思い出の指輪

WEAR MY RING AROUND YOUR NECK
(※サマータイムブルース2の続きになります)




「エトーさん。今年も、来たぜ」




ただし 今年は盆を外して来たんだけどな
キョウは ちゃんと墓参りと掃除に来たんだろ?
あいつは義理堅いヤツだよな

おれは出張していて 来るのは無理だったんだ
別にいいよな? どうせあんたは留守だったんだろう? 
この盆は
あの小僧をからかいに ピアノマンに来ていたらしいな

小僧に 会ったんだよな?
脅したそうだな?
大人げないことをするなよ
ものすごくビビってたぜ
ノミの心臓だから あまり恐がらせるなよ
これで逃げたら あんたのせいだからな

エトーさん

あんたには色々 バレちまってたんだな
おれは夢の中で あんたとセックスしたかな?
なのに呼んだのはあんたの名前じゃなかったから 気を悪くしたか?
だから その主を 確認しにきたんだろう?

マックをな

あんたの代わりになるには 色々足りない男だが
別にあんたの代わりというわけじゃないから 関係ないよな
おれは あのベースマンが どうしてだか気に入ってるみたいなんだ
おかしな趣味だろ?
変だよな?

我ながらそう思うよ
おれは昔から 理解のできないやつに惹かれる習性があるようだ

でも中味は そう悪くないんだよ
まったく相手にならない石ころのような小僧だと思ってたのに
いつの間にか 気にいるようになってたんだ
捨てられない何かに 変ってたんだ
不思議なだものだよな

それに 良いミュージシャンだしな
シックスティーズのベーシストなんだ
ベースだ
味な楽器を 選ぶヤツだろう?

ベースは ひとりえっちの楽器じゃなくて
セックス楽器だっていうんだ
だから ひとりでは気持ち良くなれないんだとさ
おれが 必要なんだって
変な小僧だろ?

話したんだよな?
あんたも マックが気に入ったか?
あんたが昔 見捨てようとしたファビは あいつが気に入ったみたいだった

あんたとマックも 唐突さのタイミングが 合いそうな気がする
だからあんたは マックにおれのことを 頼んだんだよな?
もう安心できそうかい?
もうおれの心配を しなくて済むよな

エトーさん

この指輪だけどな
もうなくても なんとかやっていけそうな気がするんだ
あんたにこの指輪の報告をしたのは かなり遅かったから
あまり嵌めてないだろと 思われているかもしれないけど
そんなことはなかったよ
あんたが おれの所に戻ってきたと感じられてた
おれにとってこれは 長い間 大事な支えだったんだ

だけど
おれはもう これを外していいかな?
ここに今日 置いて帰ろうと思うんだ
もうおれには 必要ないような気がするんだ
これがなくても 大丈夫だと思うんだ
この指輪は胸にかかるネックレスにして 心の中に飾るよ
忘れないでいるから 安心してくれ

それで今日は来たんだ

もしも この指輪を外す日がきたら
脳天気な神様みたいに おれを赦してくれと頼んだよな
心変わりをしたおれを 笑って赦してくれるよな

エトーさん












鏡 夜「それを、返すのですか?」

レイジ「キョウ―――。またついてきたのか? うん。返そうと思ってる」
鏡 夜「いけません。そんな高価なものを墓石の前に置いたら、墓荒らしが出ますよ。
    風紀を乱すと、管理人さんに叱られます。賛成できませんね」
レイジ「そうか。じゃあ、どうするかな。墓の中に入れて返すか?」

