All I Want For Christmas Is You
恋人たちのクリスマス


05




石 田「えっ、だ、誰??」

西先輩「あっ、あなたは……」
レイジ「失礼。ノックはしたんですがね。店の責任者の要レイジです。いらっしゃい。
    うちの好奇心強いバーテンダーから、面白いお客様がいらしているので、
    新条社長からのクリュッグを持って行けと頼まれまして、お持ちしたんですよ。
    どうも逆らえない人使いの荒い悪魔のようなバーテンダーでしてね」
マック「クソ、面白がってるな茅野のヤツ……」

石 田「責任者……って、噂のオーナーさん?! ですか?!」
レイジ「何の噂だかね。新条社長に聴いた話なら、適当に聴いた方がいいですよ。
    あのひとは若い男の反応を酒の肴にしている、意地の悪い御老齢だからな。
    さしづめ、最近の新条さんのお気に入りはそちらの貴方ですか、西さん?」
西先輩「いえ……、いや、その、新条社長から、事情を聴いてらっしゃるんですか?」
レイジ「新条さんが、ただのお喋りジジイだとは思わないで頂きたいんですがね。
    おっと、私がクソジジイと呼んでいたことはご内密に。あとでネチネチ煩いですからね。
    この店で話される内容は、すべて秘密の事項で、外部には一切漏れません。
    貴方のことを、彼は心配していましたよ。だからここへ寄こした。
    けれど決して軽々しく私に頼んだわけでもない。その辺は、信頼されていましてね。
    私にできることは少ないですが、ただ多少のお力にはなれなくもないと思いますよ」

西先輩「……最近、あることで新条社長には相談に乗って貰ってたんです。俺が悩んでいて。
    そしたら、あなたに相談するといいと……」
石 田「先輩、相談って……。もしかしてあの件のことなのか?
    なんで新条社長なんかに……」
西先輩「新条社長がゲイだって噂はお前も知ってるだろうけど、それで俺は相談をよくするんだ」
石 田「やっぱり社長がゲイだって噂は、本当だったんだ」
西先輩「ああ。皆が噂しているような下衆な人物じゃないけどな。彼は紳士だよ。
    俺とも別にそういう関係じゃない。お前にはそれだけは、云っとくけど」
石 田「……俺なんかじゃ、頼りにならないってことですか」
西先輩「そうじゃない。ただ、おまえは血気盛んで、すぐ血が昇るだろ」
石 田「あたりまえだ!! あんなこと……!」
レイジ「それより余計な音楽小僧が紛れてるのが気にかかるんですがね?
    まさかおれの客人に引っ付いてるとは思わなかったな。何しにきたんだ? おまえ」
石 田「え?」
西先輩「音楽小僧?」

マック「何しにって。飲み屋にショッピングに来るやついないだろ? 飲みに来たに決まってます」
レイジ「おまえに飲み屋と云われるとおれの店の品格が下がるな。腹立たしいことこの上ない。
    この二人の知り合いなのか? おまえのことをまっくん云うからには郷里の友達か?」
マック「ビンゴ。こっちが石田くんで、俺の郷里の中学の同級生。あだ名は石やん。
    こちらが西さんで、俺とは関係ないけど石やんの会社の先輩です。
    つっても西さんのことを、レイジは知ってるみたいだけど、知り合いなのか?」
石 田「ちょっ、まっくんって、オーナーさんと知り合いなのか?!」
西先輩「一体、あんたは何者なんだ? 川野さん」
マック「いやいや名乗るほどのモンじゃあ、ございません……もう誤魔化しきれないか」

レイジ「自己紹介もしてないのか? 呆れたヤツだ。
    この小僧は、シックスティーズってオールディーズ音楽を生演奏している店のバンドマンですよ。
    担当楽器はベース。マック、今夜のステージはどうしたんだ。サボってるのか?」
マック「サボったりはしてません。そんなんナルセに殺されるだろ」
石 田「えっ、シックスティーズって。先輩が今日は貸切って言ってた老舗の店……?」
マック「あーあ、レイジのせいでついにバレちゃったじゃんか。
    あのー黙っててすいませんでした。今日、職場が貸切でして仕事、休みだったんですボク。
    いつもはシックスティーズのハウスバンドで、ベースを弾いてます。皿洗いは嘘です」
レイジ「何だ、皿洗いって」
マック「サワのイヤガラセだよ」
レイジ「それはしょうがないな。おまえは嫌がらせに値するからな」
マック「そんなふうに言うなよ。だから甘んじて受けたんだよ」

