「バレンタインの奇跡」



セリフ劇場


photo/真琴 さま 
(Arabian Light)

スナックやバーが立ち並ぶ繁華街 深夜2時近く
今夜はバレンタインデーの流れで 深夜も浮き足立つ
ただ いつものカフェは いつも通りのまばらな客入りと落ち着き



マスター「いらっしゃい」

竜    「ちわ! マスター あの人 来てる?」

マスター「ああ来てる あっちの窓側 
      いつもの席だ」

竜    「やった!バレンタインデーの奇跡!
      今日こそお近づきになろう」

マスター「止めとけよ 気持ち悪がられるだけだ
      いい加減に少しは 物事を考えて行動しろ
      大体 ゲイの確率なんか 無いに等しい
      引っ掛けるなら 余所でやってくれ」

竜    「いいじゃん ダメもとだもん 当たって砕けた方が
      すっきりしていいんだ 賭ける?」

マスター「勝負になんかならんね 騒ぎを起こすなよ」


竜 窓際の男に近づく


竜    「こんにちは」

吉沢  「…誰だったかな?」

竜    「ええと その毎日来てますよね?
      初めまして 俺 りゅうっていいます」

吉沢  「俺が毎日来ていることを 知ってるってことは
      あんたもこの店に 毎日来てる?」

竜    「ハイ ああそうなんです
      失礼だとは思ったけど ずっと見てました」

吉沢  「俺を?何故」

竜    「ちょっと…素敵だと思って 名前聞いていい?
      タメ口でも平気?俺 敬語って苦手」

吉沢  「構わないが 男にナンパされたのは初めてだ
      若いくせに 中年が好みなのか それとも
      新種のオヤジ狩か? こんな夜中に
      キレイなにーちゃんに からかわれるなら
      それもいいがな 吉沢だ あんた学生か?」

竜    「俺 真夜中に就職希望なんだ 吉沢さん
      からかってないし オヤジ狩でもないよ
      ここ座っていいかな? それとも誰か来る?」

吉沢  「いいや どうぞ 真夜中に就職ねぇ…」(笑う)

竜    「明日も来る?」

吉沢  「一週間だけなんだ」

竜    「じゃあ今日が最後だ?」

吉沢  「本当に最初から見てたんだな」

竜    「そう まぁね タイプだった」

吉沢  「非常に悪いが もし本気で誘ってるなら…」

竜    「ご免!いいんだ ごめん 解ってるんだ
      気持ち悪くしてごめんよ 解ってるんだけど…
      どうしても声を聞きたかったんだ もう退散するよ
      本当に気分を害さないでくれるといいんだけど」

吉沢  「待てよ 気になった男には いつもこうやって
      声をかけるのか?こんな普通のカフェで?
      勇気があるな ヘタなのに殴られたりしないか
      それともここは そういう場所で 
      俺が知らなかっただけか?」

竜    「違うよ 夜は酒を出すけど 普通の店だよ
      だから殴られたりするよ たまにね
      でもあんたは紳士だ
      俺のこと丁寧に断ってくれた 優しいんだね」

吉沢  「男を引っ掛けたいなら そういう場所にいけばいい」

竜    「そういうとこダメなんだ俺
      だって俺は普通の 小心な恋するゲイなんだもん
      ああいうとこって空しい感じするじゃん?」

        (すっぱりと言い切る竜の態度に思わず苦笑)
吉沢  「行けば天国かもしれないけどな?
      少しなら時間がある ここで喋るくらいなら
      退屈しのぎに つきあってもいいぜ」

竜    「時間…いつも2時過ぎには出て行くよね?
      近くで仕事してる恋人を待ってる?だろ?
      このカフェってホステスさんとかの待ちあわせ
      場所によく使われてるんだ」

