サマータイム・ブルース・2

01




 男 「すいません。要レイジの店はここ?」

マック「へ? カナメレイジ? えーと。……ああ、そうなるのかな。たぶん。
    そんな聞かれ方したことないんでいまいちピンとこないけど、確かにレイジの店ですねぇ」
 男 「やぁ。そうか。良かった。業界では有名なんだけど、この店に来たのは初めてでね」
マック「どこの業界の方? 暗黒街の業界のひと?」
 男 「デザインだけど。暗黒街ってそれ例えなの? 云い得て妙だなぁ。
    俺は広告とかパッケージとかの仕事をフリーでしてるんだ。ただのビジュアル何でも屋。
    ふうん。さすがレイジの店はセンスいいよな。アンティークだらけだ。良いものがある。噂通りだなぁ」
マック「あなたは、レイジのどなた様?」

 男 「俺? レイジの古い友達かな。長いこと仕事で外国に行っててさ。久しぶりに帰ってきたんだ。
    でもここのオーナーのことをレイジと呼ぶ、わりと若そうなお兄さんは、ダレ?」
マック「俺ですか? 俺はしがないベースマンですよ。そんなに若くもないですけど。
    うっかりレイジ様のことをただの客の俺が呼び捨てにしてたことは、内緒でヨロシク」
 男 「ベースマン? ベーシスト? バンドのひとかな?
    あ、もしかして、きみってシックスティーズの、バンドマンなのかな?」
マック「ご存じで?」

 男 「もちろん、知ってるさ。昔、レイジに連れて行って貰ってね。ムードのある店だよな。
    そうか、今もまだあるのかぁ。懐かしいなぁ。あの美形のヴォーカルは、まだ居るの?」
マック「美形で気位のお高いひと? いますよ。今もオレ様バリバリで歌ってますねー」
 男 「そうかぁ。あれから行ってないからなぁ。長い長い時間が経ってしまったよな」
マック「レイジとは、久しぶりなんですかね?」
 男 「そうだね。あいつとはずっと長いこと連絡をしてないし、長年会ってない。
    懐かしいよ。レイジは、元気なのかな……」
マック「元気だと思いますよ」

 男 「今は、いないのかい?」
マック「残念ながら出張に行ってるらしいです。俺も空振りでね」
 男 「出張だったのか。あいつは手広くやってるって噂だったもんな……」
マック「どんな古い友人か、訊いてもいい?」
 男 「ああ、初めての会社の同僚だったんだ。でも一年後には解散したんだけどね。
    でもレイジとは、ずっとそのあとも長いこと付き合いはあったんだよ」
マック「そうすると、相当長い? もしかして、エトーさんを知ってるひと?」
 男 「江蕩さんか……。もちろん、知ってるよ。なんたって俺たちの上司だったからね。
    彼、亡くなったんだってね。俺は海外に居て葬式には行けなかったんだ。それに――」
マック「それに?」

 男 「レイジとは、顔を合し辛かったんだよな……」
マック「どうして? 昔の同僚なら悲しみを共有できるんじゃないの」
 男 「うーん、俺はさ、レイジと江蕩さんの大事な時間を無駄にさせたヤツなんだよ」
マック「ほう。それはすごく意味深なセリフですね」

 男 「三年ほど前になるかな、俺たちがその頃、世話になってた社長が亡くなったって聴いた時にね、
    思い切ってレイジに会おうと思ったんだ。でも結局、姿を見ても、声はかけられなかった。思いきれなくてさ。
    それでやっと今日、決心して懺悔に来たんだけどね。そうか、レイジは留守なのか……。残念だ」
マック「なんでしたら、俺がソレ、聴きますけど?」
 男 「え? 俺の懺悔を? なぜ関係のない君が? それとも関係あるのかな?」
マック「そんなに決心して来たなら、誰かにとりあえず話してみた方が、気が楽になるんじゃないかなと思ってさ。
    良かったらまったく関係ない俺が、お聞きしますよ。懺悔のリハーサルみたいなことでどうでしょう?」
 男 「懺悔のリハか。面白いな。でも、そうだよな。せっかく来たんだから、昔話としていっそ吐露して帰るかな。
    この店でそれを話したら、江蕩さんも帰って来てて、聞いててくれるかもしれないしね」
マック「まぁ、今はお盆の期間ですからね。俺はそいうの、まったく信じてないけど」

