Loving You


01

登場人物:エミリオ/鏡 夜/レイジ
場 所:開店前のピアノマン




エミリオ「ブエナス ノーチェス、キョウヤ。コモ・エスタ?」

鏡 夜 「―――ホセ・エミリオ。どうして、ここに?」
エミリオ「タクシーで来たよ?」
鏡 夜 「ふざけてるんですか」
エミリオ「ふざけてる? どうして? 俺の日本語、通じない?」
鏡 夜 「いいえ。相変わらず流暢です。空港からタクシーで、この店に何のご用ですか。
     わざわざ日本に来るような用事はあなたには無いでしょう?」

エミリオ「酷い歓迎だなキョウヤ。急ぐ用事があるから遥々来たんだ。レイはどこだ? 会いたい」
鏡 夜 「あなたがいらっしゃることは聴いていません。アポイントがないのでしたらオーナーには会えませんよ」
エミリオ「そっちこそ、ふざけてるのか? 友人に会うのにアポがいる?」
鏡 夜 「あなたはご友人ではありません」
エミリオ「そんなことはない。レイは友達だ。それ以上だったこともある。聴いて見てくれ」

鏡 夜 「ですが別れてから随分と要には会っていませんよね?」
エミリオ「ノ、最近、会ったよ。どこでとは言えないけど。秘密の会合だからな」
鏡 夜 「ペルーのマフィアと密会をするなんて予定は入っていませんでしたが。要は今、出張中です」
エミリオ「キョウヤ。俺はマフィアじゃない。誤解しているな。誤解するのも仕方ないがな。
     あんたには言えない艶っぽい約束だってレイにはあるんだ。残念だったな。
     でもレイは、もう帰ってる筈だ。嘘はダメだぜ、キョウヤ」

レイジ 「エミリオ。誰がおまえと艶っぽい約束なんかした?」

鏡 夜 「レイジさん―――。宜しいのですか? 任せて下さればいいのに」
レイジ 「ああ、構わない。そいつは、おまえにはちょっと面倒な男だろ」
エミリオ「レイ!! ブエナス ノーチェス、アミーゴ!
     この間会ったばかりなのに、恋しかったぜ! レイ」
レイジ 「苦しい、エミリオ。しつこいほどハグし終わったら、帰ってくれ」

エミリオ「キスしたら帰ってもいい。相変わらずいい匂いがするな……レイ。日本人は肌が良い……」
レイジ 「やめろ、勝手におれの首にキスするな。何を狙いに来たんだ。わざわざ、遥々? それともついでか?」
エミリオ「ツレないぜ、レイ。キスもしてくれないなんて、どうしたんだ? 新しい恋人でも出来たのか?」
レイジ 「おまえにもうキスするような関係じゃないだろ。日本での挨拶にキスはないんだ。何しに来たんだ」
エミリオ「遥々ここまで来なくちゃならない急を要する大事な理由があってな」
レイジ 「だったら世間話をする時間もないんだろ? 用件を言えよ」
エミリオ「ぜんぜん歓迎されてないな。あっちもこっちもスピード処理だ。まぁ、つまりだ。用件はひとつだ。
     レイ。おまえ、俺に借りがあるか? このホセ・エミリオさまに、借りはある?」

レイジ 「……どういう意味だ」
エミリオ「借りがあるかどうだと聴いてるだけだ。通じてない? 記憶力のテストだな。
     もう一回、聴くぜ? 俺に借りは、あるか? セニョール レイジ・カナメ」
レイジ 「……あるよ」
エミリオ「そうか、良かった。無粋な貸し札を見せなきゃいけないとこだった」
レイジ 「そんな現物があるのなら、見せて欲しいものだな」
エミリオ「おまえは忘れるような男じゃないと、俺はきちんと知っているんだがな……」
レイジ 「誰が知らないんだ? おれが不作法な不義理をする男だなんて、不名誉な噂でもあるのか?
     聴き捨てならんな。おれは律儀で正直な男だ。約束だって必ず守るだろ。違うか?」

