寒い夜はコートをお忘れなく

ホテルにて
 三滝一也/仲尾仁

「それは絶対 あやしいよね」

「何が」

「ヨッシーだよ 吉沢さん!
 この寒い時期 酔ってもないのに コートをどっかに忘れてきたってんだろ?
 絶対 おかしいよ そんなのありえないって」

「じゃあ誰かに貸したか くれてやったんだろ」
「どんな状況で?一体どんな状況で今のシーズン コートを他人に貸すのさ?
 寒さ厳しき折コートを着忘れてる人いないでしょ? しかもあげないでしょ普通?」
「うっかり着てくるのを忘れたんじゃねぇの」
「外に出たらすぐ気が付くでしょうが 戻ればいいでしょうが 七十二階の部屋にでも住んでんの?!」
「じゃあアレ アレだろ 下着一枚で風俗店から逃げてきた女に 貸してやったんだ」
「いつの時代だよソレ? 今時にありえない展開なんだけど」
「ったく いちいち細けぇヤツだな うるせぇんだよ…どうだっていいだろそんなもん」

「へぇ!なんて?どうだっていいって言った?!マジで?!
 ぜんぜん何もそんなの気にならないって言う気?
 まーったく 仁っていつもそうだよね! 本当は気になって仕方ないくせに!」
「はぁ?今更気にしたって仕方ねぇだろが 吉沢の女ったらしが今に始まったことか」

「なんだ 一応女がらみだって 疑ってはいるんじゃん?」
「女に決まってんだろ 着てたコートを貸すなんざ あのキザ野郎がやりそうなこった
 どんな状況かはしらねぇけど 別に知りたくもねぇしな」
「いやぁ おいらはその状況ってのが気になって知りたくてしょうがないんだけどね」
「じゃあ教えてやるよ 吉沢が 店で知り合った女と行った先のホテルでな
 ケンカして男に置いていかれた気の毒な美女に出くわしたんで 貸してやったんだ
 相手の男は車で帰っちまって 女はコートを車内に置いてたか
 車で来たから元々着てこなかったのさ どうだ満足か?」

「やけに細かいデティールだけど もしかして吉沢さんにそれ聞いたの?」
「想像だよ あいつが女とホテルに行ってることを素直に吐くわけねぇだろが?」
「あのね そんな勝手な想像するくらいなら 素直に問い詰めればいいのに
 だいたい何でラブホに行ってるのが前提なのさ?
 別に店に来たお客さんが彼氏とケンカして そこで放置されたとかでも良いんじゃないの?
 そしたら コート貸してあげてもあんまり不自然じゃないよね」
「バカかてめぇ 行ってんだよホテル! 間違いねぇよ!飲み屋に車で来るバカは居ねぇだろ」
「いやそんなバカたまに居そうだけどね もっとも代行でも呼べばそうそうバカでもないし…」
「なに車野郎を庇ってんだよ とにかく 俺には関係ねぇんだ
 あいつが上着をどっかに捨てて来ようが誰かにやろうが いっさい関係ねぇ
 そんなこと まったくどうだってイイっつーの」
「無理しちゃって」
「…ンだとぉ? もう一回言って見ろやカズ あぁ?」

「だからなのか… もう俺とは寝ないって言ってたくせに…きっちしホテル来てんジャン?
 体のいい八つ当たりかストレス発散ってとこなんだろ 俺の体で気が紛れましたかね」
「なんだよ やけにトゲのある言い方だな? 今まで俺と寝れるだけで幸せ〜みたいな
 ツラしてやがったくせに」
「そりゃね でももう以前とは違うさ 戦線布告してんだからさ
 俺は仁に本気で惚れてて だから寝てんですって云ったよね? 遊びじゃない云ったよね?
 できれば 仁のこと…抱いてみたいって言ったよね俺は いや怒ったって駄目だよ
 なのにこんな当て馬みたいな使われ方して 今更尻尾振って喜ぶようなバカだって思ってんだ
 仁はそんな風に思ってたんだ 俺のこと
 抱いて寝てやっただけありがたいと思えってワケなのか ふーん」
「別にそういうわけじゃねぇよ…なんだよ お前」

「俺だってね いつまでも仁のお情けに甘えてるだけじゃないし
 ストレス発散の便利使いだけで満足してるわけでもない
 吉沢さんの相手にされるくらいの 好敵手になりたいってマジ思ってるんだから」