鏡 夜「私が頂くことは、できますか?」

レイジ「―――これを? おまえが?」

鏡 夜「そうです」
レイジ「欲しいのか?」
鏡 夜「ええ。欲しいです」
レイジ「人工石だぜ? 模造品だ。知ってると思うが……」

鏡 夜「はい。石はそうですが、デザインはアンティークのように良いものです。
    台座の装飾とリングにかなりの額をかけたことを、私は知っています。
    あなたが、特別にオーダーされた指輪です。ただひとつのもの。
    模造石であってもその指輪は、美しいものだと思います」
レイジ「まぁな。良い指輪だと思うけどな。でも本物と比べたら、まったく高価なものじゃない。
    指輪が欲しいのなら、本物の宝石の指輪をおまえにやることはできるけど?」
鏡 夜「私はそれが欲しいのです。代わりに頂きたいのです。
     あなたが長い間、支えにしていた指輪です。私はあなたの代わりに、それが欲しい」
レイジ「まさかそれを持って、おまえがどこかに消えるんじゃないだろうな?」
鏡 夜「お望みでしたらそうしますけど」
レイジ「バカ。そんなことは、まったく望んでない! そんなことは、赦さない。おれの傍にいろ。
    そういう約束だ。おまえに今去られたら、おれはまた魂が抜けたようになっちまうぞ」

鏡 夜「いいえ。そんなことは、ないと思いますよ。
    あなたはその指輪を返して、もっと必要なものを手にするのですから。
    もう私など、きっとあなたの安らかな心には、必要ではありません」
レイジ「ちがう。おれには、おまえも必要なんだ、キョウ」
鏡 夜「私とマックさんの、どちらかを選べるというのですか?」
レイジ「それを、おれに答えさせたいのか?」

鏡 夜「いいえ。私が去らずにあなたの傍にいる条件は、ひとつだけです」

レイジ「なんだ。条件があるのなら言ってみろ」
鏡 夜「あなたの全てを、私が引き継ぐことです。
    あなた名義の店も、会社も、仕事も、人脈も、地位も、資産の全てを。
    あなたの持つ、全てをです。ああ、でもマックさんは要りませんよ。それは省いてください。
    私があなたの死後、あなたの恋人以外の、あなたのすべての持ち物を貰い受けます」
レイジ「マックはいらないのか。きっとあいつが聴いたら、気を悪くするぞ」
鏡 夜「それくらいの嫌がらせはしょうがないでしょう。でも新たに若い愛人を作るなら、
    愛人は、私に払い下げて下さいね。愛人は頂きます。それらの契約を私として下さい。
    確かに結んで頂けるのなら、私はあなたの傍にいて全てに関わる業務をこなし、
    あなたを護るものとして、あなたがこの世を去る最期のときまで残ります。今まで通りに」

レイジ「ついに本性を現したな。やっぱりおれの財産が狙いか?
    だが、おれはいつもそう言ってきたはずだ。おれが死んだら、おまえに全てをやると。本気だぜ。
    なら条件にはならないよな。それとも、死後じゃなく今すぐに手に入れたいということか?」
鏡 夜「いいえ。今ではなく、もちろんあなたが亡くなって、完全に荼毘に伏されたあとの話ですよ。
    それまでは、まだまだしっかり働いて頂かなくてはね。私もあなたにまだ学びたいことはあるのです。
    私は、あなたを敬愛しています。ですが、口約束では困ります。そうでしょう?」
レイジ「契約書を書くか? そうすれば、おまえは消えない?」
鏡 夜「ええ。消えません」
レイジ「いっそ、おれの養子になるか? その方が手っ取り早いぞ」

鏡 夜「養子も良いですが、紙では美しさに欠けます。契約書と同等の、確かな別の証しを頂きたい。
    そうすれば私は消えませんし、マックさんのことも、もう苛めませんよ。……なるべくね」
レイジ「それは良かった。マックはおまえを恐れているし、おれはおまえを失うのは最大の痛手だ。
    特におまえが商売仇に寝返るのが、最悪に恐ろしい事態だからな。それを避けたい」

鏡 夜「その指輪を、契約書の代わりとして、私に下さい」

レイジ「この指輪を契約書変わりにか? こんな指輪に、法的効力なんかないぞ?」
鏡 夜「今はね。最終的に、契約の印になり得る重要な証しとしての付加価値を与えればいいのです。
    あなたが亡くなったら、骨を砕いてこの指輪に入れます。エトーさんとあなたのDNAが刻み込まれるのです。
    主の指輪です。そうしてこの指輪の主が、ピアノマン等を引き継ぐ証しとするのは、いかがでしょうか。
    あなたの全てを受け継ぐ者は、この指輪の所有者となります。懐古ロマンはお好きな物語でしょう?
    美しい、いわくつきの古い指輪が、主を巡って受け継がれてゆくストーリーです」
レイジ「――――いいね。悪くない。それは非常に良いアイデアだ。ゾクゾクする。
    たいしたストーリィーテラーだ。よし、鏡夜。おまえに、この指輪をやろう。この指輪さえあれば、
    おれが死ぬまでおまえは、この指輪をして、おれの傍にいるわけだな」
鏡 夜「はい。あなたの望むように。ただ、すぐにそれを私がしていては、美しい物語になりません。
    あなたがそれをしないのであれば、私が預かってその日まで大事にしまっておきましょう」

