I Can't Stop Loving You
愛さずにはいられない


01




レイジ「おーい、キョウ。アレどこだっけ?」

鏡 夜「棚の2段目、右端から3つ目のブックエンドの手前です」
レイジ「そうか。あった、あった。えーと……」
鏡 夜「サイドテーブルに先ほど置かれましたよ」
レイジ「そうだった」

鏡 夜「しっかりしてください、オーナー。まだそんなお歳ではないでしょう」
レイジ「いや、しっかりというより、おまえこそ何故おれの探してるものが、分かるんだよ?」
鏡 夜「私はあなたの秘書ですからね。当然わかりますよ。阿吽の呼吸です」
レイジ「長年連れ添った夫婦みたいだなぁ。もしもおまえが居なくなったら、おれはすぐに老け込むだろうな」
鏡 夜「私に暇でも出すおつもりですか?」

レイジ「暇を出す? なんだ、休暇が欲しいのか? そういえばかなり休んでいないな。有給は大量に残ってるぞ。
    この際、長期休暇でも取ってリフレッシュしてきたらどうだ? おっと、でも今回の商談を……」
鏡 夜「いいえ。休暇が欲しいわけじゃありません。私が居なくなるなんてことをおっしゃるからです。
    それとも私に傷心旅行へ出かけろということですか?」
レイジ「いや、そんなことは言ってない。おまえが去りゆく方向を回避できて良かった、という意味で言ったんだ。
    まったく逆だ。何をそんなにピリピリしてるんだよ? 夏の終わりからのおまえは、トゲトゲくんだぞ。
    もう12月だっていうのに。クリスマスだし、もう一年が終わる」
鏡 夜「トゲトゲにもなりますよね。私とマックさん、どちらの方が居なくなるとあなたは困りますか?」
レイジ「おまえの方」

鏡 夜「正直なのか、お優しいのかどちらなのでしょうね」
レイジ「正直に答えたんだけど? おまえが居ない方が、ぜんぜん困る。以前からずっとそう言ってる。何回も。
    今だって、おまえがいないと契約書もサインするペンさえも行方不明のままだ。これは明らかだろ。
    マックはいなくても、仕事も生活の多くもまったく困らない。ただ夜に、少し困るだけだ」
鏡 夜「あなたの夜に私がいなくても困らないわけですね。私はもう夜にはいらないということですか?」
レイジ「蒸し返すなよ。そこまで言ってない。だいたい、もうその話は終わった筈だろ」

鏡 夜「終わった? そうなのですか? 契約したのは、私があなたの元から去らないということだけですよ。
    私の心の傷が癒えず、ここから消えてしまいたい衝動を抑制するための、楔対策に他なりません。
    あなたのことを諦めると、私は言いましたか?」
レイジ「云わなかったか? てっきりそうだと思っていたな。似たようなことを言っただろ、きっと」
鏡 夜「そんなことを言ったか覚えていません。私はあなたが好きなんですよ、レイジさん。
    今でも愛しています。あなたが望むから、私は姿を消さずにずっとあなたの傍にいることにしたのです。
    最終的な恋人にマックさんを選んだからって、私を邪険にしないで下さい…… うっ……」
レイジ「な、なんだよ、いきなり!? キョウ?! いつ、おれがおまえを邪険にしたよ?!
    してない! してないだろ! ……まてまて、な、泣いてるのか? キョウ? 泣くなよ! 何で泣いてるんだ!?」
鏡 夜「すみません。急に……悲しくなってしまって。失礼しました。私としたことが。
    あなたの心がついにマックさんのものになったかと思うと……胸が張り裂けそうになってしまって。
    絶望の涙がこぼれてしまいました。つい、うっかり」

レイジ「何がつい、うっかり。だよ。しれっと云ったな今。うわ、おまえ本当に恐ろしいヤツだなぁ。悪魔もゾッとする演技だ。
    そんなせこいマネしたってダメだからな? 男の涙なんかには、騙されないぞ。そんなものうっとうしい。
    おまえとの契約は指輪の内容だけだ。あの契約だけだからな。他のオマケはない!」
鏡 夜「そうですか? オマケはないのですか? ひとつも? 私の涙を見ても?」
レイジ「ないない。いっこもない。嘘泣きするな。これ以上、おれから何をむしり取るつもりだよ。おれにはもう何もないだろ。悪徳業者か。
    おまえ実のとこ、おれのことが嫌いなんじゃないのか? どうもその疑いが濃くなってきたな……」
鏡 夜「そんな筈ないじゃないですか。……今のところは」
レイジ「今のところって何だ。それにおれはマックのものでもないぞ。ものって言うな。おれの心はおれだけのものだからな。
    あいつのものになったみたいなことを言われるのは心外だ。無礼だぞ。だいたい、あいつを恋人に選んだってわけでもないし、
    それは違うからな。あいつがおれの恋人だと思われるのは、不本意だ」

