night fall
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バレンタイン☆SS


登場人物:レイジ/マック
場 所:ジャズバー ナイトフォール







レイジ「よう、こっちだマック」

マック「……あんた、大丈夫か?」
レイジ「何が? 会うなりいきなり何の心配だ?」
マック「いや、そうとう酔っていませんか?」
レイジ「酔ってない」

マック「それ、全国共通、酔っ払いのセリフですよね」
レイジ「何だよ。いいだろ、おれが酔っぱらってたって。ここはおれの店じゃないんだ」
マック「珍しいよな、あんたがピアノマンとシックスティーズ以外の店で飲んでるなんてな」
レイジ「別に珍しくはないさ。おまえが知らないだけだ。おまえはおれの何も知り得てない。
    おれレベルともなると、色んな良い店を知ってる。ここはその中のひとつだ」
マック「メロウなジャズが流れる大人のバーだね」
レイジ「そう、ジャズだ。最もジャズには詳しくないんだけどな。
    この店は、ビッグショットという店だったんだが、
    不祥事でオーナーが代わって、改装後にジャズが流れるバーになった。
    BGMもビリージョエルから、チャーリーヘイデンにチェンジだ」

マック「ナイトフォールって、洒落た名前だよな」
レイジ「そうか? おれはノクターンが良いと言ったんだけど。店は明け方までやってる」
マック「ぜんぜんナイトフォールの方が、シャレてるよ」
レイジ「昼間から開けてるくせに、夕方から酒を出すからナイトフォールなんだとさ」
マック「オーナーさんは、知り合いなのか?」

レイジ「この界隈で、おれが知らない店はないぜ」
マック「そうじゃなくて、店の名前に口を出すくらいだから、オープン前からの友人なんだろ?
    親しいのか。それって、どれくらい?」
レイジ「何の詮索だ? この店は、シックスティーズの古株もよく来る店だ。
    ここのオーナーは、シックスティーズの常連だったんだ」
マック「え、そうなの? 生演奏もあるのか?」

レイジ「あるよ。たまにピアノが鳴り出すことがある」
マック「鳴りだす。オカルトな表現」
レイジ「はぁ、オカルトなのか?」
マック「勝手に鳴り出せばオカルトだろ。あんた、本当にどうかしたのか?
    なんだかちょっと……変だよ、レイジ」

レイジ「どこが変なんだ。何が? おれは、いつも通りだぜ」
マック「だって、やけに楽しそうだ」
レイジ「なんだって?」

マック「俺の下らない返しに、笑って応えてる。珍しい」
レイジ「おれが楽しそうだと変なのか。遅刻してきたくせに随分な挨拶だな」

マック「あ、ゴメン。初めてだからちょっと迷っちゃって。分かりにくいとこだよな。
    隠れ家の店って感じ。別に楽しそうだから変だとは言ってないけど……。
    レイジが……こうやって外の店で俺と待ち合わせをして、一緒に飲むことなんか、
    滅多にないだろ……。すごく嬉しいと思ってはいるんだけど」
レイジ「嬉しいなら歓んでろ。何が不満だ? おれが酔っぱらってるから機嫌を損ねたか?
    そうだよ、おれは酔ってる。気持ちのいい酔いに身を任せて、すでにお先にイイ気分だ。
    そして男前のベースマンが来て、これからデートだからな」
マック「マジで?」
レイジ「何が」

マック「男前のベースマンて、俺のことだよな?」
レイジ「ベーシストはおまえだ。そうだろ? 他に誰か見えるのか?」
マック「だから、変だって……。男前とか、俺に言うことなんてないのに」
レイジ「おれがおまえを褒めると変なのか? そうか。わかった。
    まぁそうだ、変だな。認める。確かにヘンだ。おれは普段、おまえを褒めたりしない」
マック「ですよね」
レイジ「だがあっちで御嬢さんたちが見てるだろ。熱い視線だ。おまえを見てる。
    結構、モテるんだな、マック」
マック「あんたを見てるんだよ、イケメンオーナーさん」

レイジ「違うな。おまえが来てからのビシバシの視線だ。
    それともアレかな。例のヤツかな。ちょっとサービスしてやるか」
マック「何のサービス?」
レイジ「おれがおまえの肩に、しなだれかかる」
マック「なんでだよ? 酔っ払い行動なんか嫌がられるだけだろ」
レイジ「そうか? あんがい喜ぶかも」
マック「俺が?」
レイジ「バカか。お嬢さんたちだよ」