レイジ「おれの墓石は、その指輪か。悪くないな。
    だが受け継がれてゆくものなら、おまえの跡継ぎも、いずれ必要になるよな?
    おまえの代で潰す気じゃないのならな。ピアノマンが売られて行くのは、少し胸が痛む」
鏡 夜「ご心配なく。後継者を探しておきますよ。他の店は人手に渡っても、ピアノマンの権利は絶対に渡しません。
    あなたと私、そして関わったひとたちの思い出の記憶として、新しい世代に残します」
レイジ「そうか。ゲイの所有者ばかりだと、世継ぎが大変だろうな」
鏡 夜「そうですね。もしも見つからない場合は、ヘミさんのご子息に、相談することにしましょうか」
レイジ「! おまえ……」

鏡 夜「どうされましたか? 彼女は男の子をお産みになりましたよね。みなさん、ご存じです」
レイジ「……おまえに隠し事は無駄か……。本当に恐ろしいヤツだな、キョウ」
鏡 夜「無駄だといつも申し上げているのに。大丈夫ですよ。心配などしなくとも。大事な保険ですからね。
    消し去ったりはしません。ただ、私はいずれ、欲しがるかもしれませんけれどね。
    あなたとヘミさんの遺伝子なら、恐ろしく美しい少年になるに違いありませんからね。
    ただ恐らく性格に問題が出ます。私が教育者として適任になるでしょう。大切にお護りしますよ」
レイジ「それはヘミと相談してくれ。おまえに任せる方が問題が出そうだけどな。
    それに子供はヘミとジュウリの息子だ。おれには、いっさい関係ない」
鏡 夜「そうですね。あなたには関係のない話でしたね」

レイジ「おまえは、何者だろうな」

鏡 夜「あなたの命を引き換えに、生かされたものです。私は弱き者でした。
    あなたに出会わなければ、私はこの世にはいなかった。
    代償に、あなたが裏の世界で名をあげる手助けをする約束をしました」

レイジ「おれは結局、命を引きかえられなかったけどな」
鏡 夜「それはきっと、神様の御慈悲です。あなたは生きるべきひとだった。それでも命を私にかけて下さった」
レイジ「結果論だ。そしておまえは、クソ真面目に期待以上の成果をあげて、約束を守ったよな」
鏡 夜「そうですね。結果的に約束は守れたでしょうか?」
レイジ「守れた以上だ。おまえの代賞の方が大きかったな。おれは命もあるんだし」
鏡 夜「最初の契約が終わったのなら、新たな契約が必要です。
    あなたの愛が手に入ったなら、私は他の何も要らなかったのですけどね。
    あなたの事業も、ピアノマンも、財産も。何も要らなかった。残念です。
    でも、また新しい契約を交わせました。これで死ぬまで一緒ですね」
レイジ「は。愛だけで生きていくつもりだったってのか? おまえが? 嘘だろ」
鏡 夜「嘘ではありません。それでも良かったのです。あなたが私のたったひとりの恋人でいて下さるのであれば」
レイジ「おまえは欲がないよな。ま、それを本当として言うならば、だがな」

鏡 夜「いいえ。あなたの資産よりも、私にはあなたと一緒に居られる方が尊い。
    代償どころか、私の望む願いでした。なのに欲が深いせいで、二番の価値しか与えられなかった、愚か者です」
レイジ「誰に訊いても、おまえは賢くて、怖い男だけどな」
鏡 夜「ですから、私をお救いになったのでしょう?」
レイジ「そうだよ? 死にかけの悪魔を見つけたなら、これ幸いに恩を売っておきたくなるよな?
    そんなラッキーな状況は、人生の中でもそうはないからな」
鏡 夜「私は、あなたにとって悪魔でしょうか?」
レイジ「悪魔だな。でも憎めない可愛い悪魔だ。スイートデビルだよ。おれが愛した悪魔だからな。    
    ずっとおまえを、約束で縛っておきたかったわけじゃない。自由にしてやりたかった。
    おれは、おまえを愛してたんだ。キョウ。……ただ、ちょっと隙間に邪魔が入った」

