デカダンスな犬(2)




佐伯「ねぇ、吉沢。
   僕はね、永遠に変わらないものはないと思うんだ。
   いつか物事には終止符が打たれる。全てのものは、美しいままじゃない。
   だから僕は、その瞬間の美しさをカンバスに閉じ込めておくんだ。
   永遠に変わらぬ、僕だけのもの。僕が脳裏に描いた、僕だけの理想のもの。
   どうしても欲しいものを手中にする、確実な方法だ。
   アーティストってさ、残酷なまでに傲慢なんだ。
   君は僕のこの傲慢さには、きっと呆れるだろうね、吉沢」

吉沢「佐伯が傲慢ってのは、似合わない気がするな。
    俺の方がよっぽど何でも欲しがって傲慢だって、よく彼女に云われるぜ?」
佐伯「そうかな。君の彼女は傲慢がどういうものか、分かってないんだよ。
    吉沢がどうしても欲しいものって、何?」
吉沢「おれ?俺が欲しいのは、女かな。イイ女。
    でも絵に描いた女はゴメンだな。俺は生身の女がいい。
    だってそんなもの抱けねぇだろ?つまらねぇよ。
    まぁ絵の女なら、ぶたれたり、文句も云われねぇんだろうけど」

佐伯「吉沢らしいね。だけど、その好きな女性が歳をとって、
    若々しい美しさも失ったら、すごく残念だと思わない?
    君はキレイな女性が好きだよね」
吉沢「そんな先まで考えてねぇって。俺の女は、歳とらねぇの(笑)」




高校時代に 佐伯と
そんな会話をした夢を見た
懐かしい夢だが 何がきっかけなんだと 思い出した。


きっと昨夜 仲尾が見た夢のせいだ―――







「仲尾…おい、仁…」

仲尾「…どうしたんだ?吉沢…眠れないのか」

吉沢「こっちのセリフだ。お前はよく、眠りながら泣いてるな。
    夢を見て泣くのか?いったい、どんな夢を見た?」

仲尾「……泣いてるのか、俺は。
    夢って、何でこんなに悲しいんだろうな…意味がわからねぇ…
    いいだろ、夢で泣くくらいは…ほっとけよ…」

吉沢「何が、悲しいんだ」

仲尾「別に…夢のことだし、理由なんか。
    …起して悪かったよ。寝てくれ」
吉沢「言わなきゃ、お前が泣くたびに、俺は繰り返しキスして、
    優しい甘い言葉を吐くぜ。それでもいいか?」

仲尾「…尻尾を振って、どこかに行っちまうんだ」
吉沢「――尻尾?犬の夢か?」

仲尾「そう、犬だよ。一緒にいかないのかって、出て行くんだ」
吉沢「それで何でお前が泣く。お前の犬なのか?」
仲尾「俺の…俺の犬じゃない。だけど、俺だけ残されて、悲しい気分になる…。
    犬は、全てのものは美しいままじゃないアバヨって、俺に捨て台詞を云う…
    それで、何故だか馬鹿みたいに、悲しくなる…行くなって泣いて止めるんだ…
    泣いて止めるって、何なんだよ、夢ってのは、自分のやること信じられねぇよな…」
吉沢「醒めても泣いてるだろ、お前。小生意気な犬だ。けどそんなのは、夢だろ?」

仲尾「夢だ。だけど、やっぱ悲しいんだから、しょうがねぇだろ…。吉沢…
    俺…、涙腺が弱いのかな…なんでこんなに女々しく泣けるのかな。馬鹿じゃねぇの…?
    男のくせに…。俺、お前を女たちから奪ってから、ずっとこんなだ…。
    弱くて、脆い。男でも女でもない、ずっと弱い何かなんだ、きっと…おれ…」





☆☆☆

吉沢「若い頃っていうのは、なんと残酷な会話をするもんだろうなぁ。
    あの頃の佐伯は、大人びて見えたが、今思うと子供っぽいな。
    やけに昔の夢だったが…あんな記憶が、あったなんてな。
    お前が妙な犬の夢をみて寝かせないから、明け方に俺まで変な夢、見ちまっただろ。
    …お前、目が腫れてるぞ。泣きすぎだ」

仲尾「後半は誰のせいなんだよ。結局、寝れなかったじゃねぇか。
    残酷っつーかな、お前がアホなだけだろ、吉沢。
    何が俺の女は歳とらねぇだ。お前が付き合ってた女は吸血鬼かよ?
    おれは一生死にませんレベルの発言だぜ、ソレ」
吉沢「悪かったな。アホなマセガキで」

仲尾「画家っつーのは、そんなもんなのか?
    退廃的思考の生意気なガキか、佐伯の野郎らしいぜ。
    けど、俺にはわかんねーな。そんなのは、だってニセモノだろ。
    本物を手中にできなかった、タダの言い訳じゃねぇか。
    手に入れる努力もしないで、喪失とため息が美学だ、とかなんとか云って、
    放棄をただの気取った言い訳にした、自己満足じゃねぇか」
吉沢「まぁ、お前ならそう思うだろうな。
    ため息が美学、か。お前がデカダンスに精通してるとは意外だ」
仲尾「どこかの気障な男が、前に云ってたうぜぇ台詞だったかもな。
    そりゃ、思うさ。なんたって、本物を手に入れたのは、俺の方だからな。
    佐伯の野郎は、絵に描いた餅ならぬ吉沢で、マスでもカイてりゃイイんだ」
吉沢「佐伯の話じゃ、ヤブヘビだったか」

