永遠願う君の幸
photo/真琴 さま (Arabian Light)


祈り溢れる この世界
見下ろすきみは この想い
聞き届けては くれないか
永遠願う 人の幸

music word/matumoto yousuke/産霊の祈り/By:サイルイウ

人生で初めての挫折というのは
こういう時のことなのだろうか

会社をクビになった
有名大学を出て誰もが羨む会社に入って
営業成績ナンバー1を保持し続けた
その挙句がこれなのか

社長の娘との縁談を断ったからだ と同僚はいった
出世を棒に振りやがって
馬鹿だな おまえ と部長が笑った

馬鹿?俺が?
まさか 嘘だ
冗談だろう
俺は馬鹿じゃない
いつだってそうだった

だが馬鹿のキャリアだった可能性はある
ハゲの社長は頭の中身も
ハゲだったと気が付かなかったのだ
馬鹿が発症 まさかと愕然
ヒヨっ子め と笑った役員の顔が浮ぶ
負け犬め 同僚の顔のしたり顔もあった

とにかく俺は クビなのだ
もう一流大手の販売課長ではない
名刺もない ただの無職 25歳
さすらいのプー太郎
無能な馬鹿X100倍負け男

自分の食い扶ちさえも稼げない能無し
地に落ちた 価値のない無能者
仕事がない男は死ぬしか道がない
生きているのさえ 苦痛だ

今まで 一度も味わったことのない
屈辱に潰されそうになりながら

息もできず 無意識にやってきたのだ
恋人のもとへ

本当なら 一番会いたくはない相手だった筈だ

なのに こんな時に
俺には どこにも行くところがないのだ
友達も 親友も 恋人も
全部一人三役で 来るところはここしかないのだ


あいつの
やけに豪華なマンションの前に立ち

俺は衝動的に最上階まで昇って
潔く 飛び降りようと思ったのだ

最高にカッコ悪い
屈辱的な俺の最後を 終らせたいために



それから 数日後の夏の終わり
あいつ―― 国広雪也は 俺を連れ
   雪の実家の田舎の 祭りに出かけた―――


夜店がひしめきあって並んでいる
夜祭 提灯の灯りと 自家発電のライトの煌き
ふわふわと舞う 埃のように光る虫の影

急かされるような 祭りの笛と太鼓の音色

祭囃子に急き立てられて
気持ちだけが高揚していく
高鳴る胸は踊りつつも
誰もが急いでいるふうではない
祭りの音頭はどこか懐くしく
 幸福に哀しく 刺さるように甘く痛い

多くの人々は
その音色と空気と人ごみの勢いに
恍惚とした痛みに 酔いながら
皆が皆 ゆっくりと
どこか浮世離れた笑顔で
彷徨い歩く

     祭りだというのに 陰気で
     暗い顔をした男:
       結城 真理(まさみち)

     浴衣を着た髪の長い
     綺麗な顔をした男:
       国広 雪也(ゆきや)

     二人は夜店の間を 歩いている
     どちらも背が高いので 人ごみの中でも
     いくらかは目立つ風貌ではある



 雪 「まりちゃん どうしたの!元気だしなよ!
    せっかく 夏祭りに来たんジャン!なんて顔してんの
    悪魔が取り憑いたみたいな顔して歩くの止めろよ
    すれ違う人に迷惑だよ 皆 楽しくしてるのに
    もうちょっとしゃんとしてよね
    見てくれカッコイイんだから まりちゃんは
    今 全然中身とあってないよ?」

真 理「…俺は今 職なしなんだぞ ぱあ
    お前のように暢気にアホ面さげて お祭り楽しい〜♪
    なんてほざいてる立場なのか この俺が」

 雪 「そんな地獄の罪人みたいな顔して
    お祭り楽しい♪とか言わないでよねぇ 
    真面目な顔して変なトコは変らないんだから もう
    でもそうか…そうだよねぇ
    まりちゃんにしてみたら 楽しくはないよね
    仕事無くなったのってショックなことだよねぇ
    将来有望視された若くして出世したナンバーワン
    出世頭のエリート課長だったもんねぇ」
雪:シュンとしてしまう

