サマータイム・ブルース・2

03





マック「くっそー、茅野の野郎、ただじゃすまさん。ふざけるのも大概にしやがれってんだ。
    結局、あれ、生きてる人間だったんじゃんか。レイジさんの旧友の、コウジさんです、だと?
    俺がどんだけ驚いたと思ってるんだ、畜生。謝ったくらいで済むか!!
    コッチは、お前の後ろだー!的にびっくりして心臓が口から跳び出るとこだったんだぞー!
    もう金輪際、茅野のことは、カヤノって呼び捨てだ。絶対、さん付けはしねぇからなッ」

 男 「よう、男前のにーちゃん。やけに怒ってるね。どうした? 誰かとケンカしたのかい?
    恋人か? 嫁さんか? むしゃくしゃした話があるなら、全部話して吐き出しちまえよ。
    行きずりのおれが聴くぜ? 一杯、奢らせてくれよ」
マック「どなたさま? ピアノマンで最近よくナンパされるんですけどね、俺」
 男 「にーちゃん、ずいぶん男前だからな。怒ってる横顔がいいよな? 不機嫌そうな面が、ぐっとくるよ」
マック「いやいやマジでそっちのひとですか? ―――て。あんた、すごい迫力の出で立ちですね」
 男 「おれが? どんな風に?」

マック「パイレーツ・オブ・カリビアンの海賊みたいだ。浅黒くても漁港のおっちゃんとは、大違い。
    カッコいいな。映画俳優みたいだ。映画の撮影? 俳優のひと?」
 男 「ちょっとした航海の途中なんだよな。ラムが切れたから、酒場に立ち寄ったんだがね。ヨーソロー!」
マック「どこまで本気ですか? その破天荒な設定、付き合わないとダメなのか? すでに酔っ払いですか?」
 男 「おれが酔っ払いに見えるか? あんたは? にーちゃんが酔っぱらってるんじゃねぇか?」
マック「え、俺の方なのか。もしかして、また幻覚……。いやいや、あれは幻覚じゃなくて、茅野の悪ふざけで、
    お化けじゃなくて生きてる人間だったから、これもきっと……。あれ。俺はいつピアノマンに来たんだっけ?
    ピアノマンだよな、ここ。なんだか変な感じだな。色々、状況を思い出せない。なんだか、現実っぽくない気分だ」

 男 「そうか? おれはお化けかもしれないぜ。お盆だから、ちょっと遊びに来たのかもな? ヒュードロドロドロってな」
マック「……飛んで帰りたいけど、なんだか指一本も動かないのは、何故だろうか」
 男 「にーちゃん、それが俗に言う金縛りと云うんだよ。……なーんてなぁ♪」
マック「笑えないんですけど。なんなんだ、この間から。俺が何したって言うんだよ。なんのイタズラだよ。
    なんか泣きそうになってきた。もう茅野でいいから、助けてくれ。お願いします、茅野さま!! どこだよ!」
 男 「残念ながら現実だよ、にーちゃん。泣き言を言うなよ。ツキが逃げて行くぜ」
マック「あれ? どっかで聴いたようなセリフだな」
 男 「ところで、ちょっと聞きたいんだけどな。店長のレイジはどこかな?」
マック「またなのか。あなたは、レイジのどなたさまですか?」
 男 「おれは、レイジの男だよ。聴いてないか? 江蕩って言うんだがな」

マック「……失神しそうだ。つーか、したい。絶賛、失神したい。これ、夢なのか?」
 男 「夢? そうか、夢だったら良かったな。だが残念ながら、現実だ。さっきからそう言ってるだろ。
    ちゃんとしっかりその目を開けて、こっちを見ろよ。 おっと。にーちゃん、鋭い良い眼をしてるな?
    いいねぇ。好きなタイプだ。野性的な眼は、狩りに向いてるぜ。危険な冒険に出ないか?」
マック「イヤです。危険は嫌いです。その、さっきから気になってるんですけど、シャツの胸についてるのは、血、でしょうか?」
 男 「トマトジュースをこぼしたんだよ。どうした? バケモノでも見るような目つきだな?
    言っとくが、おれは死んでないぜ? 死んだと皆が思ってるらしいけどな。こうして、実は生きてる。
    おれは、本当は死んでない。少なくともレイジは、おれをまだ生きていると信じてるはずだ」
マック「レイジは、あなたを死んだと言ってましたけど。もれなく皆さまもね」

