学校以来だった。
おれは何で書初めに「おかえり」なんて書いたんだろうか。
帰ってくる気配など全然ないのに。
というか、帰るならそれは俺の方じゃなかったのか。
痛すぎるなと反省する。
楽屋で一生懸命墨を擦って書いていると、
メリナだけが気の毒そうに見ていたのが、なんとなく気になった。
あの天然娘、どこまで知ってるんだか。
だから女は怖いよな。恐くてまだ事実を確認できずにいる。
ヘミもちょっと俺に気を遣う素振りがあった。
一体、どこまで漏れているんだろう。ガクブル。
俺はとことん小心者なのだ。もう、放っておいて欲しいです。
アキラは明日も仕事があるらしい。気の毒に。
でも深夜飲みでも良いと言ったのはアキラの方だし。
仕事は夜からだから、睡眠時間が減るだけで、そんなに大変な話でもないし。
近頃、飲んではすぐに倒れている俺。どうもアルコールに弱くなってきた。
アキラはおれより若いし、ぜんぜん大丈夫なんだろう。
まったく羨ましくなんかないけどね。
途中で軽快なソウルミュージックが聴こえてきた。
こんな時間に。
ホワッツ・ゴーイング・オン。
マービン・ゲイの名曲だ。聴けば誰でも知っている。
演奏バンドはきっと黒人のグループだろう。だってうま過ぎる。
こんな時間に路上でライブ。都会は本当に時間を知らないよな。
すっかりそれに慣れてきた自分もいるけど。
シックスティーズは深夜までステージがあるんだから人のことは云っていられない。
室内より野外で聴く音楽は、肌に心にやけに心地良い。
そういえばアキラの話によると、
コリンズも最近この曲などを取り入れて、随分ジャンルも変わってきたらしい。
ブラックソウルはごきげんだしな。
年齢層も若いのが混じってきたコリンズでは、それも必須なのかもしれない。
ホワッツ・ゴーイング・オン。
反戦ソングだというのが通説だが、単に父親との確執の歌だったという話もある。
マーヴィンの悲劇は、有名な話だ。彼は父親に撃たれて天国へ召された。
和訳は解釈の違いで色々だ。
そういえば「雨をみたいかい」も、反戦ソングだという見解もある。
だけど、誰もが歌うことはただ「愛」のことだ。
歌に込めた想いは色んなことが、隠されているものじゃないのかな。
上辺を取り繕って、本心を隠したがるもんじゃねぇの、人間て。
表面上、取り繕った言葉の裏側があるんじゃないか。
歌に限らず、言葉というそれこそが裏表のある厄介な代物だ。
歌は言葉でできている。
当たり前だけど。
だからそこは聴いた奴の解釈で良いんじゃないかと俺は思う。
歌から得るインスピレーションは、聴いたやつのものだ。
俺は原曲より、ダニー・ハサウェイのライブ曲が好きだった。
ライブアルバムは歌も演奏もソウルで溢れている。
この曲はやれば一部のソウルファンのお客さんが喜ぶんだろうなと思う。
皆で演奏する感じが、聴いていても演奏していても愉しいのだ。
ウキウキする。
セブンレイジィも70年代ソウルとかをたくさん取り入れればいいのに。
客層の年齢も少しずつ、変化している。
この頃はセブンレイジィでも、プラウドメアリーや、タイタニックのテーマなどを演奏し始めた。
後者はもうオールディーズではないが、どんどんオールディーズの枠組みは、
時代と共に変わっていくのかもしれない。
でも継がれていく色褪せない音楽だってある。
懐かしくないのに、懐かしい感じのする曲。
その曲を、みんなは忘れない。心の波長が合う。
きっとオールディーズには、失恋や恋の歌が多いからだ。
せめて誰もが知っていて、聴き覚えのある映画音楽とか、
そういうのを今後も増やしていきたい。
そんなことを思いながら、意識的に他のことは考えないようにして、
待ち合わせの場所まで、ひたすら下を向いて歩き続けた。
ダニー・ハサウェイはいつまでも俺に問いかける。
どうなってるんだ?
何か変化はあったのか?
どうなのか話してくれよ?
話せばわかるだろう?
いったい、どうなっている?
この辺の道を歩くと、嫌でも思い出すことになる。
今のおれにとって、思い出すという思想はあまり良くないことだ。
今夜。
店にくるなんて思わなかった。
いつも思いがけない反則をする男だから、どこで出会うかいつもドキドキハラハラだ。
でも会いたいと強く願うと、会えるんだと思った。
俺はいつでも、そう願っていたから。
今夜はまったく気まずいタイミングだったが、
俺がチラリと見たことには気が付いただろうと思う。
いや、気が付いたかな?
