星に願いを
When You Wish Upon a Star

01
December

登場人物:レイジ/マック
場所:マックのマンション部屋




レイジ「おまえ、そればっかり締めるなよ」

マック「だって他に持ってないんだ、ネクタイ」
レイジ「買えばいいだろ」
マック「今さら安物は買えないだろ。これが良いんだよ」
レイジ「悪いがそれはそんなに高級品じゃないぞ。おまえの給料で何十本も買えるものだ。
    時間がなかったからな。やっぱり本物の高級っていうなら、手縫いでイタリア製の……」
マック「いいんだよ。高級じゃなくてもこれは後生大事にするよ。締め心地が凄く良いんだ。
    それにハデで、ステージ映えするし。自分で買ったんじゃ、価値がないし。
    これはレイジに貰ったものだから、俺には高級品なんだよ。レイジの愛が、そこにあるだろ」
レイジ「―――大袈裟だ。でもそこに愛なんかないぞ。ま、一応シルクだからな。心地はいいだろうさ。
    そうだな。おまえが本物のネクタイが似合う男になったら、一流のネクタイを買ってやるよ」
マック「よぉし、頑張るぜ!!」



別に――――――

今でも、ネクタイは十分似合っている。

彫の深い顔立ちは、見た目でネクタイが似合うようにできているものだ。
安物であろうが高級であろうが、似合うことに勝る以上の値打ちなどない。

本当はあんな派手なものじゃなく、もっとシンプルなものが良かった。
だが、ステージではシンプル過ぎると形を成さない。
大舞台で、米粒を見るようなものだ。
ステージには、結局派手で明るく映えるものがいい。

しかし、いつもの店で魅せられたネクタイは、
センスは良いが派手ではなく、むしろ地味寄り。
シルクの灰色地に、カラフルな彩りのストライプラインを横軸に細く切り取り、
斜め状にそれをいくつも施したシンプルで上品なデザインだった。
馴染みの店員が、奥から出して来たものだ。

ずい分と粋だ、そう第一印象で思った。

派手ではなくとも、黒地のシャツとベストなら、
シルバー系のネクタイの存在感はあるだろう。
だが、そのネクタイのストイックさを見ているうちに、
これは奴に似合いすぎると思い、躊躇したのだ。

マックに似合いすぎるデザイン。

灰色の地味な下地は、ベースギターという楽器に似ていた。
その上に多彩な色をのせて、その色を引き立て輝かせるデザインは、
ベースであるあいつだからこそ、似合うという気がした。

魔性のナルセの歌と、パワー溢れ澄みきったメリナの歌、
癖のあるセクシーなギターや、やんちゃなドラムや、宝石の原石みたいなキーボード、
そして艶やかで力強い魅力的なサックスの、個性豊かな色とりどりの声、音、リズム、メロディを、
しっかりと支えることのできる、頑なでありながら包容力がありそれでも目立つことのない音の土台。
そこから生れ出るハーモニーを引きだす。
皆に必要とされる、ひたむきな存在。

ベースギターというリズム楽器。

不正確で軟な土台では、毒こそ持ちそうなあの独特な歌声や音色を支えることは決してできない。
個性を主張し派手だけなベースギターでは、ダメだということだ。
それぞれの音を生かす耳とセンスの良いベースを、シックスティーズは選んだのだ。
シックスティーズという店のステージには、選ばれた人間しか立つことはできない。

灰色に見えて、実はシルバーの光をもつ、ベースギターという楽器。
そんなシンプルなのに重要で不可欠な、
ベーシストの音にひどく似合いすぎるストイックなデザイン―――。

そう思ったのだ。

そして、そう思うことに急激に羞恥を覚え、
おれはそのネクタイを、結局ベーシストのプレゼント品には選ばなかった。

派手で見栄えのするパワフルな、赤系のネクタイを贈った。

だが、選ばなかったそれが気になって引っかかっていた。
モノとの出会いは、一期一会だ。
逃すと、二度と会えないことは多々ある。
骨董の仕事では、特にそうだった。

これは既製品で運が良ければいくつもある品ではあるが、
おれがそう思いながら触れたものは、この世にこの一本だけなのだ。

マックにプレゼントをした派手なものと、
渡すつもりのないそのネクタイを同時に購入し、それを自宅のクローゼットにしまい込んだ。
包装はしなかった。
ただ、好きな箱に入れて、無造作にしまった。

まるで、自分自身の五感をしまい込むかのように――――。
もう二度とこの扉が開くことのないようにと、祈るように。

どうかしている。自嘲的に嗤ってみた。
おれはそこに「何」をしまい込んだのだろう?
その箱には「何が」入っているのだろう?
見た目はネクタイには違いなかったが、「それ」は別のもののように思えた。

