☆銀/魂パロディ★ゲストSS★

■怪しい手紙は受け取るな■


作:牧野三咲さま
(好敵手)


背後から近づく気配者のに、新撰組副長・土方十四郎は思わず刀に手をかけ、親指で鍔(つば)を弾いていた。
「何だ、総悟。俺はこれから夜間巡回で忙しい、S王子の相手をしている暇はねぇ」
 土方は切れ長の眸を細めた。
 土方は総悟に肚を立てていた。総悟に係わるとろくなことにはならないからだ。
 例えば、この間の地愚蔵事件――。
 自分が暇となれば上官を攫い、その生命を危険に晒してでも退屈しのぎをするのが、真選組1番隊長・沖田総悟という男であった。
「まぁまぁ…実は万事屋の旦那から、これを預かりやしてね」
「万事屋だぁ…?」
 土方は疑わしげに総悟と、その手に握られている封を見比べ、言葉を続けた。
「…そんなものは丸めて薪の足しにでもしちまいな」
 万事屋と聞き、ますます土方は不機嫌になっていた。
 あの廃墟での出来事以来、何を目にしても肚がたってならない。今日にも抜刀した総悟が枕元に立っているかと思うと、夜も安心して眠ることができない。
「俺も普段ならそうしやすがねぇ、これはちょっと洒落にならねぇような気がしやしてね」
 総悟が託されたという封書を土方に示した。
「ほーう」
 土方は総悟から封を受け取り懐に収めた。
「お前、これから夜間巡回、代わりやがれ」
「それはかまいやせんが、戻ってこれますかぃ?」
 総悟が土方に満面の笑顔で問いかけた。
「たりめぇよ。誰にもの言ってやがる」
 土方は歩を踏み出した。
――果たし状。
 総悟が示した封には、下手くそ文字でそうあった。
――上等だ。
 土方はタバコに火をつけながら夜空を見上げた。
 満ちつつある月に、土方は薄い唇を吊り上げた。 
 この月光と同じ色の髪が鮮血に染まる様を思い描く土方の顔には、壮絶な笑みが浮かんでいた。

 