エミリオ「ああ、そうだな。違わない。だが大事なものを勝手に捨てただろ? 律儀にしてはその報告を聴いてない」
レイジ 「大事なもの? なんのことだ?」
エミリオ「黄金ルートを手放したそうだな、レイ。用が無くなったのなら俺に相談すべきだったよな」
レイジ 「は。あのルートの話? 今更? 生憎、手放してからもう随分経つぜ。ペルーの風に乗るには遠すぎたか」
エミリオ「そうだ。俺の街に届くには、風の速度は船旅より長い。メールという現代ツールもあるのに、おまえは使わなかった。
     それならこの前逢った時に言ってくれたら良かった。でもまったくそんな話はしなかったじゃないか。
     冷たすぎるんじゃないか? おまえの話を他所から聞くなんて、俺はとても傷ついたんだ」
レイジ 「そっちには関係ないと思ってた。本当だ。荷の扱いを変えたのか? いつから? 知らなかったな。
     それこそ、この前会ったときにおれに言ってくれたら良かったのにな。そうだろ?」
エミリオ「レイ。そんな逃げ方はやめてくれ。この商売をしていて、奇跡のエトーラインに興味のない奴はいないだろ。
     睦言の際にそう言っておくべきだったな。だけど俺は、ベッドでそんな無粋な話をするのは好きじゃない」
レイジ 「欲しいものがある時は、初めに意思表示して置いた方がいいぜ。でなきゃ、愛想を振りまいた全てが無駄になるだろ」
エミリオ「別にそれが欲しくてレイとつきあってたわけじゃないぜ。心外だ。おまえがただ魅力的で好きだったからだ」
レイジ 「そりゃどうも。次に処分するときはおまえに相談するよ。今のルートに興味をそそられるとは思えないがな」
エミリオ「エトーより義理堅い男だと思っていたのに。とても残念だ、レイ……」

レイジ 「義理はかかない。おれに向かって残念だなどと言うなよ。おまえにあのルートの扱いは無理だろ。おっと、失礼だったかな?」
エミリオ「俺の組織では、力量不足だったと言うわけか?」
レイジ 「だから関係ないと思ってたと言っただろう。おれは最も相応しいところへあのルートを譲ったんだ。
     どこに譲ったのかは皆で好きに推察してくれ。何をどんなに聞かれても、おれが話すことはない。
     誰かに聴いて回ってもいいが、おれから貰ったことを好ましく思って喜んで答えてくれるような連中でもないぜ。
     おまえが勝手に嗅ぎまわってることが知れたら、危うくなるのはそっちの方だぜ、エミリオ」
エミリオ「レイ。それは脅しか?」
レイジ 「処分の仕方に文句を云われる筋合いはないし、譲れという身の程知らずな奴らにも、特別な対応はしていない。誰にもだ」
エミリオ「そのようだな。ネコ可愛がってた御曹司のお坊ちゃま社長にも、ナイショにしてたそうだからな」
レイジ 「それはラフエンテ商会の変態バカ息子のことか? おまえ、あいつと付き合ってるのか。
     そうか、ラディスに聴いたか。余計なことを」

エミリオ「寝物語に聴くには、刺激的すぎたよ。ラディはレイに会いたいと言って泣いてたぜ。たまには会ってやればいいのに」
レイジ 「御曹司は、おれのようなチンピラと付き合うような暇はない。会うのは無駄だ。泣き落としも通じない」
エミリオ「あのラディを泣かせるなんてな。たいしたディーラーだよ、レイは。いったいどんな人脈を持ってるんだろうな。ミステリアスな日本人だ」
レイジ 「だけど、おまえを敵にも廻したくないよな? ホセ・エミリオ。二度とキスはしなくても、手ぐらいは握る仲でいたい」
エミリオ「やっと話が通じたな。そう思ってくれてるなら、俺にお土産を持たせて帰せよ」

