秘めたる男たち
サイレント・シーン

※聖がでてくるマンガは吉沢シリーズ「溺れる魚





「明晩のスケジュールはどうなってた? 聖」

「明日はアート映像の社長と19時に料亭吉弥で会食会です」
「ああ そうだったな……」
「お疲れのようですね 黒崎社長」
「さん、でいいよ聖 今は社内じゃない 日曜日の予定はどうだったかな」
「午前中から安奈様とクリスマスプレゼントを下見に行く予定です」
「ああ 最近物覚えが悪くなっていかんな」
「その為に秘書がいるんです ご心配なく いつでも 私がそばにいますよ」

「――変ったよなお前は  聖」
「何です 改まって?」
「いいや いつ私に牙を剥くのかと いつも毎日のように 私は思ってるよ 本当は」
「人聞きが悪いですね 私は貴方の手を噛んだりしませんよ」

「どうかな 若手の重役が お前のことを怖がってるらしいよ
 あんまり鋭い眸で 意見をしてやらないでくれ
 お前の小指がないことは もうただの噂になってるようだからな」
「気をつけましょう」

「単なる噂になるほど 歳月は流れたということかな」
「ええ 私が貴方に忠誠を誓ってから 随分と経っていますよ
 でも まだ私を信用なさってはないようですけどね
 もっともそれは無理もないし 貴方に許されようとは 思ってませんがね」
「お前は狂犬だったんだ 気配を感じるだけで獲物を噛み殺すような 容赦ない狂犬だった
 そうはしっかり忘れるわけがないだろう いきなり飼い猫のようになれば 疑いもするさ」

「私を恨んでいますか」

「お前を憎んでるよ 私の姉を――弄り殺したも同然の男だ
 だからそばに置いて 見張っておきたいんだ 本当は……お前と同罪の あの男も一緒にな」

「貴方が望むなら 吉沢をもう一度捜しに行きますよ
 今度は仁ではなくてあの男を連れて来いというなら 必ず連れて来ます」

「いや いい そのことは いずれまた考える
 それより 日曜日だが本当はゆっくり休みたいんだ」
「分かりました ではそのように予定を変更しましょう
 安奈様との買い物は他の者にやらせます」
「安奈は怒るだろうな」
「そうですね 激しい方だから 多分腹いせに誰かが八つ当たりをされるでしょうね」

「お前は―――聖 ……どうしたいんだ?」

「何がです?」

「どうして私のそばに いるのかって聞いているんだよ」
「今更ですね 昔に 申し上げた筈ですが
 私は 貴方が鉄パイプであの男を殴り殺そうとした時から
 貴方に魅入られた――― 惚れたんですよ
 それだけのことです
 貴方が焼き付いて 離れなくなったから組を辞めた
 貴方に片恋したのは 私の中の事情です どうして欲しいなんてことは 一切ない」

「私はヘテロだよ どんなつもりの意味か解らないが ホモセクシュアルなど 認めん」
「その手の映画も扱っておいでのくせに大胆な発言ですね 外で公言しないで下さいよ 
 特にアート映像の社長の前ではね」
「お前に言ってるんだよ 聖」

「そうですか じゃあ聞きましょう逆に 私が 貴方をどうかしたいと お考えですか
 たとえば 貴方が認めない その成人映画の男優たちのように」
「お前は恐い男だったからな聖 お前の道具にされて
 利用されボロ雑巾のようになった役者も女優も沢山いたさ 姉もまたそのひとりだった
 本音をいえば 身の危険を考えなくはないね」

「私は今 貴方の忠実な犬だ もし手を噛むことがあれば
 すぐ処分さなればいい 私もボロを出すつもりはありませんがね」
「………お前に――どうかされるのも――どうなのかなと 考えたことがないこともないよ」

「――私に期待させる気ですか 黒崎さん」

「そう お前の笑みは凶暴だよ 聖
 時々――どうにかなりそうに恐ろしいよ……
 自分が男で 社長で いい歳の中年だってことを忘れそうになる――」

「性欲と恋には 性別も役職も年齢も関係ありませんよ」
「恋? 恋だって? ははは まさかこの私が?」
「冗談です 私の羨望だ 貴方のことじゃない」
「どうも疲れてるのかな…… 今日は妙なことを口走った」
「そのようです もうお休み下さい」

「そうするよ ああ聖  日曜だけど やっぱり安奈の買い物に付き合うよ
 彼女の機嫌を損ねると 後が恐いからな 私は彼女を いちばん愛しているんだ」
「……そうですね では変更なしで 車を手配しておきます」


「聖」
「はい」
「約束してくれるか」
「しますよ」

「おかしな奴だな 何をかも聞かずにするのか?」
「何でも 私は貴方との約束なら どんなことでも必ず守ります」
「……いいよ もう下がってくれ」

「はい」
「クリスマス・イブのお前の予定は?」
「別にありませんが 休みは頂いています」

「じゃあ女を紹介してやろうか それとも男がいい?」
「それは譲歩ですか? ありがたいですが必要ありません
 私は クリスマスでもイブでも 想う人がいれば 貴方を想う自分さえあれば
 それでいい 触れられないのも それはそれでまた良いものですよ
 貴方には きっと解り辛いでしょうけどね」

「………そうだな 解りたくないという気がするな 無駄に何度も引き止めて悪かったな聖
 何だか少し……疲れすぎてすぐには眠れそうになかったんだ」
「貴方との時間に無駄なんてありません 眠れなければ 手を握っていて差し上げましょうか」
「やめてくれ 悪夢をみそうだよ ―――おやすみ ……聖」


「おやすみなさい 黒崎さん  どうか いい夢を―――」







  
photo/真琴 さま


END


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