何か厄介で、それでも必要で大切なもの。
かつて、おれが感じたことのある感覚と似て非なるもの。

その「何か」をクローゼットにしまい込んだのは、ずいぶん前の五月の春先だった。
もう、存在さえすっかり忘れていた、半年も前のことだ。




レイジ「冗談だ。着た切り雀じゃあるまいし、いい加減にしろ。こっちがもう我慢できん。
    同じネクタイを毎日、するな。コスチュームでもだ。せめて週替わりにしろ」
マック「じゃあ、また買ってくださいませんか、ご主人様?」
レイジ「自分で買え。といいたいとこだが――――。
    思い出した。クローゼットの中に箱がある。お宝探しだ。探してみろ。
    シックスティーズのバンドマンが、半年も同じネクタイなんてみっともないからな。
    しょうがないから、今年のレイジさまからの、クリスマスの贈り物だ」

マック「え、マジで!! クローゼットの中? 俺に? 言ってみるもんだね♪」
レイジ「クリスマスは特別だ。誰にでもクリスマスってだけで贈り物ができるだろ」
マック「別に名目がなくても、贈り物は歓迎だけど。
    そういや、ナルセにもヘミにも、レイジは毎年お高いワインを贈ってたよな」
レイジ「どちらにも色っぽい見返りを期待してのことだが、無駄だったな」
マック「当たり前だ。豪とジュウリに殺されるぞ。でも俺なら色っぽいお返し、数倍返しでしますよ?」

レイジ「間にあってる。そういえばジュウリは最近、変わった歌を歌ってるらしいな?」
マック「ああ、うん。ハッピーのことかな。良い曲だよ。わりと最近の曲になるかな。
    オールディーズじゃないけど、懐かしいコードがいっぱいなんだ。
    ジュウリはゲストだし、いいかなってことで。若い層も少し集客していかないとな……」
レイジ「ふうん。シックスティーズには、そんな考えが出てきたのか?」
マック「ベスト・オブ・マイラブもやってるぜ。ジュウリとメリナのデュエットだ。
    かなり華やかで人気なんだ。歌を競いあうみたいに二人とも迫力だよ。でも楽しそうなのがイイ」
レイジ「へぇ。聴いて見たいな。……ヘミは、もうステージを休んでるのか」

マック「ああ。名目、産休だからなぁ……いつ戻れるか。着床するまで、ライブは控えるらしいよ。
    なんか、すごいよな。誰かの精子だけ貰って、産むんだぜ? 結婚の力って凄いよな。
    ビックリしたよ。けどヘミが産むなら、ジュウリがお父さんてことになるのかな?」

レイジ「……どうだろうな。そんな役割の呼び名は関係ないんじゃないか。同性カップルには。
    精子提供者は開示されないし、父親はいないということになるだろ。よく知らないけどな」
マック「ふーん。あ、箱ってこれかな? すごく綺麗な箱だね。開けていいのか? わー、またスミスくんだ!」
レイジ「ポール・スミスは、おまえの友達か」

マック「わ。……シックでカッコイイじゃん、コレ! さすがセンスいいなー、レイジは」
レイジ「地味だがな。ステージには、ちょっと不向きかもしれない。別にしなくてもいい」
マック「そんなことはないと思う。黒シャツには、映えるんじゃねぇかな?
    シルバーの光沢が上品だ。もちろんするよ。するに決まってる。
    色どりどりのラインも、ちょっと控えめにカラフルで楽しそうな感じだし。すごく気に入ったよ。
    レイジ、サンキューな。また宝物が増えた。これも大事にするよ……」
レイジ「本当に大袈裟だ。今のところ、ここ止まりだよな。おまえは」
マック「ここ止まりって?」

レイジ「そんな程度のものに喜ぶんだなと言ってるんだ。
    おまえに贈るものは、たいした値段でもないものばかりだ。不満じゃないか?
    おれのレベルなら、もっと高価なものも、普通に贈れるんだけどな。
    だけどそういうものが、おまえに合わない。困ったよな?」
マック「貧相で悪かったな。額なんか関係ないだろ。レイジがくれるものは、石ころでも宝物にするさ。
    だいたい俺、ヒモじゃないからな。金持ちおじさんが、囲ってるみたいな云い方すんなよ。
    あんたと桁は違うだろうけど、ちゃんと人並み以上には稼いでる社会人ですよ。ミュージシャンだけど」
レイジ「おれの石ころなら、月の石だ。でも、おれが持てばどんな石でも月の石だけどな」
マック「そうそう、そういうのを、俺も目指してるよ。ものの価値より、俺が価値がね。
    現状に甘えず、常に良い演奏ができるよう、おミソな俺は、みんな以上に頑張ってる」
レイジ「は、良い心構えだ。頑張れ」