レイジ 「借りがあるかと聴いたよな? 何をラッピングしてやれば大人しく帰る?」
エミリオ「バレンシア港」
レイジ 「はぁ?」
エミリオ「……に、着く荷があるだろ? お土産はそこにある」
レイジ 「! ……あざといな、おまえ。あれが欲しいのか? 本当に地獄耳だな。あれは結構、苦労したんだがな」
エミリオ「そうか? 俺だってこんなところまで、来たんだ。積荷の荷受票とパッキングリストで恨み言は忘れる。これでチャラだ」
レイジ 「いいや。これは貸しだぜ。おれの借り以上のものだ。そうだろ、アミーゴ?」

エミリオ「よし、いいだろう。貸しを返して貰って無縁になるより、新たに俺もレイに借りを作るか。
     できれば縁を切らずレイの首筋にかぶりついて滑らかな肌を味わっていたいからな」
レイジ 「いやらしい表現をするなよ。生憎、もう首筋は予約済だ」
エミリオ「新しい恋人ができたのか? ついにキョウヤに決めたか?」

鏡 夜 「私ではありませんよ。かつてないほど執着してる可愛いボウヤがいるんです」
エミリオ「へぇ? そうなのか?」
レイジ 「余計なことを言うなよ、キョウ」
エミリオ「へぇ? へえぇ? なるほどな。どんなボウヤ♪だよ?」
レイジ 「面白がるな。さっさと帰って、積荷を受け取れ。手配しとく。おまえ、本当はこれが欲しくて脅しにきたのか?」
エミリオ「脅しにとは、ずいぶんだな。言っとくが半分はレイを助けにきたんだけどな」
レイジ 「なんだと?」

エミリオ「あの荷は駄目だぜ、レイ。ヤバいものが混ざってる。うっかりさんだな。恋に溺れて見極めができなくなったか?」
レイジ 「……嘘だろ?」
エミリオ「嘘で俺がここまで来るか? 結構、忙しい。放置でも良かったが、ラディが気にしていたからな。
     あいつに泣かれちゃ、俺も弱い。恩は売るほど得をする。大事なレイの積荷だから仕方なく来たんだ。ま。俺に任せておけばいいさ」
レイジ 「待てよ。またおれの借りか?」

エミリオ「いいや。そう思う必要はない。おまえは今でも現地の職人や労働者に絶大な人気だ。払いも良いしズルも差別もしないからな。
     おまえほど信用されている日本人はいない。だからレイの良い匂いを漂わせてると、それだけで俺にも恩恵がある」
レイジ 「本当か嘘かも不明だが、おれもおまえを信用しているよ、エミリオ」
エミリオ「そうだな。この商売は疑うとキリがない。オシャレ海賊に盗られたと思えばいい。よくあることだ。
     ミスはほんの一部だ。それ以外はセンスの良い買い物だったがな。残念だったな。だが気落ちはするなよ。
     今回の中味を見抜くのは、おまえでも難しい。あの荷なら、俺も損はしない。気にするな」
レイジ 「は。感謝するべきか、騙されたと思うかが、今後のつきあいには重要だがな」
エミリオ「俺はおまえを騙したことはないぜ。レイにだけは、俺たちウソをつかないと決めているんだ」
レイジ 「そうかよ? どこかで聴いたフレーズだ。みんなでそう言っておけば、単純なレイジは信用するって口裏を合わせてるのか?」
エミリオ「実はそうだ。お人好しで騙されやすい可愛いジャパニーズが、みんなダイスキだからな♪」
レイジ 「もう帰れよ、帰ってくれ。感じ悪いぞ、本当に」

エミリオ「Dulces suenos Hasta la vista. Muchas gracias!」
     (良い夢を また次に会う時まで 感謝するぜ!)

レイジ 「Si…… De nada.(どうしたしまして)」




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