DESPERADO 〜デスペラード〜
04
2月16日 夕暮れ 開店前のピアノ・マン
登場人物:レイジ/豪
レイジ「―――これはこれは、珍客だ。というか、ずいぶん久しぶりじゃないか、豪」
豪 「ああ。久しぶりだな、レイジ」
レイジ「本場、米国はどうかね? ゲイの国は、浮気し放題じゃないのか?」
豪 「浮気はしてない。俺は音楽の仕事をしに行ったんだ」
レイジ「その荒野の返答、懐かしくてキスしたくなるほど痺れるな。
ところで、再会のキスと抱擁はないのか? 俺はいつでもオッケーだぜ?
カモーン、ベイビィーてな。あっちじゃ日常茶飯事だろ?」
豪 「日本の挨拶にまで、あっちの文化を持ち込むつもりはない」
レイジ「お堅いねぇ。ずいぶん、アメリカナイズされたって、聞いてたけど?」
豪 「ナルセにか。あいつの話は、話半分でいい」
レイジ「半分は本当なのか。フレンドリーな豪なんて、ビックリ!」
豪 「ナルセが何でもあんたに報告する癖は、直さないと駄目だな」
レイジ「いいじゃん。カワユイよ? きいてきいてって、ママみたいな気持ちになる」
豪 「ちょっと、時間いいか? あんたに話があるんだ」
レイジ「おまえ、おれのスケジュールも聞かずに帰ってきたのか?
どんだけ暇人と思われてるんだ。これでもおれは結構、忙しい身分なんだぜ」
豪 「大仕事は減ったんだろ。当分は遠くへの出張はないらしいな。
レイジのスケジュールはちゃんと調べて来た。交通費だって、安くはない」
レイジ「へぇ、豪ちゃんにそんな情報網があったとはね。意外だな」
豪 「茅野さんに聞けばわかるだろ」
レイジ「なんだ。鏡夜に聞いただけか。つまらん。
いや、茅野と連絡を取り合ってる? それはちょっと怪しい」
豪 「そんな誤魔化しには乗らない。結構、無理したらしいな、今回」
レイジ「なんでそんなことまで、話すのかなアイツは。それは企業秘密だぜ。
姿を見たら仕置きだな。鏡夜は豪ちゃんのファンだから、トチ狂ったかな」
豪 「しばらく茅野さんは、帰らないぜ。遠くまでお使いを頼んだからな。
二人の信頼は、もう崩れてるんじゃないのか?」
レイジ「おまえにそんなことを言われる日がくるとはね。溜まり溜まった復讐か?
一体、何の用件だ? そんな用意周到に、鏡夜に罠までしかけるなんて。
それとも鏡夜と示し合わせて悪巧みか。スパイものみたいだな。
ちょっとワクワクしてきたぞ。尋問をどうぞ、捜査官?
手錠とかしてくれると、もっとゾクゾクして、白状するかも」
豪 「引退するのか。裏の仕事を」
レイジ「しないよ? そんなことを聞きに来たのか?
裏を引退しようがしまいが、おまえに関係のない世界の話だろ?」
豪 「今回切り捨てた内容が、精神的に大きいんじゃないかと、思ってな。
またそれが原因でレイジが死に急ぐと、ナルセが言葉通りにひと肌脱ぐだろ」
レイジ「ははは。それで、心配したのか? 可愛いなぁ。
そうなったら、ひと肌といわず、裸にひん剥いて犯してやるさ。
でも心配いらねぇよ。ちょっと無茶をして、ヤバイ取引先を清算してきただけさ。
いい加減、おれも歳だし、もう現地に行くのは、辛いなと思ってな。
おれはあんまり、インディ・Jのタイプじゃないからな」
豪 「レイジは江蕩さんみたいに、滅多に危ないマネはしていない筈だろう?
あの人は……トレジャーハンター、だったか? 現実感がないが」
レイジ「ただの貿易商人だよ。まぁ、エトーは派手なマネが好きで自分で宝探しをやってたが、
おれはその部分は人に任せてた。粗暴なマネは、インテリのおれには似合わないだろ?