マック「これさ、レイジが自分で選んで買ってくれた?」

レイジ「……そうだな。店で現物を見て、おれが買ったな。何故だ?」
マック「そっか。レイジが手にとったネクタイなんだな、と思ってさ」
レイジ「どういう意味だ?」
マック「レイジの手の温もりが……」
レイジ「アホか。気持ち悪いことを云うなら、返せ」

マック「あんたはさ、愛人への買い物を、部下とか秘書に頼んだりしないんだな」
レイジ「はぁ?」
マック「ほら、よく外国映画であるだろ。大企業の社長が愛人への贈り物を、秘書に買わせて贈らせるとかいうの。
    花束も注文して花屋から届けるじゃん。気障でスマートだけど、なんだか味気ないよ」
レイジ「花を花屋から届けるのは普通だろ。花束を持って手渡す方が、よほどキザだ。
    おれは花束を直に渡すのは好きだがな。相手の印象に残るしな。
    基本的におれ個人の大事な贈り物に関しては、仕事柄、自分の目で見て、足で探す。
    手に触れていないものは、信用しない主義でね」
マック「意外。忙しいあんたは、ネットでワンクリックじゃねぇの」

レイジ「その手の贈り物はネットでは購入しない。適度にレアなものなら、探すことはあるがな。
    探し出せたらその品を、秘書に贈らせることはある。でも店から本人には届けない。
    もちろん仕事上の贈り物なら、その方が信用を得られる場合があるから、そうするけどな。
    プライベートは別だ。自分が忙しくて動けない場合は、基本、おれの秘書から渡して貰う。
    それから、大事なことだが、だいたいおまえは今、愛人じゃないぞ」
マック「そうでしたね。名目なき、ひとでした。それで社長は暇だから、俺に手渡しでくれるんだな?」
レイジ「手渡しじゃない。クローゼット経由だ。間違えるなよ。これも重要なとこだ」
マック「はいはい。そうそう、それもそうでしたね。クローゼットさんから届きました。
    おっしゃる通り、レイジからの贈り物で自分で選んでくれたけど、手渡しは、されてません」

レイジ「解ってるならいい。おまえに、似合うと思った」

マック「……そう? 照れるな、なんだか」
レイジ「誤解するな。そのネクタイみたいに、控えめにしてろって意味だよ」
マック「控えめに? ステージで? これ以上? 俺、かなり控えめですけど?」
レイジ「あれで控えめなのか」

マック「もちろん。俺は目立たない縁の下のベースマンですよ。
    でもさ、良かったよな。こうしてまた今年もレイジと一緒のクリスマスを、無事迎えられた」
レイジ「今年も何度か、危うかったがな。年末に新しい恋人を持てなくて、非常に残念だよな」

マック「またそんなこと言う。イブは茅野に盗られたけど、クリスマス当日が残ってて良かった。
    結局、茅野と共有みたいなことになってるけど、まぁこの勝負は、俺の勝ちだ」
レイジ「おまえは日程なんかどうでもいい派だろ。イベントを気にしてるフリはやめろ」
マック「……ざっくり斬るなよ。そんなことねぇよ。俺は自分の誕生日にレイジと会えずで泣いてたんだぞ。
   まぁ。確かにイブに会ってたら、逆のことを云う気ではいたけども」
レイジ「ほらな。朝か夜かも判断できないベッドの奴隷にイベントは関係ないだろ……」

マック「ま、そだな。でも、俺にとってクリスマスはレイジとこうなった日だから、特別なんだよ。
    それじゃ、また追加ラウンド、ベッドさまにお仕えするかなぁ。
    プレゼントを貰って元気が出た。俺からのプレゼントは、激しいものになるぜなんちゃって」
レイジ「おまえは相変わらず、クリスマスにもプレゼントが無いわけだな」
マック「ないよ。だって、レイジに必要なものが思いつかないんだからしょうがないだろ。
    形だけ間に合すって、嫌いなんだ。俺があげたいものを、渡したい。だから俺自身で、いいよな?」
レイジ「言ってろ。いいよ、それで。まぁ、安物だが、貰ってやる」


伸ばしてくる奴の指先を見ながら、おれは、考えていた。


やつが開けたクローゼット

やつが開けた箱

やつが取り出したもの

何だった?
それは何だった?
その指先に聴いてみたい。

触れたときに、その指は、何かを感じただろうか?
しまわれたものを、感じたか?
もうそれは、消えて無くなっていたか?
もうすっかり、感じないほどに無くなっていたか?
もうそれは、ただのネクタイに、戻っていたか?


おれが、あの時しまったものを、おまえの指先は、知ることができたのか――――。

それとも、何も感じず知らずに受け取ったか?


マック――――。




参考:咲子の妄想ライブ日記 2016-01-11付


NEXT 02