吉沢  「だいたい当たりだ」

竜    「でも恋人はここに現れたことないよね
      どこか他の場所で待ち合わせなの?
      それとも ここから出てくるのが 見えるとか…」

吉沢  「たいてい酔っ払って出てくるのが
      ここからよく見えるな だから迎えにいくんだ
      手を貸しにな」

竜    「心配なんだ? 誰かが先に
      手を貸すかもしれないって?」

吉沢  「逆かもな 誰かに絡んで迷惑かけるかも
      しれないし 又は気分によってはホイホイ
      ついて行きかねないからな」

竜    「解った!喧嘩してるんだろ?その彼女と」

吉沢  「…何故そう思う?」
  

竜    「そうなんだろ?解るさ 多分彼女は
      あてつけに余所の男の誘いに乗ったりする
      だから毎日 迎えに来てる!どう?」

吉沢   「探偵志望なのか?」

竜    「ミステリは好きだよ
      勘がいいんだ俺
      特に夜の商売の色恋には勘が働くね」

吉沢   「どこも似たり寄ったりだからな
      俺が特別ってわけじゃない」

竜    「そうでもないよ あんたいい男だから
      嫉妬される回数が多いんだ 絶対」

吉沢   「それは喜ぶとこなのか?…ああ」
       (店の入口前方を見て少し驚く)

吉沢   「…マズイな どうやら見られたらしい
      無視して先に帰るかと思ったが
      今日の気分はそうでもないらしいな
      すまん 俺の彼女は相当口が悪い 許してくれ」

竜    「え?」
竜と吉沢のテーブルに
男が近づいてくる

酒の匂いがきつい
ひと目で堅気ではないと解る
鋭い目
鼻柱に目立つ傷がある


仲尾   「お邪魔ですかね」

ハスキーな一声
意外に声は酔いも混ざってか
かなりセクシー(竜:談)

竜    「(一瞬 狼狽する) いや…何か用ですか」

仲尾   「てめぇこそ この男に何か用があんのかよ」

竜    「(吉沢の顔を見て)…え…知り合い?」

吉沢   「彼女」


竜    「ええぇ?!」
竜 驚愕のあまり
その男と吉沢を交互に見る

竜    「あ あんた そうだったんだ??吉沢さん
      俺 てっきり ノーマルなんだと思ってた…」

吉沢   「同類だと思って 声かけたんじゃないのか?」

竜    「え?違うよ いや そうなのかな…??」

仲尾  「にーちゃん この男は両刀なんだ
     相手は何でもいい 最低破廉恥野郎だ」

竜    「…トランス? ああそうか それで」

吉沢  「俺はトランス・セクシュアルじゃないぞ」

仲尾  「うるせぇ お前は黙ってろ吉沢 
     てめぇ 人の男に手ぇ出すなよ 失せろ」

竜   「(ムッとして)別に…喋ってただけだろ
     あんた酔いすぎじゃないの?酔いに任せた
     男の嫉妬はみっともないぜ」

仲尾  「あぁ?ッざけんな 脈あれば口説こうかと
     思ってたんじゃねぇのかよ にーちゃんよ?
     欲求不満なら 俺がしてやろうか?ええ?
     こんなトコで男漁ろうなんざ
     見境なく品がねぇんだよ 品が」

吉沢  「お前がいうか」

仲尾  「なんだよ!触るな!」

吉沢  「悪いな 何故だかずっと機嫌が悪くてな
     気を悪くしないでくれ
     いつもこうじゃないんだ…たいていこうだけどな
     撤収するよ すまなかったな」

竜    「あ ハイ…」

仲尾  「ナニがハイだ!てめぇ!ブッ殺す!!」

吉沢 仲尾の腕を掴む
仲尾 睨んで振りほどく
仲尾 食いつかんばかりに
竜を威嚇する

吉沢  「いい加減にしろ
     酔ってもないくせに酔っ払いのフリするなよお前
     タチが悪いな そら 行くぞ」


仲尾  「いいか 今後コイツに近づいたら
     ブチ殺すぞてめぇ!ガキは家帰って寝てろ!
     …腕 離せよ! 俺に触るなって!」
吉沢 興奮する仲尾を
引きずって店を出る