■   ■   ■

「よーう、久し振りぃー」
 下生えを踏む気配に、そいつは振り返り、笑顔をみせた。
 白銀の柔らかな髪が微風に揺れている。果たし状を持たせた割には、万事屋の表情は穏やかだった。
「何が“よーう、久し振りぃー”だ。こんなもんよこしやがって」
 土方は大木に凭れている男に向かい、果たし状を放り投げた。
「何だ、こりゃ…」
 万事屋は果たし状を手にとり、とぼけた声を出した。
「テメェが持ってこさせておいて、何だはねぇだろう」
 土方はタバコを片手に万事屋を流し見た。
「何で? 俺が? これを? 真選組副隊長のあんたに果たし状を送ったことになってんの?」
 万事屋は手にした封に見入っている。
「知るか、総悟がテメェからだといって持ってきた」
 土方は胸いっぱい吸い込んだ煙草の煙を吐き出し、万事屋に向き直った。
「ちょ、ちょっと待って、何の陰謀ッ? 俺がそんな物騒なものを送るわけないでしょう。ちょっと落ち着こうよ土方くん…銀さんはね、最近土方くんの姿を見てないから、どうしているのかなーと、総悟くんに聞いただけで…そうしたら総悟くんが会わせてくれるっていうから、別に、いいかなーと思ったんだけど、銀さん暇だし、どーしても会わせてくれるっていうんなら待っててもいいかなーなんて、ほら、銀さん暇だったしー」
 土方が抜刀する気配に、万事屋が大木の陰に隠れた。
「それが、何で果たし状だ?」
「それは、こっちが聞きてぇつーのッ! あんた、あのS王子の上官でしょう? 一体どういう教育してきたのッ!」 
「あいつは根っからのS野郎よ」
 土方は煙草を投げ捨て、総悟の笑顔を思い浮かべながら踏みにじった。
 おおかたS王子が退屈しのぎに、またぞろ新しい遊びを考え付いたのだと思った。
「だが、来ちまったものはしょうがねぇ」
 土方は抜刀したままの刀を持ち替えた。
 磨きぬかれた刀身が、万事屋の鮮血を求め、煌いた。
「まぁ、そう熱(いき)り立たないで、こんなに月の綺麗な晩なんだから、他にやることがあるでしょう?」
 殺気を込めた白刃を目の前にし、悠然と月を見上げている万事屋の態度が、土方の気持ちをささくれ立たせる。
「やぃ、テメェ…」
 土方は刀を構えた。
「そっちがどういう気かはしらねぇーが、銀さんには斬り合いする気なんざ、これッ、ポッチもねぇんだよ」
 鼻をほじりながら言う万事屋に、土方は本気で肚を立てた。
 コイツを叩き斬り、最近たまりっぱなしの憂(う)さを晴らす。
「死ねぇ、銀時ッ!」
 土方は袈裟斬りに万事屋に斬りかかった。
 だが、必殺の一撃を、万事屋は風に揺れる布のような動きで躱した。
「それじゃあ、こーしようやぁ」
 背後から腰を抱かれ、土方の背に冷たいものが流れていた。
 全身を硬直させ、万事屋の言葉を待つ。
「俺は指1本使わずに、オメェの手から刀を取り上げる。刀を取り上げられたら、テメーは俺の望む一夜を過ごす…これで手を打たねぇか」
「なッ、テメーふざけるなッ!」
 ふと力を抜いた腕から抜け出るなり、土方は横殴りに斬りかかった。だが、その攻撃も綿毛のように、ふわりと躱される。
「やっぱ、刀を抜いた副隊長さんはおっかねぇーや」
「微塵も怖ぇーだなんて思ってねぇだろうッ、コノヤローッ!」
 ふにゃけた笑みを残し草原を突っ走る万事屋を、土方は追った。
「テメェッ、天パッ! にげ…」
 逃げる気か、という言葉は途中で断ち切られていた。土方は何かに足を取られ、その場に倒れ込んでいた。
「ぬおぉ〜」
 倒れたとはいっても草の上であった。土方は片手を地面に付き、転がり、跳ね起きるつもりでいた。
 その手を付こうとした先に、それはあった。
 異臭を放つ、尋常ではない大きさのそれに、土方は身を仰け反らせた。
「はーい、それまで」
 いつの間にか戻ってきていた万事屋が、目の前に転がった刀を拾い上げた。
「あッ、テメー!」
 土方は足首で結わえられた草と、巨大な○ンを見比べた。
 このようなベタで、それでいて尋常でない罠を仕掛けられるのは、目の前で悠然と自分を見下ろしている天然パーマしかいない。第一、このような巨大なフ○がそう都合よく辺りに排泄してあるわけがない。
「汚ねーぞッ、天パッ! やっぱ総悟と組んでやがったなッ!とっとと刀を返しやがれッ!」
 跳ね起き、土方が喚いた。
「返してやるさ、俺の用事が済んでからな」
 抜き身の刀身で肩を叩きながら、万事屋が締りのない顔で笑った。

