SAY IT



◇ 1 ◇




マック「なぁ、ぜったい酷いと思わないか?」

リ ン「はいはい。またその話かよ? ソレ、一分ごとに言ってるよな?」
マック「はぁ? そんなに言ってねェよ!」
リ ン「じゃあ、一週間前と3日前と昨日と、あと五分前にも言わなかった?」
マック「・・・それは言いました。たぶん」
リ ン「多分じゃねぇよ。言ってたよ。言ってたんだよ。毎日、毎日、毎日。いい加減いしろ。
    恨みがましくしつこくねちっこく拗ねまくって愚痴ってたよね、きみはマックくん」

マック「だって、リン。2週間以上もメールの返信がないって、ひどいだろ?
    大人のマナーとして、どうなんだよ? ダメだろ? 許しがたいよな?」
リ ン「そうか? レイジに限ってはそんなもんじゃなかった? 以前はもっと返信なかっただろ?
    つーか、返信ナシがレイジのお前に対するデフォルトじゃん」
マック「・・・そうだけど。いや昔はそうですけど、最近はちゃんと3日以内にくれてたんだよ!」
リ ン「じゃあ、事故にでもあったんじゃないの?」
マック「縁起でもないこと言うなよ! 元気でピンシャンしてたよ、レイジは!」
リ ン「はぁ? 見たの? つーか、会ったのかよ?」
マック「会うわけないだろ! 返信がないって怒ってるんだぞ、俺は。
    レイジに会ったり電話でもあれば、そんなの気にするかよ!」
リ ン「まさか、ピアノマンを覗きに行ったのか?」

マック「違います。偶然、見かけただけです。僕はお客様として店に飲みに行ったんです」
リ ン「要するに行ってんじゃんよ。レイジを見に。それなら何で声をかけなかったんだよ?」
マック「だって、忙しそうだったんだよ。声をかけるような雰囲気じゃなかったんだ。
    なんかこう、異国のひとと険しい顏して話をしてたんだよ……。ビジネス話がこじれてたら嫌じゃんか」
リ ン「おお。暗黒密輸のヤバい取引っぽいな」
マック「やめろよ。本当みたいに聞こえるだろ。スペイン系の言語だった。レイジは外国語ペラペラだ」
リ ン「そりゃそうだろ。本職は主に外国商品を扱ってる美術商なんだろ? 輸入出してるし当たり前じゃん」
マック「知らないひとみたいだった」

リ ン「おいおい、マックくん? なんでそんな遠い目してんだよ? どうしたんだよ。
    レイジの仕事になんか興味ないだろ? 今までそんなの気にしなかったじゃないか」
マック「そうだけど。仕事、忙しいのかなって。俺の重要なメールに返信もできないくらい」
リ ン「そんなに大事な用なら、直接電話したらいいじゃん」
マック「別に、そんなに大事な用でもないけど……」
リ ン「今、重要って云わなかったっけ? たぶん忙しくて返事できないんだ。待ってたらいいじゃん」
マック「待つっていっても、もうあと一日しかないんだって」
リ ン「急ぐのか急がないのか、どっちだよ?」
マック「いいんだよ。もう。要するに答えはノーなんだ。じゃあな、リン。もう帰るわ」
リ ン「は。ひとりで完結してろ。寝酒してぐっすり寝ちまえよ、マック。あんま、考え込むなって。
    そして独りよがりで暴走して、レイジに迷惑かけるな。以上リンくんの助言はそれだけだよ!」
マック「的確なアドバイス、ありがとーよ!」
リ ン「なんのなんの。どうしいたしやがって。お前はとにかくさ、ひとりで何でも先走り過ぎるんだよマック。
    もう少し、レイジを信じてやれよ。レイジだって、せいいっぱい努力してるんだよ、あれでもさ。
    いやだ、イヤだ。なんで俺がそんなこと言わなきゃいけないんだかなァ……」





二月は、恋人たちの季節だ。


公の恋人もいない音楽野郎が言うと、キモチワルイだけかもしれないけれど。
けっこうロマンチストなミュージシャンなんで、ボク。

この季節、シックスティーズのフロアにはチークダンスの客層が増える。
リクエストもステージごとに、芳醇なバラードの祭典。
もうずっとバラードしか弾いてないのかなってステージもあるくらい。
甘すぎる曲に胸焼けがする。
アップテンポの曲目がやけに少なくなり、盛り上がらないのは他の客だけで、
お二人さまで来ているほとんどのカップルは、愛の炎で燃え上がっている。
いいよな。恋人と会えるって。

先日、かぶりつき席のナルセの目の前で、お互いを見つめあうアツアツのカップルがいた。
ナルセがその二人に、顏がくっつくんじゃないのかと云うほど近づいてバラードを歌っていたけど、
まったく相手以外は見えていない二人の世界。さすがのナルセも呆れ果てて諦めていた。
このシーズン、憧れのボーカル、ナルセさまも恋人たちだけにはお呼びでない。
ナルセには、ちょっといい気味。

そんな燃え上がる恋に浮かれたカップルが半数以上いるのが、二月のシックスティーズだ。
もちろん、ナルセが目当てのお客さまは初期値にいるので、黄色い声は上がっているけど。
ナルセ目当てと、カップルばかりって。
俺のファンは、どこですか?

