「無教養な犬」
登場人物=テキーラ&ブロンクス

その男は

この教室に入ってくるまでの間

長い廊下を 他の「生徒」から多大な注目を浴びて 軽やかに

歩いていた ゆっくりと 注目を浴びるのが当然のように歩く

男が通ると そこには道が開かれ 口々に男の名を呼びかける

またはこっそりと噂する

女の「生徒」は顔を赤くして 発熱する

男の「生徒」は脅威と憧れと 恐れを取り混ぜた複雑な表情を

巧く表現する

―――「キラだ」


「誰ぇ?」

知らないのか テキーラだよ
 天才のキラ 政府セキュリティ連盟の顧問だぜ」

「違うわよ キラ様はスーパーハッカーよ
 どんなセキュリティも破っちゃうし
 キラ様が中身を知らないサーバーは

 この世に無いんだから 素敵ね 頭良くて美形 クール!」

「カッコイイなぁ 俺たちのチームのメンバーは たいてい憧れてるぜ
 カフェにもあんまり現れないんだ 本物だとしたら

 ラッキーだぜ 俺 ヘッドに自慢しよう♪」

「でもなんで学校に?」

「母校だからじゃないの?」


「おい…」



男はおれの姿を 見つけると 足早に近づいて来る

「なんと あの陰気な新入生に近づいてくぜ」

誰かが口笛を吹いた 醜く笑う「生徒」もいた

そんなものには気にも留めず

自然に息をするように 男はおれを見て言った

「ケルベロス」



いっせいに「生徒」の視線が おれに集まる 空気の流れが

停止する音がし ざわめきも止まる 沈黙の音は耳障りだ

その名前を呼ばれるのは 久々だ

おれの目の前にあった手が震えていた おれはその手から

宿題だというディスクを受け取り その「生徒」を見る

脅えた目 顔の色は血の気が失せていた

おれを心底恐れている目 いくつものこんな目を知っている

懐かしくさえ思う  ―――ケルベロス

その名は 地獄の家に棲んでいた 殺人鬼の名前だ


ボスが「学校」と「生徒」に馴染むようにと おれに眼鏡をかけさせ

選んで買ってきたのだという服を着せ 襟元にリボンまで結んだが 

おれを相手にする「生徒」などはいやしない 声をかける「生徒」もなく

登校から下校まで無言で過した 「教師」は教えるだけだ

それで支障はない 今 おれにディスクを渡し 話をしようとしていた

「生徒」は おれの名を知って押し黙った 

ひ弱そうなやつだ 無視を続けていた他の「生徒」も強い恐怖を発している

その名で呼ばれては 明日から誤魔化すことは無理だろう

恐怖が 教室の空気を重くとりまきつつある

「生徒」のひとりが 血の気の失せた白い顔で男に尋ねる


「キラさん その 彼は… ケルベロスなのか?」

男はまるで肯定するのではないかという裏切り者の表情で答えた


「マジで云ってんの?ケルベロスって本物は人殺しでしょう?」



「今頃、監獄の中か アンティークな 臓器屋にでも
 売られているんじゃないの?
 ヘルハウスって捕まったって噂じゃん?

 
今時マヌケでダサい旧式肉体派暴力チーム
 ヘルハウスのメンバー
地獄の番犬』って
 恐ろしい殺人鬼なんだってね
 人殺しなんて野蛮だよ
 頭の悪い粗野な暴力人種は 俺 大嫌い
 でもさ