 男 「そりゃ、そう仕向けたからな。俺とそっくりな変わり身を探して送った。親だって騙されたんだ。完璧だ。
    けどレイジは、騙されなかった。おれの帰りを信じて、ここで待ってる筈なんだ。そのための店だからな。
    おれの帰りを待つために、レイジにやった店だ。
    もし、おれを待ってないなら、すぐにこんな店は畳んで、どこかにトンズラしてる筈だろ? レイジはどこだよ」
マック「じゃ、なんで今まで帰ってこなかったんだよ? 今更、のこのことやって来て、ふざけんな。
    あんたをずっと待ってたんだぞ、レイジは!! しかもあんたの後追い自殺までするとこだった!
    本当に死んでたらどうする気だったんだよ?! この身勝手な人殺し野郎が!」
 男 「色々な陰謀があってな。レイジには悪いと思ってるが、どうしても戻れなかった」
マック「それでもレイジにだけは、連絡すべきだろうがよ?」
 男 「できなかったんだよ。命を狙われてるんだ。おれが生きてると知られたら、レイジも巻き込まれる。
    だから仕方がなかったんだよ。ところで、おまえは、レイジの何だよ? 何で呼び捨てなんだ、小僧」

マック「俺は、俺は……。レイジの。レイジさんのお友達です。クソ……なんだよもう……」
 男 「友達か。本当か? ところで、あいつの今の相棒、鏡夜のヤツはどこだ? いるんだろ?」
マック「知らねェよ。あいつは、仕事しないバーテンダーだよ。どっかで遊んでるか、どっかで監視して嗤ってる。
    これももしかして、あいつの真夏ドッキリだったら、今度こそ殺してやるからなー」
 男 「監視してる? ……そうか。あいつは奴らのスパイか。すっかり騙されてたな」
マック「スパイ?」
 男 「そうだ。敵の傭兵だ。レイジを監視してやがるんだ。クソ。もう密告してるかもしれねぇな。ここもヤバイか。
    あいつには、用心しねぇとな。うっかり背中を見せたら最後だぜ、にーちゃん。気をつけろ」
マック「ええええ!! やっぱり、そうだと思ってた!」
 男 「それとな、ラフエンテの旦那のとこのイカレ小僧も危険だ。あれは大物になる。正体は悪魔だ。要注意。
    それで? さっき、怒ってたのは、鏡夜のことか? おれも結構、アイツには云いたいことがあるんだ。
    まぁ、一杯やろうぜ。夜は長い。えーと、にーちゃんは誰だっけな? 名前を聴いたかな」

マック「あのー、命を狙われてるにしては、やけに落ち着いてますよね?」
 男 「それが現実だからな。どう過ごしてても現状は変わらねェ。命を狙われてても、もよおせば便所にゃ行くだろ?
    殺されそうになっても、突然、糞がしたくなること時はあるよな。腹の具合は空気を読まねぇからな」
マック「いやまぁ、そういうこともあるのかな。リアルですね」
 男 「あるさ。殺されるときに、腹を壊してねぇとは限らねぇだろ。南米での食い物はシビアなんだよ」
マック「いやまぁ、そうだとしてもだね……。けっこう面白いな、あんた」
 男 「おまえもな。ここには酒があって、カウンターがある。だったら、男同士、飲んで話そうぜ。
    腐るほど、話はあるんだ。聴いて行けよ。あんたの目が気に入ったぜ。にーちゃん、名前は?」
マック「緊張感のないお尋ね者だな。レイジの男だからこんなもんか、しょうがないよなー。
    俺の名は、マックだよ。シックスティーズのベース弾きだ。軟弱なプロのミュージシャンだから冒険の勧誘、お断り」
 男 「なんだ、おまえがマックなのか」

マック「へ? 俺を、知ってるのか?」
 男 「名前を聴いてる。レイジがたまに間違えるんでな。友達ってセフレの方かよ。まいったな」
マック「レイジが、間違える?」
 男 「そうだ。おれがレイジを抱いてる最中に、間違えて呼ぶ名前が、『マック』 だな」
マック「……なんですと? ちょっと待ってくれ。色々と問題発言だ。えーと、どれを正そうか。
    正したくない事柄もいっこあるけど。なんだって? レイジをどうしてるって?」
 男 「レイジは、おれとはまだ寝てないと言ってたんだろ? でもそれは過去の話だぜ。
    今は毎夜、レイジのベッドに忍び込んで、あいつを明け方まで、存分に抱いてる。突きまくりだ。
    以前、レイジには襲われかけたんで、俺がやられる役なのかと蒼白になったが、やっぱ逆でないとな」
マック「……どうしよう。レイジは悪霊に犯されてるのか。エロチックな展開すぎるような」