鏡 夜「契約が、あなたの愛であったなら、どんなに良かったでしょうか。
    レイジさん、私はとても苦しいです。心の痛みに耐えることで、気を失いそうなほどです。
    あなたを、私は今でも愛しています。狂いそうなほど、あなたが好きです」
レイジ「キョウ……。来いよ。キスさせろ」

鏡 夜「宜しいのですか? そんなことをして、マックさんに怒られませんか……」
レイジ「うるさい。黙ってりゃわからないだろ。別にセックスするわけじゃないんだ。キスくらい挨拶だ。
    今後も、おれがしたいことは我慢しない。なんで奴にそこまで譲歩しなきゃならないんだ?
    おれはそんなに、生真面目で無粋な男でもないんでね。
    エトーがどっかで現地妻を抱いていた時だって、おれはひとり泣いてなんかいなかった。
    どっかの美青年にガンガン突っ込んで鳴かせてたさ」
鏡 夜「そういえば、新庄社長と一緒に、楽しい狩りのナイトゲームもされてましたよね」
レイジ「あれはエトーが死んでからだけどな。まぁ、若気の至りだ。もうそれは卒業した娯楽だ。
    懐かしい過去のことだ。マックに言うなよ?」

鏡 夜「あなたは、一度は、恋人の名を私に与えてくれました。嬉しかった。幸せでした。
    ですが、私ではあなたには役不足でした。ひとの愛というのは、難しいものですね。
    自分を愛していない者に、愛は味方をしてくれません。よく、今回それがわかりました。
    私はこれから、自分も愛することにします。ですから、あなたと私のために、今後は生きて行きたいのです」
レイジ「そうか。自分を大事にするのは、良いことだ。それは良かった。素直には信じがたいけど。
    これからも、よろしく頼むよ。とにかく、おまえがいないと、おれは何もできないんだからな」
鏡 夜「それにしても、あなたは結局、自分からは絶対に折れませんでしたね。大したものです。
    さすがと云おうか、あざとくてズルいと云おうか。脱帽です。
    仕事でも何でも、いつもあなたの望む結果を、あなたは損せずに最後には手にするわけですよね。
    悪魔はいつも人間の方が恐ろしいと思っていますよ。だから、私はあなたに魅了されたのですけど」

レイジ「まさか! ぜんぜん損してるだろ? おれは財産を全部、盗られるんだぞ? 史上最大の大損失だ!
    おれはそんな大きな代償を、あのアホな小僧のために支払う価値があるのか?」
鏡 夜「あると思うから、こうなっているのでしょう? それとも、この契約をやめますか?
    思い出の指輪はそのまま、嵌めておけばいいのですよ。別にそうしていても、かまわないのでしょう?」
レイジ「指輪はしない……。指輪があると、面倒くさいんだ。マックが気にする」
鏡 夜「そうですか。優しい配慮ですね」

レイジ「おれはちゃんと、犠牲を払ってる。いつ、おまえの気が変わっておれが今すぐ追い出されて、
    憐れなホームレスになるかは、わからないんだからな。日々、おまえの顔色を伺うことになる。
    指輪の契約書を握っているのは、おまえだ。おれを気まぐれで捨てないでくれよな、キョウちゃん」
鏡 夜「そうですね。せいぜい、私の気分を害さないようにお願いしますね。なんて、冗談ですよ。
    さぁ、陽が暮れるまえに帰りましょうか。もう随分と日暮れが早くなりましたね。秋の気配です。
    もう夏も、終わりですね……。少し寂しい気がします。今年もハロウィンのことをもう考えなくてはなりませんね」

レイジ「絶対、冗談じゃなくて本気だよな、おまえは……」







photo/yumi

★END★
♪WEAR MY RING AROUND YOUR NECK
(外部動画へリンク)