生前にエトーがメインでおれにやらせてたのは、事務全般だったからな。
おれは、ただの内務処理の事務員さんだ。まぁ、たまに荷物持ちくらいはしたがな」
豪 「レイジが裏の話を話すのは、初めてだな」
レイジ「なんだ。訊いてくれたらお茶とお菓子を出して、ゆっくり話したのに。知りたいのか?」
豪 「……知りたいな。続けろよ。」
レイジ「じゃ、話すか。けど、危ない現場は回避できない場合もあったのさ。
現物引き渡しの商売には、エトーの正式ビジネス・パートナーだったおれ本人が行かないと、
どうにも取引できないとこもあってな。信頼がすべてなんだよ、この商売。
エトーが直通で残した希少なルートは、交渉人とおれが現地で立ち会わなきゃ成立しない。
おれにとって厄介なものは、ピアノマン以外にもあったのさ。
で、そういう闇の厄介な部分を、今回、スッパリ切ってきた。後腐れなくな。
命をとられずに済んでラッキーだったよ。おれの人徳だよな」
豪 「そうだったのか。それは、かなりヤバかったんだろうな。
江蕩さんは、世界中を飛び回っていたからな。相当なものだったんだろう」
レイジ「そうだよ。今さら抜けるなんて、殺されてもおかしくないんだ。
だけど、何故、おれがそういう決断をしたなんてこと、分かったんだ?
アメリカから、わざわざ鏡夜に電話したわけじゃないんだろ?」
豪 「あんたの様子だよ。ナルセは鈍いから気がついてないだろうけど、
ナルセに今回の話を聞いたとき、精神的な何かがあったんじゃないかと俺は思った」
レイジ「ちょっと待てよ。
まさかその今回の話ってのは……。ナルセが、ひとりで騒いでるやつか?」
豪 「奇行だそうだ。おれもそれについては、騒ぎ過ぎだと言っておいた。
レイジの性的趣向なんか、おれに関係ないからな。そのベースのことも、よく知らないし」
レイジ「そんな真面目な顔で言われると、すごく恥ずかしいんだけど。
豪はマックを知らないのか。そうだったか? 会ったことない?」
豪 「会ったことはある。ヘルプでステージに一緒に立った……かもしれない。
でも、ほとんど話したことはない」
レイジ「話したくなかったんだろ。ナルセの浮気相手だもんなぁ」
豪 「……それ以上言うな。それに今は、おまえの相手なんだろ。何が気に入った酔狂なんだ」
レイジ「まぁ、豪には絶対バレると思ってたよ。ナルセが話さないわけないからな」
豪 「ナルセは鈍感なくせに、何かを直観で感じたんだと思う。だから騒いでる」
レイジ「信じられんな。異国のおまえをわざわざ呼びつけるようなことじゃないだろ?
おまえが空を飛んでくるなんて馬鹿げてるだろ。まいったな。マジでか?
笑える。まさか隠し持ったドラッグで、二人ともぶっ飛んでるんじゃないだろな?」
豪 「ドラックなんか、やるか。
今回の酔狂の原因を、知った方がいいんじゃないのか? 俺たちは」
レイジ「バカバカしい。考えすぎだ。おれが単に、快楽の趣向チェンジをしただけだろ」
豪 「快楽のためだとは思えないな。レイジの快楽は死ぬ方に逃げることだろ。
江蕩さんの残した闇の部分を急に捨てようと思ったのは、
年齢のせいなんて理由じゃないはずだ。何か他のきっかけがあったはずだ。
だから決心をしたんじゃないのか。江蕩さんとの繋がりを、切る決心を。
その理由は、なんだ? また死にたくなるような出来事があったんじゃないのか。
セブンレイジィのベーシストの家に行って、本当に凍死しかけてたんだろ?
いったい何があったっていうんだ。話してくれないか、レイジ」
レイジ「何もない。死にたいなんて、いつものおれの構って欲しい病だろ?