仲尾 捨て台詞



竜    「すげぇな 狂犬だ…あれがあの人の恋人??」
竜 唖然と二人を見送る

マスター「ホラ見たことか
      だから止めておけっていったんだ」

竜    「いや そういうレベルじゃないだろ今のは?
      どっかオカシイんじゃないの あいつ」

マスター「あの男 最近向かいのスナックで
      バーテンをやってる男だな
      今のツレとは別の サラリーマン風情の男と
      連れ立って他所で飲んでるのを
      見たことがあるよ 相手はいつも違ってたな
      あの顔は目立つからな」

竜    「ふうん…何か未知の世界だな
      手ぇ焼いてんのかなぁ あの人…
      吉沢さん かぁ いいよな彼
      落ち着いてるのに 何か影があって良くねぇ?
      優しそうだし マジで惚れたかも やっぱ恋?
      俺 勝てる気がしてきた 一押しするかな
      バレンタインだし今日…あ!
      でもここに来るの 今日までだって
      言ってたな くそ〜!」 

マスター「バカか お前に勝算なんか初めからないさ」

竜    「だってあんなに 見境なく嫉妬してるんだぜ?
      みっともないよな? あれって全然自分に
      自信ないんじゃん?彼のことも信用して無いし
      そんなんじゃ可哀想だよ彼が
      優しいから手ぇ切れないんじゃないの
      俺は理解に苦しむね 俺の方が似合ってない?」

マスター「人のものを欲しがるのは悪い癖だぞ竜
      あれはお前の手には負える人種じゃないね
      いいか あんな狂犬みたいな男が彼女で
      付いてるんだぞ?
      そんなあの男が真っ当なワケがないだろう
      よく考えなくたって解ることだぜ お坊ちゃま」

竜    「…そんなもん?」

マスター「そんなものだ お前は世間知らずだよ
      あれで案外釣り合いは取れてるんだろうさ
      きっとな お前は夜の灯りに群がってる
      無意味な虫と同じだ 憧れて息巻いてもな
      闇で息をしている生き物になるには
      まだ経験がたりないね
      お子様学生は おうちで勉強してな」

竜    「ボロクソかよ マスターは夜の生き物だもんね
      ちぇっ…バレンタインなのに俺は愛を告げる
      相手もいないじゃんよ どうすんのさ今日?
      やっぱソレ系のとこ行かなきゃ無理?」

マスター「まだそういうとこはお前には早いな」

竜    「じゃあ マスターが相手してよ?」
        (ふて腐れる)


マスター「いいよ 俺が愛を告げてやるよ」

竜    「

マスター「だからお前はガキだっていうんだ
     自分を毎日見てる男の視線も気がつかなくて
     勘がいいもないもんだ まったくな」
竜 しばし驚き
居心地悪そうにして照れ笑い

カフェはすっかり客がいなくなる
竜 カウンターに座り静かにしている

竜    「…なぁ あの二人さ 帰ってから…ヤルかな?」

マスター「ヤルだろ そりゃ 今日は特別な日だからな」

竜    「あんなに機嫌悪くしてても?無理じゃない?」

マスター「(ニヤリ)髪の毛の1本も触らせて貰えないような
      状況ってのは 案外――興奮するかもな
      お前 結構奴らに利用されたかもしれんぞ」

竜    「…マスターって意外とヘンタイ?」

マスター「極普通の夜の生き物でございますよ お坊ちゃま」

竜    「ああそう 俺もう帰ろうかな 閉店みたいだし」

マスター「待ってろ 今夜は蛾から蝶にしてやるよ
      ここに通っていたことを 後悔するくらい
      イイ思い出ができるぜ
      良かったなバレンタインに新しい経験できて
      お前の頭が悪そうな友達どもも
      びっくりするようなことを 教えてやるよ」

竜    「…蝶だって!!マスター オヤジくせぇ〜!」
         (ひとしきり笑いこける)

竜    「あのさぁ マスター ちゃんと 愛も語ってよ…?
      俺 こう見えても経験ないんだよ …本当はさ
      あんまり 怖いことは やだ」
  マスター 静かに 笑う

竜    「ねぇ…お名前は何でしたか マスター?」



END




※その後の吉沢と仲尾の続きマンガはコミックス⇒「凶悪な彼女」にて閲覧できます。



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