アンチェインド・メロディ


01
スペイン・バルセロナ
ラフエンテ商会のオフィス




ラディ「どうした。なんだ?」

秘 書「すみません、社長。面会予定のないお客様がお会いしたいと……」
ラディ「ブランカ。なぜ断れないんだ? 脅されているのか? そうならハイと云え」
秘 書「クレマ・カタラナを持ってきたと言って動かないんです。警備を呼びますか?」
ラディ「わかった。通せ」

エミリオ「タント ティエンポ! カリーニョ!
     会いたかったぜ、愛しい君。今日も恐いくらい美しいね? いま俺は君に夢中だ」
ラディ 「幾人にその古びた口説き文句を使ってるんだ? やっぱりあんたか。
     そんなふざけたことを言って会いに来るのはあんただと思った。何用だ、ホセ・エミリオ。
     オレは忙しいんだ。本当にクレマ・カタラナを持ってきたなら、お茶にしてもいいが、
     そうじゃないなら用件を言ってさっさと帰ってくれ」

エミリオ「つれないなァ。君もかよ? まったく愛想のない連中だな。
     本当にクレマ・カタラナを持ってくるわけないだろ。甘党だったのか?」
ラディ 「気の効かない男だ。ラフエンテ商会の社長を訪問するなら菓子折りくらい持ってこいよ」
エミリオ「それは、何かの隠語かな?」
ラディ 「ノ、言葉通りだ。本当に無性に食べたかったんだ」
エミリオ「では次回は持参しよう。それより君が俺にベッドでお願いしたことを忘れたのか、ラディ?
     俺は遥々日本まで行ってきたんだぜ。甘いお菓子より上等なスイーツだろ」
ラディ 「それはご苦労だったな。だが一体いつの話だ? 頼んでいたことも忘れていたよ。
     バレンシア港のコンテナの中味は、とっくに消え失せたあとなんだろうしな?」
エミリオ「なんだ、それで怒ってるのか? あの荷は君には関係のない品物だよ。
     むしろラフエンテの御曹司が関わった方がヤバイことになる」
ラディ 「それはオレが判断することだ。あんたに仕事を頼んだのはオレだぜ?
     何だとしても中身くらい報告する義務があるだろ。すぐ人のものを横取りするんだからな」

エミリオ「人を泥棒扱いとは人聞きの悪い。なぁ、ボウヤ」
ラディ 「ラディスラウス・ラフエンテ社長だ」
エミリオ「おっと、失礼、ラフエンテ社長さん。他人行儀だなぁ。そんなに怒らなくていいだろ。
     怒っている君もとても良いけどね。美しいひとはどんな表情でも絵になるな」
ラディ 「そんな口説き文句は寝室で言え」
エミリオ「わかった。そっちこそベッド以外では妙な色気を出さない方が身のためだ。
     これって陳腐なセリフだなぁ。こんなことを云う羽目になるとはな。
     とても残念だろうが、あの情報は俺に届くように初めから決められていたんだよ。
     たいてい俺の耳に届くレイジのものは、道筋は最初から決まっている」
ラディ 「……どういうことだ」

エミリオ「そうだなー。そのシステムの詳細は、はっきり知らないと断言できるが、
     そういうランダムに人選された、あらかじめ決められた極秘のルートなんだ」
ラディ 「決められた極秘のルートだと? オレにも話せないような内容か?」
エミリオ「話せないんじゃなくて、話したくても知らない。ただ、そうなってる。そういうことだ。
     もっともそれは最近、知ることになったんだけどな」
ラディ 「……イラっとくる」

