山 桜

登場人物
エンゼル・フェイス/ブロンクス


「…おい 番犬」

「何だ エンゼル」

「なんだじゃねーよ いったいどれくらい歩いたと思ってんだ」
「時間で言えば3時間18分 距離でいえば…」
「ドアホか! 距離なんか聴いてねぇ!!」
「どれくらい歩いたかと聴いただろう 俺はドアホじゃない」
「たくさん歩きすぎだと言ってんだよ! 相変わらずだな この天然野郎が!」
「疲れたのか だらしが無いな 目的地は山奥だ もうじきだ」

「ああ〜! 地獄の使者とこんな山の最果てまで来るなんて
 俺は絶対どうかしてたぜ いったいお前はどうするつもりだ?
 俺を寂しい山中で殺すのか? ここで殺されて埋められたら
 もう誰も探してくれねぇよな」
「面白いことを言う 俺に殺されたいのか エンゼル?」
「いやだ 殺さないでくれー!!俺はまだ彼女も出来てねぇんだー!!」
「俺はお前に 山桜を見せると言っただけだがな」
「そうだよ!! そうなんだよ! 大体な おまえが山桜を俺に見せるって話自体が
 絶対オカシイんだよ! 夢なのか?ドッキリか? 何でついて来たんだ俺は…
 まったく トホホだぜ みろよ 日が落ちてもう真っ暗になるぜ
 こんなところで お前と野宿なんて 地獄の皿にのってる気分だ…
 俺はなァ!こう見えても温室育ちなんだよ!暴れたって女子供にゃ
 手出ししねぇし 家にも帰らずダチと街中うろついてた頃はあっても
 野蛮な犬みたいに山の暮らしなんかしたこたねぇんだよ!
 恥ずかしながら 温室街育ちの不良なんだ!
 なンだよッ 悪いかよ!? ヘタレで悪かったな!」

「面白い独白を邪魔して悪いが 桜を見たいんじゃないのか エンゼル」
「まさかお前が本当に桜の場所を知ってるなんて思わなかったんだよッ!
 あれは伝説か 風説だろが 本当に自然の野桜なんて あるわけねぇ!」
「あるぜ 俺が昔棲んでた場所にある 山の奥だ」
「そうだろうさ ヘルハウスの連中は街から離れたとこに棲家を持ってたよな
 イカレタ屑野郎集団だったさ 街で暴れて弱者を誘拐して人殺しまで犯して
 頭使わず暴力尽くしでやってたバカ連中だ 反吐が出ら」
「ヘルハウスもそうだったが その前に棲んでいたのは もっと山奥だ」
「その前?」
「そうだ 父親と棲んでいたところだ」
「お前の親父? 誰だ?お前の親父ってどこにいるんだ」
「もう死んでる いつか お前に話す」
「お おぅ… 別に俺は聞きたくもねぇけど お前が話したいなら言うのは勝手だぁな」

「クリスマスに 行けなかっただろう」

「えっ?クリスマス? 何だよいきなり 何の話だ」
「クリスマス前に飯を奢ってくれた時 俺の気に入りの場所を
 教えてやるといったのに お前はクリスマスは忙しそうだった」
「そっ そりゃそうだ クリスマスなんてのは 何かとパーティに呼ばれて
 忙しいもんだろ普通 別に義理かいたつもりはねぇぜ 暇だったらと言ってただろ?
 その日はダチに誘われて オフライン・コンパとかあったんだ
 本当だぜ マジ忙しかったんだ
 地獄の番犬じゃ パーティなんぞに縁はないと思うけどな
 お前 ダチはいるのか? キラだけかよ」

「キラはダチじゃない 俺のダチは お前だけだな エンゼル」
「えッ…
 おぅ そうか まぁ そうだな それでもいいけどな …俺だけかよ」
「それで そのオフライン・コンパで 彼女はできたのか」
「……嫌な奴だな〜お前 ゴホン 桜の話を 聞こうじゃねぇかよ ああ?!
 しかしだ なんでクリスマスシーズンに桜が咲いてんだよ」
「…咲いてなかったかもな」
「お前な…ひょっとして その頃来てたら 無駄骨もいいとこだったんじゃ…」
「済んだことを 心配しても仕方がない ホワイトデーで良かったな」
「ナニ?!それも めちゃめちゃ微妙だろ… 今日はそういう日なのかよ…」
「つまり お前が今日 暇だということは 彼女は出来なかったということだな」
「…ぶん殴るぞ てめぇ そういう遠まわしな嫌味は嫌われるぞ…!」
「昔は あったことに気がつかなかった 最近気がついた」
「へ? 何が?」
「桜だ 風が吹いて 偶然花びらが散ってきたので 気が付いた」
「…マジかよ てかお前 最近よく山の中に帰る…いや 来るのか?」
「たまには 来るな キラの子守がオフの時だけだがな」
「何でだ 何でこんな奥地まで来るんだ? …ひとりでか?」
「ひとりだ そうだな 理由は気分が良くない時に来ることが多いな」
「そうか… 落ち込んだりするときに来るんだな うん なんとなく分かるぞ
 お前も人間だったんだなぁ ブロンクス」
「山の小動物を殺したりすると 気分が晴れる」