 男 「あいつの体があんなにエロいとは、思わなかったぜ。しまったよなぁ。今まで大損をしてた。
    レイジは、イイよな? 角度を変えて突いてやると、たまらねぇ声を出すだろ?」
マック「ああ、ええ、まぁ、ハイ。いやいやハイってなんだ、俺……。こんな時に不謹慎だぞ」
 男 「そうか。おまえなのか……。 レイジは昔、このカウンターで金魚を飼っててな」
マック「はい?」
 男 「金魚だよ。尾ひれのヒラヒラしたヤツだ。白と赤のブチで、ガラスの金魚鉢に入れて、飼ってた。
    それを、日が暮れるまでぼんやり見てたんだ。ずっと一日中、見てた。何を考えてたんだろうな?」
マック「さぁ? 金魚の生態について?」
 男 「じゃ、よろしく頼むぜ、マック」
マック「はい? 何を? 金魚の世話?」

 男 「レイジだよ。レイジの世話だ。おまえに任せる」

マック「え? あんたは、やっとレイジのとこへ帰ってきたんだろ?」
 男 「帰ってきたが、抱いてるときに違う男の名前を呼ばれたんじゃ、おれの出る幕じゃねぇと思うよな。
    もう、遅かったんだな。戻るのが遅すぎたんだ。レイジは、おまえのアレの方が良いらしいぜ、マック。
    潤んだ瞳でしがみついて、おまえの名前を呼んでる。……おれの名前じゃないんだよなァ。
    残念なような、ほっとしたような、複雑な気持ちだよなァ。おれ俺はもう、過去の男ってわけだ。
    けど、これでもう金魚を日中眺めてなくて済むだろ、あいつも。あれはおれを、きっと待ってたんだな」
マック「???? 俺に、レイジを頼むって? あんたが?」
 男 「そうだ。おまえがいい。おれは目利きだ。間違いないだろう。おまえにレイジを頼みたいんだよ」
マック「あんたは、どうするんだ?」
 男 「おれか……。そうだな。また航海に出るか。あちこちの港に、現地妻はいっぱいいるしな」

マック「レイジも、日本の現地妻のひとりなのか?」
 男 「バカをいうなよ。レイジは違う。レイジはおれの大事な、大事な一部だよ。相棒だ。
    あいつが死なないように、見ててやってくれ。おれの心残りだ。誰かに頼まないと成仏できない」
マック「今、成仏って言ったか?」
 男 「おっと、死んでることが、バレたな。騙して悪かった。最近、あいつは盆になるとおれの墓にくるんだよな。
    長年、墓参りに来た事なんか、一度も無かったのに。だからなんか、気になってな」
マック「それであんたは、レイジのことを誰かに頼みに、あの世から戻って来たのか?」
 男 「ああ、けど小僧に任せるぜ。決めた。レイジはおまえがいいみたいだからな、マック」
マック「茅野じゃなくて? 茅野じゃなくてもいいのか? 何で?」
 男 「鏡夜はレイジを好きなようだし、おれの墓掃除もしてくれるが、レイジが惚れてるのは、おまえだからな」
マック「惚れてる? ほんと? 体の相性がいいだけじゃなくて?」
 男 「バカなのか、おまえ。そんなもの、わかるだろ?
    おれと約束しろ。死の契約だ。いいか小僧。死人と結んだ約束を反故にすると、恐ろしい目に合うぜ」

マック「ど、どんな目に合うんだ?」

 男 「真夜中……。
    ピアノマンに飲みに来ると、毎回トマトジュースを上手に飲めないおれが話す世界中のエログロな下ネタ話を、
    明け方まで聴かされることになる。延々と。……どうだ。恐ろしいだろう? これは恐ろしいことの序章だ」
マック「わかりました。絶対、約束は破りませんから、そんな話をしにわざわざあの世から来ないでください」

 男 「そうか。結構面白い話もあるんだがな。まぁ、頼んだぜ。おれとの約束を破るな。
    いつでもあの世から見てるぜ。いや、いつもじゃねぇけど。今は留守にしている方が多いけどな。
    あの世にも謎の秘宝があって、今、死の唄の楽譜を追ってるんだよな。だからけっこうおれも、忙しい。
    だけどもしもこの先、レイジを捨てたら、おまえを呪い殺すからな。約束を破ったら、おれは死の唄の楽譜を必ず手に入れて、
    おまえの指が血塗られるまで、真夏のデス・ソングを永久にベースで弾かせてやるぜ、マック――――」





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