■ イノチ マドイヌ ■

やすみせりう


頻闇の 道のつつみの 隠沼の ゆくえも知らず 采女まどいぬ
しきやみのみちのつつみのこもりぬのゆくえもしらずうねめまどひぬ



「おれたちは 頻闇を彷徨っている。 
いのちは風前の灯だぞ、おまえ。
  こうだ、おぼえて、地獄におちろ」


頻闇にいのち惑ひぬ


「世の中は闇だ。頻闇だ。
 おまえが面を出すと、かならず、頻闇になる。
 ここで死んだらだ、三途の川でおまえとは訣れよう。
 絶対に、永遠にな」


「勝手にさらせ」


「するとも。しないで、どうする」

(「頻闇にいのち惑ひぬ」より引用)




「中、郷!」


「……? どうした でかい声を出すな 伊能 交代か」


「いや起してすまん あんたの反応が鈍かったのでな 中郷
 交代まで一時間はまだある 眠ってていい 悪かった」
「……夢を 見ていた」
「女の股座の夢か」
「あのな おまえはどうしてそう下品なのだ 伊能 嘆かわしい」
「品位について あんたに言われたくはない」

「おまえと山中の竹薮で 濁酒を作って自堕落に暮らしてた頃の夢だ」
「ここ数年 おれたちが自堕落に生きていなかったことがあるのか 日常の夢じゃないか」
「おまえのせいでこうなったのだ」

「おれの? おれのせいだというのか」

「だいたいにおいて おれが堕落したのも酒びたりになったのも
 こんな誰も通らない田舎道で野宿しながら 妖怪退治をすることになったのも
 全部がすべておまえのせいだ 伊能 この疫病神の死神め 仕事はちゃんと選べ」
「死神に疫病神といわれるとはな ところでこれは 妖怪退治じゃない
 連続通り魔殺人の用心棒の仕事だ こんな仕事しか今はない 贅沢を言うな」
「同じようなものだ おれのやるような仕事じゃない 死神のおまえがそんな仕事はやれ」
「あんたも死神だ どっちが偉い? 偉くない方がやるか」

「おれは死神ではない 断じて違う 死神はおまえだけだ そうに決まっている
 だが偉いのはおれだ それも決まっている」
「まるで駄々っ子だな よかろう あんたはおれという死神に憑き纏われた ただの人間だ
 だからもう仕方がない 取り返しはつかない 還ることはできない
 済んだことにいちいち文句を言うな もう寝ろよ つまらん夢をみるな」
「つまらなくはない おれは三途の川で おまえとは訣れる覚悟だったのだ
 なのに夢から覚めると 何でまだおまえと一緒なのだ まったく台無しだ 責任を取れ」

「嘘をつけ 別れたくなくて 黄泉の地獄まで 一緒に行ったんだろう
 愚痴を言う元気があるなら あんたが起きろ 寝ずの番を変われ おれが寝る」

「別れたくないだと? まさか ぞっとするようなことを言うな
 大体 おれはおまえが退屈しておるだろうと思って わざわざ起きてやったのだ」
「それはどうも だがあんたはいつだって おれと別れたくないのだ
 いい加減 それを認めたらどうだ 中郷」
「脳が腐っておるのか きさま 誰にものを言っておる」
「あんたにだ 中郷 文句は聞き飽きた
 あんたが堕落したのは おれのせいだと 認めてもいい
 だけどあんただって望んだことだ それを忘れるな 中郷 それとも違うのか」
「おれに説教するとは偉くなったな 伊能 何様だ きさま」

「あんたなんか とっくにおれの上司ではない いつの話だ 紀元前か」
「……もう 番は替わってやらん おまえ 朝までひとりで 番をしてろ
 闇に食われて 死んでしまえ おまえが死んだら おれは伊造親分と用心棒をやる
 絶対 その方がいい 伊造親分の方が おれは絶対にいい そうだ
 はやく喰われろ 喰われて 妖怪便所で流されろだ フン」
「……洒落のつもりか? またすぐ そうやって拗ねる」

「幽霊が出るかもしれんぞ おまえをとって喰う だが不味いから すぐ下痢をして死ぬがな」
「幽霊がおれを食って 死ぬのか? 妖怪退治の便所はどうした」

「知らん おまえは幽霊も殺してしまう 恐ろしい下剤いらずの死神だ
 まてよ 便秘の女どもに バカ売れかもしれん 金儲けは意外なところにあるな」
「あんたも 食ってみればどうだ? その腹がすっきりするぞ」
「バカタレ」