鏡 夜「そうなんですか? では、時々は私を抱きにきて下さいますか? この夏にして下さったキスのような挨拶代わりでいいですから。
    ケンカでもしたらすぐに戻っていいですよ。いつでも体を空けて待っています」
レイジ「だから、しないって。セックスは挨拶の範囲じゃない。いいか、おまえにキスしたことも、できれば黙ってろ」
鏡 夜「マックさんには、それは秘密なんですか」
レイジ「そうだ。言うな。いろいろ面倒くさくなる。あいつは疑ぐり深いんだ」
鏡 夜「信用されてないのですね」
レイジ「違う。それ以上に、疑い深いんだ」

鏡 夜「あなたと私の秘密は多いですね。多少、体の浮気をしたって、黙っていればわかりませんよ。
    キス以外だって、私には挨拶のようなものですしね」
レイジ「おれは違う。そんなわけに行くかよ。まったくさらっと恐いことを言うよな……。半分本気だろ、おまえ」
鏡 夜「まさか。半分などと。全部、本気です」

レイジ「余計に悪いな。あのな、鏡夜。拗ねるものいい加減にしろ。大概しつこいぞ。今回は拗ね方が長すぎる。暇なのか。
    夏の終わりからずっとこの調子だ。もう冬だぞ? おれにいつまでもネチネチ言ってないで、誰かいいひとを見つけろよ。
    そうだ、おまえ専用の恋人を作れ。まわりは選びたい放題だ。でもナルセは駄目だぞ。ナルセは除外しろ」
鏡 夜「レイジさんこそ、まだこの期に及んでナルセさんに執着する気ですか?」
レイジ「するよ? ナルセは特別だからな。そういう次元の問題じゃないんだ。わかるだろ? ナルセは別のものだ。ナルセはおれの神だ。
    一応、ヤツに関しては、マックも文句は言わないからな。いや、別にあいつにとやかく言われる筋合いもないけどな」
鏡 夜「ナルセさんとあなたが寝ても、マックさんは文句を言わないのですか?」
レイジ「それは、知らない。してみないと解らない」
鏡 夜「では、してみます?」

レイジ「文句は言わないだろうが、きっと嫌がるだろうな」
鏡 夜「恐らく文句も言うと思いますけどね」
レイジ「……言うかな。じゃ、面倒くさいからそれもしない。とにかくおれは、面倒が嫌だ」

鏡 夜「私のことも、ナルセさん次元のことにして下されば、問題なく行くのに。
    ある意味、あなたの特別な立場を、私も貰ってはいますよ? マックさんからね。ですから、大丈夫なのでは?」
レイジ「何が大丈夫なんだよ。それは無理だよ。おまえが相手だと、マックは文句も言うし、嫌がるんだ。
    おまえは残念ながら、マックと同じ次元らしいぞ。特別な立場でも、次元が一緒だ。生憎だったな」
鏡 夜「そうですか。でも、恋人を作ると言っても、あなたの代わりなどそう簡単には見つかりません。何年もかかるでしょう。
    しばらくは痛めた心を抱きしめて、私は永遠に失恋を噛みしめます」
レイジ「やめろやめろ、おまえのような器量の男が、失恋なんて言うなよ。恋人の一人もいないなんて不自然だ。勿体ないだろ」
鏡 夜「ではレイジさんが、裏の恋人になって下さい。恋人その弐でも構いません」
レイジ「だーから。駄々っ子のような真似はやめろ。未練タラタラでそう云いながら、おまえは特定の恋人じゃなく、
    寂しい夜の不特定多数のお相手には、まったく不自由していないみたいだよな? じゃ、恋人はいなくてもいいか別に」
鏡 夜「それは、どういう意味でしょうか?」
レイジ「それは、そういう意味だけど?」

鏡 夜「何をご存じなんですか?」
レイジ「何でも知ってるよ? 新人スタッフのほとんど誰かが、ことの翌日、おまえを艶っぽい目でうっとり見てる」
鏡 夜「でしたら、ひとりに決めるほうが、勿体ない気がしませんか」
レイジ「白状したな。どこの色男だよ」

