☆彡電脳タブロイド☆彡
なつのおもいでなんかいらない





風鈴がどこかで鳴っている
ちりりー ん…… ちりー ん……


蝉はバカみたいに鳴いている
ミンミンミンミンミンミンミンミーン……


暑いなぁ

誰かがつぶやく

「やったぁ!」

よろこびはしゃぐ幼い声は誰だ





なつのおもいでなんかいらない



キ ラ「ふぅ。今年の夏も、あっちぃなあ……」

番 犬「罰金、100クレジットだ」
キ ラ「……はい?」
番 犬「暑いと云ったら課金するシステムだ。金を出せ、キラ」
キ ラ「何のシステムだよ!? 強盗かよ! そんなの聴いてない!」

番 犬「ボスの命令だ。キラが暑いと文句を云いだしたら課金しろと云われた。
    夏の掟だそうだ。ルールは大事だと、お前はいつも言うだろう」

キ ラ「まァた、あのおっさんはァ……」



そんな昔のことを持ち出すのは、バカラの悪い癖だ。
もう記憶にもないくらい、俺の中では過去のことなのに。
たとえ、それがたった数年前のことであったとしても――――。



ちりーん……

風鈴の音が、過去の幼い声と姿を、
脳裏に誘い出す―――








キ ラ 「だって、燃えそうだもん!! くそ暑いんだって! 何でクーラーなし!?
     意味わかんない!! 暑いのに暑いって言って、何が悪いんだよ?!」

バカラ 「喚くな。ダメだとはいってない。ただそのワードを云ったら金を支払う。
     うちの夏は、そういう掟なんだ。家族は家のルールを守らにゃいかんのだよ、少年」
キ ラ 「だからなんで金とるんだよ! しかも子供から!
     貧乏なガキから金を巻き上げるなんて、バカラって本当に大人なの?」
ウォッカ「文句は言うだけ無駄だぜ、キラ。
     クソ親父は夏の暑さは金払ってでも感じるものだって思ってるからな。
     だからって暑いと云ったら金を支払えってのは、意味わかんねぇけど。
     だけど悪いことでもない。その金が溜まったら、かき氷を食いに行けるんだぜ?」
キ ラ 「かきごおり? かき氷ってなに? 食べたことない」

ウォッカ「冷たくて美味しいんだ。水を冷凍したもので、機械で削るとふわふわなんだ。
     大盛りにして甘い蜜をかけて食うんだよ。暑さが消える魔法の氷だ。夏祭りでも、食えるぜ」
バカラ 「そうだ。やっぱ、夏は、かき氷かスイカだよなァ。大人には冷えた生ビールだな。
     たまらん贅沢だ。けど、そいつを美味しく感じるには、暑さを満喫しなくちゃならねぇ」
キ ラ 「へぇ……。そうなんだ。暑さが消える、魔法の氷なんだ。
     暑い暑い暑い暑い暑い、あっつぅーーいィーー!!」
バカラ 「ど、どうしたキラ、大丈夫か!? 水持ってこい、ウオッカ!!」

キ ラ 「違うよ。どう? これでバカラとウォッカも食べられるくらい課金された?
     三人分はどれくらい暑いって言えばいいの? 俺の将来出世払いでいいよね?
     ねぇ、その魔法の氷を、早めに食べに行こう! お金が溜まってからなんて、
     干からびちゃうよ! そんなの待っていられない!」

ウオッカ「どうやら課金は、罰則じゃないみたいだな?」
バカラ 「しょうがねぇなァ、キラは。そんなに食いたいか?
     よし、俺の奢りで特別に喰いに行くか。三人で初氷を食いにいくぞ、キラ!」

キ ラ 「やったぁーーー!!」



あの夏――――

初めて、かき氷を食べた夏。

じりじりと暑くて、ひんやりと冷たい氷を頬張ると、
感じたことのない愕きがあった。
シャリシャリとした、冷たい氷の結晶。
すぐに口の中でなくなる儚さ。
甘くて美味しい蜜の味。
すっと、汗がひいていった。
本当だ。魔法だ。