 こいつケルベロスっていうのにピッタリじゃない?
 見たこと?ないよ ないけど怖いんだろ?
 地獄の犬だよ

 この目なんか見てみなよ
 殺し屋みたい そんなわけないけどね?
 だってそんなことありえないじゃん
 常識だろ

 この学校に通えるのはハイレベルの階層だけだ
 犯罪者じゃいくらお偉いパパだって隠しきれないよ
 そうだろ?」


「こいつね」

男はおれの体にむやみに触れて「生徒」の全てを自慢げに見渡す


「こいつ俺のボディガードに雇ったの 用心棒さ」



「これから俺に手を出したら この地獄の番犬が容赦しないよ

 俺を狙うときは 覚悟して狙いなよ お馬鹿さんたち」


男はあきらかに 誰かに向けて言い放った

その視線の先には 殺気を放出した連中が何人かいた

その殺意のひとつに おれは目を向ける 視線が合う

とたんに殺意の主は 脅え 戦意を喪失させる

この男の敵は ここに いるらしい

ボスが言っていたことは 適当な嘘ではなかったのだ

「そうそう 帰ってママに甘えてな 利口なおぼっちゃま
  俺のことは これからもう 狙えないぜ ザマミロ」

殺意の連中は唇を噛み締め 遠慮がちに男を睨みつける

新たな憎悪を増やしたらしい

鬼だ 悪魔だと ずっと呼ばれてきたが

おれは別の悪魔を 見つけたかもしれない

この男

笑ってはいるが 誰も寄せ付けない挑発的なこの目は時々

人形のように生気がなく 一見無心なおれに似ていると

錯錯覚する

だが 同じものではないと 直感が教える

――― ナラバ コレハ ドウイウシュルイノ モノダ?



「いくぜ ケルベロス もう授業は終わったろ お仕事だ」

男は目と鼻先でおれを促す おれはその男の後に 黙ってついていく



「しかしナニそのカッコ?ダサーイ!ダサダサ!信じられない
 
バカラの趣味ってオカシイよなぁ 何で言わないの?」

「何も黙って着せられてる事ないんだぜ?
 ばっかじゃないの

 勉強はどう?
 お前はすごく賢いって校長が言ってたよ
 感情心理が苦手のようだがあれは覚えるんだよ
 数列みたいに暗記して記憶しておけばいいんだ
 それで充分お前はこの世界に適応できる
 要領が良けりゃ 生きるのはまったく簡単さ」

俺は頷く この新しい世界のルール

その一部は「学校」の「テキスト」に記されていたので問題ない

おれは 『地獄の家』からの「国境」を越えたのだ

この男がおれを 新しい世界に 連れ出した 

いとも簡単にこの男は「国境」を越えてきた

今のおれの管理者は 電脳タブロイド社のボスで

与えられたおれの仕事はこの男を守ることだ

この世界のおれの存在理由は この男を守ることにある

この男が どんなものなのか おれは知らない

だが 知る必要はない それは問題ではない

ボスがおれに与えた仕事を まっとうするだけだ

―――悪魔のおれが 悪魔を守る

なかなか いい響きだ 悪くない


      「なに?ブロンクス なにを笑ってるのさ?」

不意に 男が陽の光を浴びて 笑う



いつもとは明らかに違う 初めて見る 笑み

それは眩しい光の中の錯覚か いっしゅん瞬きをする

「天使」を おれは知らない

この男のことを「天使」と呼ぶ「生徒」も少なくない


新しい種類の笑みを見ると まず考える

おれは「天使」を知らないということを

そしてようやくおれは学校の門を出て 今日初めての声を放つ


「お前が 天使だというものだとすれば

この世界は 案外

俺のいた世界と似たようなものだな」



男は地獄の底から響くようなおれの声に一瞬ぎくりとし

そして満足げに頷き返す 

おれはその瞳を 覗きこむ なにがあるのか

その中に見えるものを おれは知らない

  ――――この男が 「キラ」


もっと知識が必要だ  学ばなければ 見えるものがない

全てが何の意味もなさない 表現すべき言葉を 知らない


おれは無教養な子供だ

あの本に書いてあったものも理解ができない 本は燃えたが

記された言葉は頭の中に記号のように 残っている


「勉強しろ ブロンクス



「俺たち子供が 自分を守る武器は知識と情報だ

だが情報は両刃の刀剣だ 必要なのは

自分の価値を 知ることだけだ

そして俺を守るときには 暴力は惜しみなく使え

俺が無事な回数分だけ バカラは お前のボスは喜ぶぜ」


おれは 頷く

自分を守るものは「暴力」だと

教えた父の手は ここにはもう ない



そうだ 

まずは おれに似合わないと思えるこの滑稽な服装を

ボスに正確に 説明をする必要が あるだろう

ボスには逆らわない 逆らう理由がなかったからだ

ボスが「大人」だからではない

ボスは 今まで見てきた「大人」とは違う大人の種類だ

ボスは おれの望みをよく知っていた

だが 少しづつ時間が経つにつれ

どうやら 無言では伝わらないことも 多くあるらしい

ボスに 伝えなくては ならない

その言葉が おれには 今 いちばん必要だ

まずは そこからが 適当だろう

キラを守ることと 別の

おれの存在理由も必要になる



そこから

おれは この世界を はじめよう







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