「おれは あんたのたるみかけた腹も それなりに好きだが
 昔のように引き締まっている方が女にはもてると思うぜ」
「たるんでなんかない これは 酒で膨れておるのだ 失敬なことをいうな
 おれのたるんだ腹が目当てなのか きさま 老専はやめろ ホモもろくなことがないぞ」

「退屈をさせているのか おれは あんたに」

「……いいか 伊能 生きていくのは 退屈の連続だ
 だが おれでも生きていて良かったと 思うことがある 人生の最期にだ
 それでいい 逝く時 そう思うことが重要だ
 今 退屈なのは きさまの生気のないその顔だ」
「そうか おれには怯えがある 生気がないのはそのせいだ 死神だしな」
「死神が何を怯える 妖怪退治が恐いのか だったら早く そういえばいい……」

「恐いのは おれ自身だ」
「鏡を見て 悲鳴でもあげるのか バカタレ」

「おれは あんたの寝息を聞いていて 悲鳴をあげそうになる」
「おれは 怪獣か イビキがうるさいならそう言え 嫌なやつだな きさま」

「そうではない あんたの呼吸が もし止まったら どうしようかといつも思うからだ」
「無呼吸だったら すぐに起せ それは病気だ おれを殺す気か」
「ちゃんと息をして寝ているさ だけど あんたがもし死んだらと 思うと
 おれは眠れもしない 不眠症だ あんたは おれといて退屈しているのか 中郷」
「退屈で死んだ話は あまり聞いたことがないがな 心配症はハゲるぞ 伊能」

「あんたが 生きていて良かったと最期に思うとき そこに おれはいるのか」
「そんなことは おまえには関係ない おれの問題だ」
「ある あるのだ だから おれは ……恐いのだ」
「簡単に恐いなどと言うなバカタレ おまえは死神の伊能だぞ 恐いものなどあるか
 寝ぼけておるのか 三途の川で顔でも洗え!」

「そうだ すべては三途の川が原因だ あんたがおれと訣れると決めた あの世の川の夢だ
 その夢は何を暗示している おれはもう 必要ないのか」

「おれは死んだら おまえと訣別してやる 永遠に 絶対にだ
 おまえは何かと面倒だ 伊能 面倒くさい」

「面倒か おれは」

「そうだ 腐れ縁も終焉を告げる 向こう岸に向かって 勢いよく投げ捨ててやったのだ」

「向こう岸に捨てる ……あんたは死んでいてか?  あんたが立っているのは…どっちの岸だ? 中郷」

「うるさい どっちでもいい とにかく 対極なのだ
 ああもう すっかり目が覚めたではないか せっかくいい夢を見ていたのに」
「いい夢なのか? 三途の川の夢が」
「そうだ おまえがおれの死に様を いちいち心配しなくてもいいようになる夢だ」

「―――おれは あんたと いっしょに いたいのだ 中郷
 あんたが死んで 自分だけ生きていたくはない あんたはそれをいい加減分かるべきだ」

「だから 面倒だというんだ きさまは自分ばかりで おれの話をちっとも聞いておらん
 『(おまえが) 生きていて良かった』 と おれが思うとき おまえはそこにいる
 当然だ いなきゃおれが良かったと思う意味がない おまえは対岸におるのだ
 なんのために死んだおれは 三途の川でおまえと訣れたというのだ」 

「……そんな夢を 勝手に見るな 本当はおれなど地獄につき落としたいのだろう」
「分かっておるなら さっさと川へダイビングすれば良かったのだ バカタレが」
「そうだ あんたも引きずり込む 地獄へようこそ 狂気の中郷 てな具合にな
 大体夢でおれを置いて逝くなど 偽善がすぎる おれなら あんたを黄泉の地獄へ道連れだ」

「おまえはそういう奴だ 伊能 あの世の地獄までも腐れ縁か 仕方がない
 そこまで言うなら ボケた齢になったおれの面倒を どこまでも見て貰おう
 死神は 貧乏くじを引くのも得意だな ついでに伊造親分の世話も頼むぞ」

「親分はもっと 早いのじゃないか」

「そうでもないぜ 親分の方が 案外頭も体もしっかりしていそうだ
 あの齢で次々と若い新しいお尻様に お仕えしているのだからな」

「……違いない 性欲はいのちの源だな」

「おれも 長生きのために お仕えするか」
「尻なら貸すぜ 中郷」
「おまえの尻など いらん いくつ命があっても 足らんわ バカタレ」


「……中郷のバカ」





<終>


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