エミリオ「欲求不満か? 今夜は空いてるぜ。これはデートの誘いだ」
ラディ 「あんたとつきあえば、もっと裏の道に精通できると思っていたのにな」
エミリオ「今のはガッカリ申請か? 何を今さら。御曹司社長はすでに裏の道も堂々たる精通者だろ?
     俺から得るものなんかないさ。甘ったれのガキが立派に成長したものだよな」
ラディ 「ふざけるな。そんな中途ハンパな明るい裏路地の話じゃない。誤魔化すな」
エミリオ「うーん、なんていうか、君の美しさは明るい裏路地の商売くらいが気位に合ってる。
     歴史ある称号を大事にしろ。悪びれてこれ以上の闇世界に足を突っ込むことはないさ」
ラディ 「何が歴史ある称号だ。ニコニコ顏でコソコソ悪行をやってた親父は偽善者だ。
     レイジだって以前は身を置いていた世界なんだ。だったら俺にも教えてくれて良い筈だ。
     あのルートをレイジが捨てたとあんたには教えてやったのに、青くなって姿を消したきり音信不通だ。
     理由を教えないなら、もう詐欺師のギャングなんかとはつきあわないぞ。まったく時間の無駄だった」
エミリオ「だからさー、オレは詐欺師でもギャングでもマフィアでもないっての」

ラディ 「似たようなもんだろ。あんたは本当は何者だ? 裏の裏の顏など知らないからな」
エミリオ「裏の裏に顏なんてそんな不気味なものはないよ」
ラディ 「あんたはレイジに色々なことを手取り足取り教えた先生だ。だったら俺にも教えて欲しい。
     艶っぽいことだけじゃなくて、暗い裏路地の掟もだ。ギリギリの裏仕事の先のディープなことを」

エミリオ「勘弁してくれよ、お坊ちゃま。何度も云わせないでくれ。
     濃厚ディープな寝技ならいくらでも教えるが、こっちの話はまだ時期が早い。焦るなよ」
ラディ 「ディープな寝技は間に合ってる。もし新作があるなら別だけど」
エミリオ「新作か……。いや、君は誤解をしている。レイに全てを教えたのは、エトーの教え方が酷かったからだ。
     見兼ねた末の出来心だ。マジで。だけどあいつは呑込みも早いし、教えるのが楽しかった。
     まぁ、楽しいのは別の意味もあったけど」
ラディ 「別の意味って?」
エミリオ「大人の事情だ。いや情事? それにレイはすでに良い年をした大人だったし、君とは違う」
ラディ 「オレだってもう大人だ! ずっと子ども扱いなのか!? 失敬だぞ!」
エミリオ「ガキ扱いはしてないよ。いや、してるか? それはしょうがないな……。
     だってどう転んでも、君はラフエンテ・パパの御曹司だからな。若社長。
     君は少年の頃、天使のようだった。皆がそういう扱いをするから反抗して変り者になったんだろ?」
ラディ 「最初は反抗でも、今は違う。筋金入りの変態になれた。ご存じの通り」

エミリオ「まぁ、君は、ちょっとね。大概なものだよ。やれやれ。
     君がダークサイドの向こう側に行くのを、レイは反対しているはずだ。
     だったら俺はレイを裏切れない。これでも義理堅いし、結局は得の多い方に勝敗があがる。
     要するにレイの名前はこの世界では何かと都合も良いし、便利だから怨まれたりするのはゴメンだ」
ラディ 「オレの方が負けているというのか。一匹狼のレイジの方が、オレよりも勝ってると?」
エミリオ「表向きなことなら勿論、今は君が勝者だよ? ラディスラウス・ラフエンテ若社長。
     若くして世界に君臨し、表も裏も成功している勝者だ。だが、それとは違うのは分かるよな?」
ラディ 「わかるよ。レイジがオレを気にかけてくれているのもわかる。俺だって無茶をしようとは思ってない。
     だけど、蚊帳の外なのが腹立たしいんだ、エミリオ。どうしてわからない?」