■   ■   ■

「なんだ、ここは…」
 広大な武家屋敷に案内され、土方は不振気に周囲を見回した。
 古く、手入れは行き届いているとは言い難いが、貧弱なスナックの2階に間借りをし、それでも家賃に追われ、日々の生活に追われている万事屋と、この屋敷はそぐわなすぎる。
「ここは…その、あれだ…」
 万事屋が破れだらけの障子を開きながら、続いて入るよう土方を促した。
「さる高貴な天人(あまんと)がペットのために購入し、そのペットが、その…あれだ、お引越しになって、今は空き家だ」
「その高貴な天人ってぇのは…あの、バカ皇子か?」
 珍獣・奇獣が大好きで、時には幕府をも脅かす央国星(おうこくせい)のハタ皇子の姿を、土方は思い浮かべた。
「そうだが――今は、バカ皇子はカンケーねぇ」
 ふと、口調を変えた万事屋に、土方は息を呑んだ。
 口調だけではない、気づくと万事屋は表情をも変化させていた。
 いつものフヤケた顔ではない。
 万事屋の内部で、何かが覚醒したときの、研ぎ澄まされた表情だ。
 こうなったときの万事屋には、何か抗い難いものがあった。
「ところで…」
 万事屋に肩を掴まれ、土方は我に返った。
「この間は、沖田くんと何をしていたのかなぁ?」
 思いもがけない問いに、土方は目を見張った。万事屋の言葉の真意を読み取ることができなかった。
「なーに、ちょっと、トボケちゃって…夜間巡回中に沖田くんとフケて、3日も戻ってこなかったこと、銀さんが知らないとでも思ってるわけ?」
“夜間巡回”と“総悟”の言葉に、土方は自身の顔から血の気が引くのを覚え、塞がったはずの首の傷が疼くのを感じた。
「うるせーよ、テメェにゃあ、カンケーねぇんだよ」
 土方は万事屋から視線を逸らせた。
「“うるせーよ”じゃぁねーよ、銀さん言ったよね、浮気は許さないって言ったよねー?」
「言われてねぇし、浮気でもねぇー」
 土方は自身に注がれる眼光を、視線で跳ね返した。
「それじゃあさ、3日間も沖田くんと何してたわけッ?」
「それは――」
 悪夢の3日間を思い出し、土方は言葉を途切れさせた。
「ほら、やっぱり浮気ッ? 銀さんというものがありながら、浮気ッ?」
「だから、浮気じゃねぇって言ってんだろうがッ!」
 土方は万事屋の足を踏み付けた。
「痛ッ! 何、自分が浮気しておいて逆切れッ!?」
 足を抱えながらの言葉に、土方はムカッ肚を立てた。
「るせー、俺だって好きで奴と一緒に過ごしていたわけじゃあねぇ…鎖で繋がれてたんだから仕方がねぇだろうがッ!」
「鎖…」
 問われ、土方は失言を悟った。
 S王子の異名を取り、江戸観光にやって来た真っ当な少女の首に僅かな時間に鎖をかけ、手足のように使役した総悟の実績を、万事屋は思っているに違いなかった。
「何だ、オメー、SMプレイが趣味だったわけ?」
 万事屋は目を細めた。
「バカヤロー、そんなわけがあるかッ! あれは――」
 総悟の策に嵌り、その掌で弄ばれていたなどと、言えるわけがなかった。
 あの出来事は、真選組副隊長・土方十四郎の一生の汚点であった。
「まぁ、いい…調べれば解ることだし」
 気を取り直したのか、万事屋は再度、土方の前に立った。
「うるせぇな、わけの解らないことばかり言いやがると、叩き斬るぞッ!」
 土方は内心の動揺を悟られまいと、凄んで見せた。
「あのね、解ってる? 今、斬られそうなのは誰かってこと?」
 万事屋が手にした刀を誇示(こじ)した。
 斬るといいながら、この男は滅多に真剣を人に向けることはない。向けるのは、いつも腰に帯びている木刀だ。
「うるせぃ、だったら斬ってもらおうじゃあねーか」
 それでも土方は強がってみせた。
 この男に弱味を見せるぐらいなら、マヨネーズ無のとんかつを食うほうがましであった。
「そんな、またまたー…銀さんに、副長さんが切れるわけないでしょう、勿体ない…」