不思議なものが、この世界にはあふれている。
そう素直に思ったあの頃。

俺は、はしゃいだのだろうか。
バカみたいに、子供みたいに、喜んだのだろうか。
俺は、まだバカな子供だったから、
ああ、たぶん、きっと――――





キ ラ「それで番犬。
    罰金の支払が溜まったら、どうするかバカラに聴いた?」

番 犬「聴いた。氷を食いに行けるそうだ。だから課金システムに賛同した」
キ ラ 「おまえ、ホントに食い意地だけは、何よりも優先だよな」
番 犬「食うことの優先順位は上だろう」
キ ラ「かき氷、食ったことあるの、あんた」
番 犬「ないな。夏祭りで見たことはある」
キ ラ「でも興味なかったよな? ただ水を凍らせたものだぜ?」
番 犬「ボスが、夏にあれを食べないとは負けだと言うから、食う」

キ ラ「はは……。よし、俺が奢ってやるよ。氷、食いに行こうぜ」
番 犬「どうした。気前がいいな。まだ金は溜まってないぞ」
キ ラ「溜まるまで待つ気なら、いいよ? 溜まってからにする?」
番 犬「今、食う」




シャク、シャク……

涼しげな音をたて、犬が黙って氷を食っている。
自然派の緑いっぱい癒しカフェのテラス席。
俺と番犬は二人、向き合って黙って座った。
いや、ひとりと、一匹だ。
なんだか妙な画。

客たちは、番犬を怖がってか中に入ってしまった。
なんだか貸切状態で、人の雑音がない分、快適だ。
もちろん室内はクーラーがかかっていて、もっと快適だけど。
暑いから、テラスで食う客などいないのかもしれない。
テラス席を選んだのは、昔、俺は外で食べたからだ。

夏の暑さをうんぬんいうバカラが、
快適に調節された部屋で、食べさせるわけはなかった。
灼熱地獄だ。バカみたい。
でも、だからこそ、うまいと感じたのかもしれない。

この店のテラスは、緑のカーテンに囲まれて、少しは暑さもマシだった。
番犬には、何故か緑の葉は似合う。
野良犬だからかもしれない。
野山をかけて兎を狩る。似合いすぎる。

番犬の食べている氷の蜜は、イチゴ味だ。
イチゴ味の香料入り甘味料。人工のただ激甘いヤツ。
自然派オーガニックの天然イチゴ蜜なんていう、
本当かどうか怪しい売り文句だったけど、たぶん、嘘だ。

番犬は、オーダーを俺にまかせた。
おススメは何だと訊いてくるなんて、人間っぽい。
初かき氷の種類が色々とあっても、選ぶ意志はなさそうだった。
ただカフェのメニュー名は、かき氷ではなく【フラッペ】だったけど。
当時からこれの名前は、フラッペだった気もする。
ただバカラが、かき氷だと俺には頑なにそう言ったのだ。
バカラらしい。

俺は、フラッペではなく桃のラッシーを注文した。
大人の俺は、今更かき氷など食べない。
とろりとした桃が、シャーベット状になっていた。
冷たくて、夏の味がした。

番犬は無心に、出されたイチゴのかき氷を食べはじめた。
うまいとも、マズイともいわずに、ただガツガツと食っている。

緑のカーテンで木陰になったテラスは、一見、涼しそうに見える。
軒下に飾られた風鈴が、時々揺れて、ちりりんと鳴った。
香ばしいような乾いた陽向の匂いが風に乗る。
夕方には少し湿った匂いもするが、まだ時間が早かった。
日差しが強くて、この日陰から一歩でも出れば肌が焦げそうだ。
蝉も思い出したかのように時々、煩く鳴きだしたが、
番犬は、それらの何にも反応しない。
夏に興味がないのだ。


キ ラ「ケルべロスくん? どうなの? うまいの? まずいの?
    奢ってやった俺に、味の感想、ないの?」
番 犬「つめたい。氷に味はない。すぐ溶ける。蜜がクソ甘い」
キ ラ「そのまんまじゃん。ダレが各素材の味を言えと云ったよ。
    グルメレポーターできないよな、お前って」