エミリオ「ふぅ……。そんな目で見つめるなよ。狡いな君は。君のその美しい造形は罪なんだよ。
     レイより罪深い容貌だ。いいか。蚊帳の外いる方が安全で、君を護ることにもなるんだぜ」
ラディ 「もういい。何もダークサイドの友達はあんただけじゃない。他で聴くさ。
     短いつきあいだったが、今日が最後だ。アディオス。二度とオレの社には入れないよう手配する」
エミリオ「冗談だろ。これ以上は深追いするな。しょうがないな。だから君は子供なんだよ。
     まず確認だ。エトーの闇ルートのことは、以前から知っていたのか?」
ラディ 「勿論だ! 裏世界にいれば、知らない方がおかしいだろ。噂の黄金ルートだぞ」
エミリオ「では、正確にそれがどういう仕組みか知っているか? そのルートに関わることを?」
ラディ 「それは知らない。エトーたちしか使えない極秘ルートだと、ただ囁かれていただけだ」
エミリオ「そう。だだの噂だ。実状があるかどうかも解らない噂話の風説さ」

ラディ 「誰もが羨んで殺し合ってでも欲しがる、幻の黄金ルートだと言う者もいる。
     そんなものならオレだって欲しい。だが実状を知らないのはそれを欲しがる他の連中も同じだ」
エミリオ「愚かしいよな、身の程を知らない奴らは。欲しいものが不明慮なのに欲しがるとはな」
ラディ 「それを知るものは他言してはいけない掟があり、秘密を漏らした者は消息不明の結末になる、そういう
     呪わしき噂もある。逆に悪魔のルートだ。要するに闇のベールに包まれていて、詳細は一切不明だよな。
     まさかあんたは、その悪魔の一味なのか?」
エミリオ「違うね。その大層なルートをどこかに譲ったのだと、君はレイに直接、聴いたんだよな?」
ラディ 「あんただってその噂は耳に入った筈だろ。別に今さらオレから訊くまでもない」
エミリオ「そうさ。ただ、レイ本人がそう認めたとなれば、話は違うさ。噂じゃなくなるからな」
ラディ 「はっきり、レイジは認めたぜ。あのルートは、最適な所へ譲ったんだとな」

エミリオ「ショウコを知ってるか?」
ラディ 「は? なんだ、いきなり。ショウコは知ってるさ。
     エトーのもう一人の右腕、敏腕女交渉人だ。エトーが死んだあともレイジを手伝っていた」
エミリオ「そうだ。エトーと同じくらい闇ルートの一部だった女だ。彼女もラインの一部に組み込まれていた。
     ショウコは死んだが、生前に約束の勧告を敷いていたんだ」
エミリオ「約束の勧告?」
ラディ 「彼女はルートは自分が死ぬときに封印すると言った。または、適切な組織か人間に譲るが条件付きだと。
     闇ルートはエトーラインとも呼ぶが、その実エトーラインというのは、今はその条件のことも指すんだ」
ラディ 「条件? 譲渡された奴らが払う代償か?」

エミリオ「結局、レイジはショウコが死んだあとにエトーラインを封印しようとしたようだが、
     今さら封印は無理だったんだろうな。関わる連中から反対も出て、制御出来なかった。
     そりゃそうだろ。問答無用で信用がおける楽で大事なルートだからな。
     レイジが抜けて成り立つような商売じゃない。エトーが命を張って繋いだ奇跡のルートだ。
     ただそこにレイジたちがいるだけで全てが信用される、唯一のラインだ。
     逆を言えばそこにレイジたちがいなければ無いも同然だ。塵ひとつ流通しない」
ラディ 「それを抜けるのは、相当、危険なことだと想像はつくけどな」
エミリオ「そうだ。なのに小競り合いくらいで済んだ。何故だ?
     それはショウコが敷いた約束の勧告が大きな力を持っていたせいだ。
     封印できない場合は譲渡だ。レイジが暗殺されずに済んだのはそのお蔭だろうな。
     ショウコはそこも見越していたわけだな。捨てられなかった時の保険だ。
     だからレイジが譲渡した相手とは、約束事がなされている。
     黄金ルートを譲る代わりの引き換え条件だ。エトーラインの代償はとても複雑なんだ」
ラディ 「その条件とは何なんだ。もったいぶらずに教えろよ」

