Little Devil


登場人物: ラディ/レイジ
場 所:京都の老舗ホテル

01




ラディ「見ろよ、レイジ。あんなに美しかった満月が、もう折れそうに儚い姿になった。
    鋭い爪先のようにも見える……。引っ掻かれたら、恍惚の夢に堕ちそうだ。
    儚さと凶暴さは、紙一重だな。どう思う、レイジ?」

レイジ「物騒な爪先だな。月の満ち欠けは、驚くほど早い。ただそれだけだ」
ラディ「ただそれだけ? なんとロマンのないことを。
    あの『オツキミ』は、なんとも言えない風情があったのになぁ。
    本当に良い月見会だった。招待してくれて良かった。一度、出てみたかったんだ。
    日本で見るお月見の茶会パーティは、非常にファンタスティックだ」
レイジ「そりゃ何よりだ、ラディス。スペインの月も良いものだがな。
    それで一体、おまえさん、いつまで日本にいる気だ?
    おれは色々仕事が溜まってるんだ。オフィスに戻りたい。いい加減に解放してくれ」
ラディ「おう、なんて冷たいことを云うんだよ。オレはレイジに会いに来たんだぜ?
    わざわざ同じ月を見に、遠い国から遥々やってきたのに酷いじゃないか。
    だいだいレイジは自宅にも泊めてくれない。ずっと京都にホテル泊でいろと? 色気のない。
    しかもホテルより旅館にするべきだ。その上に、もう帰れって云うのか?」

レイジ「帰れとは言ってない。滞在日数を聞いてみただけだ。ホテルの方が、気が楽だろ」
ラディ「いっそ、レイジの近所に住んでしまうかな。日本での用事もわりと多いしな。
    今年の茶会の器アーティストは、レイジの知り合いなんだってな?
    シンジと言ったか。彼の作品を購入して帰りたいと思ってるんだ。紹介してくれよ」
レイジ「気に入ったのか? 珍しいな。そうか。仲介してもいい。おれが友人で良かったな。
    だがこっちに住んでカンパニーはどうする気だ。日本支社でも作るのか?」
ラディ「それもいいな。でもオレがどこに居たってあの会社は動くよ。どうせ親父の会社だ」
レイジ「今はおまえの会社だろ、ラディス若社長。
    父上はおまえを将来、立派なCEOにするために色々野放しにしているんだと思うぞ。
    糸の切れた凧にする為じゃない。ふらふら日本で遊んでいる場合か」
ラディ「タコ? 表現がよく分からないな」
レイジ「つまり、ふわふわ風船みたいにどこにでも飛んでいけるわけじゃないと言ってる」

ラディ「ああ、ヘリウムガスが抜けたら、落ちてくるってことか。
    きっと親父はレイジの傍で勉強するなら、日本で遊んでても良いっていうよ」
レイジ「そんなことを云うとは思えないけどな」

ラディ「言うさ! 親父はレイジ贔屓だからな。レイジの才能と結婚したいと思ってる。
    大好きなあんたに逆らう度に、オレはお尻ペンペンされて育ったんだ」
レイジ「ペンペンされるようなこと、やらかすからだろ。いい加減にしておけよ。
    もう十代の子供じゃないんだからな。しっかりしろ」
ラディ「レイジがそれを云うかなぁ。オレはレイジを師として、同じことをしてるのに」
レイジ「冗談だろ。おまえのようなイカれた悪事は、おれはまったくしていない」
ラディ「そう? じゃ、それでもいいよ。レイジはイカれてない。OK、そう云うことにしよう。
    でもさ、悪戯息子が大人になったら、親父はオレを罰しなくなったんだ。
    お尻をペンペンするたび、オレが勃起するから、パパは気持ち悪いってさ。
    悪さをしても打たれないって、ちょっと寂しいよな……」
レイジ「このヘンタイ息子が」
ラディ「レイジにも、尻を打たれて射精したい」

レイジ「……比喩なんだよな?」
ラディ「比喩だよ。もちろん? 本当にオレの尻を打ちたいのか? 知らなかった」
レイジ「おまえの比喩は危なっかしいな。それに、本気でその手のことをやらかすだろう。
    去年だったか商談の席で、鏡夜に呆れるような悪戯をしたらしいじゃないか?」
ラディ「なんだっけ。キョウヤが相手ならイヤラシイ遊びかな?
    あまり覚えてないけど商談は緊張するからな。オレは緊張すると、アレを握りたくなる病なんだよ」
レイジ「自分のじゃなくて他人のモノを握りたくなるのかよ」
ラディ「そう。キョウヤのは、色も形も好みなんだ。芸術品だ。型を取って応接間に飾りたい」
レイジ「相当な病気だ。そりゃ、親父殿も苦労するわけだよな」