ちょっと見ただけだから、分からなかったかも。
どうせナルセを見にきたのだ。
おれのことなど、素知らぬふりだ。
でもナルセ不在で残念だったに違いない。
ザマミロ。
来るのを知っていたらメールして教えてやったのに。
最近、メールの回数を減らしてみたが、返信は相変わらずない。
返事をしないなんて、社会人として大人げないと思う。
社交辞令くらいできるって云ったよな?
嘘つきめ。レイジはほとんどが嘘つきだ。
俺が見たことに、気が付いていてくれと思う。
レイジのことだから、気がついても知らなかったフリをしたかもしれない。
しつこいと思われているのは知っているんだし。
それならそれで、もうどっちでもいい。面倒くさい。
だいたい、あっちは公認の恋人連れだったのだ。
俺が嫌な気持ちになることなんか、お構いなしなんだなと思うと、
無性に腹が立つやら、ムカつくやら。意味同じですか?
ただおれにムカつく権利はないんだけれど。
そういうことは考えないようにしないと、気持ちが萎える。
折れそうだ。
もう、決定的に諦めなければならないのだろうかとも思う。
別れたときはずっと待つと言ったし、その気持ちに嘘はないが、
さっき、茅野に云われたことをじっくりと考えてみると、
おれは潔く二人のレールから降りるべきなのかもしれない。
もう走ってもいない列車は、廃車寸前。
運転手は他の列車に移ってしまった。
いつまでも現役に戻れるとレールに乗って夢見るのは滑稽なのかもしれない。
茅野は、俺が二人には迷惑だと言ったのだ。
言葉は過激だったが、そういう意味だったに違いない。
もう二人の邪魔をしないでくれとそういうことだ。
俺が邪魔者というわけだ。二人は相思相愛なのか。
今夜はとても寒い夜だな。
凍てつく寒さだ。寒いのはちょっと苦手になった。
あんまり寒いと人肌恋しくなってしまう。
思い出さない日なんか本当はない。
レイジ。
おれは何度も、あんたの名前を呼んでいるのに。
あんたは皆と一緒に居る時でさえ、一切名前を呼んでくれない。
そいうことが重なる度、挫けそうになる。
俺は意志が弱い。
だから寒さは、非常に俺にとってマズイのだ。
今夜、自棄になってアキラを口説きはじめたらどうしよう。
アキラもなかなかイケてる方だし……。
酔うのはマズイかもしれない。今日のタイミングが最悪だ。
いや、でもアキラはない。つーか、アキラがないだろう。
うっかり口説きでもしたら、今度こそ絶交されるかもしれない。
アキラは以前、ナルセと俺が寝たことを恨んでいて根に持っていたらしい。
そしてレイジともそういうことになったと知らされて、余計に腹が立ったらしく、
アキラらしくもない冷酷で酷い言葉を、俺に浴びせた。
ちょっとあれにはさすがの俺も傷ついた。
結局、あとから謝りにきてくれたけど、あれは俺の方が悪かったと今も反省している。
反省してるのにアキラでもいいとか、全然反省してないだろ、俺。
いっそサワでも誘えば良かった。アキラは嫌がるだろうけど。
もう俺はサワと付き合ってしまえばいいのかもしれない。
最近、サワは積極的だ。
俺のことを好きなんじゃないかなと思う。
告白されたような気もする。確かそうだったような。
たまにストンと落ちそうになることがあるし、
交わし切れない時も多くなってきた。
ちょっと期待を持たせてしまった気がしないでもない。
揺れすぎる俺の心は、人迷惑なのだろうか。
別に何の支障もないのだし、もうサワでいいかとも思うが、
その気になれないのも事実だった。
サワではダメなのだ。
俺はいつだって、ラブラブになれそうなサワよりも、
素っ気なくて脈のないレイジを焦がれながら待っている。
でも今日なら。
今日なら、決心できる気がした。
茅野の脅しは結構、効いた。
今からでも遅くない。サワに電話するか?
今夜、来てくれてありがとう、とかなんとか。
来るとは知らなったからアキラと飲む約束をしたけど、
アキラを断ってもいい、とかなんとか。
とかとかばっかりさっきから言ってるけどおれは。
ただ途中でサワは帰ったので、約束があったのかもしれない。
なんとなくそれでほっとする自分が嫌だなと思う。
どうしたいのか。どうしたいんだ、俺は。
表面上の言葉は嘘つきだ。さっき俺が思ったことそのまま。
暫く待ち合わせ場所で待っていると、アキラのレクサスが見えた。
しかも新車。成金か、あいつは。
コリンズに入ってから、買ったそうだ。
シックスティーズより給料がいいのかもしれない。
よき人材を確保するのに店側も必死だ。
俺に声がかかることは、なさそうだけど。
助手席には誰かが座っていた。
コリンズのメンバーか? 誰だろう。
一緒に飲むとは聴いていないが、二人でなくて良かったとも思った。
だがそこには、ありえないことが起こっていた。
photo/真琴 さま