真 理「知ってる単語を並べてるのか それとも
    俺に喧嘩を売ってるのか ひよこ頭」

 雪 「八つ当たりしないでよ ソレ鳥頭より酷いってこと?」

真 理「だいたいお前 仕事はどうした
    パリのコレクションに出るって言ってなかったか
    なんでこんな祭りなんかに来てるんだ 暢気だな
    仕事のあるヤツは仕事をしろ 怠けるな 働け」

 雪 「だって!まりちゃんてば半分死人みたいな顔して
    俺のマンションの前につっ立ってたんだよ!?
    世捨てびと大会があったら絶対1位になってたよ!!
    そんなの恋人として ほっていけないでしょ!」

真 理「そんな大会があるなら出たいもんだな
    今の俺には浮浪者キングがふさわしいって意味か」

 雪 「だからそんな意固地にならないでよ …ったく
    アレクなんか いつもクールでビシッとしてる
    まりちゃんの 幽霊みたいに魂が抜けた
    アホ面見て 心底怯えてたんだからね!
    俺だってもう腰抜けそうになったよ」

真 理「アレクってお前のピヨピヨ仲間の金髪碧眼か」

 雪 「モデル仲間っていってよね あの傲慢なアレクが
    唯一恐れてる一般人て まりちゃんくらいなんだから
    あいつ今すごい人気で 天狗なんだ」

真 理「お前の人気はどうなんだ
    なのに仕事バックれやがってバカか
    そのうち干されるぞ」

 雪 「俺はラベルが違うの パリのクライアントのボスは
    天使のYUKIのわがままくらいは聞いてくれるの
    全然問題なしですよ」

真 理「お前のケツでも掘らせてやれば
     簡単に問題解決ってことか」

 雪 「またそういうこと言う!!下品!らしくないよ
    まりちゃん…あ!あああ〜!」

真 理「なんだ」

 雪 「アレ!ホラホラ!金魚すくいだ♪やりたーい!
    やるやる おじさ〜ん 俺たち3回づつやらせてよぅ!」

金魚屋「ホイ3回ね アンタやたらとべっぴんだけど
     ねーちゃんじゃないよな? じゃオマケは無しだぜ」

 雪  「はっはっはっ余裕余裕!ボク立派に男の子だもん!
     今日はもう店じまいの金魚売り尽くしセールだぜ♪」

金魚屋「威勢がいいねぇ 頑張りな べっぴんのにーちゃん」


 雪 「懐かしいな〜 まりちゃん幼稚園の頃1枚で32匹も
    とったことあるの覚えてる?金魚すくいキングだよな!
    俺も負けじと すごく練習したんだからね♪」

真 理「…お前に空気を読めと求める俺が間違ってた
    お頭の中身は幼児期から使われてないらしいな
    一生 金魚すくって満足してろ」















雪:
金魚をすくうのに 夢中になる
真理:呆れて自分も取り始める

(結構 二人してハマる)

 雪 「でもさ 俺ね 正直いうと…
    怒られるかもしれないけど 嬉しかったんだよね
    まりちゃんが 今の会社 駄目になって」


真 理「…いつも偉そうにしてる俺が負け犬になって
    ザマミロとでも思ったか」
雪:金魚を狙いながら
うつむいて独り事のように呟く




真理:同じように金魚を追い無表情に答える
 雪 「違うよ まりちゃんさ いつも忙しかったじゃない
    俺にはちゃんと生真面目なくらい1ヶ月に2度は
    必ず会ってくれてたけどさ 俺そんなに頑張って
    会ってくれなくてもよかったんだけど
    お前って凄くマジメだからさ 
    俺が悲しそうにするの嫌がって
    どんなに疲れてても会う時間作ってくれたじゃん」

真 理「自分のスケジュール調整くらい出来る
    忙しいから会えないなんていうのは
    会いたくないだけだ 時間はできるんじゃない
    作るんだ …それが鬱陶しかったっていうのか」