文句を言う俺を、番犬はちらりと上目で見た。
コイツ、メンドクサイ。と、思っている顏だ。

喰いもののことになると、番犬はまれな感情?が顏に出る。
ごく微妙な表情の変化だから、あまりそれが判る人間はいないが。
でも俺にはわかる。

番犬は、無視を決め込み、大口を開けてまた残りの氷をかっ食らった。
かき氷をそんな食べ方するヤツが、他にいるだろうか。
もっと夏の氷菓は楽しく食べるものだ。
冷たいねーとか、涼しくなるなーとか、云うダロ。言えよ。
それにいっぺんに食べると、アタマがキーンとなるだろ?
番犬は、まったく平気そうだった。
それとも、云うと負けになると思って我慢してるのかもしれない。
食するものを味わうでもなく、水を飲み干すように食べ終わるとやっと感想を述べた。

番 犬「……暑さが、退く。体と頭の中が冷えるな」


そうだ。体のなかと、脳が、冷える。
そう、凍った氷は、どんな熱も、冷やすのだ。

夏には、かき氷。
理に適っている。


毎年、このシーズンに人工でも暑い夏は、やってくる。
快適に調節することを放棄したような、無意味に暑い灼熱の設定。
気象庁の奴らは、年寄りの懐古主義者ばかりだ。
実はアタマがボケているのかもしれない。

だからこの季節に、体と頭を冷やすことは重要なのだ。
幼い子供に高すぎる熱は、命のON・OFFに致命的だ。
どうしても冷やす行為が、必要なのだ。
子供が熱中症にならないように、バカラは注意をはらっていた。
暑いとひとこと文句をいえば、罰則だと云い、冷たい氷を食べさせてやるようなことを。
それはバカラの優しさだったのだ。
不器用な親バカオヤジのそれなりの愛情表現。


大音量の 蝉の声は
アタマの中が 気が狂いそうな輪唱でいっぱいになる

生ぬるい風に遠慮がちに揺れる 風鈴は
ガラスに当たる音が 体を刺すように響く

乾いた草のような 匂いは
体を がんじがらめに縛る

ギラギラに燃える 太陽は
つくりものの ハリボテに見える

地面から立ち上る高温の 熱は
火傷するから いつも温度は一定

喉が渇いて 唇を舐めると
水分や塩分の味を思い出す

ゆらゆらと視界を揺らす 蜃気楼は
脳が おかしな映像を見せることもある


ゆっくりと、幼い俺の足の歩数にあわせとなりで笑う、あいつの笑顔――――。

脳の見せる幻影。
覚えのない残像なのかもしれない。

プログラムされた夏の太陽光は、
書かれた通りの過剰な「暑い夏」の演出を誇る。
脳が溶けるような、夏の暑さを忘れていない。

この暑さだけは、バカラとあいつと、ずっと以前、
一緒に食べたあのかき氷の頃と、ちっとも変わらない。
そんなものは、なくなっていれば良かったのに。
すっかり、無くなっていれば、
夏なんかが来るたび、思い出さなくて済んだのに。





キ ラ「……あついなぁ……」

番 犬「500クレジットだ」
キ ラ「はぁ?! まだ俺からとる気?! 今、奢ってやってるだろ?!
    しかも値上がりしてるってどういうこと!」
番 犬「お前が勝手に払うのと罰金は関係ない。早く次を食うために値上げする」
キ ラ「うわ。なんて食い意地のはった駄犬なの……。氷、気に入ったか?」
番 犬「そうだな。体の熱が無くなる。悪くない」
キ ラ「悪くない、かよ」




ちりーん・・・

ふうりんが 鳴る

夏の想いでなんか いらない

熱くて 火傷するような 想いばかりだ
蝉の輪唱が 燃え上がる火のように追い立てる

熱さで 燃え尽くされてしまう
はやく中まで 冷やしたいんだ―――
急速冷凍で 思考が凍って砕けてしまえばいい


       

番 犬「キラ。桃のナントカが残ってるぞ。飲まないのなら俺によこせ」

キ ラ「はぁ? 俺のまで飲む気かよ? おまえ、ほんと大概だな。
    いいよ。ホラ、やるよ。すっかり氷の類は溶けてるけどな」
番 犬「なまぬるい」
キ ラ「文句いうなら、飲むなよ!!」
番 犬「……あまい」