エミリオ「簡単にいえば、危険な商品をレイジがうっかり収得や流通しそうな時には、
     間接的に情報がレイジにたどり着く。確実な噂を、人を介して故意に流すのさ。
     出所や間接ルートは不明で、伝言や手配の目的さえ仲介人は知ることもないが、
     それぞれに与えられた使命は絶対だ。どんなことがあっても、通達せざるをえない仕組みになっている。
     それがうまく行かない時は、第二段階。レイジの知らぬ間に解決する仕組みが発動する」
ラディ 「どういうことだ? 目的を知らないとは? レイジを助けるために動くわけではないのか?」
エミリオ「それは不明だ。中にはレイジのために動くヤツもいるだろう。君のようにね。
     だが俺たち商人は基本、多くの場合、利害が一致するなら動く。それを利用して機能させる。
     だから結果がレイジのために機能するのは、神のような采配だとは言えるだろうな。
     とにかくレイジが窮地に陥るような結果だけは、絶対に回避されるんだ。
     それは闇の約束で必ず守られる。それがエトーラインと同等に引き換えられた絶対条件だ」

ラディ 「レイジの身の安全と、莫大な利益が引き換えということか?」
エミリオ「身の安全と言う意味は不明だが、おそらくレイジが捕まったり殺されることはないだろうな。
     このシステムが実に巧妙なのは、仲介人たちが出発点と最終地点を知らないことだ。
     ただ必要な情報を伝達して行き最後の人物が、レイジにたどり着く。
     仲介人はレイジのために動いているとは思っていない。勘の良いヤツもいるが、まぁ、沈黙を守る。
     数ヶ月で到達することもあれば、一年かかることもあるし、ランクによってスピードは調整される。
     それは全て神の采配、だ」
ラディ 「じゃあ、今回の荷はオレはそうとは知らずに、偶然知り得た情報をレイジに流したということか?」
エミリオ「流したのは俺にだろ。そして俺がレイジに教えた。今回、ゴール手前のバトンは俺に渡されたということさ。
     偶然じゃなく必然だ。君は知らずに誰かのシナリオ通りに動いた。決まっていたことなんだよ」

ラディ 「……何故、そんなことを知ってるんだ。オレも知らないようなことを。
     あんたは本当に何者だ? でたらめのまやかしか?」
エミリオ「君はまだ若いからしょうがないさ。君が知るはまだ裏の世界。
     俺はその裏路地の、地図にない獣道を知っている。この商売、長いものでね。闇が深いんだよ。
     俺ほどのクラスになると、嫌でもそういうことを知ることに組み込まれちまうのさ。やだねー」
ラディ 「そこへ行くには、どうしたらいい? どうすればその地図を見つけられるんだ?」
エミリオ「君はその地図が欲しくて、俺を大胆な色仕掛けで誘惑してきたんだろ? 賢いお坊ちゃんだよな。
     目利きのセンスはあるよ。この世界は目利きと信用が重要だ。さすがレイの弟子。
     レイには俺よりもこの世界で権力を持つ知り合いも五万といるのに、この俺に目をつけるとは、実に的確だ」
ラディ 「自画自賛かよ。あまり賢い選択だったとも最近は思えないんだがな。
     しかしだからと言ってあんたは情に絆されて、余計なことをペラペラ喋るようなバカ男でもない」
エミリオ「俺がそういう男なら、君は口説いてくれなかったよな? 捨てないでくれよ、愛しのラディ。
     いいか、根掘り葉掘り聞かずに、俺の言うことは黙ってよく聴いておくことだ」