 男 「じゃ、何処から話そうかな。江蕩さんは、凄く見た目もカッコイイ、俺たちのチーフだったんだ。
    でも結構、性格はザッパーでね。良い仕事はしたけど、ルーズなひとだった。
    無責任で、新人の俺らに毎回尻拭いをさせるくらい、イイ加減なひとだったね。
    だけど人たらし的な魅力があって、ずっと俺とレイジは一緒に文句を言って反感を持ちながらも、
    結局本当は心の底で、あのひとに憧れてたし、嫌いじゃなくて好きだった」
マック「あんたも、エトーさんを好きだった?」
 男 「そう。会社が無くなったあとちょっとした会で再会して、俺は江蕩さんに連絡先を貰って、
    仕事でまた付き合いを続けてた。業界が同じでさ。ただ、レイジにはそれがバレるまでは内緒にしてたんだ」
マック「内緒に? 何で?」
 男 「レイジは特に社内でも、エトーさんと反目しててね。二人の仲はいつも悪く見えたし、
    ことあるごとに衝突してて、俺はレイジはエトーさんが嫌いなんだと思ってた」
マック「レイジが、エトーさんを嫌いだと思ってたのか?」

 男 「……というのは建前で、本当はレイジも江蕩さんに惹かれてたのは知ってたんだけどさ。
    解ってたんだ。江蕩さんの方も、まんざらじゃないって、俺は薄々気が付いてたとは思う。
    ただ二人は不器用でさ。お互いそれを認めたがらなくて、結局、俺というパイプがあったのに、
    お互いに会いたいとは、いつもどっちからも云わなかったんだ。だから放っておいた」
マック「あんたは、わかってたのに橋渡しをしなかったのか?」

 男 「俺はさ、レイジと江蕩さんを会わせるのが、イヤだったんだよな。
    だから、自らそんな役割はしなかったのさ。今から思えば、俺が早くそうしていれば、
    あの二人はもう少し早く、お互いの気持ちを知り得たかもと思うよ。
    気持ちを伝えあう時間を台無しにした。俺が二人を嫉妬でジャマしたってことだよな」
マック「でも、結局レイジはエトーさんと一緒に仕事を始めたんだろ?」
 男 「そう。最終的にはね。やっぱりと云うか、あの二人の間に、俺は入れなかったんだ。
    レイジに、江蕩さんと仕事を始めることを謝られたけど、本当は俺こそ、
    二人に謝らないといけない立場だったんだよな。嫉妬して、ずっと会わせなかったんだからな。
    その後、江蕩さんが早くに死んでしまったんで、それをレイジに謝りたいと、ずっと思ってた。
    俺が嫉妬さえしなかったら、二人はもっとお互いの時間を長く持つことができたと思うからさ」

マック「……後悔ってのはそういうもんだよ。うまくことは運ばない」
 男 「レイジは、俺を赦してくれるだろうかね」
マック「許すんじゃねぇかな、きっと。というか、怨んだりなんかしないよ。かなり昔の話だし。
    それにたぶん、あんたの過去の行いは、その後のレイジに関わるどこかの誰かには、
    意外に幸運を与えてると思うよ。立場変わればだよ。きっと、巡り巡ってレイジにもさ」
 男 「そうかな? 不幸の裏にも、レイジに幸福はあったかな?」

マック「うん、表裏一体だ。そう思ったら、気が楽になるでしょ。
    いつまでも不幸じゃない人に悪かったと思って過ごすのは、健康に悪いぜ。忘れたらいいよ。
    でもレイジが、もう不幸じゃないのは本当だよ。レイジは不幸じゃないよ。
    その時間が少なかったせいで、後々隙間に入り込めたラッキーな存在と出会えただろうって話」
 男 「そんな人物がいるみたいに云うね?」
マック「そうですか? でもそう思ったほうが、いいでしょう。時間は戻らないんだから」
 男 「確かにね。少しの気休めにはなるのかな。
    だけど……いつもいつもレイジは、江蕩さんに逆らってばかりだったのに、
    結構、可愛がって貰っていたんだよな。それがいつも羨ましかったよ。
    江蕩さん、なんだかんだ言ってもレイジばっかり可愛いかったんじゃん、何だよってさ」
マック「二人は見た目、仲が悪かったんじゃねぇの?」

