山 桜

登場人物
エンゼル・フェイス/ブロンクス




「山桜が あるのを 知ってるか?」

それは実しやかに囁かれた まるで伝説のスーパーハッカーを知ってるか?
というような響きがある不思議でわくわくするような謎の言葉だ

人工の桜なら 植物園に行けば見られるのは当たり前で それは周知の事実だ
もちろん裕福な区域にいけば 人工桜はそこらじゅうに咲いているらしい

だが山の桜というのは 野生の桜という意味だ
野生は 人の手がかけられていないという ビバ・ワイルドな意味だ
今この世界に人工以外のものは あまり存在しないと思う
おそらく人間くらいのものだろう 但しすでに人造人間はいるかもしれないが
だからそれが 山にある人工の桜だったとすれば それは取り立てて語られることはなかっただろう

春になると 山桜は 咲くらしい

春ではなくても 山桜は 咲いているらしい
 
だがその春さえも 俺たちは人工でしか知らない
気象庁がサービスで暦によっては 季節を演出したりするのだ
たとえば4月は花を咲かせ 8月は適度に暑くし
9月は月が綺麗に見え 12月は雪を降らせる といった具合だ
暦に合わせて 変化が起こる 季節は温度が関係しているのだという
この世界の温度は 気まぐれな気象庁の思いのままだ

全ては気象庁のシステムによって 自由に操作される
いつからなのかは 知らないが
気象庁はこの世界の 空気全てを仕切っている
それは はみ出し者の俺たちでも知っている常識だ

だが その気象庁さえも知らない存在が 山桜だ

その桜が咲く次期は 気象庁が演出する春の季節らしいが
そのあとは枯れることなく 咲き続けるらしい
花は散るものだと知ってはいたが その桜が散るところを
誰も見た者はいないらしい
ただ春に咲くのだから いつかは散っているのだと思うのだが
たぶん 誰も見なかっただけで

とにかく 山桜の話はそういう本当か嘘か分からない
この世界の伝説的風説のようなものだ

俺たちの仲間や 知り合いは
誰一人 その山桜とやらを 見たことがない

山桜 野桜 その桜の姿を見たものはいないと語られて長い
だがあくまで 俺の知ってる範囲の話だ

所詮 俺たちの周りだけでの 狭い世界の話なのだ



野生の桜は 植物園の桜よりも 綺麗なのだろうか?


2へ続く