You Can't Hurry Love
恋はあせらず
05

登場人物: マック/レイジ
場所:シックスティーズ付近の公園

8月12日



真夏の公園での、小さな夏祭り。


夜も昼間の熱気がまだ少しだけ残っている。
生ぬるく人の情のように掃いきれなく纏わりつく。
だけど、少しだけ心地の良い涼しい風がときには吹く。

静かな虫の声、造られた水路のせせらぎ。
時間はもう深夜近く。
夜祭の残骸に、人気が少なくなった石畳の階段。

幻想的な、月灯り。

ふと、こんな夜中だというのに、何故か蝉が鳴きはじめた。
公園の灯りで、日中の区別がつかないのかもしれない。
それとも最期のときの、断末魔の叫びか。
明日には命は終わり、亡骸になっているのかもしれなかった。
夏の短い間だけしか、生きられない生き物。
それでも。

きっとおれは、明日も生きている。

まだ、生きていくのだ。
あいつのいない、この世界で。

高鳴る期待と戸惑い、そして郷愁。
祭りのあとは、甘く美しい切なさが胸を締め付ける。


ああ。
夏の匂いは、いつもどこでも同じだ……。






マック「夏まつり、終わっちまったなぁ……」

レイジ「当たり前だ。何時だと思ってるんだ。
    こんな時間に夜祭の残骸に群がるのは、若者と酔っ払いだけだ」
マック「あとしがないバンドマンと、高級クラブのオーナーくらいかな」
レイジ「高級クラブのオーナーには、不似合の場所だがな」

マック「いつも貴方様に似つかわしくない場所に呼び出して、すいませんね」
レイジ「しょうがない。余裕のある上級者は、下級の者に合せるものだからな。
    それにここは夏の月灯りを見る場所としては、そんなに悪くない。
    以前、待ち合わせをすっぽかされた場所だということを差し引いてもな。
    あれは、もう一年ほど前になるのか。早いものだな」
マック「あ。そんなこともありましたよね。すいませんでした……。
    今夜の月は、残念ながらおぼろ月だな。でもかなり明るくてやけにでかくないか?」

レイジ「そうだな……。夏のスーパームーンかもしれないな」

マック「今度さ、お盆の期間だけ、浴衣まつりをするんだ。シックスティーズで」
レイジ「恒例行事だな。浴衣を着て演奏するんだろ。知ってる」
マック「うん。レイジは、来れるのか? 浴衣を着て夕涼みに来いよ」
レイジ「どうかな。そんな優雅な時間はないな。盆期間だし、去年から盆に墓掃除をすると鏡夜が決めているんだ。
    おれが行かなくても鏡夜は行くらしい。盆の間は墓の住人が留守だから行くんだとさ。
    だからなんとなく、おれもついて行くんだろうな」

マック「それって、エトーの墓参りか?」
レイジ「ああ。そうだ。去年、変な夢を見たのは、エトーの祟りなんだそうだ」
マック「え、そうなの? コロンビア人の死んだ男が出てきたコワイ夢の話だよな?」
レイジ「そう。カミロだよ。さすがに異国のカミロの墓にまでは参れないけどな。
    エトーはそんな祟りを起こすほど、マメな男じゃないのにな。
    ただそれでも鏡夜はそう思いたいらしい。夏は死者が還ってくる季節だからな」
マック「全国共通だ。死者を迎えるって、なんかコワイ行事だけど」

レイジ「月も、夏の間は死のイメージだな」
マック「そうか? 死のイメージの話は、やめようぜ。なんか、恐くなるし……」
レイジ「おまえは怖がりだったな。怪談話とか、びびってたクチだろ?」
マック「べべべ別にビビってねぇよ? もう子供じゃないですから。信じてないからな。
    そう、信じてないから、お化けとか。ぜんぜん、俺は信じてないよ?」
レイジ「本当か? 怪しいな。せっかくだから肝試しでもするか。
    なんとなく今夜は、うってつけの怪しい月のムードだ。幻想的だな。
    知ってるか? 公園を出たとこの歩道橋の階段を、夜中に数えるとな……」
マック「わぁー! 言うなよ! 階段なんか何段あってもいいだろ、別に!
    建築設計士じゃないし、階段の数が一段くらい違ってても俺は気にしません!」