ラディ「あの時はレイジが居なかったから、ちょっと拗ねてたんだよ。
    でもキョウは悦んでたけどな? 彼は乱れ方もワビサビがあってイイね。
    オレを歓ばすのがとても上手い。日本のオモテナシ、最高だネ」
レイジ「でもベッドの誘いは断ったそうじゃないか。キョウは凄くがっかりしてたぞ」
ラディ「そりゃそうさ。レイジの大事な玩具だ。慎重に使わないと」
レイジ「玩具じゃない。キョウはパートナーだ。まぁ、おれの持ち物だけどな」
ラディ「だけど自分で足を開いてくるような下品な玩具は、願い下げだ。
    恥らってるのを弄るのが、最高だろ。そこを良く分かってるよな、キョウは。
    だからわざと誘ってきたんだ。そうすればオレが退くのを知っていて。確信犯だ。
    でもオレが淫らな玩具で遊ぶのは、持ち主の気を引きたいからなんだよ、レイジ?」
レイジ「おれの持ち物を壊したら、おまえでも大目には見ないぜ」

ラディ「壊す? キョウを? まさか。彼を壊そうと思ったら兵器がいる」
レイジ「ま、そうだな。解ってるならいい。せいぜい遊ぶときは怪我をしないよう気をつけろ」
ラディ「そう。武器はオレのビジネスでは取り扱ってないからな」
レイジ「物騒なのは古刀くらいにしておけよ。または出所不明の古代の槍と盾とか」
ラディ「アンティークはレイジの管轄だろ。オレはもっと儲かる仕事がしたいんだ」

レイジ「武器をやりたいのか?」
ラディ「やったら、後戻りできなくなるよな?」
レイジ「なるな。確実だ。武器はやめておけ。賢い選択じゃない。
    親父さんも反対するだろう。由緒正しきラフエンテ商会の名折れだぜ。
    ギリギリの裏の仕事にも差し支える」
ラディ「は、何が由緒正しいんだかな。ギリギリどころか、アウトじゃないか。
    それよりレイジ。あんた商売を減らしたそうじゃないか? 噂になって来てるぞ。
    大事なルート、どうしてオレに譲ってくれなかったんだよ」

レイジ「何の話だ? アンティークはやらないんだろう。おまえの商売は新しいものだからな。
    カタルーニャ美術館にあるものより、CCCBにある作品の方が興味あるんだろ」
ラディ「ロマネスクは嫌いじゃないよ。しらばくれる気か、レイジ?」

レイジ「おれは武器は扱ってない。古いものなら別だけどな。年代物の銃があるなら買い受けるぜ」
ラディ「ふうん。闇商人じゃないと……じゃ、そういうことにしとくよ。
    別にやるつもりなんかない。ヤバすぎるのは解ってる。ただ、噂の真相を確かめたかっただけさ」
レイジ「本当に噂なんかあるのか? 闇市場の武器弾薬を扱っていて、今もここに立っていられるわけがない。
    おれの持っていた闇ルートは、武器なんかじゃないぜ。想像豊かな奴がここにもいたのか。感心する。
    名誉棄損な噂を流すとお尻をペンペンするぞ、ボウヤ」
ラディ「レイジ……感激だ。レイジにそんな趣味があったなんて」
レイジ「はぁ?」

ラディ「スパッキングプレイをするなら、シャワールームに行かないか……。
    存分に、オレのお尻を打って。
    それが済んだら、前の方も根本をキツク縛ってから叩いてくれないか。
    アア、だめだ、想像したら興奮してナニから滴が漏れそうだ、今夜は寝られそうにないよ……」

レイジ「おまえなァ、本当に帰れよ。頼むから大ヘンタイ菌を撒き散らすな、相当だぞ。
    心底、マジで気持ち悪い。吐き気がする。おれに対する嫌がらせか? どういうつもりだ?
    病院に行って、アタマを治療しろ。そんな卑猥な日本語をどこで覚えたんだ」
ラディ「オレの日本語の先生は、レイジだけど?」
レイジ「おれはそんなワイセツな俗語なんか、教えてない!!」

ラディ「じゃ、親切なジャポネの友達だったかな。基本ができてたせいか覚えが早いって褒められた」
レイジ「どこで習ってたんだかな……マジなのか。頭痛がしてきた。
    とにかく帰ってくれ、お願いだから帰って下さい、セニョール」
ラディ「ヤーダネ。いやだ。オレはまだ日本に居たい。どうせなら収穫祭までいようかな。
    日本のハロウィンも経験できるなんて、楽しみだなァ♪」

レイジ「……マジで悪魔降臨の悪夢だ」



photo/R

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