仲尾「そうだ。大体がお前は、無神経だ。佐伯の話をするなんてな」
吉沢「何でだ?佐伯は女じゃないし、野郎の話なら別にいいだろ?友達の話だぜ。
    ダメだったのか?お前、まだ佐伯にも妬くつもりなのか?」
仲尾「…べつに妬かねぇけど、佐伯はダメ」
吉沢「俺はあんまり夢は見ないんだ。夢の話をしろって云われても、他にはない」
仲尾「じゃ、黙ってりゃいいだろ」

吉沢「やれやれ。姫君は、ご機嫌斜めだな」
仲尾「うるさい。…でもまぁいいや。特別許可してやるよ。
    夢じゃなくて、お前の数少ない友達との貴重な思い出話くらいは、聞いてやる」
吉沢「そりゃ、ありがとさん。佐伯が描いた女の絵の話でもするか?」
仲尾「佐伯のヤツは、お前の絵を描いてたんだろ、どうせ」
吉沢「あいつは、野郎の絵は描かなかったと思うなぁ…」

仲尾「もしヤツが、お前の絵を描きそびれたんだとしたら、
    佐伯の手元にある絵は、お前との想い出ってヤツだろ。
    美しい想い出は、静止したまま先に進まないからな。
    ずっと脳裏に描く、エンドレスに繰り返す終わりなき走馬灯だ。
    最後もないし、絶望もしない。いいシーンばかり、ずっと思い出してりゃいい。
    それでいえば、確かに佐伯は賢いな。
    本物を手に入れてたら、今度は失う日々に、毎回ビビッてないといけねぇからな。
    いつまでも同じじゃいられねぇんだ、終わりはそのうち来るだろ。
    永遠に変わらないものはない。佐伯は、正しい」

吉沢「そうだな。永遠に同じじゃない。俺の中じゃ、終わりはいつもやってきてた」
仲尾「…なに?」
吉沢「だから、お前といたって、いつまでも同じじゃない、なかったってことさ」

仲尾「それは、俺を捨てようと、思ったってことか?」
吉沢「そういう瞬間も、あった、かもしれない。…誤解するなよ?
    でも、何かが終ると、新しいものも生まれるだろ」

仲尾「…浮気相手かよ。てめぇ、とうとう吐きやがったな。白状しやがれ」
吉沢「浮気なんかしてません。俺は常に、潔白だ。
    そんなものじゃなくて、知らなかった部分の新発見、という意味だな。
    この世にいるのは、別れる夫婦ばかりじゃないぜ?
    お互い死ぬまで離婚しない夫婦は、たくさんいるだろ。
    だけど、誰でもずっと初めと同じ気持ちばかりとは、限らない」
仲尾「そうだ。仮面夫婦も、いるよな。離婚して良かった夫婦もいる。
    けど、俺たちは仮面でいる必要なんか、ないぜ?結婚もしてない。
    どこかへ行きたくなったなら、そうすればいいだろ…
    俺はお前に首輪も、綱で縛ったりもしてねぇ」

吉沢「また拗ねるなよ。確かに愛がなくても籍で繋がってる連中もいる。別れない理由は様々だ。
    だが、悪い方向ばかりじゃない。俺は生憎、犬じゃないしな。
    そうじゃなくて、もっと強く相手を想うようになることだって、あるだろ?
    生きてるうちには、そういう出会いをすることも、ある。
    そして長い間に、変化する。古い感情は終わり、新しい感情がまた生まれる。
    だから、そういう意味でも、永遠に同じなんかじゃないと思わないか」

仲尾「…どういう、意味だよ」
吉沢「俺の中じゃ、お前はいつだって、昔のままじゃない。
    常に、新しいお前を発見してるぜ。驚きの連続。そう思えるなんて、思いもしなかった。
    仲尾 仁。お前はどうだ?
    俺はずっと変わらないのか?だったら、努力が足りないな。
    もっと探せるだろ。俺はそんなに単純な男か?」





「―――お前が単純だと?冗談だろ」

仲尾「お前は、ナゾだらけだよ。―――吉沢秋人。
    全部を理解しようと思ったら、一生あっても、足りねぇ」

吉沢「それは良かった。
    それならとりあえず、一生かかってみりゃいいだろ。
    俺の新しい発見もできずに、永遠は無いとかほざくなよ。
    そんなものは、夢の退廃的な犬に任せておけばいい。
    この世の一生くらいの間は、お前につき合ってやるぜ?
    俺は小心者だが、そんなに懐は小さい男でもないからな。
    お前の努力次第では、来世をオマケしてもいい」

仲尾「は… ―――お前。
    吉沢、お前は本当にホラ吹きの才能が、天才的だな」
吉沢「何でホラ話なんだよ。心外だ。良い話だろ?本気だぜ?
    お前、いつになったら俺のことを信用してくれるんだ」
仲尾「うるせぇよ。お前が言うと、良い話も嘘くせぇんだよ。
    お前だけは、信用ならねぇぜ、吉沢」

吉沢「俺は、いくつでも見つけられるぜ、仁。
    例えば、犬に逃げられた夢を見て泣く。見た目と違って、泣き虫だと知った。
    お前の意外に可愛い新発見を、箇条書きにしてやろうか?」

仲尾「うっせー、バカ!!」(ーー〃)





☆END☆

※この物語は2011年のホワイトデーお返しにJ様へプレゼントした作品です。


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