レイジ「ハハハ。確かに建築士には大した問題だよな。設計ミスは、幽霊より怖い話だ。
    ときに世の中には、そんな存在しない一段の階段の縁を、おまえは知ってる?」
マック「なにそれ? 怖い話はもういいぜ? 別に怖くなんかないけど」
レイジ「コワイ話じゃない。ちょうど、ピアノマンを開店し始めた頃のことだ。昔だな。
    エトーを手伝うまで勤めていた会社の、得意先の営業マンで、個人的に番号を聞いていた数人に
    久しぶりに挨拶の電話をかけたんだ。おれもその時は、まだ単純に素直だったんだろうな。
    名乗る前に着信名を見て懐かしがられ、近況を説明して、ピアノマンにも来て貰えることができた。
    それ以来、彼らとは長い縁になった。新庄社長もその内の一人だ。今や店のVIPのお得意様だ」
マック「昔の知り合いってだけなのに、ラッキーだな。あんたのピアノマンのVIPは、より敷居が高い」

レイジ「そうだな。だけど、ひとつだけ、かけた先の人間がすぐにどちら様? と応えた。
    名を告げると、ああ、知らない人からかかってきたのかと思ったから、と言ったんだ。
    つまり、俺の携帯番号は、もうそいつのアドレス帳からすでに削除されていたんだな。
    登録していない番号が通知されて、訝しんだらしい。しょうがないよな。おれは会社をすでに辞めていたからな。
    だが、そうか会社が無くなれば個人の繋がりなどそんなものなのかと、おれは思った」
マック「へー、レイジが? レイジがそんなこと、思ったのか?」

レイジ「そうだ。考えられないだろ? 甘い考えだ。今のおれなら、そいつの気持ちはわかる。もう関係ないからな。
    おれだって、削除する。もう関係ない人物のアドレスは邪魔だ。でも、当時は悲しかった。意外に大きなショックだったんだ。
    そう言われて、おれはピアノマンのことは伝えずに電話を切って、そいつの番号を削除した。大人げないよな。
    もうそいつとは、なにひとつ縁はない。後にピアノマンが噂になって、おれに電話をしたようだとの話は他所から聞いたが、
    それ以来、おれは個人携帯に登録のない番号には出ないことにしたんでね。おれの人間不信の始まりだな。
    些細なことだが、そのことは、まだ甘ちゃんだったおれの心を、深く傷つけたんだ」
マック「そいつは、せっかくピアノマンに来られる権利を逃したんだな。ボタン一つで、削除できる簡単で重大なミスだよな」
レイジ「おまえも気をつけた方がいいぜ。縁は大事にしろ。どんなものでもだ。あとで役立つこともある。
     ま、たいていは無駄なものだがな。そういうものは、運の良し悪しに近い」

マック「……なぁ、レイジ。今さらだけど俺に電話してくれて、ありがとな。自分からどうしても出来なかった。
    あれからずっと会えなかったし、俺、レイジの声を聞けて、ようやくほっとした。
    永久にもう会えないんじゃないかって思ってた。気分的に見放された気がしてたんだ。
    この一ヶ月、地獄だったよ。豪まで、あんたを茅野に返した方が安心できるって言うしさ……」
レイジ「大袈裟だな。もっと早くかけてやれば良かったんだが、色々と忙しかったんだ」
マック「うん。分かってる。あんなことを気にして、くよくよしてたのは、情けないよな……」
レイジ「人にどう思われているかと考えることは、悪いことじゃないさ。
    気にしすぎる必要もないが、しすぎないのは逆に問題だ。
    人間はどうしても人に迷惑をかけて生きていくものだからな。気にするくらいがいい。
    基本、人間は孤独だが、ひとりで生きて行けないのが、厄介なところだよな」
マック「俺さ、浮かれてたんだと思うんだよな。レイジが前よりも近くてさ……。
    でも、あれじゃダメだから、俺はちゃんとしなきゃと思うよ」
レイジ「そうか。おれは遠い方が良かったか?」

マック「まさか。近い方がいいよ。もっと近づきたいんだ。レイジに。
    でもいくら近くにいても、恥ずかしくない程度には、浮かれないで済むように心がけたい。
    あんたに軽蔑されるのは、こたえる」
レイジ「おれは、おまえの浮かれ具合は嫌いじゃない」
マック「……それ、どういう意味?」
レイジ「おれのことを、それだけ好きなんだろうなと、思えなくもないからな。優越感だ」
マック「ええ、好きなんですけど。めちゃくちゃに。存分に優越感を感じて貰っていい。
    俺、今さら告白もないけど、貴方をすごく愛してますけどオールウェイズラブユーてな風に」
レイジ「そうか。分かった……」

マック「分かったって……今頃? 今、分かったのかよ?」
レイジ「いいや。前から分かってたけどな。とりあえず、分かってるという返事だ。
    欲しいんだろ、レスポンスが。コミュニケーションは、同じ高さのボールを返すことが必要だよな」
マック「漸くのお返事か。そんなでいいのかな。……ま、いいか。言うなって拒否されるより、前進だ」