マック「人前でイチャつくなら、帰って二人きりでして欲しいけど」
レイジ「ははあ。やーらしいな、マックさんは。もうその話か。目的はそれだけか」
マック「まさか、そんなことねぇよ。違います」
レイジ「そう焦るなよ。ゆっくり飲んでいけ。いつもと違って、まだ時間は早いんだ」
マック「ゆっくりしたいけどね。そんなんじゃないけど、何か……ちょっと、落ち着かないんだ。
    人前であんたと二人きりなのが、あまり慣れてないから、落ち着かない」
レイジ「そいつは、マズイな。すっかり愛人体質になってるぞ。隠れてコソコソコースだ。
    お日様が照らす間では、会えない関係だと潜在的に思ってるんだな。
    おれとの逢引時間は、明け方か、真夜中ってわけだ」

マック「いや、そこまで思ってないけど、確かにいつも会うのは夜中が多いよな。
    仕事上、仕方なくそうなる。でも別に隠れてコソコソなんか……いや、してるのかな。
    とにかく俺には初めての店だし、時間が早いし、なんだか落ち着かないんだって」
レイジ「神経質だな。おれはすごく落ち着いてる。今日は珍しい日なんだ。
    仕事は済ませたし、完全オフだ。昼間からここへ来て、夕方の今までずっと飲んでる」
マック「昼間から? 酒は夕方から出るんじゃないのか」

レイジ「おれ専用メニューさ。今はリラックスできる、数少ない自由な時間だ。
    酒は緊張を解く。何事にも縛られないで、自由だ。自由な時間。眩暈がする。
    こうして目を瞑ると、シックスティーズに通っていた頃を思い出すな……」
マック「じゃ、シックスティーズにすれば良かったのに」
レイジ「シックスティーズは昼から開いてないだろ。回想の邪魔をするなよ、無粋だぞ」
マック「はいはい。悪かったな。続きをどーぞ?」

レイジ「BGMは古めかしいオールディーズのメロディ、たいていはニール・セダカだな。
    ボトルをすっかり空けて、頭は酔いでほぼ回転しない。思考は鈍い。
    ひとりで愉しむカウンターの止まり木。静かに流れる、長い時間。
    そこへ時折、馴染みの常連客が、おれを見つけてふらりと飛んでくる。
    隣にとまって、どうでもいいことをピーチクパーチク、さえずり出すんだ」
マック「それ、うるさくないわけ?」
レイジ「お喋りされて迷惑? いいや。そうでもない。彼らとは適当に話して笑って、
    話が途切れると、次の止まり木や他所のテーブル、または踊りにフロアへ飛び立つ……。
    名前も知らないその場でしか会わない連中だが、妙な連帯感があった。
    それは、楽しい想い出だ。意外にな」
マック「楽しい思い出なんだ」

レイジ「そうだよ。楽しい、思い出だ。まだ俺がただのサラリーマン時代の話だな。
    そして、たまにナルセや、通りすがりのバンドメンバーやスタッフが、
    おれに声をかけたり、肩をたたいて挨拶して通ったりするんだ。
    止まり木は一瞬、賑やかになって、それから、最後はひとりになる。
    ひとりで店に来て、ひとりで店を出る。……孤独だよな」
マック「でも、楽しかったんだろ?」
レイジ「楽しかったよ? ステージが始まれば、みんなは羽根を広げて、フロアで踊り出す。
    おれはひとり、ステージを見て、聴くんだ。最高だ。誰にも邪魔されない。
    ナルセの歌声は、いつもおれを癒してもくれ、翻弄もした。動悸が高まった。
    残酷な愛の天使に運ばれてるようだったな。手には入らない、おれの永遠のスター、ナルセ……」
マック「云っとくけど、ナルセ相手には妬かないからな、俺。慣れっこだ」
レイジ「そんなこと言ってない。あるのは孤独の優しさだ。
    最高の幸せを知ってるか? 孤独を本当に楽しめることだよ」
マック「でも今は孤独じゃないよな。俺がいるだろ、隣に。寂しいなら手を握っててやろうか?」
レイジ「そりゃますますお嬢さんたちが、注目する状況になるな」