 ニヤリ、と笑い、万事屋は土方の腰から器用に取り外した鞘に刀を収め、土方の手の届かないところに放り投げた。
「テメーェ、武士の魂を放り投げやがってッ!」
 土方は万事屋を睨み付けた。
「魂の心配より、今はテメェの身体の心配しろや…」
 言って、万事屋は土方のスカーフを手に把り、引き抜いた。
「てめッ、何を…」
「何もねぇって言うんなら、証拠を見せろや。あのS王子が絡んでいるんなら、余計に信用なんかできゃあしねー」
「うるせー、何でテメーなんぞに身体検査されなきゃあ、ならねぇんだ」
 ジャケットを奪われ、ベストに手をかけられ、土方は焦った。万事屋の動きに抵抗しようとすればするほど、制服は万事屋の手によって剥ぎ取られてゆく。
「止さねーか」
 土方は当たり前のようにシャツのボタンを外そうとする万事屋の腕を握った。
「あれ? 銀さん言ったよね? 俺がオメーから、指1本使わずに刀を取り上げることができたら…オメーは俺の望む一夜を過ごすってな…」
 畳に放置されている刀を一瞥しての万事屋の言葉に、土方は舌打をした。
「さぁ、まずは拝ませてもらいましょうかねぇ、副隊長殿のお身体を…」
 万事屋は土方に視線を戻し、言葉を続けた。
「ここ最近、俺を避けてたのは、この窶(やつ)れた姿を俺に晒さないため?」
「何を馬鹿を言ってやがる、俺にはこれでも、内勤やらあれこれで忙しいんだ。今までテメーらと面突き合わせてたことの方が異常なんだよ」
「ああ、そうかい…」
 万事屋が自然な動きで土方の腕を把った。
「うッ!」
 傷の塞がったばかりの腕を掴まれた土方の唇からは、苦痛の声が漏れていた。
 意識がないと思った総悟を庇いながら、自分たちを繋いでいた柱を破壊したときの傷だった。
 今見ればムカッ肚が立つだけの傷だが、あの時は本当に、総悟と命のやり取りを以視野に入れた、謀略に巻き込まれたと思っていたのだ。
「何なんですかぁ? この傷はー?」
 一瞬怯んだ土方のシャツを、万事屋は無造作に剥ぎ取った。
 土方の手首から腕、そして全身には無数の裂傷、打撲痕がある。癒えているものもあるが、傷を負って間がないのか…まざまざと残されているものが多い。
 一瞬、攘夷志士・桂小太郎の爆破の仕業だと思ったが、最近…桂一派が騒動を起こしたという話は聞いていない。
「しかし…真選組の制服ってば脱がせ難(にく)いーったらねーなー。銀さんの趣味じゃあないね」
 上半身でこれなら、下半身はどうなっているのかと、万事屋は土方のベルトに手をかける。土方が着物なら、とっくに身包みを剥いでいるところであった。
「なら、脱がすんじゃあねぇーよッ! 俺のことは放っとけやッ!」
「オメーな…銀さんはテメーの全てが見てーって言ってんだよッ! シャイな銀さんに何度も同じこと言わせてんじゃーねーよ。大体、なぁに、この傷? 一体S王子と何してたわけッ?」
「だから、何でもねぇーって言ってんだろーがッ!」
 この傷は1人、空回りし負った傷であった。
「何でもねぇわけねぇーだろうがッ!」
 万事屋は自身の思考に気を取られていた土方のベルトを引き抜き、ズボンを下着ごと引き下ろした。
 腰にも、脚にも、土方の全身に、傷がないところはない。
 万事屋は衣服を剥ぎ取られ、畳に膝を付いた土方を、冷たい眸で見つめていた。
「てぇーした傷だぜ…」
 万事屋は溜息を吐いた。
 見た目ほど深刻でないのが、唯一の救いといえた。
 だが、土方には痩せが目立った。
 精神の鬱屈(うっくつ)が、そのまま肉の削げた躯(からだ)に出ているような気がする。
 全身を覆う擦り傷というには生易しい裂傷と打ち身とくれば、いつもの遊びとは思い難い。
「部外者には関係ねぇーことだ」
「関係ねぇーだと…?  こんな場所にまで傷をつくりやがって…」
 傷ついたナニを無造作に掴まれ、土方は身を引いていた。
「てめッ、どこ掴んで…」
「どこって、解るでしょう? 男なら、いいから…これ、どーしなの?」
 総悟にビビリ、焦ってチャックを引き上げたときに挟んでしまった箇所を弄りまわされ、土方の全身が怖気だった。
「これも、あれ? 沖田くんにやられたわけ?」
「馬鹿ッ! チゲーよッ! これは、焦って…って、何を…」