レイジ「月の夜、エトーがふいに、おれに告白めいたことを云ったのを覚えてるよ」

マック「え……」

レイジ「そんな話は、聴きたくないか?」
マック「いや、聴きたい。レイジが話したいなら、話してくれ」

レイジ「あれは……おまえも会った、ファビ人形を無事に死守したあとだった。
    隠れながら何日か、寝袋で寝たんだ。空には今日とは違って、曇りないキレイな月が出ていた。
    砂漠の月は、特に綺麗なものだぜ。エトーはおれに、その月を見ながら、何となく言ったんだ。
    これから宝物探しは一人でやるから、おまえは日本にいてくれと。
    おまえは俺を店で待ってろと言った。必ず帰ってくる、今夜の月に誓うからと付け足した」
マック「ファビか。あんたが無茶して奪還したんだったよな。それ以来だったっけ? 
    エトーがあんたを、商談へ連れて行かなくなったのは。レイジの身を心配したんだな」
レイジ「ああ。きっちりそうじゃないが、だいたいその時期だったよ。他にもやらかしてるからな、おれは。
    ついにレイジはヤバいって、レッテルを貼られたんだな。時々俺は、イカれたことをするらしい」
マック「そうですね。分かる気がする」
レイジ「おれはその時、ああ嫌な告白をされたなと思ったよ。置いて行かれることも少し、切なかったな。
    それでやっぱりコイツは、恋人では到底、信用できないと思ったんだ」
マック「なんでだよ。待ってろなんて云われて、ムカついたのか?」

レイジ「そうじゃない。おまえ、月に誓うという男の不誠実さを知ってるか?」
マック「え? キレイな月に誓うのに何が不誠実なんだ?」
レイジ「月は形が変わるんだよ。しかもハンパなく早い。満ち欠けを考えてみろ」
マック「……あ。なるほどね」

レイジ「それでも、月ってのは何だかロマンチックだからな。別に騙されてもいいと思った。
    変わるのも悪くない。いつまでも同じじゃないのも、また魅力なんだ。
    瞬く間に形を変えて、そして、またいつの間にか同じ形に戻る。そしてまた繰り返す。
    だが、いつもどこにいても、そこにある」
マック「それを見越しての告白だったんじゃないのか?」
レイジ「あいつは死んで帰ってきたんだ。生きて帰ると誓うべきだったよ。だから言霊は大事なんだ。
    どうせエトーに約束は守れなかった。まぁでも、今は戻っては来たよな。
    おれの手元にずっといる。どこにいても見える月のようにおれの傍にいる」
マック「草葉の陰から?」
レイジ「……おまえに、言っておきたいことがあるんだ、マック」
マック「え。な、なに?」

レイジ「この指輪のことだ。この指輪は、エトーなんだ」

マック「それ、エトーの形見なのか?」
レイジ「そうだが、ちょっと意味は違う。
    生前、エトーがおれに、いつかくれると言ってた約束の指輪だ。
    でも生きてる内には貰わなかった。死後ずいぶん経って、石の欠片をカミロが届けにきた。
    エトーの遺言だと言ってな。だからおれはそれで、人工石の指輪を造った。
    この緑色の石の中には、おれがエトーの遺族に分けて貰って大事に持っていた、
    エトー自身の骨が、混ざってるんだ」

マック「え、骨……。エトーの、人骨?! その指輪に入ってるのか?
    これって、あんたがよくしてる指輪……なの、かな? ごめん、あんまり覚えてない」

レイジ「そうだ。最近、おまえと会うときは、ほとんどしてなかったからな。
    最もおまえはそういうものを気にするタイプでもないようだ。
    でも聞けばちょっとひくよな? いや、相当ひくか。
    なんたって遺骨だからな。おれはやっぱりイカれてると、おまえは思うか?」
マック「いや、そんなことはないよ。そういうの、あるんだろ。フツーに。
    聴いたことがある。手元供養って、灰をペンダントに入れたりするやつ……」
レイジ「……悪いな。いきなりで衝撃があったよな? 相当ダメージを受けたか?」
マック「まぁ、ちょっと驚いただけで、ダメージは別にないけど」

