***ミズニ モエタツ ホタル



「おい伊能
 貴様 気が利かないにも程があるぞ
 ここへ来て おれに酌をせんか
 バカタレ」


「独り言はもっと小さな声で言え 中郷
 何でおれが 呑んだくれの老いぼれに
 酌などせんといかんのだ 手酌で充分だ
 自分でしろ 自分で」

「なんという冷たい男だ 老人は大切にしろ
 それはそうと 何故そんなところに
 引っこんでおるのだ おまえ?
 こっちへ出て来い
 いいか伊能
 日本の夏は縁側だ

 縁側でご隠居は茶を啜り 囲碁を打って
 世間話をするのが 老後の楽しみだ
 涼夏に暮れなずむ 虫の声を聞き
 和の心だ わびさびだと 感動する
 縁側で着物は 日本の心だな
 風流に尽きる」

「あんたが感動しているはずがない
 何が日本のこころだ 風流だ
 茶がいるならヘソで沸かしていろ
 タダ酒が呑めれば 縁側でも 縁の下でも
 何処でもいいくせに」
「縁の下って 俺は猫か」
「猫ならまだ 可愛げがある」

「伊能 見ろ
 …蛍だ 夏の風物詩のお出ましだ
 夏の夕暮れには 似つかわしい情緒だ
 和心の無いおまえより 虫けらの方が
 ずっと気が利いている」
「あんたが肝臓を酷使して
 品無く呑んどるから 時期を察して
 三途の川からお迎えに来たんじゃないのか」
「おれが 呑みすぎで
 死にかけだとでもいうのか おまえ」

「夏の風物詩の蛍は 死者の魂であるともいうぜ
 宇治の蛍はより大きく 頼政入道の亡魂が
 今でも戦をしている姿だとも言われている
 季節はずれの蛍が飛ぶと 人が死に
 6月の蛍は 幽霊蛍と呼ばれて
 取ってはならないものとされている」

「もういい おまえが尻の光る虫が好きな
 変態研究家なのは よくわかった
 おれがしたいのは 和の情緒の話だ
 …なんだか祭囃子も聞こえてこないか
 笛や太鼓 カリンバ レインスティック・・・」
「とうとう幻聴か
 それはどこの民族楽器だ インドネシアか?」
「どうしてそうロマンがないのだ おまえ
 郷愁を誘う音色に産地など何処でもいいではないか
 ほら見ろ あっちの方に 灯りが見える
 祭りの行列かもしれん―――提灯行列だ
 おい まさか幻覚ではあるまいな」

「いいか 中郷
 蛍は澄んだ川のあるところにいるものだ
 あんたの側にやってくるのは 鬼火か狐火だ
 蛍は“くちくさ”といって 礼記で腐草は蛍となる
 また燐の字を蛍と読むところからも 人魂かもしれん」
「じゃあ何か あの祭り囃子が
 おまえには聞こえないというのか 伊能?
 涼やかな懐かしい夏の音色も 薄明かりも
 バケモノどもが浮かれたバカ宴会をやっている
 百鬼夜行だとでもいうのか」

「狐だな」

「はぁ?」

「こんな時間に 羽目を外して騒いでいるのは
 田舎の山野に棲む キツネか狸か
 あんたくらいのものだ 中郷」
「最後がよけいだ バカタレ」
「昔 おれの祖母が言っていた
 祖母が娘だった頃の話だ
 夏の夕暮れに 田舎の縁側で 涼んでいると
 どこからともなく祭囃子が聞こえてきて
 ぽうと 蛍のような光が部屋に舞い込んできたそうだ
 不思議に思って それに見とれていると
 狐の面をつけた絣の着物姿の少年が現れて
 お祭りに行こうと誘いに来たのだそうだ」

「それで おまえの ばあさんは祭りに行ったのか」
「いいや そんな逢う魔が時にやってくるのは
 もののけに決まっている 田舎の常識だ
 祖母は仕度をしてくると言って家の中に逃げ込んで
 布団を頭から被って 震えながら
 祭囃子が遠のくのを 聞いていたそうだ」

 「それでそのキツネ少年はどうしたんだ」
「しらん それから伊能の家では
 夕暮れから夜にかけては 縁側に出てはいかんという
 しきたりになっておるのだ
 だからおれは そこへは行けない」