 雪 「それはないでしょう 俺そんなに器用じゃないよ
    会いたくもない男とそんなに暇でもない時間割いて
    わざわざ会って 嬉しそうにはできないよ
    仕事じゃあるまいし 俺 まりちゃんといる時だけが
    幸せなんだもん 仕事だってしないで
    ずっとお前といたいくらい」

真 理「言っとくが今は無職だが
    いつまでも職なしなわけじゃないぞ
    働かないヤツは 生きている資格なんかない」

 雪 「生きてる資格がないの?そりゃ大変だね
    まりちゃん 昔からマジメなんだよねぇ
    あと 思い込みも激しいし いいんだけどさ
    働かない人間なんかいっぱいいるよ?
    働きたくても職がない人だっているよ
    そんなこと言われたら 悲しくなっちゃうよ
    俺だっていつ干されても不思議じゃないもんね

    でもね そう言ってる いつも完璧なまりちゃんが
    本当に絶望してますって 顔もできるんだって
    あの日 不謹慎ながらそう思ったんだ
    俺 笑ってたと思うよ ほっとしてた
    良かった 弱いとこもちゃんとあったって安心した
    ウツになって 電車に飛び込んだりしないで
    俺のとこに ちゃんと来てくれて 良かったなって
    ちゃんと正しい挫折ができて 良かったよね」
 雪 「まりちゃん」
真理:手元が止まったまま
うつむいている

金魚の器に水が跳ねる

真理:無表情で こぼれた涙が
器に落ちる

雪:真理を見上げて
ハンカチを差し出す

 雪 「ねぇ
    良かったね やっと挫折を経験できて

    身体から出す水分で一番気持ちいいのは
    目から出す水なんだって
    沢山だせば すごくすっきりするんだぜ
    俺 今の仕事始めて悔しいとき 水浸しになったよ
    大人だって 泣いていい時あると 俺は思うよ
    俺ずっと子供の時から 泣き虫だったけど
    まりちゃんさ いつも頑張りすぎて 意地張って
    あんまり泣かなかったもんね
    いつも完璧だったよね
    でも俺の前では 必要なときは泣いてよ」
    
雪:ゆっくりと微笑む


夜店のライトが
虫や埃にキラキラと
反射して眩しい



雪 「俺だって ちゃんと
    あんたを守れるよ

    そうやって生きようって 俺 決めてたから
    だから 俺

    あんたが無職でも大丈夫
    ちゃんと 清潔なハンカチだって すぐ出せるもんね
    普通の男はこうはいかないっしょ?」
    
雪:微笑みながら 少し涙ぐむ


真理:手の甲で 雪の頬を撫でる
真 理「…お前は 笑ってろ ゆき」

 雪 「・・・やだな 何だかな 涙でちゃった
    つい つられちゃった 俺 涙もろいから
    でもあんまり珍しいもん見れたから 感激の涙だよ」
雪:きまりの悪い顔をして
照れ笑いをする


そうだ
記憶喪失を 取り戻した瞬間は
こんなふうなのだろうか

俺は 何故 生きてきた?
つまらない失敗で 何を見失うところだった?
くだらない挫折で 何を勘違いした?
何を 動揺して 忘れていた?

俺は

雪の この笑顔を守るために
生きてきたのだ
今までも これからも

誰にもこの笑顔を 
奪うことは 許されない
誰であろうと 奪うやつは 許さない

たとえそれが俺自身だとしても
俺は俺自身を 許さない

何者にも
この笑顔を奪わせないために
俺は 強くなると 
小学生の頃に決めたのだ

ハゲが仕切る会社をクビになったくらいで
何を絶望する必要があるのだ
俺の野望は そんなことで崩されたりはしない
有名大学を出て誰もが羨む会社に入って
営業成績ナンバー1を保持し続けたのは
この笑顔を 守るための
確実で判りやすい手段だったのだから