レイジ「このことは、タイミングを見計らってから、いつか云う筈だったんだがな。
    もっと先だと思ってた。または言うことはないと思ってた。
    どっちにしても、今夜、云うつもりなんかまったく無かったんだ」
マック「どうして、言ってくれたんだ?」
レイジ「さぁ? おれも少し焦り過ぎたんだな。
    慎重になるべきだと言っておきながら、こんなザマだ。
    おまえといると、いつもこうなる気がする。出来る筈の自分のコントロールができない。
    月を見てたら、急に云いたくなったんだ。言って後悔すると考える前に、つい、だ」
マック「分かったよ。それはあんたの大事なものなんだな」
レイジ「そうだ。命みたいに大事なものだ。正直なところ、おれはこれを、まだ外せないんだ。
    指から、長い間は外しておけない。指にないと落ち着かなくて不安になるんだ。
    もう平気だと思って外しておいたままにすると、身が軋むように痛む感じがする」

マック「つまり、俺のライバルは、茅野じゃないってことになるのか?」

レイジ「―――鏡夜じゃない。そう、キョウじゃない。おまえと比べるものは、鏡夜じゃないんだ。
    おれには、まだこの指輪が、外せないんだ、マック」

マック「ああ……。そうか、そうなんだな。分かったよ。それで?」

レイジ「それで? ……それで、なんだ?」

マック「それで、レイジは俺に、鍵を返そうとしてるのか?」
レイジ「……鍵? 何の鍵だ? おまえの部屋の鍵のことか?」
マック「そう。俺の部屋の鍵を、返したいと思ってるのかどうか、それだけ教えて欲しいんだ。
    今の話は、どっちに繋がるんだろうって俺は今、回転の悪い頭で考えてる」

レイジ「鍵を返したいか、どうか、か? おれが?」

マック「そうだよ。俺はさ、レイジ。
    今、あんたが言ってくれたことに絶望的なビジョンを見てないんだけど。
    むしろ、逆だ。レイジは、俺と、あんたの大事な指輪を比べてくれた。
    外そうともしてくれたんだよな? 俺と会うとき、外してくれてたんだよな」
レイジ「当のおまえは、気が付いてないけどな。やっぱり云うんじゃなかったかな。
    だけどこれをしておまえに会っても、なんとなく落ち着かないし、
    エトーにも悪い気がして、外してたんだ。でも結局、外していても落ち着かない」
マック「レイジ。指輪はあんたのものだ。好きにしてたらいいんだよ。
    俺と会うときも、どっちでもいい。あんたがまだ迷うなら、迷ってていいんだ。
    それよりレイジが、俺の部屋にいつでも来れる鍵を、どうしたいかを、聴きたいんだ」

レイジ「鍵は―――。この鍵は、返したくない。マック、おれは」

マック「そうか。……良かった。分かったよ。持っててくれよな。
    レイジ。俺も、誓っていいかな?」

レイジ「おまえも月に誓うのか?」
マック「いや。俺は、そうだ、あんたの中にある、湖に誓うよ」

レイジ「……湖?」

マック「そう。一昨年の夏、別荘地に行ったとき、話してくれたよな。
    なんとかいう詩人の『みずうみ』って詩のことをさ。
    俺は、誰にも侵略されないレイジの深いところにある、湖に誓うよ。
    他人が近づけない魔の湖の聖域に、誓う」

レイジ「――――。何を誓う? おまえは、何を誓うんだ、マック」

マック「それは……
    内緒です。最期の時にその約束を守れたら教えるよ、レイジ―――」













レイジは微かに笑うと、そうか、とだけ言った。
それは怒っても、機嫌を損ねてもいなかった。

レイジがたまらなく愛おしい。
外で無ければ、抱きしめたい。

本当は何を誓うんだか、決めていない。
咄嗟に言ってしまったことで、まったく考えていなかったのだが、
レイジにはそんなことはバレているような気がした。

ただ、どうしても誓いたかったのだ。
エトーが守れなかった誓いを、俺がレイジのために守れるように。

レイジのために守るよと、言う人がこの世にいるように。


レイジは、何故今夜、
俺にその告白をしてくれたのか。

あれほど慎重に、自分の発する言葉を選ぶと言うその男が、
少し焦り過ぎたと無防備な程、本心を見せるとき。

俺を、励ましてくれたのだ。

レイジは優しい。
そして、俺のことを絶対に好きだ。

レイジが時折、真実のように云うことを、
嘘じゃないと、俺は真面目に信じている。
誰が何と言おうとも。騙されていると、嘲笑われても。



真夏の夜。
甘くて生ぬるい空気が、
身体を蜘蛛の糸のように縛る。
今夜の湿度は、やけに高い。

俺は見上げて、月を見た。

真夏のぼんやりとした雲に覆われた大きな月は、
時々に鮮やかな顏を出し、また雲の合間に隠れてしまう。

『まだ焦らなくてもいいよ』

そう、俺たちに言い聞かせているように思えた。












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photo/Do U like

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