「…うぜぇ だったら何で俺が誘ったら ホイホイついてきやがった?
 俺がお前のケツに用があっただけで 俺を抱けるもんでもねぇってのは 分かってた筈だよな」
「それは俺がネコでも仁と寝たかったからです ごめんなさい とってもぼく満足です」
「ちッ 偉そうなこと言いやがって」
「仁はさぁ どうせおいらの体だけが目的なんだよね…ピチピチのおいらの裸体がさ
 どうせヨッシーと違って若いエキスたっぷりだもんね…
 どうせヨッシーの老体と違って長持ちビンビンでキュートでエロエロだもんね…」
「何を張り合ってんだそりゃ お前の方が全然有利じゃねぇかよ」

「仁は老専なんだもん! ヨボヨボがどうせ好きなんだろ」
「老専いうな 大体全然枯れてねぇっつーの…」
「うへぇ 惚気ですかい?ソレ ふーん満足してんだ ご馳走様だこと」
「っせーな 本気でウザイぞ てめぇ」
「いいさいいさ 俺なんかツマミ食いだろうけどね
 けどさ 吉沢さんもアレだよね 何で仁がいるくせに 簡単に浮気しちゃうのかなぁ
 仁が傷つくとか想像つかないのかなぁ そんな人でもないのになぁ 不思議だなぁ
 女の人とだけは意地汚いよね あのひと」

「…いいんだよ あれはよ
 あれに関しちゃ 俺がヤツらからアイツ盗ってきたようなもんだからよ」
「へー 許しちゃうんだ? 女なら寝ててもいいんだ?」
「…現場を押さえたらそうも言ってらんねぇけど
 生憎な 絶対尻尾はださねぇんだよ 問い詰めたって喋るもんか
 地獄の墓場まで持ってくつもりなんだよ 死んでも喋んねぇかもな
 嘘と真の区別なんかねーんだろ 嘘の中で生きてるようなもんじゃねぇかよ
 今だってそうだ 俺との世界がもう嘘だろ」 

「嘘でも現実だよね 仁はすっかり吉沢さんのモノだもの」
「分かってんじゃねぇかよ」
「所有物って言われて 怒りもしないんだ? 俺は誰のもんでもねぇとか
 絶対噛み付いてきた筈なのにさ 仁は…変わったよ 変わっちゃったよ 変えられたよ」
「てめぇの好きな仁は もういねぇって前に言わなかったかよ
 もういっかい 俺の惨めな話でもして欲しいのかよ ええ? いい加減にしろ」

「やめてよ 俺の好きな仁は目の前にいるよ 変わったのなんて表面だけじゃん
 自分でモノって言って卑下してるわりには その目だよ 何ソレ
 言ってること全部拒絶してんじゃん 仁のいうこと うっかり信じたら
 したり顔で騙された俺をバカにして 噛み殺す気なんじゃん びっくりだよ
 なんか 吉沢さんに似てきたんじゃない? …あ
 …だからなのかな」

「はぁ?なんだ 何がだからなんだ」

「だから 吉沢さん 仁に構うんだな きっと…
 一緒にいるからって束縛しないし 安心しきって 我がもの顔なんてしないし
 それどころか時々カミソリみたいな感じするし 読めなくて 構うんだ 気になるんだ
 仁のことを 別に愛してるわけじゃないんだよ ヨッシーはさ だろ?
 野生動物みたいなの飼ってて 楽しいんだよ」

「…借りてんだよ」
「え?」

「本当は借りてんだよ 吉沢のヤツをな 長いレンタル中なんだよ
 俺はヤツのモンだが ヤツは俺のもんじゃねぇんだ
 今はそうかもしれないぜ? でも いつか返してやんないと いけないんだよ」
「…いつか返すって いつ?何を?誰に?」
「俺が死んだら あいつを 女に」
「…あのね仁 それって返すって云わないと思うけど 勝手に帰っちゃうんだろ」
「俺が死んだら 女どもにアイツは返してやんだよ
 女泣かすのは好きな鬼畜野郎のくせに 泣かれると抱くしか脳がねぇんだからな
 あいつはどうしようもねぇ根っからの放蕩刀だ なら元の鞘に収めるのが筋ってもんだろ」
「仁が死ぬまでの間は その間は…鞘はからっぽで 女どもは泣かしといてもいいわけ?」
「それは俺が今使ってんだからよ 仕方ねぇだろ 諦めろってもんだぜ だから」
「だから?」

「だから 時々…目ぇ瞑ってやんだろが
 ギッチギチじゃいつか刀も折れんだよ 俺も疲れんだよ 少しくらい緩めておく方がいいんだよ
 行きずりで女があいつに近づいてくりゃ それは仕方ねぇ 不可抗力だろ
 もともと収まってた鞘なんだ 自然に収まってくさ もっともすぐ出てくけどな ヤツは
 あいつに女が必要なのは そういう流れなんだよ 構わねぇだろ
 黙って女どもから盗って来た俺の 女への詫びと哀れみだ それくらい黙っといてやるさ」