 しゃがみ込み、刺激に形を変えつつあるそれを口に含まれ、土方は万事屋の髪を掴んだ。
「このぐらいの傷なら、舐めときゃあ直るかなぁーと思って…」
 一度、顔を上げた万事屋が、自分じゃあ舐められんだろーが。と、行為を続ける。
「いや、もういい…もう、殆ど治ってるから…」
「うるせーなぁ…今日は俺のやりたいようにするって言ってんだろが」
 土方は脚を勢いよく引かれ、バランスを崩し倒れ込んだ。
「痛ぇな、テメー、何しやがるッ」
 腰と頭を同時に打ち付け、土方は声を荒げ、だがその言葉をすぐに呑み込んだ。
 目の前に、万事屋の顔がある。
「テメー、俺が心配してなかったと思ってんですか? このヤロー」
「心配もなにも、これは総悟の悪ふざけだ。野郎…悪ふざけを段々とエスカレートさせやがる…」
 ただ1人の身内である姉を亡くし、新撰組を解体させられかけて以来、総悟の精神の均衡の崩れに拍車がかかっていることは、解っていたことであった。
「土方…お前は確かに強ぇー」
 万事屋に塞がったばかりの首筋の傷を撫でられ、土方は全身を総毛立たせた。
「――だが、身内には脆れー」
 首筋を唇で辿られ、土方は身を捻った。気がつけば万事屋に覆い被さられ、動きの殆どは封じられている。
「やめッ、テメェー! 放しやがれッ!」
 覆い被さる躯から逃れようと土方は足掻いた。
 だが、自身に覆い被さり、傷の1つ1つを確かめるように素肌を辿る万事屋の力には抗し切れなかった。
「いいじゃあねぇか、今ぐれー」
 万事屋に唇を塞がれ、土方は硬直した。
 罵声を浴びせようと口を開きかけたところに舌を差し込まれ、土方は押さえ込まれている腕に渾身の力を込めた。
 万事屋の舌が口腔内を嘗め回し、胸を辿っていた指に突起を挟まれ、軽く引かれ、土方の全身が跳ね上がる。
 そういえば、最後に女を抱いてからどのぐらいの時が経過しているのか――。
「んーんーッ」
 開いている方の掌で下腹部を辿られ、脚の間に入っている膝で血液の凝縮し始めている果実を押し上げられ、土方は畳を叩いた。
「ん? どうした、もうコーサンですか?」
「うるせー、このヤロー…どさくさに紛れて何をしやがるッ」
 同性相手の身体の変化に土方は自身に肚を立て、次いでその変化をもたらした万事屋に肚を立てた。
「何って? ナニだろう、この状況で何言ってんの? お子様ですかー? 真選組の副隊長さんは」
 さも意外そうな顔に、土方を怒りを忘れ呆れていた。
「馬鹿野郎ッ! オレは野郎となんざぁ、したかねぇーんだよ」
「当たり前だ、俺もお前以外の野郎となんざぁ、しよーとわ思わねぇーんだよ」
 いい様、首筋に顔を埋められ、土方は呼吸を呑み込んだ。
 万事屋に襲われたのは、これが初めてではない。
 だが、その行為はいつもの悪ノリの延長だと思っていた。
 だが、今日は――。
 この、真剣な眼差しは――。
 「お前…」
 仄(ほの)かな月明かりを弾く紅玉色の眸を目にした土方の全身からは、知らず力が失せていた。
 万事屋の、この真摯な眸の意味が解らない。
 土方は真選組副長として、幾度この万事屋に斬りかかったか解らない。
 その度に殺すつもりでかかったが、斬り殺すことはできなかった。
 万事屋と称しているが、坂田銀時の経歴は解っていない。
 いや、攘夷志士・桂小太郎と係わり合いがある以上、真撰組とは対極にいる人間ということになる。
 土方が死のうが生きようが、万事屋が心を煩わせることはないはずであった。
 なのに、この行為が悪フザケだとは思えない。
 自分に対する万事屋の、この執着が解らない。
「あぁ…」
 古傷から最近できた傷まで辿っていた掌に、これまでの刺激で敏感になっている果実を握り込まれ、土方は擦れた声を上げていた。
「やめ、バカ…」
 その言葉にもう応えない万事屋に、透明な液体を滴らせていた果実を口に含まれた土方の全身に電流が奔り抜けていた。
「コラッ、止さねぇーか…」
 下肢を押し広げ、口には含みきれない部分から根元の膨らみを刺激され、土方は全身を跳ね上げさせた。
 同性だからかも知れないが、万事屋の行為はどの花魁の秘儀よりも、土方を蕩けさせる。
「うぁッ!」
 先端の窪みを舌で突かれ、吸い上げられ、土方は万事屋の口腔に己を迸らせていた。