こんなときの、大事なひとからメールの返信さえ貰えないバンドマンの気持ちって知ってる?
他のメンバーは知らないけど、俺の気持ちはこうだ。

「ちくしょー、みんなチョコに当たって別れてしまえ!!
 別れる魔法をかけた、超絶失恋コードの稲妻バラードを聴きやがれ!」

てな感じ。
実際一度だけ、ナルセのバラードの時にそんな感じで弾いていたら、
ブラックサングラスがキラリと光って、間奏の合間、
ナルセが俺の方をじっ、と見据えたので、血の気が失せてマジでタマが委縮した。
もう涙がでちゃった男の子だもん。
ナルセのダメ出し、何よりオイラ恐いもん。
反省会で、また土下座しました。
ゴメンナサイ、ナルセさま。もう超絶しません。

以来、ちゃんとメロウな感じで、地味に弾いているけれど、そんなに気分は上がりません。
でも仕事に私情を入れたりしたらいけませんよね。
大丈夫。ぼかぁ、プロですから。ちゃんと完璧に弾いて見せますよ。
フロアに向かって逆恨みの嫉妬なんて、しませんよ!!



           『バレンタインDアフターにお時間、とれませんか? ステージが終わったら会いたいです』



そう俺が公然の内密の情人?レイジにそんなメールを送ったのは1月26日だ。
先月、一月の下旬。
かれこれもう、二週間以上経つのだが、レイジからの返信は一切ない。

どうしたんだろう。
何かあったのかな?
いや、たぶん、何もない。
ぜんぜん元気で、ピアノマンにいたし。
レイジはメールの返信を、あまりしない。
(俺限定らしいけど)

そう。今までずっとそんなふうだったのを、暫く忘れていただけだ。
去年あたりからなんだか幸せな時間が続いていて、浮かれて忘れていたのだ。
レイジとクリスマスも正月も一緒に過ごし、ちょっと幸せボケをしていたのだ。
あれは夢だったのかしら、神様?

バレンタインデーは、もう明日だ。
どこのホテルもレストランもカップルでいっぱいの日になるはずだ。
別に今回、そんなところに行くつもりは無い。
俺はその日もステージがあるので、どうせ終わってからしか会えないし。
それだとすでにバレンタインの日は終わってるいつものパターン。
でも、眠るまでがバレンタインデーだからね。

たった一度だけ、バレンタインデーを二人だけで過ごせた年があった。
俺はちょっと気分的に無理をして、高層階の夜景が観られるバスタブがあるホテルの部屋を取った。
シャンパンで、レイジと乾杯したりして。バスタブで、何回もセックスして。
まるで恋人同士のように、キングスサイズのベッドで抱き合って眠った。
そのときの俺は、愛人の名称がついていた。確か。いや、どうだったかな?
とにかく何度か俺たちの濃密な関係は、都度俺の暴走により御破算になりながらも、
完全に断ち切れることはなかった。

そんなフワフワでモヤモヤとしたエロエロの関係が、結構長く続いているのだが、
レイジは今、俺の恋人じゃない。そして愛人でもない。
でもレイジに今、恋人はいないし、愛人もいない。
俺にも勿論、恋人はいないし、愛人もいない。

お互い問題は何もないのに、致命的に決定的に問題がある。
それは何か?
ナルセ?
あれは、例外。
ナルセのおかげで、この関係が穏便に継続しているとも言えなくもない。
レイジの、便利な言い訳として。

今のところ、俺たちは互いを恋人だとは名乗れない。
それは、茅野鏡夜という厄介な人物(ルビはアクマ)が間にいるからだ。
茅野はレイジの店、ナイトクラブ「ピアノ・マン」のバーテンダーで、
レイジの仕事には欠かすことのできない大事な相棒、兼秘書、兼用心棒?の男。
容姿端麗、頭脳明晰、そしてレイジいわく武闘派できっと人も殺している。(想像)
あのきゃしゃな体で武闘派か? と思ったけれど、
シャツの下はわりと筋肉質なのを、俺は一応、知っている。
あ、変な意味じゃないですよ?
まぁ、色々駆け引きがありまして。