 男 「再会してから、俺は江蕩さんから外注を頼まれたりで、たまに二人で飲みに行ったけど、
    エトーは、酔うと昔話を出して来て、レイジの悪口ばかりを言うんだよな。
    でもそれが酷く優しい顏でね。それは別で飲みに行ってたレイジも同じでさ。うんざりだったよ。
    もっとも、俺たちの共通点は、江蕩さんだったから、エトーの話になるのは毎度、しょうがないけど。
    この二人はこの先、二度と会わなかったなら、それまでになるんだろうって思ってたよ」
マック「なのに、会ったんだよな?」
 男 「そう。偶然なのかな。いや、どうだろうな。必然か? 俺が橋渡しをしたのかな?
    あのシックスティーズに、俺が江蕩さんを連れて行ったんだ。どういうつもりだったのかなぁ」
マック「シックスティーズに?」
 男 「江蕩さんは、もうすっかりヤバげなひとだったから、その後にレイジと仕事を始めると聴いて、
    ビックリしたけど、ああそうかとも納得したな。
    二人はずっと会わなかった長い間も、何かが繋がってて、惹かれあっていたんだ。
    でもレイジは、俺に対して申し訳なさそうだったから、居心地悪くてさ。
    俺を良いヤツだとレイジは思ってたんだ。わざとイジワルして、二人を会せなかったのにな。
    なのにそんな俺なんかに謝るなんてさ。あいつは根は素直なんだよな。鎧を外せば傷つきやすくて繊細なんだ。
    それで俺は、二人を見るのが辛くて、海外に逃げ出したってわけさ」
マック「海外に。そりゃすごい距離を離れましたね」

 男 「まぁでも、レイジたちは世界を相手に商売をしてたから、あんまりイミなかったけどね。
    どこにいても、噂は入ってきたよ。俺の仲間内が、江蕩さんらの商品を扱ったりしてたから」
マック「エトーさんの内面って、どんなひとだったのかな?」
 男 「社交性があって明るいけど絶対、心の中をひとに覗かせない男だったよ。
    職業柄もあったけど、昔からそういう男だった。
    いつも自分が用意した駆け引きを相手からさせるようにして、相手を取り込むのが得意だった」
マック「レイジみたいですね……」
 男 「だから敵も多かったね。ある種の人間にはすごく好かれたけど。癖のある人間が多い業界だからさ。
    江蕩さんはみてくれも良かったけど、眼がね。すごく深い瞳で、捕えられたら引きずり込まれるような魅力があった。
    悪魔の沼の淵みたいな光彩を放つ、闇の深みだったんだ……。それもダークな魅力で好きだったけど、
    ひょっとして悪魔かもしれないと気が付いてから、ちょっと俺は怖くなった」
マック「レイジは、悪魔に魅入られたってこと?」
 男 「そうだろうね。でも悪魔はひとを選ぶのさ。俺は選ばれなかった。俺は凡人で、素質を持ってなかったんだな。
    レイジはそうは思ってなくて、俺を器用だと言ってたけど、技術と感性は違うものでさ。
    レイジの方が離れていたのに、ずっと江蕩さんに近かったんだ。レイジはエトーさんの怖さを初めから知ってた。
    だから、恐らく近づかなかったんだろうな。ずっと避けてたのはそれもあったんだろう。今、思えばさ」
マック「レイジは、エトーさんを避けてたのか……」

 男 「似てたんだ。江蕩さんが死んだあとも、噂はよく聴こえてきたよ。
    レイジがまるで江蕩さんの生き写しだって噂がね。外見も、中身もさ。まさかと思ったけど。
    俺の知ってるレイジは、そんなタイプじゃなかったからさ。社交性はあんまり無かったし。
    でもレイジも負けずにイイ男だったし、江蕩さんの似姿にも近かったんだろうな。
    最も江蕩さんと仕事を始めてから、レイジもずいぶん性格が変わってたらしいけどね。
    嘘か誠か、あの二人が海外で色々なトラブルを起こして、映画さながらの危険な武勇伝、なんて話もあったし、
    ビジュアル的にも二人揃うと最高イカしてたんじゃないかな。第三者として、近くで見ていたかった気もするね」
マック「はー、そんなにですか」
 男 「残念だよ、本当に。あの江蕩さんが死んだなんて。葬儀には出なかったから、まだ信じられないんだけどね。
    タフなひとだったから、本当はどこかの国で生きてたりして……と思わなくもないよ」
マック「いやいや、それは非常に困る展開ですね。絶対、死んでいて貰いたいですよね。あ、すいません」

