電脳タブロイド
一億六千万の愛
〜2015月夜とハロウィンナイト〜
※注意:この物語はウォッカとキラの過去思い出話になります

03


登場人物:ウォッカ/キ ラ


ウォッカ「ほらな? 何回でも出来るぜ。ぜんぜん汚いなんて、思わない。
     消毒してない時にだって、出来たさ。キラは、キラだ。
     俺は、キラを汚いなんてまったく思わないんだ。何の問題もない。
     キラをこうして、ぎゅっと抱きしめることだって、できるんだからな」
キ ラ 「ウォッカ……」
ウォッカ「俺が恐いか? 嫌なら、離れるから」
キ ラ 「……恐くは、ない。このままで、いい。ぎゅってして。
     ちょっと、気分が、安定する。俺の中、すごく静かだ。不思議だ。
     ウォッカは、奴らみたいなこと、何も……しないよね」
ウォッカ「しねぇよ。おまえは弟だからな。兄弟同士でセックスはしないんだ。
     なんなら、頭もヨシヨシ撫でてやろうか? もっと落ち着くぜ?」
キ ラ 「あは。いつの話だよ、そんなにガキじゃないってば……」

ウォッカ「―――涙、出てるぞ、キラ!」

キ ラ 「え……? あ、ホントだ。目から、水が、少し、出てる?」
ウォッカ「それが涙だよ!! 流れるほどは出てないけど、涙だよ、それが。
     驚いたな。MB生まれで涙を流せるには、随分時間がかかるらしいけど、
     お前はもうできてる。さすが天才だな。初めての涙は、どんな気持ちだ?」
キ ラ 「わからない。胸が、いっぱいな感じ。悲しいと痛いの感情とは少し、違う?
     でも習ったみたいに目から流れるほど出ないと、なんとなく実感がないよ。
     それと、もうひとつ、お願いがあるんだけど、ウォッカ」
ウォッカ「なんだ? 言ってみろよ」

キ ラ 「あのね。ゆっくりでいいから、俺の体、撫でてくれない?
     服の上から肩と、腕と、背中と、胸と、お腹と、足と、お尻と、……その……」
ウォッカ「体の、全部か?」
キ ラ 「うん。奴らに触られたとこ、ぜんぶ。だめ?」
ウォッカ「……変な気になったら、どうしよう? なーんてな。嘘だよ。
     いいぜ。オヤジがよく俺がケガして泣いてたとき、体をさすってくれた。
     そういう感じだよな……。チンコは撫でなかったけどな。それは問題だからな」
キ ラ 「問題かな……。じゃ、そこは触らなくていいよ。ウォッカが無理ならいい」
ウォッカ「無理じゃない。もしキラが今、そうして欲しいなら、そうする。
     俺が、お前に対して遠慮してるだけだから。俺は大人じゃないから、触ってもセーフだ。
     たぶんな。内緒だけど、他人の体まで触るのは、まだ……経験ないんだ」

キ ラ 「まだなの? 人気者のウォッカは、意外と奥手だったんだね」
ウォッカ「お、バカにしたな。俺はな、これでも皆が言うほど、マセてねぇんだよ。
     好きなコは、まだいないしな。でも、じきに経験するさ。
     キスして欲しいって女の子は、いっぱいいるしな。本当だぞ?」
キ ラ 「うん。ウォッカはモテるから、きっとすぐそうなるよ。
     だけど今、ウォッカが触ってくれたら、俺……
     自分でもまた触れるような気がするんだ。試してみたいんだ。
     このままじゃ、イヤだから……いろいろ、不便なんだもん」
ウォッカ「分かった。俺は神の手じゃないけどな。キラはどこも汚くないから、
     俺はおまえのどこでにも触れる。本当だ。今から証明する。
     自分で暗示をかけろよ。俺が触れたあとは、自分は清潔だってな。
     汚いと思ってたことが、全部、消えるんだ。俺の手は、強力洗浄剤だ」
キ ラ 「うん……。消える。ウォッカ、そんな気がしてきた」
ウォッカ「よーし、ゆっくりするから、嫌な感じがしたら、言ってくれ?」


キ ラ 「ウォッカ……」
ウォッカ「どうした? 大丈夫か? やめるか?」
キ ラ 「ちがう。さっき、口以外に、顔中に、キスしてくれたの、嬉しかった……。
     バカラが以前、いつもやってくれてたのと同じだった。
     バカラは時々お酒臭いから、嫌だったけど、本当は嫌じゃなかったのかも」