マック「あんたは孤独じゃないよ……レイジ。俺がいる」
レイジ「メロウなBGMでそんなセリフを吐かれると、口説かれてる気分になる」

マック「口説いてますよ。でも本当のことだ。いるのは俺だけじゃない。
    レイジは独りじゃなくて、みんながいつもまわりにいる。
    ナルセもヘミもリンも他のメンツも、不本意ながら茅野だっている。
    レイジは、孤独じゃない。残念ながら」
レイジ「残念だと思ってない。孤独を愉しめるのは、本当に孤独じゃないからだ。
    おれのまわりには、たくさん人がいるよな。騒がしいくらいに。
    でも昔は、そうじゃなかった。いつの間にそうなったのかな……。
    以前のように孤独になれる時間を作るのは、今じゃとても貴重で重要だ」
マック「フロアで踊ったり、気まぐれに隣のスツールに座りにくる奴らと、俺は違うぜ。
    レイジと約束して待ち合わせて、遅刻はするけど、最後までどこにも行かない。
    レイジの傍にいる。そして、あんたと肩を並べて一緒に店を出る。
    でももし、孤独になりたいと思ったら、それはあんたの自由な権利だ。
    そうしたいならいつでも尊重する。孤独な時間を奪う権利は俺にはないからな。
    俺は部屋まで送って行って、おやすみと言って去るよ」

レイジ「どうしたんだ。これは夢か?
    やけにおまえが、立派な紳士に見えるぞ。幻視と幻聴かな。
    おれはやっぱり飲み過ぎたのか? 泥酔してる? もう夢の中か?」
マック「どういう意味ですか失敬な。マックさんは、もう立派な大人の男で、
    これでもレイジさんを思いやってて、すごく愛してるんですけどね」
レイジ「そんな大胆なことを言って、誰かに聴かれたらどうするんだ色男」
マック「男二人の会話なんて、誰も聴いてねェよ」
レイジ「おまえがおやすみと言って、そのまま帰ったことはないけどな」
マック「帰れって言われないから」



女性A「マックさん、ですよね?」

マック「……はい?」

女性B「やっぱりー。シックスティーズに時々、行ってるんです、私たち」
マック「あ、そうなんですか。それは、ありがとうございます」

女性A「今日、バレンタインだったんで、シックスティーズに行こうとしたら、
    貸切だったんですよねぇ。びっくりしちゃった」
マック「ああそうなんですよ。結婚式の二次会で。バレンタインに挙式なんて羨ましいけど、
    バンドは要らないって、ぼくらも追い出されましてね。商売あがったりです。
    せっかくのチョコも貰えないし。まぁ僕は、ナルセのを横取りするだけですけどね」
女性B「ふふ……。あのう、良かったら私たちと一緒に飲みませんか?
    そちらの方も、ご一緒に……」

マック「いや、せっかくですけど、僕らこれから用事があってですね。
    もう帰るんですよね。スミマセン、また今度」
女性B「えー、そうなんですか。残念です。バレンタインに男二人でデートですか?」
マック「つまんないでしょ。日程がどうも、バツが悪いですよね」
女性B「またシックスティーズに行きますね。いつも、ステージ、最高です♪
    ナルセによろしく言って下さいね」
マック「はい、ナルセにね。またお待ちしてますよ。ありがとうございます」






レイジ「愕きだ。あんなに可愛いお嬢さんたちの逆ナンを断るとは」
マック「だってナルセのファンだ。どうせナルセを紹介しろって言われる」
レイジ「バレンタインに男二人だと笑われてたぞ。いいのか?
    シックスティーズのベース、マックはホモだと明日から噂でもちきりになる」
マック「否定はしません。でも大丈夫だろ。これで生憎、長居できなくなったな」
レイジ「ワザとか? 自分がリラックスできないからって、姑息なヤツだ」
マック「ワザとじゃないけど、状況的にしょうがないだろ。断ったのに長居したら彼女らに失礼だ」

レイジ「今、何時だ。六時半か……まだ、早いな。
    夕飯は勿論まだだろ。腹は空いてるか。知ってるレストランにでも行くか?
    こんな日でも、おまえは予約なんか入れてないんだろ。普通は予約してないと無理だぞ。
    なんたって、今日は土曜のバレンタインデーなんだからな」
マック「レイジの知り合いのレストランなんて、もっとリラックスできなさそうだ」