ラディ 「何故、オレにエトーラインの話をした? 極秘のはずだ」
エミリオ「あー、だからさ。黙ってろって云った尻からそれを聴くのかよ?
     ワガママ坊ちゃまはしょうがないなー。要するにここまでは、誰にでも話せる話なのさ。
     空港で偶然隣になった可愛い少年に話しても問題ないようなことだ。お天気の世間話。
     だけどそれ以上の出所も仕組みも、話そうにも俺は知らないんだ。知らされてない。
     采配する神の名も知らないしね。初めに言った通りだよ。オレは末端だ。
     レイジはエトーラインをどこに譲ったのか? それは今も最大の謎」
ラディ 「エミリオも本当に知らないのか……。じゃあ、二人で調べないか?」
エミリオ「おいおい。人の話を聴きなさい。君は危なっかしいとこが、昔のレイとそっくりだよ。
     この仕組みを話さず誤魔化したら、君は自分で知りたいとこまで危険を侵すから話したんだ。
     困るんだよ、焦るな。段階を踏め。ラフエンテの御曹司は見込みがあると闇業界では注目株なんだぜ」

ラディ 「ほう。そうなのか? それは知らなかったな。オレは試されているのか?」
エミリオ「神の息子の悪魔に魂を売ったなら、悪魔の所業をまず黙って見ておけ。必要なことだけ選り分けて見ておけば、
     そのうち嫌でもあっちが振り向いてくれることになる。きっとレイは賛成しないだろうけどな」
ラディ 「あんたは? あんたはオレをどうしたい?」
エミリオ「それ、色っぽい意味じゃないよな? 君にそんなふうに言われると、ぐっとくる」
ラディ 「はぁ? 当たりまえだ。真昼間のオフィスだぞ。何を云ってるんだ。
     オレはそんなに乱れてない。関連のない不謹慎な発言はよせ」
エミリオ「そうか? 商談の席で信じられない悪戯をしたらしいじゃないか……。有名だぞ」
ラディ 「誰だそんな噂を流しているのは。あれは相手側の秘書がすこぶる好みの美男だったんだ。
     とても反応が可愛かったぞ……。レイジの所のキョウもなかなか良い反応だがあれは演技だからな。
     あの時はどうせベッドの相手に差し出された土産だったんだから、ひと足早く味見しただけさ。
     セクハラでは訴えられなかったからな。それにそんなのはいつもじゃないよ」

エミリオ「いつもだったら恐い話だ。色物の貢物には不自由しないな。
     でも少し妬けるよ。きみが誰かを抱くなんて、オレは心が張り裂けそうだ」
ラディ 「確かに不自由はないけど、素材の良い五つ星店の高級料理ばかりは飽きるよ。
     もう名前も顏も覚えるのは放棄した。覚えきれないし、皆、同じだ。つまらない。
     ……よし。今夜、あんたとデートしよう。あんたはちょっと、特別だ。
     夕刻からディナーの約束があるが、それを終えたら会おう。また連絡する」
エミリオ「おっと、ルートの話だったら、もう話すことはないぜ。
     ちょっと待て。それ、オレは庶民の軽食だという意味かよ? 酷いな」
ラディ 「もうルートついては訊かない。俺もバカじゃないからな。
     フレンチを食いあきたら、モンタディートスが食べたくなるだろ。
     あれはいつ食べても飽きない。そういう意味だけど?」
エミリオ「だったら、それはいい案だ。デートは歓迎。ちょうど俺にも聴きたいことがあったしな」

ラディ 「あんたが何を聴く?」
エミリオ「新しいレイの恋人のことだ」
ラディ 「ああ、新しい愛人だろ? 日本でマックに会ったのか?」
エミリオ「会ってはいない。マックというのは愛人か? それは良かった。
     もし恋人なら君の心情は穏やかじゃないと思って心配した」