キ ラ「えっ、そう? 最初は冷たかったから、気が付かなかったな。
    それ甘かったのか。外は暑いから、すぐぬるくなるよな。
    もう一杯、新しいの飲むか? 冷たいのは美味かったぜ」
番 犬「・・・・」
キ ラ「なに? いらないの?」

番 犬「気持ち悪い。やたらと今日は親切だな、キラ。暑さにやられたのか」
キ ラ「お前には、もう何も奢ってやらない」
番 犬「ぬるくても、いい。氷で体が冷えた。これで、ちょうどいい」
キ ラ「―――まさか、気遣い?」
番 犬「何がだ」
キ ラ「いや。そんなわけないか」


野良犬は残りを一気に飲み干すと、空を見上げて云った。

番 犬「夏だな」




おまえにわかるのか 番犬?
その 瞬間を
造られた四季の 夏というこの季節を
リアルな偽りを 世間知らずなガキが 五感で理解する
その 瞬間を


蝉は バカみたいに鳴いている
ゆらゆらと視界を揺らす 蜃気楼
陽に熱されて 熱い アスファルトの 匂い
やわらかな なまぬるい甘さの 脳の幻影
甘すぎると感じる舌は 何かを思い出そうとする
おまえに わかるのか 番犬


キ ラ「ホント、暑いなぁ……」


番犬の目がきらりと光ったが、今度は何も云わなかった。
また俺から氷代をせしめようとするとは、貪欲な野良犬だ。


キ ラ「さてと。帰るぜ、番犬。汗も、退いただろ」

番 犬「汗なんか初めからかいてない。俺は、汗をかかない」
キ ラ「まさか嘘だろ。汗腺ないのかよ、おまえ?
    あ〜あ、そっか。犬は口から汗を出すんだっけ?
    ハァ、ハァ言って牙剥き出して、垂らしてるよな」

番 犬「俺はヨダレなんか、出さねぇ。……殺ス」




なつのおもいでなんかいらない

このしゅんかんの出来事は
 野良犬の脳裏に残ったりはしない

俺が感じたように感じるには
番犬はやっぱりまだ犬畜生なのだ
夏だなと言ったことには意味などないのだ
五感は夏の趣など何も感じてはいない
ただの正しいテキストにある夏のセリフに違いない





番 犬「―――蝉が、鳴いてるな」
キ ラ「えっ」

番 犬「風鈴の音もする。どっちもうるさいだけだと思っていたが、夏らしいな。
     お前は、どっちが好きだ、キラ」

キ ラ「えっ、ど、どっちって? セミか、風鈴の?」
番 犬「そうだ」
キ ラ「えっと、ふ、ふうりん、かな」
番 犬「そうか。俺は蝉だな。風鈴は食えねぇからな」
キ ラ「蝉、食うのかよ!?」
番 犬「タンパク源だ。天然ものなら、案外、うまい」

キ ラ「可哀想じゃないか。蝉は長生きできないんだぞ。知ってる?
    あんたって、ヒドイヤツだな」
番 犬「今は食わない。食物は足りてるからな。虫はそんなに好きな獲物じゃない」

キ ラ「……ええ、そうでしょうね」




うっかり自分が勘違いをしていたことに気が付く。
そうじゃなかった。
この犬は、山奥に棲んでいたのだ。
ずっと感覚器官は鋭いはずだ。
野生の犬だったのだから。

街で暮らすようになり、多少鈍感になってきたとしても、
番犬は、俺よりもきっと夏を知っている。

だた、それを共有する誰かを持たずに今まで来たのだ。
夏の暑さを共有する誰かと、言葉を交わすやりとりを。
風景を。音を。手触りを。味を。匂いを。
誰とも持たずに。


番犬は、思い出すだろうか。
いつか、この夏の日のことを。
取り立てて何もない、日常のわずかな隙間のような時間を。
ただ夏だというだけのことを。




なつのおもいでなんかいらない

今日のこの日さえも、きっと――――





END

photo/ponta&asakeno&yumi ……special thanks!