レイジ「じゃ、居酒屋にするか? せっかくのデートなのに、気取った店もワインも無しか。
    せっかく上げたランクも、格下げだな。おまえらしいけどな。散歩よりマシだ」
マック「そんなに酔ってちゃ、どこの店も入れてくれないだろ」
レイジ「やっぱり散歩になるのか? 公園で?」
マック「その……、ホテルを、予約してあるんだ。ルームサービスで食事もワインもOKだよ。
    ゆっくりできる。シャンパンも頼もう。今日は特別だし。ランク上のそれなりのホテルだ。
    俺だってあんたには負けるけど、そこそこ良い給料は貰ってる。使い道がなかっただけだ。
    ……いや、そんな顏されると、どうしていいか困るんですけどね」

レイジ「酔いが一気に醒めた。
    本当にホテルなんか、とったのか? ……マジか。バレンタインの日に? おまえが?
    おまえこそどうしたんだ、本当に。デートプランナーにでも頼んだのか?」
マック「だって、あんたが……。毎年この日は俺、絶対休みなんか取れないのに、
    今年は偶然、貸切が入って休みになってさ。ダメ元でデートを申し込んだら、
    レイジはこの日を俺のために空けてくれただろ。びっくり仰天。すごく嬉しくてさ。
    無い知恵絞って、ちょっとでも歓んで貰おうと、驚かそうと思ったんだよ。
    うう、でもすげえ恥ずかしい……。俺らしくねぇよな。顏から火が出そうなコース……」
レイジ「部屋は、高層階なんだろうな?」

マック「超高層です。ガラス張りバスルームで、夜景がキレイに見えるって部屋」
レイジ「は。マックさん、やーらしぃなぁ」
マック「ハイ、否定はしません……」

レイジ「それなら、こんなに飲むんじゃなかったな。ったく……ホテルか。おまえが」

マック「そうだ。今日のレイジは変だったんだよな。
    そんなに飲むほど、何かあったか? あったなら話してくれよ。
    そういや、酒は緊張を解くとか言ってたよな。何か問題か?
    こんな日だから俺に気を遣って悪いことことを隠してるなら、言ってくれよな。
    あとで知ったらちょっと落ち込むだろ。俺だけ浮かれててバカみたいだ」
レイジ「何も、ない」
マック「本当に? あんた、嘘が得意だしな」
レイジ「嘘じゃないさ。おまえに嘘は言わない。ただ―――。
    おれは、意外にヘタレだったようだ。自分で呆れてるうちに深酒になった」
マック「それ、どういう意味?」

レイジ「さぁ、どういう意味かな。おれにも、わからん。ただ、素面ではいれなかった。
    緊張して居心地悪いのは、きっとおまえだけじゃないんだろ。
    こんな日に―――同情でおまえの方を優先した、罪悪感だ、きっと」

マック「今日は、茅……」
レイジ「言うなよ。あいつの名前を出すなって言うのは、いつもおまえの方だろ。
    だったら、忘れてろよ。あいつのことは、いい。
    おまえは解ってて、この日におれを誘ったんだろ?
    おれが恋人と過ごすだろうと確実に思ってた、この日に、だ。
    別にいい歳して14日がどうのと騒いだりしないけどな、気分の問題だ」
マック「そう。思ってたよ。でも、絶対じゃないともどこかで思ってた。
    自惚れてるけど、あんたは、応えてくれたよな」

レイジ「何を試したかった? それともお約束だから、一応誘ってみただけか?」
マック「一応って何だよ。切実だよ。俺にあるのは、レイジと過ごしたいってことだけだ。
    この日は特別だったけど、特別じゃない日だって、俺はいつもそう思ってる」
レイジ「だったら、特別を過ごそうぜ。滅多にない、ゴージャスなバレンタインだ。
    夜景に高級ホテル。おれの全盛期はそんな感じだった。バブルだからな。
    それも悪いシャレだと思えば悪くない。実際、悪くないけどな。
    今さらバレンタインにデートだ。何だかくすぐったくて笑えるよな」

