You Can't Hurry Love
恋はあせらず
01

登場人物: マック/レイジ
場所:マックのマンション部屋

6月30日




レイジ「……マック、暑くて倒れそうだ。エアコンの温度を下げてくれ」

マック「ハイよ。もう夏、突入だもんなー。ふぅ。これからのセックス、危険だよな……。
    避暑地でサマーリゾートしたい気分。キラキラした綺麗な海で泳ぎたいみたいな」
レイジ「また別荘にでも行くか? いや、今年は誰かに貸してたかな」
マック「……そういや、本当にありましたよね。冗談にもならないんだ。でもバカンスは無理。
    言ってみただけ。この夏はまとまった休みないから、俺、当分」
レイジ「だったらガンガンに部屋を冷やしておいてから、呼んでくれるとありがたいけどな」
マック「それ、いかにもやりたいんですって感じで、恥ずかしい」

レイジ「何を今さら。ここへ来てやらない時の方が稀だろ。違うか?」
マック「やらない場合だってあるだろ。あんたの機嫌が悪い時とか、あんたがヘソを曲げた時とか」
レイジ「おればっかりみたいに言うな。機嫌が悪いのに、わざわざ来たりしない。
    やらない時って、おまえが酔っぱらってる時か、呼んどいて爆睡してる時だよな。
    いいんだぜ? やりたくない時は、28度エコ設定にしてろよ。
    察してお邪魔しましたと帰るから」
マック「どんな枕サインだよ。だって疲れてんだよ、そういう時は。しょうがないだろ。
    レイジは奇襲で来るから、俺の体の準備ができてないんだ。って、なんかヤラシイ感じに聴こえる。
    でももし毎日室温18度設定だったら、毎日レイジは来てくれるのか?」
レイジ「地球の敵だな、おまえ。白クマにでもなる気か」
マック「ガオー」

レイジ「コラ、首に噛みつくな。子供か。
    シャワー、先に借りるからな。汗だくで気持ち悪い……」
マック「どうぞ。なんだよ、別に断らなくても風呂くらい勝手に使っていいのにさ。
    レイジはいつも他人行儀だよな。もうここは自分ちみたいなもんじゃん」
レイジ「全然おれの家じゃない。おれはいつでも何処でも礼儀正しいんだ。
    他人の部屋で傍若無人には振る舞わない。鍵を持ってても、他人の家だ」
マック「じゃ、ソレって一緒に風呂入るかっていうお誘いに解釈していい?」

レイジ「バカか。何でだ。そんなわけないだろ。
    だいだいこの間、不本意で一緒に入って、シャワーをする意味がなくなっただろ」
マック「うーん。あーゆうの、もっかいしたいなと思って……駄目?」
レイジ「ダメ。AVの見過ぎだ、おまえ」
マック「ちぇっ……。俺の心はエアコンより、冷蔵庫の急速冷凍だよ」
レイジ「エコだしその方がずっといいな」

マック「あのさ。休みはないけど、夏祭りに行こうぜ、レイジ」

レイジ「夏祭り? どこのだ?」
マック「公園のやつ。シックスティーズの近くの公園で、8月中旬に地元の小さな夏まつりをやるって、
    張り紙がしてあったんだ。平日だった。お盆らへんかな。日程は忘れたけど、また見とくよ」
レイジ「まさかそれに行くのか? 二人で? 何時から? おまえ、休みはないんだろ」
マック「終わってからでもいいじゃん。祭りのあとの雰囲気って、好きなんだ。
    なんだか切ないんだけど、理由もなく幸せな気分になれる。
    だからさ、祭りのあとを見ながら散歩でもしようぜ」
レイジ「また散歩か。つくづく変わった趣味だよな。夜中の散歩じゃ、怪しいだけだ。
    行く気はしないが、気が向いたら行ってやるよ」


★★☆



マック「あー、さっぱりした。やっぱ、風呂はひとりがいいよな。
    そうだ、レイジに話したっけ?
    今、キタさんが骨折しちまって、セブンレイジィは大ピンチなんだ」

レイジ「……骨折? どこをやったんだ」
マック「肋骨、折れたらしい。鎖骨もやったみたいだ」
レイジ「それは重症だな。何をやったんだ。ケンカか事故か?」
マック「チャリで……いや、キタさんいうとこのバイクでぶつかって、吹っ飛んだって」
レイジ「自転車で?」
マック「いや、マイバイクだよ」
レイジ「チャリなんだろ?」

マック「違う、バイクだよ。ロッカーたるものチャリで事故とかカッコ悪いから、
    バイクで事故ったことにしてくれって。だからバイクなんだ」
レイジ「なんだそりゃ」
マック「それでさ、ヘルプを頼んでるんだけど、あさってだけが見つからないんだ」
レイジ「すぐじゃないか。キーボード人口はギターに比べると少ないのか。大変だな」
マック「ぜんぜん他人事だな」
レイジ「他人事だけど? おれの店のことじゃない」