ウォッカ「まぁオヤジのヤツ、俺が小さい頃、よく顔にチューしまくってたからな。
     そのうち俺が嫌がるようになって、がっかりしてた。だって気持ち悪いだろ。
     でもお前がうちに来てから、オヤジは、またできると喜んでた。
     おまえはまだ小さかったからな。こういう行為は、愛っていうんだよ」
キ ラ 「愛……。愛情?」
ウォッカ「オヤジの、暑苦しいくらいしつこい愛情だよ。おまえが来て、悪化してた。
     しばらくは親父のくどい愛を受けてやれよ。お前が可愛いんだ。
     お前は、愛されてるんだよ、オヤジに」
キ ラ 「俺、愛されてるの?」
ウォッカ「そうさ。あんなに一億七千万回も同じことをやらせるのも、怒るのも、お前を愛してるからだ。
     ヨシヨシ、イイコだな、キラ、って頭を撫でられてただろ。幼い頃、毎日されてただろ?
     覚えてるか? 俺は親父が、そう自分にしてたことを覚えてる。ちょっと誇らしかった。
     親父は、ソレのまだ延長線上だ。10歳くらいまでは続くだろうから、我慢だな。
     それ以降は、気持ち悪いって、蹴ってやれ。終了の時期だって、オヤジも納得する」
キ ラ 「―――バカラにあたまを撫でられるのって、今もきらいじゃない……。
     バカラがそうするたびに、俺、くすぐったくて。落ち着かないけど、嫌じゃなかった。
     ここには、俺の知らなかったこと、いっぱいあるんだ。愛についても、もっと知りたい。
     早く色んなことを、知りたい……もっと勉強して、利口になりたい。
     感情心理も早く理解して、色んなことを感じてみたい……。
     涙もいっぱい流してみたい。俺は道具じゃないんだ。きっと、人間だ」

ウォッカ「そうだよ。お前は間違いなく人間で、俺らの家族だ。なんでも言えばいい。
     お前に酷いことをした奴らも、俺が必ず探し出して、やっつけてやるよ」
キ ラ 「それはダメだよ! 大人みたいに体も大きくて恐かったんだ……気を失うくらい。
     ウォッカも、やっつけられちゃうかもしれない」
ウォッカ「まさか。俺は相手が大学生でも、戦える。そのための、賢い頭脳だからな。
     もう武闘派は、時代遅れだ。壊せるのは、体だけじゃないんだぜ。
     そいつら、全員、殴られて血を出した方がマシだったって、思わせてやる」

キ ラ 「ウオッカの得意なことで、懲らしめてやるの?
     ウォッカは、地区外にハッカーのお友達がいっぱいいるよね。いいな。
     そうだ、また出入り禁止のオフカフェに連れて行ってよ。すごく愉しかった」
ウォッカ「オヤジには黙ってろよ? でも、もう少し大きくなってからだな。
     せめて俺くらいの年だ。お前は呑み込みが早くて、ちょっと善悪のバランスが難しい……。
     俺が云うなってオヤジに云われそうだけど。俺らには俺らの流儀があるんだ」

キ ラ 「流儀って、なに?」
ウォッカ「狙う対象を選ぶときの掟だよ。ルールだ。それを守らないとダメなんだ。
     ただのお騒がせの愉快犯じゃ、程度が低いと仲間にはバカにされる。
     真のハッカーは、ヴァンダルやクラッカーとは違うんだ」
キ ラ 「教えてくれたら、守れるよ。ルールを覚えるのは得意だもん」
ウォッカ「上辺だけじゃ、どうも、な。学校のテキストを覚えるのは違うからな。
     じきにお前が、本当に理解できるようになったらだな」
キ ラ 「難しいんだね。あのさ、ウォッカが、俺のクラスに来るとき、あるだろ?
     そしたら、ハッカーチームに憧れてる一部のクラスメイトは、ウォッカのこと憧れだって云うんだ。
     俺、それを聴くとすごく嬉しいんだ。誇らしい。俺もウォッカみたいになりたい」
ウォッカ「頼むから、それをオヤジの前で云わないでくれよな。また説教されるぞ」
キ ラ 「絶対、云わない!!」

ウォッカ「お前はまだまだ幼い。感情を学ばないと。涙も溢れるくらい流せるようにならないとな。
     世の中には、まだ俺も知らないことが山ほどあるんだ。無知じゃ、太刀打ちできないぞ。
     何でも調べろ。ネットに答えは無数にある。そして、その中から真に正しいものを、選び出せ。
     人の評価を信じるな。選び出す力は、自分で考えないと修得できないからな」
キ ラ 「うん。頑張る。ねぇ、涙って、どうしたらいっぱいでるのかな?
     涙が出るのは悲しいとき、嬉しいときって習ったけど、それって反対だろ。
     悲しい時に泣いて、嬉しい時も泣いて、ずっと泣いてなきゃいけないの?」
ウォッカ「えっ。そんなことはないだろ。理屈じゃねぇし……わかんねぇなぁ。
     確かに嬉しき泣き、あるよな。おまえの悲しくて泣く時は、どんな感じなんだよ?」
キ ラ 「心臓がすごく、早くなって、苦しいくらい騒ぐときに、俺は泣き叫ぶんだ。
     それは不安で悲しい時だ。泣くとどんどん、悲しさが増す。
     でもさっき、涙が出たとき、そんな気持ちじゃなかった気がする……。
     もしかして嬉し泣きってやつ、さっきのかな? 覚えておかなくちゃ」