茅野はレイジのことを死ぬほど愛していて、レイジはそれを無下にはできない。
色々なことが絡み合って、とにかく俺のことは「恋人にはできない」と云うのだ。
レイジは、俺とは別れたと茅野に云いながら、俺と会っている状況だ。
茅野もそんな嘘はお見通しなのだが、今のところ黙認を通している。
レイジも別に、俺と会うことを隠している様子はない。奇妙な取り決め。
何か二人の過去には離れがたい秘密があるようなのだが、俺はそれを知らない。
ただ、レイジと茅野はもうセックスはしていない。(と、レイジが言うので信じている)
レイジと体の関係があるのは、もう俺だけだ。(と、レイジが言うので以下同文)

それでなんかこう、俺たちは愛し合っていても、恋人同士を名乗れない関係だ。
愛し合ってると思ってるのは、俺だけだとレイジは言うけれど。
レイジは、俺を愛してなんかいないらしい。
でも、それは嘘だ。

言ってしまえば簡単なのだが、なかなかそれが認められないらしいのだ。
レイジは、本当は俺を好きな筈なんだけど。
本当は心底、愛してる筈なんだけど。
セックスするとき、それをすごく感じる。

レイジは俺とセックスするのが好きだ。
それについては、レイジも否定しない。
食う寝ることも忘れて一日中していられるくらいなのだ。
完全なベッドの奴隷。

ただそれだけをレイジが肯定する理由としては、
己の肉欲には勝てないだからだと言うのだけれど、そんなのは言い訳だ。
そういう言い訳を平然と言ってのけるのもどうかと思うけど。
レイジには、俺とセックスをするのに他の理由がいるのだ。
好きだとか愛してるとかいう本来の理由は存在しないので、それ以外の理由がいる。

俺は本当はレイジに好きだとか言って貰いたいし、言いたいけど、
レイジに「私のこと好き?」とか女子みたいに聴くのはちょっと恥ずかしいし、
自分から言うのも、たまにしか言わないようにしている。
え、言いますよ?
だって、言わないと伝わらない。
レイジいわく、「おまえは、軽々しくそういうことを言いすぎる」のだそうだけど。
だって、言いたいし、聞きたい。

レイジはあんなに行為の最中、最高えろいのに、心が最強ストイックだ。
別に俺はそんなにマニアックなセックスはしない。
そういう趣味はないし、だから究極の快楽とかは目指していない。
ただ、ちょっとの工夫は入れる。いろいろ研究してみたり、情報を読んでみたり、
それくらいの、熱心なえっちなお楽しみは得意だ。健全にごくエロい男です。
レイジが悦ぶなら、がぜん頑張ることはできる。

だから、レイジがそれを毎回好いと思うなら、きっとそれは肉体の快楽じゃなくて、
愛が示す心の快楽なのに、ちっとも本人は気が付かない。
俺を好きだからすごく感じるんだって、気付きたくないのだ。
そこは、真っ向否定なのだ。
なんか恥ずかしいこと言ってますか?
言ってますよね。

とにかく。

なんでメールの返事をくれないんだ、レイジ!!
俺は、この二週間、そう叫んで問い詰めたくなる毎日なのだ。
俺はずうずうしいのか?
そんなことは、望んじゃいけなかったのか?
調子に乗り過ぎてるのか?
どうでもいいと思われてるの?
うざいと思ってる?
俺って、小心者なんだよね。
あと何度、この問いを繰り返したら飽きてくる?

レイジ。
返事を下さい。
お願いだから。
何でもいいから。

そんな日は会えないって。
無理だって、ひとことでもいい。
スケジュールは空いてるけど、
こんな日に、おまえとは会わないって。
茅野に悪いからこの日は嫌なんだって、
正直に言ってくれてもいいから。

お返事、ください。
じっと、待ってるんです。


なんですか、俺は女々しいですか?!
ひとこと返事さえあれば、ごちゃごちゃ言ったりしないんだって!
だって、返信くらいはするのが、大人ってもんだろが!
社会人のマナーでしょうが!
ちくしょう、レイジのバカヤロー!!
もう、浮気するからなーーー!!
逆ギレ、ハンパないぞ!

でもそれは嘘だ。
レイジ以外となんて、できない。できないんだ。
俺は、レイジしか好きじゃない。
レイジしか、愛してない。

はー、レイジ。
一秒でもいいから、会いたいんだよ。


会いたいんだ、レイジ。

俺の声は、あんたには聴こえないのか?
俺のうざいメールは、着信拒否で届いてないのか?





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