Little Devil


登場人物: レイジ/マック


08





レイジ「マック? 何でおれの電話に出ない。三回もかけさせるなよ」

マック「……だから出ただろ。なんだよ。何か用事かよ?」
レイジ「やけに機嫌が悪いな。どうした? もう寝てたのか」
マック「べつに。起きてたよ。用はなんだよ? あんた、今どこにいるんだ」
レイジ「おれか? おれは出先だ。街中だな」
マック「こんな夜中に外なのか。忙しいならかけてこなくていいんだぜ」

レイジ随分な挨拶だな。このところ珍しくメールも来ないし、ふと思い出したんだ。
    電話で話すのも久しぶりだって云うのに、おまえは不機嫌なのか。
    またステージで失敗でもした? ナルセに怒られたのか?」
マック「眠いんだ。疲れてる。用事がないなら、もう寝たいんだけどな」
レイジ「そうか。わかった。たいした用事はない。お疲れのところ悪かったな。
    12月はほとんど出張だから、まだ当分は会えないと知らせただけだ。
    だがその様子じゃ、余計なことだったかな。早く寝ろ。おやすみ」

マック「―――レイジ! まてよ、切るなよ!!」
レイジ「なんだよ。切りたいのはおまえの方だろ」

マック「違うんだ。あのさ……。あんたさ。……いや。いいよ。もう、いい。
    妙なカケヒキ心を出そうとした俺がバカだった。あんたは少しも動じないよな。
    こんなムードで電話を切ったら、あと気まずくて会えないことなんか、お構いなしか」
レイジ「別に? おまえの短気なんか、慣れてる。おれは次に会う時にも何も気にしない」
マック「気にしないか。何を云ったって、立場をわきまえろって態度だよな、どうせ。
    だけどさ、もう少しくらい、ほんの少しは俺の様子を気にかけてくれてもいいんじゃねぇの?」
レイジ「おまえの様子? 何が?」

マック「だって俺、明らかに変ですよね? その理由を聞く価値もないか?」
レイジ「変? そうか。いつも変だから気が付かなかった。
    おまえが機嫌の悪い理由を今から話したいのか? じゃ、話せば?」
マック「やっぱり結局こうだよ、クソ。いいか、聴けよ。ちゃんと、聴け。
    先月のハロウィンに……ピアノマンのパーティで、あんたの外国の愛人っていう奴に会った」

レイジ「まさか、本気にして機嫌が悪いのか? それを信じた?」
マック「信じては……ない。ないよ。でも。でも、何かが引っかかってる。
    あんたがそいつの名前も訊かないのは、それが誰なのか解ってるからか?」
レイジ「ラディスラウス・ラフエンテ。ラフエンテ商会の若社長だ」
マック「……それ、何語? 呪文?」

レイジ「ほらな。言ってもわからない。おれの商売相手だ。
     おまえはおれの仕事なんか、興味ないだろ」
マック「愛人だって名乗ったのは、ラディスって奴だよ。すごい美男子だ。
    その難解なのがそいつの本名なのか? あの若さでもう社長さん?」
レイジ「……なんて言った? 誰だって?」
マック「ラディス。さん、だよ」

レイジ「本人がラディスと、そう名乗ったのか? ラディ、じゃなくて?」
マック「ラディでもラディスでも一緒だろ。フルネームは云わなかったんだ。
    俺の頭の悪さを気遣ったのかな。ラディスと呼んでくれって言ってたよ」
レイジ「あいつは自分の気入った相手じゃないと、ラディスとは呼ばせないんだ。
    たいていフレンドリーでも名乗るのはラディだ。
    ラディスと呼ぶのは、おれの周りでは、おれとキョウだけだ」

マック「なにその高飛車な感じ。何様だよ? スペインのナルセ様か?」
レイジ「ラディスは、おれの愛人じゃない」
マック「あんたに月見会に誘われて、ホテルで一緒に月を見て、二人で泊まったって云ってた」
レイジ「それは間違いじゃないけどな」
マック「本当に? じゃ、寝たのか、あいつと」
レイジ「彼は招待客だ。おれには接待する義務があるし、ラディスは古いおれの友人なんだ。
    だが愛人じゃないと言ってるだろ。どうしてそうなるんだ。何を怒ってるんだ?」

マック「はっきりしてくれ。俺に嘘をついてないよな?」
レイジ「何をはっきりさせる? おまえ、もしかして妬いてるのか?」
マック「そうだよ!! 決まってるだろ! あんたも大概、鈍感ですね!?」