石 田「ええーー!? そうなのか?! まっくん、何でそんなの、黙ってたんだよ?!」
マック「だって、石やんが立派なサラリーマンやってるのに、言い辛いだろ。
    自分が場末の飲み屋のバンドマンとか云うの、いい歳して恥ずかしいなーと思ってさ……」
石 田「なんいうとるか! ぜんぜん、カッコ良かよ!? ミュージシャンだぜ、だって!」

西先輩「そうさ。有名な店だし、そこのバンドマンなんて凄いじゃないか。
    言ってくれたら良かったんだ。参ったな。そうなんだ。すごい縁だな、石田?」
石 田「ビックリですよ……。そうか、長い月日が経ってるもんな。
    そういや、まっくん、高校でバンドやってるって、噂で聞いたことあったな。
    それで不良やめたって。そうかー、すっげーな、上京して夢を叶えてプロになったんだな」
マック「やめてやめて。そんな夢と希望いっぱいみたいな大層なもんじゃないんだから。
    所詮は水商売に変りないし。ただの場末の飲み屋のしがないベース弾きが仕事なだけですからボク」
レイジ「ほう。音楽のせいで不良をやめたのか? 知らなかったな」
マック「タバコやめた理由みたいに言うのやめてくれませんか。
    ただ音楽の方が、面白かったんだよ。喧嘩して指を怪我したくなくなったんだ」
レイジ「偉そうに。プロの発言だな」
マック「ええー? 一応、プロなんですけど?」

西先輩「シックスティーズに雇われるプロは、その世界では一流だって聞いたけど。
    だから川野さんも三流の演奏者じゃないんだろ? すごいな」
レイジ「シックスティーズは老舗でこのジャンルの奏者なら誰でも憧れる一流の店だというのは間違いない。
    選考も厳しいが、ただ演奏者が一流か三流かってのは、聴く人の主観によりますね」
マック「まぁオールディーズ界では、それなりに僕も頑張ってますよ、アハハ」
レイジ「不良が弦を弾いて音楽に目覚めるなんて、典型的なロック小僧だな」
マック「悪かったな。例外に漏れずのロック小僧で。いちいち茶々入れんなよ」
レイジ「おまえが余計なところにいるからだろ。邪魔だから帰れよ」
マック「嫌です。お客さんですから、ボク」
レイジ「うるさい。おれが帰れと言えば、客もクソも関係ないんだよ」
マック「ええー、なんたる横暴な。ここぼったくりバーですよ、西先輩!!」

西先輩「オーナーとは親しい関係なのか? 川野さんは」
マック「いやー、親しいっていうか、えーと、ただの特別枠の常連です。
    シックスティーズのメンツは、歴代だいたいこの店に入り浸るシキタリでして」
レイジ「そんなしきたりはない。勝手におまえらが入り浸ってるんだろ。迷惑だ」
マック「そうなの? シキタリだと思ったから来てるんですけど?」
レイジ「おれはナルセやヘミは歓迎してるが、その他の雑魚はどちらかといえばお断りだ」
マック「雑魚の俺は出禁かよ」
レイジ「雑魚は出禁と言っても、来るんだろうけどな」
マック「もちろん来るよ? 茅野が入れてくれる限りは、雑魚でもお客様なんでね」
レイジ「話を聴いていたか? おれが出禁といえば鏡夜にはその情報がインプットされて、
    二度とこの店の敷居は跨げないシステムなんだよ」
マック「西先輩、やっぱりこの店、ヤカラですよー」

石 田「オーナーとタメ口だ、まっくん。長いつきあいなのか?」
レイジ「そう長くもないな。コイツは会った時から敬語が話せないヤツだったから、
    タメ口なのはしょうがない。サルに人間語を喋れと言っても無駄だろ。賢い方が譲歩する」
マック「敬語は話せますー。あんたにだって使ってますー。
    西先輩にだって俺、ちゃんと敬語ッスよね?」
西先輩「え、あー。まぁ。でも結構、フレンドリーなひとだ……とは思ってたけどね。ハハ」
レイジ「ほらみろ。無礼者は礼儀を知らぬだ。フレンドリーは訳すと馴れ馴れしいヤツなんだよ」
マック「マジで? 俺、無礼で馴れ馴れしいヤツなの?」
レイジ「おまえっていつもそうだな」