ラディ 「オレが? どうして。レイジが幸せならオレは祝福する立場にある」
エミリオ「そうかな。俺はずっと気になっていることがあるんだ」
ラディ 「何が気になる?」
エミリオ「君が、エトーを殺したのか?」

ラディ 「なんだって? おかしなジョークだ。意味が解らない」
エミリオ「君は約束をしていた筈だ。エトーが死んだら、つきあってくれとレイジに云っただろう」
ラディ 「ははは、何をバカバカしいことを。子供の戯言だ。別にエトーを殺したりしていないが、
     エトーが死んでもレイジはオレとつきあってくれなかったよ。そんな余裕は無かったんだろうな。
     可哀想なレイジは屍のようになってしまった。それをオレが喜ぶとでも?」

エミリオ「そうかい? 悪魔に魂を売った君なら、できるかと思っていたよ」
ラディ 「まさか。それはレイジが悲しむだろ。だったらそんなことはしないよ。
     もし悪魔と契約したのなら、それはオレとレイジの間を阻むイカレ野郎を除去するためだ。
     オレはレイジに笑顔が戻ればそれでいいんだ。別にオレに向けられる笑顔じゃなくてもいい」
エミリオ「そうなのか? 本当に?」
エディ 「勿論だ。それを実現してくれた愛人殿には、感謝状でも贈りたい気分だ。
     オレは感謝しているんだ。レイジに笑顔を戻してくれた」
エミリオ「レイはずっと笑っていただろ? エトーが死んでからも、変らず笑ってたと思うがね」
ラディ 「は。あれが笑顔? まさかだ。本当のレイジはあんなふうに笑ったりしない。
     もしあんたが、あれを笑顔だと思っていたのなら、騙されていた口だな。
     本当のレイジに、あんたは恋をしなかったんだろうよ」
エミリオ「本当の笑顔かどうかは知らないが、誰だってレイの謎の笑みには煙にまかれる。
     レイは違うかもしれないが、俺はレイに恋をしていた。どんなレイもレイはレイさ。
     恋する瞳は何も見えなくなってしまうものだから、関係ないね」

ラディ 「レイジは隠すことにおいては天才だ。ただし商売上だけね。きっとあんたとも商売上の逢瀬だ」
エミリオ「そんな酷い事言うなよ。プライベートでつきあってたんだぞ……たぶん。
     では、その愛人とは何者なんだ。商売は関係ない? 本当のレイジはどんな顏で笑うんだ?
     見たくなったぞ。最強のネタができた。ぜひゆっくりと訊きたいものだな―――」
ラディ 「そうそう見せてはくれまいよ。レイジは天邪鬼だからな。あまりからかうのも趣味が良くない。
     マックはレイジ好みの整った顏の眼光が魅力的なMr.ベースマンだ」
エミリオ「ミュージシャンか。それはいいな。あんなに美しいキョウとの二股とは、レイも罪な男だ。
     そのベースマンはキョウにも負けないほどの美男なのか?」
ラディ 「美男というか、ワイルドな男前だな」
エミリオ「ふうん? ワイルド? 調教のし甲斐があるな」
ラディ 「さてね。調教されてるのはどっちかな……。二股じゃないかもしれないしな……」
エミリオ「なんだって。聞き捨てならないな。それはどういう意味だ。
     ラディ。オレの部屋の近くにクレマ・カタラナが美味しいと噂のカフェテリアができたんだ。
     良かったら今夜と云わず、今から行って見ないか?」

ラディ 「本当か? それは知らなかったな。いいね。行こう。すぐにでも食べたい。
     ブランカ、三時からの商談はキャンセルしてくれ。ああ。そうだ。もちろんだ。
     それより大事な急用だから、こっちが最優先なんだよ。訊くまでもないだろう?
     それと夕刻のスティンガー氏とのディナーも、恐らくキャンセルになるだろうから、よろしく。
     オレは今から、すぐ出かける。もう連絡はいっさい無しだ」





photo/Momo

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