 自身の放ったものを嚥下され、舐め摂られる感触に、土方は腕で顔を覆った。どっと疲労が押し寄せていた。
「…本当にS王子とは何もなかったんだな」
 大腿を撫でながらの呟きに、土方は瞼を開いた。
「なッ…テメー、本気で総悟とのことを…」
 疑っていやがったのかと、驚愕した。
 あの総悟と…あんなことや、こんなことを…考えられない。
「良かった…俺はあのS王子がオメェの傍らをうろつく度、気が気じゃあなくってよー」

 万事屋が達し、力を失っている果実を再度掴んだ。
「何でテメーが気が気じゃあねぇーんだ…?」
 果実に頬擦りせんばかりの万事屋の、気ままな方向に飛び跳ねた髪を、土方は物憂い動作で1房掴んだ。
「何でって、あのS王子がいつ副長を押し倒しはしねぇーかと――」
「何で、俺が総悟の奴に押し倒される?」
 精を解放し、土方は落ち着きを取り戻していた。
「だってS王子ってば、隙あらばオメェの首に鎖をかけようとしてやがるんだぜ」
「馬鹿言ってんじゃあねぇ」
 実際、鎖をかけられているだけに、土方は万事屋に背を向けながら言葉を続けた。
「俺は奴に鎖をかけられるほど、呆(ほう)けちゃあいねぇ」
「そうだよね、鬼の副長さんに手ぇ出す奴なんて、真撰組にいるわきゃーねぇよな」
 露になった双丘に眸を細め、万事屋は続けた。
「たりめぇよ。誰にものを言ってやがる」
「そうそう、土方くんの相手は俺だけだもんね」
 その言葉と同時に隆起に掌を差し込まれ、土方は身体を指なりに反らした。
 土方は自身が射精したことで、これから繰り広げられるであろう行為のことなど忘れ果てていた。
「そうだよね、土方くんは俺だけのものだもんね」
 背後から腰を抱き、隆起の奥の秘められている箇所を探られ、土方は顔色を変えていた。
「テメェ、まさか…」
 秘部に指を差し込まれ、行為で弛緩させていた全身に緊張が走る。
「銀さんは土方さんが恋しくて、ずっと寂しい思いをしてたんだぜ」
 侵入させた指で内壁を押し上げられながらの言葉に、土方は頭を抱えた。
「何で、テメーが寂しい思いをする?」
 金は無いが、人柄もよく、黙っていれば端正な容貌を持つ男だ。自分ほどではないが、そこそこ持てそうな気がする。
 何も好き好んで同性の、それも…いつ自分に斬りかかるとも知れない男を押さえ込むことはないのだ。
「あれ、聞こえなかった? 最近はずっと行き違いで…寂しいやら、心配やらで…」
 万事屋は秘部に差し込んだ指を、ゆっくりと内部に挿入させてゆく。
 異物の侵入に、土方は呻いた。
 こんなとき、万事屋をこの世から消し去ってしまいたくなる。
 万事屋は武士である土方を、生命の遣り取りをする人間ではなく、ただ抱くだけの相手として見る。
 そして…その行為に、土方は抗い切ることができない。
 土方は万事屋の“女”に成り下がる。
「うぁ!」
 注意深く差し込まれた指に無造作にそこを掘り起こされ、土方は喉を仰け反らせた。

「いい声だ…」
 声を上擦らせながら万事屋が慎重にもう一本の指を潜り込ませ、内部を押し広げてゆく。
「その声…俺以外の人間に聞かせるんじゃあねぇーぜ」
 万事屋が臀部(でんぶ)に口付け、言葉をかける。
「馬鹿か、テメェ! こんなこと…誰がさせるかッ」
 這わされたまま、土方は喚いた。
「そぅそう…その調子で頼むわ」
 万事屋は注挿の間隔を早めながら、内部を解して行く。
 万事屋が見かけからは窺えない、節くれだった指で内壁を広げながらの、熱い挿注を続けている。
「あぅ…」
 指を引き抜かれる度に、先に身体を跳ね上げさせた箇所を押し上げられ、土方は全身を痙攣させ、乱れた呼吸を漏らし続けていた。
 ふっと気づくと、自身が何者であるかを忘れてしまいそうになっていることがある。