石 田「けど、誰にでも同じに接して、まっくんらしくて、俺は嬉しかったけど。
    やっぱり昔と全然変わってないや……」
レイジ「変わってないのか。中学生から? それは問題だな」
マック「え、俺ってそんな成長してないのか?!
    石やん、お前が言ったらめっちゃ信憑性が上がるだろ。撤回してくれお願いします」
石 田「えっ、別に悪い意味じゃなか?」
レイジ「おまえは中坊から、中味も成長してないガキだということだな。なるほど納得だ」
マック「なんてこった。すこぶる成長を遂げたのは、俺の下半身の相棒だけなのか!」
レイジ「しかもここで下ネタを言う程度の低さだ。バカなのか。バカなのか?」
マック「だから何で毎回、二回云うんだっての。バカにしてんのか?」
レイジ「次回から三回云うことにするか」
マック「なんで?」

西先輩「……。あの、もしかして。川野さんのつきあってる人って……」
石 田「えっ?! まさか? このオーナーさんがまっくんの、恋人?! いやまさか」
マック「いや、違いますよ!! 先輩!! そんな恐れ多―――」
レイジ「小僧のつきあってる相手か? なら、おれのことだな」

マック「ヒィ−−−!Σ( ̄ロ ̄lll)!? レ、レイジ?!」

レイジ「どうした? 云うのはまずかったか? それとも違うのか? つきあってない?」
マック「いや、いやいやいや、なんで?? いいのか? そんなこと」
レイジ「どっちなんだ。おまえが自分の友達にそう言いたいと言ったんだろう?
    言ったよな? だからそう云ったまでだ。違うなら違うと云え。喜んで撤回するからな」
マック「いや、いやイヤ、撤回はしてほしくないけど」
レイジ「まさかこんなタイミングが本当に来るとは思ってなかったがな。
    どうもこの頃の俺は、思慮が無さすぎるよな。おまえのバカがうつったかな」
石 田「まっくん、本当だったんだ……」
西先輩「そうか……。新条社長の言ってた相手は、川野さんのことだったんだな」
マック「え、ナニそれ。あのダンディ爺さんが、俺のこと言ってたの? なんて?」
西先輩「いや。雑談というか、俺とオーナーが似てるって話の流れで、なんだけどな」
マック「レイジと西先輩が似てる? か? そうなの?」

レイジ「何の話だ。色ボケ爺は、時々的外れなことを云いだすからな。独り遊びが過ぎて困る。
    何を云ったか知らないが、小僧のことは御老体の誤解と妄想幻影だ。
    あんたはそういう非現実的な夢の話じゃなくて、超現実の話をしたいんだろ?」
西先輩「あ、はい。石田、悪いけど今日はもう帰ってくれないか。オーナーと話があるんだ」
石 田「えっ、先輩、それって。俺は……関係ないこと?」
西先輩「そうでもないけど、俺の話でもあるんだ」

レイジ「悪いな、マック。久しぶりに会った同級生と積もる話もあるだろ。
    好きなボトルをやるから、家に帰って二人で飲み直せ」
マック「マジで? やった! 一番高いヤツでもいいの?」
レイジ「鏡夜にそう言え。言えるならな」
マック「じゃあ二番目に高いやつにしよう」

レイジ「人払いが済んだら、話を始めましょうか、西さん」
マック「レイジ。あのさ、西さんと話が終わったら、なんだけど。
    俺、今日は急な休みになったんで、あんたに電話しようと思ってたんだ」
レイジ「わかった。いつもみたいに酔い潰れてなければ、行く」

マック「オッケー。じゃ、行こうぜ、石やん」
石 田「えっ、でも、まっくん、俺だってたぶん当事者、なんだ」
マック「けど先輩は帰れって言ってるぜ? いいじゃん、あとでまた電話しろよ。
    レイジが店のボトルを持って行けなんて言うことあんまりないから、
    気が変わらない内に撤収しようぜ♪」
石 田「まっくん、でも……だってさ」
マック「石やん。西先輩は、おまえに心配をかけたくないことがあるんだよ。
    聴かれたくないことは、聴かないでやれよ。おまえが先輩を好きならさ」

石 田「まっくん……」



photo/ako

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