 男 「きみは、レイジが好きかい。ベースマンくん?」
マック「えっ、いやまぁ、ピアノマンのオーナーとして、好きですよね。
    みんながレイジを好きですよ。もうホント、見た目も中身も、シブくてイイオトコなんで」
 男 「昔はそんなモテる男でもなかったんだけどなぁ。人見知りだったし、暗かったし。
    外見のわりには残念な思考の男だったんだ。でもレイジは変わったみたいだよな。噂の限りではさ。
    本当に昔は結構、僻みっぽくて、ほとんど笑わないし、ハードボイルドな暗さだったんだぜ?
    仲間うちにだけは、面白いとこも披露してくれてたから、みんなレイジを好きだったけどね」
マック「レイジがハードボイルドな暗さ? ぜんぜん、想像できないけど」
 男 「ほんと? きみの知ってるレイジは、どんなひと?」
マック「お高くて、意地っぱりで、たまに非常識でなのに自分ではそれを知らないみたいで、人を駄目扱いして、
    人のことを見下して、すぐ正論で武装して、素直じゃなくて、変な知識があって、高級で、カッコ良くて、
    笑顔が良くて、指先がきれいで、みんなが憧れて、ウイットで、頼りになって、ごくたまに……カワイイ」
 男 「可愛い?」
マック「あ、いや、みんな、そう思ってます。レイジってカワイイとこもあるよな、みたいな」

 男 「人はねぇ、好きなひとのことを話すとき、瞳の色が少し変るんだよ」
マック「目の色が?」
 男 「そう。気持ちで瞳孔が開いたりして、光の出入りで明るさが変わるのかもしれない。
    江蕩さんもレイジも、お互いのことを語るとき、いつもの色とは違ってた。だから、ある日、気が付いた。
    これは両想いなんだなってさ。言ってる言葉は、ほとんど悪口なのにね。天邪鬼だったんだ、二人ともさ」
マック「レイジは、エトーさんを相当に好きだったってことですか?」
 男 「まぁ、好きなひとのことを語るとき、ひとは一瞬、そういう瞳の色になるってことだよ」
マック「ふうん? そういうもんですかね……」
 男 「不服そうだな。君も二人の仲を嫉妬した?」
マック「いや、別に俺は」
 男 「でもきっと、大丈夫だよ。きみがベースマンならね」
マック「へ?」



鏡 夜「マックさん。
    また少し飲み過ぎなんじゃないですか? タクシーをお呼びしましょうか?」

マック「えっ。―――あ。 茅野ちゃん、何だよ、今さら遅いぜ〜?
    なにやってたんだよ。こちら新しいお客様だぜ。来るの遅すぎだろーが。
    バーテンダーがサボってていいのか? 俺が魅惑のカクテルを作ろうかと思ったじゃん」
鏡 夜「お客さまですか? ――――どちらに? もうお帰りになったんでしょうか」

マック「いや、だから、ここに。俺の隣にいらっしゃいますよね? ……何、言ってんだ?
    男の、ひとが。いるだろ? ……ちょ。よせよ、茅野さん、ふざけんなよな。何で首を傾げてるんだ。
    いるよね? 俺のこの横には、彼が、男性がいるよね?! いますけど!!」
鏡 夜「そうですか。あなたの隣にですか? そうなんですか? そうですねぇ。
    いるのかもしれませんねぇ。今、お盆ですしねぇ。……なんて冗談ですよ」
マック「よ、良かった。脅かすなよ、てめぇ。趣味悪すぎるぞ!」
鏡 夜「はいはい。駄目ですよ、マックさん。だからあまり飲み過ぎないよう、私は申し上げているんです。
    幻覚の人間に話しかけるほど、酔って飲んではいけませんと―――― 」

マック「ッ!! っわあーーーーーーー!!」





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