 万事屋の行為に我を忘れている自分がいる。理性が…行為に溶けて行くのが解る。
「あぁ…」
 再度、自身の果実が熱を持ってゆくのを感じる。
「よ、万事屋…」
 内壁に灯った焔を早く鎮めるようにと、土方は視線で訴えた。
「え? 何? 聞こえないんだけど」
 万事屋は力なく這う土方の頬に耳を寄せた。
「もう…」
 下腹部に力が入らない、臓腑が抜け落ちてしまったような気がする。全身が痺れ、思考に極彩色の霞がかかり初めている。
「もう、何?」
 万事屋の上擦った声が問いかける。
「もう…指は、いい…」
 指などいくら挿入していようが、万事屋は達しはしないのだ。
「お前の――」
 土方は布越しに伝わる欲望を意識し、その硬度と質量に目を見張った。
「銀さんの…何だって?」
 愉しげに万事屋が口を開いた。
「もう、お前のを…」
 この行為が終わったら万事屋の金玉を蹴り潰そうと思いながら、屈辱に耐え言葉を紡ぎだした。
「土方…好きだ…」
 耳元での囁きに、土方は内容を解さぬまま、何度も頷いていた。
「土方…お前はもう、俺のもんだ」
 万事屋は指を引き抜き猛った欲棒を、露になった秘部に宛がい押し込んだ。
「あぐッ!」
 そこを慣らすために挿入されていた指との圧倒的な質量の違いに、土方は声を漏らし、畳を掻き毟った。
「もう放さねぇーぜ、土方…」
 万事屋は背後から土方を抱き締め、挿入しきった腰を揺さぶる。
「土方…」
 万事屋が土方の耳元に囁き続けている。
 愛している、と。ずっと前から好きだった、と――。
 土方は夢現(ゆめうつつ)で、その言葉を聴いていた。
 そして、あることに気づいた。
――万事屋では、ない…?
 この力強く自分を抱く腕は、低く囁かれるこの声は――。
 土方は薄れ行く意識の中、肩越しに背後を振り返った。
 月明かりに映える銀の髪と、仄紅く、血の色を写したような眸の色は――。
「白、ャ…」
 不意に突き上げてきたものに、土方は自身の思考を形作るまえに己を迸らせ、その意識は闇に呑まれていた。

■   ■   ■

 破れた障子越しに差し込む陽と、小鳥の鳴声で土方は覚醒した。
 覚醒すると同時に上体を起こし、刀に手を伸ばしていた。
 万事屋を、今日こそは切るつもりでいた。
 だが周囲に人の気配はなく、残っているのは昨夜の残滓だけだ。
――野郎…。
 土方はその場に腰を落とし、疼痛に眉を顰めた。
 疎覚(うろおぼ)えの言葉の数々がある。
 真剣な面持ちで愛を囁く万事屋の声――。
「いや、ない、ない――」
 あの万事屋が、真摯に他人に愛を囁くわけがない。まして相手は真選組副長・土方十四郎となれば尚更だ。
 あれは公言通り、指1本使わず己から刀を奪った万事屋の悪フザケの延長に過ぎない。

「まったく…」
 土方は額にかかった髪を掻き上げた。
 総悟といい、万事屋といい――自分の周りには、洒落にならない悪ふざけをする人間が多すぎる。
 大体、どこの世界に果たし状で呼び出した人間に性交を挑む者がいるというのか――。

 土方はよろりと立ち上がり、身支度を整えた。
 総悟はともかく、万事屋は次回、あったら即ブッタ斬る肚を固めながら、土方は武家屋敷を後にしていた。

END


★牧野様 エロ盛りだくさんのSSありがとうございました!
  寸止めセリフ劇場におけるあなたは救世主です(笑)

また何か送ってくださいね♪

※窓を閉めて戻って下さい