お前が 笑っているなら
俺は 何度でも 有能になれる
お前の 笑顔を 守るために

そのために 俺は
この世界を 生きているのだから

    
真 理「お前はいつもそうして 笑ってろ
     そのマヌケな笑みを振りまいて
     無駄に毎日 年がら年中 いつも笑ってろ」
 雪 「はぁ〜?!なんだよー!マヌケな笑みって!
    アタシ信じられない! 何様のおつもり?
    世界のエンゼル・スマイルを独り占めしといて
    無駄な笑み言うな!この贅沢者!!
    プー太郎!浮浪者!えーと…とにかく
    お前は明日から 無駄でぱぁな俺の
    みじめな居候くんなんだからね!
    会社クビになったの もう忘れたんじゃあるまいね?
    頭の細胞死んで ボケてんじゃないの?!」

真 理「ボケる頭さえないお前よりは いい」

 雪 「きぃ〜!!何このヒト!ムカつく!
    あんた本当に 俺の恋人?」



     
雪:憤慨して口をとがらし
早口でまくし立てるが少し 嬉しげ

金魚すくいを終えてまた先を歩く

(余談:金魚は何匹取っても
3匹しかもらえないことが判明
でもオマケがあって4匹もらう)

     真 理「恋人だろ 俺くらい
          お前を 好きな男はいない」



      雪  「・・・(なんで無表情で さらっというかな コイツ)

解雇のショックで
すっかり忘れていたことを思い出した

俺が辞めるときに 何人か部下も一緒に辞めたのだ
俺についていくのだと 奴らは言っていたような気がする
有能だった部下ばかりだったので 
ハゲ社長は何か泣き言を言っていた
一応 黙らせて辞めてきた

やり直すのだ
こいつの成金マンションから飛び降りるなどと
いったい誰が考えたのだ くだらない



初めての挫折を
噛み締めた夏の終わり

この笑顔さえ 存在するなら
どんなに愚かな考えも 消え去る
何度でも  俺は 有能になれる
ハゲ社長の頭の中身は カニ味噌だ
ひよっこめ と笑った役員の顔は
一人残らず この頭にインプットされている
笑ったことを いずれ後悔するがいい
負け犬と笑った同僚は …どうでもいい
ぴよぴよ頭は 相手に不足だ


俺は この笑顔のために 生きてきたのだ

俺は 何度でも 何度でも 有能になれる

この笑顔のために――――





 雪 「ああ ここから境内だよ
    せっかくだから お参りしていく?
    ここって なんとか稲荷だから 商売繁盛!だよね
    あんまりよく知らないんだけど
    そうだ まりちゃん 自分で会社やりなよ
    人に使われるより合ってるよ きっと」

真 理「そうだな 青年実業家も いいかもな」

 雪 「うわ 表現じじくさ〜!
    でも俺のパトロンには 相応しいって感じ?♪」

真 理「その頃に「YUKI」が有名モデルになってりゃ
    ちょっとしたスキャンダルには なるかもな 
    そうなったら お前に結婚でも申し込むか」

 雪 「…え…えええ??!マジで?!
   マジでマジで本当に? 嬉しい〜!約束だよ!
   じゃ縁結びも祈願しとかなくちゃ〜♪」
夜店が途切れて 店数が少なくなる

神社境内に登る石の階段
階段にはうっすらと幻想的な灯り
多くも少なくも無い人の数



真 理「お前の単一なお頭も 
    賢くなるようお願いしておけ 
    神様だって 無理だろうけどな」


真理:口の端で 薄く笑う
でも目は とても優しげ
 雪 「…あああ!あー!」 

真 理「なんだ 今度はヨーヨーすくいか」


 雪 「違うよ ねぇっ!男同士って結婚できないじゃん!!
    そうだっ 神様にそれをお願いしようよ そうしよう!
    んーそういうのって法律変えて貰えばいいの?
    まりちゃんと俺 絶対ケッコンできますようにっ…!
    子供は… 二人の子供はできたらでいいです!」

雪:かなり真剣に真面目な顔で訴える

境内でさい銭を入れて
固く手をあわせ 祈る

真 理「・・・ぱあ

真理:呆れるが並んで手をあわせる




この笑顔が いつまでも 俺の世界に ありますように