「………気分が良くないからといって お前な 無駄な殺生はよくないぞ
 悔い改めろ 罪もないウサギやネズミが可哀相だろうが?」
「熊や猪だ」
「…………でも良くないぞ 殺しは良くない ちなみに熊がいるのかこの山は…」
「何故俺に引っ付いてるんだ エンゼル
 街に住んでボスと契約を交わしてから 人を殺せなくなったからな
 ストレスが溜まる」
「……………うん 聞かなかったことにするぞ いいか 番犬 よく聴けよ
 ストレスが溜まった時は 他の発散を考えろ 色々あるだろ街には健全な娯楽がな
 おまえんとこの社長が知ったら悲しむぜ? そうだろブラザー?」
「そうだな だから最近 殺生はやめて あの桜を見に行くことにした
 あの桜を見ていると 段々気分が落ち着く 理由は分からない」
「なるほどな 聞くとこによれば 桜は昔から狂気の桜と言われて
 魔物的な扱いをされたというからな お前には通じるものが
 あんのかもな きっと」
「そうなのか 意外と博学だなエンゼル 確かに覇気は上がるな」
「学じゃなくて風説だ 言い伝えだ 噂だ てか冗談だよ 覇気を上げるなよ
 頼むから桜を見て 急に俺を殺さないでくれよなぁ…」
「大丈夫だ  たぶん」
「たぶんて言うな! お前のジョークは笑えねぇんだよ!」

「でも」
「でも なんだ!?」
「ここの桜を見に来て長いが 来るたびに 見る時の気分が変る」
「へー… 桜に何か変化でもあったのか?」
「ラスは おっさんは 俺が変ったんだと言った」
「お前が? ラスティネールはここの桜のこと 知ってんのか?」
「知ってる あいつは 知らないことなど何もないという気がする」
「ふーん 確かに あの男 頭は良さそうだからな 変人だけどな」
「俺の中が 変ったと言うが でも俺にはよく分からない」
「純自然のモノは心を癒すというらしいからな そういうもんじゃねぇのか?
 人工なモノが通常普通の俺らには ピンとこねぇねぇけどな」
「心か お前もその単語が好きだな 俺には勉強中のもので 理解は不完全だ」
「まぁな 俺だって似たよなもんだ 自慢じゃねぇが 情操心理は独学だからな
 チームの連中だってあんまり学校に行ってた奴はいねぇ
 でも十分みんなの気持ちくらいは 分かるようになったと思ってるぜ 一応な」
「お前のチームの連中は お前を信頼してる だからキラはお前が嫌いらしいが
 エンゼルと話すのは 俺は嫌いじゃない」
「うっ! くッ暗闇で見つめんなよ…おかしな気になるじゃねぇか
 いや ってかなつまりな そう恐ぇんだよ てめぇの顔がよ!
 へ 変な意味じゃ ねぇからな」
「本当に恐がってる人間と そうでない人間は 匂いで分かるぜ」

「…やっぱ犬だ… もうお前の天然さなんざ うんざりなんだよ… くそ
 俺も惚れっぽいから すぐ迷うし勘違いするけどな
 でも相手はお前だ 地獄の犬だ お前なんかと恋なんざ正気の沙汰じゃねぇ
 すぐ冷静にもなるってもんだぜ それよかな 俺に桜を見せるより
 こういう時は 恋人を誘うもんだろ フツー…
 そうだ キールとかいったっけな? お前が付き合ってる美少年」
「何を独りでブツブツ言ってる?」
「だから! キールを誘えっての!花見はキールとやれよ!」
「キールを誘う? 何故キールを誘う」
「何故って お前ら付き合ってんだろがよ」
「そうだ」

「…だよな もうキールとは… ねっ寝たのかよ」
「そういう契約だからな 今のところは週に3回だ それ以上は嫌がる
 キールは予想以上に強情だ 機嫌を損なうとできないのは
 俺にとっては不都合だからな 多少は妥協してキールの言い分も聞くことにした
 あいつがベッドでやることは なかなか興味深い
 お前 キールに会ってないだろう 今度紹介してやる」
「…誰が詳細を語れと言った あのな恋愛に契約って表現は変だぞお前
 しかしキールをぶん殴って気絶してるとこ 強姦してんじゃなくて
 本当に良かったぜ ちっと心配してたからな 俺は」
「いつまでも殴ってレイプばかりじゃない ガキじゃねぇんだぜ エンゼル」
「うわ〜 ヤナ奴だなおまえ! 恋人が出来た途端にこうかよ?!
 大人ぶりやがって!『俺はファックしかしない』とか 言ってたのはどいつだよ
 セックスなんかしないんじゃ無かったのか ええ? クソ畜生め」

「うるさい セックスについては 今模索中だ キールは詳しい」
「成長したじゃねぇかよ 番犬 だったら 余計に言うけどな
 じゃあ何でキールを誘わねぇんだよ? デート向きだろ 山奥の桜なんぞ
 ロマンチックじゃねぇか キールは多分喜ぶぜ?」
「キールがあの桜を見て喜んだとして 俺に何の見返りがある?」
「…見返りがなきゃ 何にもしねぇのかよ てめぇはよ 俺から何取ろうってんだよ」
「お前と契約する気はない 俺がお前に見せたいだけだ
 キールに山桜を見せたいわけじゃない 俺はエンゼル・フェイスに見せたい」

「…俺に桜をか? 何でだよ なんで俺にだよ…」
「連れてってやると約束したからだ お前が見たくないならいい」
「…いや 見てぇよ でもその山桜の場所は まだかよクソ」
「もうじきだが 暗くなってから動くのは危ない 俺一人なら問題ないが
 お前の身までは守れないからな キラの子守で 手一杯だ
 用心棒の仕事がオフの時くらいは 誰の面倒も見たくはねぇな」

「…だから暗闇で嗤うなよ 凶悪なんだよ お前のツラはよ…(T_T)」
「この辺で休むか エンゼル 温室育ちのお前の 初めての野宿だぜ 良かったな」

「…てめぇ 言うじゃねぇかよ 気のせいか嬉しそうに見えるんだがな ブロンクス
 畜生… あんまり人間くさくなるのも 考えもんだぜ☆」


3へ続く