鏡 夜「わかりました。そういう名前のつく恋人のような存在がいても、これからは邪魔にはなりませんね」
レイジ「待て待て。邪魔って何だ? まるでおれが今まで邪魔してたようなこと言うなよ。
    まぁ、多少はそういう制限を作っていたところはあるけどな。おまえはおれのものだからな。
    でも、もうおまえは恋に関しては自由だ。ぜんぜん邪魔どころか、ぜひ必要なものだ。恋人を作れよ。それがいい。
    おまえが彼氏を作ってくれたら、おれはちょっとは心が安らぐよ。安心できるよ」
鏡 夜「安心できるんですか? 私が不意打ちで迫ってこないから? 私のためというより、あなたの都合ですか?」
レイジ「そうは言ってない。だっておまえは、自分を愛することにしたんだろ? そう言ったよな。
    だったら自分を大事にして、茅野鏡夜の誰か愛しいひとを探そうじゃないか。な? それがいい。
    そうだ、恋人オーデションでもやるか? シンちゃんはどうだよ? 彼のことは嫌いじゃないよな?」
鏡 夜「伸二さんですか? ……そうですねぇ。では、順番につきあってみるというのは、どうでしょう」
レイジ「順番って?」
鏡 夜「私とおつきあいして下さるひとリストの初めから終わりまで順につきあってから決める、という方式です」
レイジ「そんな恋人候補リストがあるのか?」

鏡 夜「書面にしているわけではありませんが、何人かは数年前から申請をされています。
    ただ最終的にまだエントリーしていても構わないかを、確認をする必要はありますけどね」
レイジ「なんだよそれ。すごいな。数年前からそんなに交際を申し込まれてるのか? モテモテか?
    ちょっと腹立たしい感じがしてきたな。おまえがモテるのは知っているが、そんな話はいっさい聴いたことがないぞ?」
鏡 夜「そうでしょうね。話してませんから。どうして腹が立つのですか? 嫉妬ですか?
    レイジさんだって募集をすれば、リストくらいはすぐできますよ。きっと私より多いでしょうね」
レイジ「そうかな? だったらもう少し早くにそうすれば良かったよな。
    そんな夢のようなリストがあれば、あんな低俗小僧に引っかからなくて済んだかもしれないぞ」
鏡 夜「では、秘書の私のせいですね。早めにリストを作っておくべきでした。こんなことになる前に。私の失態です。
    この際、面談からやり直しましょうか。彼は何番目くらいにしておきましょう? それとも最初から抹殺しておきましょうか」
レイジ「実に嬉しそうだな。最近で一番、活き活きしてるぞ、キョウ。眼が輝いてる。笑顔が凶悪だ。
    いや、そうじゃなくて。おまえの恋人候補リストを作ろうじゃないか。候補の名前をおれが書いてやるよ」

鏡 夜「では、面接官もお願いできますか?」
レイジ「もちろんだ。キョウのために、おれが恋の面接官を引き受けよう。これはちょっと、愉しそうなイベントだな。
     さっさと済ませば、クリスマスナイトに間に合うかもしれないぜ?」
鏡 夜「良かった。では、あなたが一番良くないと思う人物と、私はつきあいます」
レイジ「ダメなヤツ? なんでだよ」
鏡 夜「だってあなたは、良くできたひとに嫉妬して、最低ランクをつけて落とすでしょう?」
レイジ「おまえな。おれをどういう人間だと思ってるんだ? おれの大事なキョウの恋人だぞ?
    おまえの恋人になる奴は、頭がキレて利口で強かで顔は麗しく、スタイル抜群で、何でもソツなくこなし、
    機転が利いてセンスは洗練され、気前も良くウイットで優しくて、破格の財政王にして皆に愛される――――― おれだ。
    そんなヤツ、おれしか絶対にいないよな? もし居たとしても、おれよりきっと何かが劣る。絶対にだ」

鏡 夜「ご自分と同じタイプの人間を合格にしますか? あなたが」
レイジ「しないな。うん、しない。そんな奴は、即、抹殺だな」
鏡 夜「でしょう?」
レイジ「だからおれが選ばない奴とつきあうのか? ダメダメ、そんなの却下だ!」
鏡 夜「では、自分で好みを探して選ぶしかありませんね」
レイジ「おまえの好みのタイプってどんな奴だよ?」
鏡 夜「あなたが先ほど羅列した辺りでしょうか。プラス、そうですね……。
    あえて言うなら性癖も入れて下さい。倒錯セックスを愉しめるタイプ、ですね」