本気で死ぬ気なら、誰にも告げずに冷蔵庫に入ってじっとしてればいいんだ」
豪 「誤魔化されないぜ。今まで死ななかったのは、ナルセや、まわりの皆がいたからだ。
放っておけば、あんたはすぐにあの世へ本気で行きたがる」
レイジ「しつこいな……。わかったよ、認める。豪ちゃんは、立派なゲートキーパーだ。
やけにお喋りになったじゃないか? 異国文化で変わったのかな。
じゃあ、仮におれは悩んでいたとしよう。何故だ? 答えはこうだ。
ただ、本当に手放して、ずっと面倒だった闇ビジネスの重荷を降ろして、
そんなふうに簡単に軽くなるのがいいことなのか、―――迷ったのさ。
切り捨てても軽くなるのか、逆に虚しくなるのかも不明だったしな。
だが、ここが引き際だと、思ったんだ。また死に損なって、結論は出た。
このタイミングで、降りなきゃ、捨てなきゃ、おれは……
おれは、エトーと同じことになるってな。犬死はご免だ」
豪 「それは、どんなタイミングなんだ……」
レイジ「それは、機密事項だよ。誘導尋問おしまい。
残念だったな、FBI。次回は売人から、自白剤を入手してくれ」
豪 「別に理由が知りたいわけじゃない。いや、俺が理由を聞いているのは、
レイジのダメージが、それで単純に終わったなら、問題ないんだ。
今さら蒸し返すつもりじゃない」
レイジ「だったら、何が問題?」
豪 「つまり、江蕩さんと今まで繋がっていた大事なものが終わったなら、
あんたの精神状態を心配するだろう。友人なら誰でもな。
それで軽くなったのか、虚しくなったのか、どうなのか、心配してるんだ。
それがただの奇行になったと言うなら、それで終わることを願うだけだ。
だが、もしものことが起こった時に、今のままでは、どうすることもできない。
ナルセはいつもあんたの夜中の電話を拒否しなかった。おれも後悔はしたくない」
レイジ「……ありがたいねぇ。豪ちゃんは、そんなにおれの心の状態を心配をして、
アメリカからわざわざ飛んできてくれたんだ。涙が出るな。持つべきは友と愛情だ。
だけど、それは心配無用だ。おれはもう、大丈夫だよ。
自殺騒ぎなんかもう起こさないから、安心してくれていい」
豪 「本当か? また嘘じゃないだろうな? あんたは信用できない」
レイジ「現状では、嘘じゃない。本当に、今、気分は落ち着いてる。
それに闇の縁が切れただけで、エトーとの縁が切れたわけじゃない。
ピアノマンは、あるからな。あの世の相棒は、もう死んでるが、
現世の相棒とは、まだ残った分の裏の仕事を続けるつもりだ」
豪 「裏の仕事を全てやめるわけじゃないのか?」
レイジ「やめないよ? 今後は危険なスリルは減るが、古美術商は続けたいんだ。
多少は怪しくてもエトーから教えられた仕事だし、好きだからな。
鏡夜には、この店だけで十分に多忙だから、解放してやってもいいんだが、
あいつ、おれに惚れてるんだ。仕事は有能だし、手放すのは勿体ないだろ」
豪 「現世の相棒は、茅野さんなのか」
レイジ「そうだよ? それも知らなかったのか?
おれはさ、エトーの相棒だった。ビジネスや、生活、全てにおいての。
だからエトーが死んで、代わりの相棒が必要になったんだ。
危険な闇仕事は、ひとりでは到底やれないからな。大変なんだよ、案外」
豪 「仕事の相棒ということか」
レイジ「そう。それも、おれみたいな有能なパートナーが必要だったんだ。
エトーの奴、クソ厄介な黒い闇ルートを、あちこち残して逝きやがって。
中途半端なんだよ、何でも。引退する気だったなら、片付けて逝けってんだよ。
でもそのルートは、危険な連中が喉から手が出るほど羨む、黄金ルートだったんだ。
選ばれた特定の奴しか使えない。信頼がなければ得られない唯一のものだ。
金を積んでもどうにもならない、江蕩が何年もかかって、体を張って築いたルートだ。
だからそれを有効に使うのは、まぁちょっとした優越と快感だったよな。
それがエトーが見出した、おれの才能」
豪 「相棒っていうのは、レイジの恋人でもあるわけか? 茅野さんは、そういう存在なのか、
レイジにとって。彼がいるからもう安心だって、俺たちは思っていいわけなのか」
レイジ「……豪、みんな勘違いしてるがな。
エトーは、おれの恋人なんかじゃなかったんだぜ」
豪 「どういう意味だ? 性交渉がなかったって意味か?」
レイジ「そんなことじゃない。恋人なんていう、生ぬるいものじゃなかった。
別れる戻るで揉めていた、おまえ達には理解できないだろうな。
あいつがおれに仕掛けてきたのは、もっと空虚で痛みと屈辱を伴う、
名状しがたい、グロテスクな感情だった。
ずっと愛憎を引きずってたおれを、強引に闇の中に引きずり込んで、
おれの血肉を残酷に引き千切って、散々弄って、それでもおれが手を伸ばし、
慕う姿を見ても、誤魔化して笑うだけで、指先さえ差し出さなかった。
臆病だったのさ。怖かったんだ。失敗して、おれを失うことを恐れてたんだ。
でも誰にも渡したくなかった。だから、おれをずっと精神的に束縛した。
あいつは、おれが自分のものだと、知ってたんだ。
おれは、あいつの中のパーツだった。でも今は、逆かもしれないな……。
やっとあいつを取り込んだって実感がある。死んで初めて、おれの元に帰ってきた。
そんな役目が、鏡夜に務まると思うか?
無理だ。誰にもその代わりは、無理なんだよ。
だが逆に、鏡夜はおれ自身だ。あの頃のおれと同じ立場にいる健気な鏡夜に、
おれは自分の時のような思いをさせるつもりはないんだ。鏡夜が必要だ。
おれはエトーのように弱くもないし、残酷でもないからな」
photo/真琴さま(Arabian Light)