ウォッカ「そうかもな。そうだ、今日は満月だな。チャンスだ。
     キラ、月の魔力を知ってるか?
     ちょっと山まで上がるけど、凄く眺めの良い場所があるんだ。
     涙がたくさん出るようにって、お月さんに願えば、お前の願いは、叶うかもしれないぜ」
キ ラ 「月の魔力って、なに?」

ウォッカ「昔から言われてる懐古的な言い伝えらしい。
     だけど人間の心がないと、効かないんだってさ」
キ ラ 「人間の、こころ?」

ウォッカ「心臓が苦しい時、それは、心が痛いときなんだ」
キ ラ 「人間は、誰でも心があるものなの。どこにあるの。心臓の中? 脳の中?」
ウォッカ「さぁ、どっかにある。脳が判断するって、だいたいは書いてあるけど、
     俺は違うような気がする。でも俺にはあるし、おまえにも、ある。皆にあるんだ。
     夜空に見える月が、きれいだって思えれば、お前には、心があるはずだ。
     だからきっと、願いは叶うはずだ」
キ ラ 「月は、きれいだって、俺は思うかな。あんまり思ったことないけど。
     心は、目にあるのかな?」

ウォッカ「目にあるのかもしれないな。でも、おまえはキレイだと思うさ。
     あの山頂から見たら、ぜんぜん街で見る月とは違うんだぜ!
     きっと感激すると思うよ。おまえは天才だからな、キラ。お前には、解るよ。
     あそこで見る月は、本当に本当に凄いんだ。今から行こうぜ。
     おまえに、俺の秘密の絶景を、見せてやるよ」
キ ラ 「うん、ウォッカ。見てみたい。連れてって!」
ウォッカ「でもちょっと待ってろ。夜に抜け出すのは、至難の技だ。
     お前は説教のあとだし、最良の計画をたてなきゃな。任せろ」

キ ラ 「ねぇ、ウォッカ」
ウォッカ「なんだ?」
キ ラ 「俺……。大学まで短期でスキップしようと思う。早くウォッカのレベルに追いつきたい。
     この間、先生に勧められたんだ。短期間で中学と高校、それですぐ大学まで行けるって。
     バカラに相談しないといけないと思ってたけど、今、自分で決めたよ」
ウォッカ「マジか? 俺を抜かして、カレッジにか? すごいな」

キ ラ 「だってウォッカはもっともっと賢いもん。俺、頑張らないと追いつかない。
     ホントはウォッカ、もっと前から大学に行けるのに、行かなかったんだろ?
     先生が言ってたよ。不良の人生を送るなんて残念だって。
     知能は高いのに、ウォッカは人腹の生まれだから、感情数があり過ぎで損してるって」
ウォッカ「損してる? おれが? ふーん。スキップしないのは不良の人生なのか?
     別にそうは思わないけどな。そういう云い方が、ムカつくんだよ、大人はさ」
キ ラ 「そうだよね。感情数があり過ぎで損するって、そんなのイミわかんない。
     感情表現は、いっぱいできてこそなのに。沢山ある方が成績は良くなる」

ウォッカ「そうなのか? 俺は情操教育はサボってるからな。人腹生まれには不要だ。
     そんなの勉強しなくてもわかる。習う意味がわかんねぇ」
キ ラ 「いいなぁ……。ウォッカは」
ウォッカ「今、大学に行くよりも、その前にすることが、俺にはいっぱいあるんだ。
     中学生は遊んどけってオヤジもいうし、中坊は遊ぶものなんだとさ。
     ガキのうちにやっとくことは、いっぱいあるって。だからそれを探してるんだ」
キ ラ 「ハッカーチームの集会に、それはあるの?」
ウォッカ「どうだろな? でも、仲間と遊ぶのは楽しいぜ。学校の連中とはまったく違う。
     気が合う友達が、たくさんいる。学ぶことも多い」

キ ラ 「ウォッカは、どこのハッカーチームにも、フリーパスだもんね。
     チームってカッコイイよね。ウォッカもどこかに入るんだろ?」
ウォッカ「さぁ。どうかな。俺は単独が好きだからな。きっと入らないよ」

キ ラ 「じゃあさ、俺が大学を卒業したら、俺をウォッカの相棒にしてよ。
     大学でスキルを磨いておくから、ウォッカと組んで二人だけのチームを作ろうよ」
ウォッカ「それは恐ぇな。最強だ。じゃ、二人で何かやらかすか? 愉しみだな……。
     だけど、俺が普通に大学を卒業するまで、おまえは待っててくれるか?」

キ ラ 「うん。待つ。最強兄弟チームだ。満月にお願いしに行こう、ウォッカ―――」




バカラ、ウォッカ、大好き
             おれたち、家族だね―――――





☆ END ☆
関連作品:コミックス目次「月光」(同人誌:KYOUKA SUIGETUあり)