マック「ほんと? 呆れてない? センス無いって思ってない?
    ガラス張りのバスルームって、ラブホみたいだって思ってない?」
レイジ「ホテルの高層階なら、ありだな。
    酔ったおれがバスタブで眠らないよう、せいぜい気をつけてろ。
    今さら天国に近いバスタブで溺れるのは、御免だからな」

マック「眠れるなら、眠ってみろよ? とても無理だと思うけど。
    別の天国で溺れようなんちゃって」
レイジ「大した男前発言だな。よし、チェックインして、シャンパンで飲み直そう。
    今夜は、長いな。夕方から、明け方か……。
    良い雰囲気のバーで、口説き文句も言われたことだし、
    おまえとのデートにしては、上出来だ。最もおれは、別にどこだって構わなかったけどな。
    悪いが期待なんか、してなかった」
マック「俺のやることには期待してないんだろ。ま、やる気をだせば、できるヤツだよ俺って。
    だけど今日はうまく行き過ぎで恐い。日程からしてそうだ。幸せ過ぎて恐いって感じ。
    でも孤独のバレンタインにならなくて、良かった」
レイジ「無理をしたんだろ。金銭的なことじゃなくて、おまえのスタイルじゃないよな」

マック「そりゃ、ちょっとは背伸びしたよ。実は……予約に関してはナルセに手伝って貰った。
    おれじゃ、良い部屋取れないからさ。でもいいだろ。今のあんたに合せてみたんだ。
    あんたは昔、エトーに合せてみたんだろ。初めは馴染めなくても、
    今はそれがあんたのスタイルだ。おれだって、たまには頑張ってあんたに合せてみたい。
    毎回は無理だけど。いや、背伸びって言っても、身長のことじゃないからな」
レイジ「分かってる。おまえのものは、おれに足りてるよ。そういったよな」
マック「もしや下ネタ?」

レイジ「そうだ。おれもおまえに合わせてる。早く夜景を眺めながら、裸になりたい」
マック「ちょ、刺激が強いですよ。頼むから、そんなセリフをこんなとこで囁かないでください。
    ……ドキドキしてきた。公衆の面前で興奮させないでくれ」
レイジ「おれが感激でおまえにキスしないうちに、早く連れ出せよ。
    ナイトフォールから、ノクターンだ。夜を想う、明け方の気怠さだ。意味、分かるか?
    おまえの明日の名声は、この瞬間にかかってるぜ、Mr.ベースマン」

マック「なんかもう、プレッシャーがハンパないんですけど」





レイジが、笑う。
だからおまえは、永久二流のバンドマンなんだと、笑う。

破顔一笑するレイジを見るのが、俺は好きだ。
目じりに皺が寄るほど、目を細めて笑う顔が好きなのだ。
それだけで、幸せだとか、自分でも信じられないけど、そうなんだ。


レイジは、口の端でニヤリと笑うのが似合う男だけど、
バカみたいに笑うのを、俺は見たいんだ。


孤独を愛するこの男は、可哀想な愛人の俺を、
この愛の日、孤独にさせないために、最大限の気を遣ってくれたと思う。
同情だと、レイジは言った。

茅野は、今日のことをどう思ってるだろう。
いつまでこの状態は続くんだろう。


ありえない期待を抱えつつ、おれはしつこく訊いてみる。

どうして、酔っぱらってるんだ?

緊張を、隠すためなのか?


あんたは、言ったよな。

『緊張して居心地が悪いのは、きっとおまえだけじゃない』 と。

『おれは、意外にヘタレだったようだ』 と。


わざと言ったのか、うっかり言ったのか。
それとも本当に、茅野に対する罪悪感なのか。
あんたは策士で、俺はたいてい騙されてるのかもしれないけど。


でも、俺にはそれを、
誤解するような自惚れがあっても、いいよな?
同情だなんて、思ってないんだけど本当は。

あんたは、問いに、こう答えた。

そんなことを云った覚えはない、と。
でも、それがいつもの常套句だって、もう俺は知ってる。


セント・バレンタインさん、教えてくれ。


俺は持ち尽す限りの愛を、今日、全部レイジに贈る。
だから
レイジの愛が、いま、どこにふらついているのか、教えて欲しい。






つーかさ、
セントバレンタインって、どんなひとなんだ?
何かをしたひと? どこのおっさん?

えーと。
チョコレートを広めた会社のひとじゃ、ないですよね?







photo/MOMO

Nocturne
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◆END◆