「おまえ 時々 突拍子もない
 ホラ話をする癖があるな 伊能」
「嘘じゃない 本当の話だ 蛍が出たなら
 じきにキツネ少年が 誘いにくるぜ」
「そりゃ楽しそうだ おれなら是非とも行くな」
「まぁ同じような分類だからな 仲間意識が高い」
「どういう意味だ それは」

「・・・伊能」

「うん」

「祭囃子は本当に聞こえるぜ
 おれは そんなに泥酔しているのか」
「あんたは酔っ払ってもいてもいなくても
 一緒じゃないか
 今日は 稲荷祭りがあったはずだ
 ここの田舎は 狐の嫁入り行列というのがあって
 夕暮れから提灯を持って村人たちが行進する」

「おまえは本当に鼻持ちならん男だな
 だが田舎の夏も悪くはないな こうして
 ほろ酔って 縁側に出て おまえと
 くだらん話しをするのも 風流だ
 いささか キツネ少年の話は 眉唾だがな」
「信じないのは自由だが 
 縁側で放浪中年の酌をするなというのは
 おれの祖母の遺言でもある」

「バカタレ」
「・・・もしかすると 祖母の
 叶わなかった恋物語だったかも 知れないがな」

「鳴かぬ蛍が身をこがす か
 水に燃えたつ蛍 というのもあったな
 水の上で光続ける蛍「水」に「見ず」をかけて
 恋しい人に会えず 心を焦がす状態にたとえる」

「―――中郷 そろそろ中に入れよ
 本当におかしなものが 出入りする時間になるぜ」

「・・・着物は便利だな 伊能
 面倒くさいボタンや ジッパーがないからな
 帯を解けばすぐ―――ヤレる」
「面倒だからってシャツを裂いたり
 釦を引きちぎる方が多いあんたの前で
 何を着ていても同じという気がするが
 破られないだけ マシといえばそうだな」
「そうか? 裾から覗く腿や
 襟足なんかが 妖艶で おれは 好きだぜ
 おまえ キツネ少年がやって来る前に
 寝床で布団をかぶって震えていろ」

「あんたのその即物的なところの
 どこが風流で情緒的なんだかな
 寝床にやってくるのは
 ギラギラしたキツネ目の中年だろう」
「伊能 蛍は甘い水が好きなのだそうだぜ
 おまえの股ぐらの色香に誘われて
 やってきたんだ おそらくな」
「絶句しそうな品のなさは
 どう考えたって和の心とは かけ離れている」
「じゃあ 黙ってその屁理屈口を閉じていろ
 何なら ロマンチックにおれが閉じさせてやろうか」

「…バカタレ
 あんたなんか おれのそばで
 じっとしていたためしがない
 気まぐればっかりで すぐ飽きては
 おれをほったらかして どこかへ放浪だ
 帰って来るなら来ると 前もって言え」
「連絡先がわからんではないか おまえだとて
 同じ元の場所で 待っていたためしがないぞ
 あちこち探すのに苦労した」
「当たり前だ
 妻でもないのに 何であんたを待っていなきゃならん
 おれは 色々と仕事の依頼があって 忙しいのだ
 だいたい いつもあんたを探し出すのは
 おれの方じゃないか
 たまに苦労したからって 威張るな」


「おれに 逢いたくはなかったのか」


「…あんたのバカタレ面が見たいとは
 思ったかもしれないな


「この機会に よく拝んでおけ バカタレ」





 待っていたさ

 中郷


 水に燃えたつ蛍 くらいには な

 夏のにおいがする
 薄暗がりの灯りの中


 おれは あんたを

 ―――待っていたんだ

END


***nisimura jyukou 死神シリーズ

***イラストレーション:藤井 螢さま
(ほたるや電脳本舗)TKS! LOVE!
***ミズニ モエタツ ホタル
作:やすみせりう
この物語はホタリンへ感謝をこめて捧げます
(※2006・7月 セリフ劇場へ移動※)

参考資料・引用文献
怪異・妖怪伝承データベース
http://www.nichibun.ac.jp/youkaidb/

中国の民話と神話
http://www.aiainet.jp/~mz/nishimoto/