「哀れみ…ね あんまりそうは思ってないように思うけど」
「贖罪って云った方が 良かったか? あそこの女どもには申し訳なかったよな」
「悪いと思ってない人の詫びの文句は 嫌味で失礼だよ 仁
 本当はザマミロと思ってんでしょ? 吉沢さんの現所在は仁の元で
 フラフラ抜けたままの放蕩刀 実際手にしてんのは仁だもん …勝ったと思ってるよね」

「どんな性格の悪さだよ 俺は」

「なんかさぁ 仁の心の中って すごくがっちり閉まってる
 素直に何かを打ち明けられても 本当の大事なとこ 実は閉まってるんだ
 自覚がないのかもしれないけど 仁は人に見透かされるの凄く嫌いだよね
 だからすぐもっともらしい嘘つくでしょ 仁の言うことなんか 本当は嘘なんだから
 吉沢さんくらい嘘つきなんだ」

「吉沢レベル扱いかよ… 俺の心の中なんか そんな大層なモンじゃねぇよ
 ノックすりゃ 返事くらいはしてやるさ 俺にだってそれくらいのマナーはあるぜ
 だけど俺の心の中にゃ 俺の知らない扉だって 気のきかねぇ番人だっているさ
 扉には鍵穴ひとつ どこにもついてねぇんだよ だったら開けようがねぇや」
「…鍵穴って なんかエロいよぅ 仁〜 もういいや 二回目やろっか?ね?」
「アホか てめぇ盛りのガキかよ コラコラ 乗ってくんなよ」
「仁は 吉沢さんが 女抱かないと 疲れるんだ?」
「抱いてきても 疲れるけどな」
「吉沢さんも 鍵穴ついてなさそうだよね あの人は外から見ても何か異次元空間だし」

「フン そりゃ違いねぇな… 一緒にいてもわかんねぇ男だよ ありゃ」

「なんか自分の男の惚気って 聞いてる方は凄いムカつくんですけど」
「俺に惚れてんならすっぱり諦めりゃいいんだ 簡単だろ 自分から傷作ってMですかっての」
「仁だって充分Mじゃんか 仁とこんなに繋がってんのになぁ俺…
 あーあ ヨッシー呼んで勝負かけようかな この浮気現場じゃさ 俺って有利な間男じゃん?」
「お前 こんなエロエロしい格好じゃ 逆にお前が吉沢にケツ掘られるかもしんねーぜ」
「あの人 男は抱かないじゃんか」
「俺は何だ 女かよ」

「仁は仁だもん 吉沢さんてさ あちこちで食い散らかすくせに
 結局は仁しか欲しくないんだもんね やんなっちゃうよ」
「…さっき 野郎は俺のこと愛してないとか お前言ってなかったか?」
「そんなの俺のヒガミに決まってるじゃん 癪に障るったら 何なのもう?
 仁たらあたしで吉沢ストレス解消するのいい加減ヤメテ欲しいわ」
「おまえ 牙子ババァみたいになってんぞ カズ…」
「そお?オカマに転身しようかしら あたし 誰か好い男紹介してくんない」
「本気で諦めてくれるんなら 頼んどくぜ」 
「諦めるって仁を? まさか 俺は諦めないからね!
 いつでもウサ晴らしに遠慮なくホテルに誘って 俺をめちゃめちゃに抱けばいいよ」


「…俺は 酷いヤツか? カズ…」

「違うよ でも…そんな仁が俺は好きなの 仕方ないじゃん
 この際 手に入らない方がいっそ燃えるね 失望や喪失の痛みが逆に気持ち好いよ
 仁に抱かれるとやっぱ俺 メロメロになるし …ふぅ… じん…も 来て…」

「…俺だってわかっちゃいるけど 心と体は別ものだろ やっぱ体がこう…馴染んでるとな…
 特に冬は人肌恋しいっていうか… たまにはタチ役で抱いときたいっていうかな ッ…」

「ねぇ… やっぱさ ヨッシーここに呼ばない? 今電話しようよ するべきだよ
 いっそ呼びに行こう んで 見せ付けてやろーよ 彼もさぁ 浮気には代償があるってこと
 やっぱそれなりに把握しておくべきだと思…… アレ? ねぇ ちょっと」

「て・めぇ 電話なんかしやがったら ぶっコロスからな! ちょっとって何だよ?」


「・・・・おいらコート着てくるの 忘れてきた感じ (; ̄ー ̄)>」


・・・・・おまえ 七十二階の部屋に住んでんのか?

☆END☆


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