レイジ「注文が多すぎるな。おれは倒錯セックスはお断りだ。やっとおまえの好みから外れて良かった。
    じゃあ、どうしても相手に譲れない点は何だよ。三つ挙げて見ろ」
鏡 夜「そうですねぇ。三つでしたら、倒錯セックスと、優しさと、センス、でしょうか?」
レイジ「やっぱりそれを選ぶのか。ならその条件が合わないヤツを選んでも大丈夫だ。
    どうしても譲れない点というのは、最終的には譲歩できるものらしいぞ。心理ゲームでやってた」
鏡 夜「そうなんですか? では、あなたが絶対に譲れないものは、身長とセンスと浮気だったんでしょうね」
レイジ「嫌なヤツだなぁ。それマックに言うなよ? 傷つくから。特に身長に関してはタブーだ」
鏡 夜「そんなことを気にされているのですね。ただナルセさんやリンさんや、あなたが長身なだけなのに」
レイジ「おまえも長身の分類だけどな。周りに秀でた人物が沢山いると、たいてい凡人は僻むものなんだよ。
    コンプレックスというのは、そういうものなんだろ。他人はさしてそんなことは気にしていないのにな。
    それで、おまえが気になる相手はいないのか? おれの他に、だ。
    スタッフ以外との不特定多数も、これを機にやめて、ひとりだけとつきあってみろよ」

鏡 夜「スタッフ以外との不特定多数とは? 私がですが?」
レイジ「とぼけても無駄だ。おまえが陰で何をやってるかの20パーセントくらいは知ってる」
鏡 夜「ほとんど、分かってませんよね」
レイジ「十分だろ。ご褒美と称して部下と寝てるし、怪しい店でのナンパもしてるだろ? きっと他にも色々やってるに決まってる。
    難しいな。おまえの行動を詮索するような、ハムスター並みの心臓のやつじゃ、茅野鏡夜のお相手は務まらないよな」
鏡 夜「ご褒美にスタッフの望むものを与えているだけで、たまにそれが私自身だというだけですよ」
レイジ「しれっと云うことかね? それ」
鏡 夜「怪しい店では、情報を仕入れているだけです。ナンパはしていませんよ。たまにされることがあるだけです。
    逆に私のことを詮索して尻尾を掴めるような人物であれば、評価しますけどね。実に魅力的で、付き合いたいです」
レイジ「そんな奴がいたら、先におれに紹介してくれ。すぐ雇うぞ、おまえの専属監視役にする。
    それにしても、たいした自信だ。おまえはやっぱり、嫌な男だよな」
鏡 夜「私は、嫌な男でしょうか? だから恋人ができないのでしょうか?」

レイジ「うん。イヤな男だけど、素直なところがすごく可愛いよ。魅力的な悪魔で、嫌な麗しい男で、ちょっと天然。
    そんなおまえの恋人になれるなら、誰もが命を差し出すくらいの駆け引きをやってのけるさ。
    逆にそれくらいのことがやれる奴に、おれはおまえの恋人になって貰いたいんだ。命をかけて護ってくれる奴だ。
    最もおまえは、ぜんぜん自分で自分を護れるけどな。でも一応、そういうイメージだよ」
鏡 夜「私にそんな自己犠牲を払うひとは、いませんよ。それに、命を差し出すと死んでしまいます。
    マックさんは、レイジさんのためには死なないのでしたよね? あなたが悲しまないで最期まで生きられるように。
    あなたの死を看取るまで、ずっと傍に居られるように先には死なないと。自分を護るというのは、相手のことも護るということなのですね」
レイジ「そんなこと覚えていたのか。あいつはバカなんだよ。先に死ぬのが恐いヘタレなだけだ。偉そうに。
    まさか、それでキョウちゃんは、自分のことも愛そうと思ったのか?」

鏡 夜「愛の形を知りたくなっただけです。新鮮でした。そのバカが好きなんですよね。あなたは?」
レイジ「バカに協力して録音でもしてるのか? そんな愚問、答えないからな。現状判断で十分だろ。
    おれはマックとは寝る。おまえとは寝ない。おまえにはおれの傍を離れさせない。以上だ。まったく前から同じだよ。
    結局、何も変わってないんだ。ただおれの全財産が死後、略奪される契約が新規に出来たというだけだ。そうだろ?」
鏡 夜「あなたを恋人にするのは、苦労しそうですよね」
レイジ「苦労するくらい、何だよ。どんなことにも、リスクはあるだろ」
鏡 夜「そうですね。あなたの恋人になったのなら、彼も苦労くらいはするべきですね」

レイジ「だろ。意見が一致したな。恋人じゃないけどな。じゃ、始めよう。一番最初に誰を書く?」





photo/ako

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