レイジ「何を急にキレてるんだ」
マック「俺はね、妬いてますよ!! なんだよ、あの小僧は!  だって、しょうがないだろ!
    気持ちを抑えきれない! 立場をわきまえろとか、今は言うなよ?!
    三股だから怒ってるんじゃないんだ、嘘をつかれて怒ってる訳でもない!」
レイジ「じゃあ、いったい何を怒って、夜中に携帯電話に喚いてるんだ」
マック「自分でも何かわかんねぇけど、でも、あの小僧が俺に何かを云いたいんだってことは解った。
    あいつも嘘つきだけど、あんたも嘘つきだ!」

レイジ「嘘なんかついてない。月見会にはちゃんと行った。キョウとラディスと一緒に参加した。
    おまえ、ラディスとおれのどっちの言葉を信じるんだ?」
マック「俺は―――もしレイジの愛人が他にいるとしても、何も文句を言えないのが腹立たしいんだよ。
    俺だってどうしようが自由だけど、そうしたくないんだ! 腹立たしいことにな!
    あんたがあいつと寝てると思ったら、頭がおかしくなりそうだった!」
レイジ「他には寝てない。おまえとしか、おれは寝てない。そう言ってるだろ。信じないのか」
マック「なんで? どうして? 何故、おれとしか寝ない?」

レイジ「また何度もその問答をする気か? おまえがそう云ったんだ。寝るなって云ったよな」
マック「そうだよ。意味を分かってくれてるよな? でも寝る寝ないは、あんたの自由意志だ。
    いくらあんたが愛人に優しい紳士でも、俺の云う通りにする理由にはならない」
レイジ「そうだな。もちろん、おまえが言ったというだけでそうしてるわけじゃない。
    おれが、他の奴とは寝たくないから――― そうしてるんだ」

マック「――――会いたいって、言ってくれ」

レイジ「……何?」

マック「俺に会いたいって言ってくれよ、レイジ。頼むから。
    マック、今すぐでも会いたいんだって、嘘でもひとこと言ってくれたら信じる」
レイジ「おれが、おまえに? バカいうな」

マック「……そうだよ。言えないか? 思ってないことは言えない? 嘘でも言わないか?」

レイジ「おまえに、嘘は云わない」

マック「――――わかった。ごめん。言わなくていい」

レイジ「マック」

マック「まてまてまて、悪い。ちょっと待って。
    ……またやらかしちまったよな? 焦って、悪かった。すいません。ごめんなさい。
    レイジはまだ色々整理中なんだって理解してる。判ってる。でもすぐ忘れるんだ。
    判ってるのに、俺はまたフライングだ。いつも失格だらけだ。でも、直せないんだ。ごめん」
レイジ「マック―――」
マック「いや、分かってるよ。この癖も直す。でも一応、言わないと、先に進めないんだ。頭を冷やすよ。
    ホント悪かった。深呼吸する。一人で盛り上がってすいませんでした。……反省しました。
    ただ、あいつから思わぬ挑発を受けたんで、ちょっと、つい本気になったんだ」
レイジ「……挑発? あいつに誘われたのか。それで、その気になった? なって当然だよな。上物だ。
    ラディスと、寝たか? それとも寝たいと思ったのか? どっちだ。言えよ。
    正直に話せ。おまえも嘘をつくな」

マック「どっちもない。挑発はそういう意味じゃないんだ」
レイジ「誘われただろう?」
マック「まぁ、それは、その……。でも冗談だと思うけど?」
レイジ「おまえが誘いに乗れば、冗談じゃなくなってただろうな」
マック「そうかな。俺はそうは思わなかったぜ。誘ったんじゃなくて、俺に立場を教え込もうとしてた。
    あいつ、本当は知ってたんじゃねぇのかな。俺のこと……」
レイジ「そう、かもしれないな。用心すべき相手なのは、確かだな」

マック「あいつが、レイジに本気なんだって気がしたんだ。だから、俺は―――
    俺は本気で、意地でも譲れなかった。適当に誤魔化すのは嫌だった。
    俺が誰かひとりを本気で好きだってことを、あいつには一歩も譲りたくなかったんだ……。
    なぁ、それだけは、あんたの頭の中に忘れないように、記憶しておいてくれよ、レイジ」





photo/真琴さま

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