マック「あ、見つけた! キーボード奏者だ!」
レイジ「まさか、おれのことか?」
マック「そうそう。あんたしかいないだろ。やってくれよ、レイジ」
レイジ「何を云ってる。簡単に出られるか。おれはミュージシャンじゃない。
    それに俺にはピアノマンの営業があるんだ」
マック「茅野に任せりゃいいじゃん」
レイジ「残念だがその日、キョウはいないんだよ」

マック「じゃ、他のひとに任せたらいいじゃん」
レイジ「うちの店は、おれかキョウがいないとオープンしないんだ。
    責任者不在での営業はやらない」
マック「そうなの?」
レイジ「そうだよ。知らなかったのか?」
マック「知らなかった。あんたが居なくても店をやってたのは、
    茅野が居たからなんだ?」
レイジ「そのうち、あいつに店を乗っ取られるかもな。
    だから簡単には留守にできない」
マック「茅野のポジション、相当にデカイんだな」
レイジ「前からそう言ってる。鏡夜なしでは、やっていけないんだとな」

マック「でもキーボードのポジションも相当デカイんだよ。
    さすがに鍵盤なしでステージはできねぇだろ。冴えねぇよ」
レイジ「そんなこと知るか。
    ナルセがいなくてもライブをやるセブンレイジィならできるだろ。
    大体、正式な出演依頼なら、ナルセが頼みに来るのが筋じゃないのか。
    おれも安く視られたものだな。どうしても出て欲しいならナルセが来い」
マック「俺の頼みじゃだめなのかよ?」
レイジ「ダメに決まってる。ナルセが土下座して頼むなら考えてもいい」
マック「ナルセが土下座すると思うか?」
レイジ「しないな。つまり、あいつが云うんじゃなきゃ出る価値ないってことだよ」
マック「俺が頼んでもダメなの? 全然? 愛人の俺がすごく困ってるのに?」
レイジ「……店を最終ステージの時間まで閉めれば、出れないこともないけどな」

マック「レイジって可愛いよな」
レイジ「何だと? 紳士のおれに向かってそんなふざけた口をきくなら、
    おまえは今後、ピアノマン出禁だからな。軽率なことを云うな」
マック「なんでー。思ったこと云っただけなのに」
レイジ「思ったことを素直に云いすぎだ。可愛い言われて喜ぶのは、美女に言われた時だけだ。
    ヘミにレイジって可愛いひとねと云われた日には、店中にシャンパンを奢る。
    単なる野郎に言われても、ひたすらキモチワルイだけ。即出入り禁止」

マック「でもレイジは最近、俺の意見をスッパリ切り捨てないで、
    ちゃんと聴いてくれるから、俺、嬉しいんだ」
レイジ「だったら、可愛いじゃなくて嬉しいって言えよ、バカ」
マック「俺なりの嬉しさを表現した言葉ですけど」
レイジ「おまえは女子か。そんな表現きいたことない」

マック「だって愛するひとは、可愛いものだろ?」
レイジ「気安く云われても、うさんくさいだけだな」
マック「何がうさんくさいんだよ。好きだって表現を素直に伝えてるだけじゃん」
レイジ「だから、よくもそんな直球を、恥ずかしげもなく投げられるものだな」
マック「簡単だぜ。声に出して言ってみたらいいんだ、レイジも」
レイジ「……ダメだ。無理だ。おれにはムリ。そんなセリフを発することには耐えられない」
マック「何が耐えられないんだよ。大袈裟だな。そんなの得意だろ?
    レイジだって、歯の浮くような口説き文句のひとつやふたつ、
    過去に誰かに言ってきただろ? もしくはナルセとかヘミに毎回、言ってるだろが?
    何で俺には言えないんだよ?」
レイジ「おれのは、愛する彼らに対する礼儀だ。マナーだ。
    おまえみたいに安っぽくへらへら誰にでも言ってるのとは、全然違う」

マック「何、へらへらって? 安っぽい? 俺の言うことが? なんか前にも言われた気がするな。
    俺、思ってないことを誰に対しても言わねェよ。
    つーか、愛のセリフに関しては、あんたオンリーだよ俺は。そんなの分かってるだろ。
    あんたこそ、この誠実な俺に対する、礼儀はないんですかね?」
レイジ「誠実だと? おまえにいったい何の礼を尽くせと言うんだ?」
マック「何のって……俺の深い言葉に対するお返事のでしょうが。
    コール&レスポンスだよ」
レイジ「何の言葉だって?」

マック「だから……ア、アイシテいますよーって、俺のコールに対する、
    レイジのレスポンスだろ……。なんか改めて言うと恥ずかしいんだけど」
レイジ「おれに愛してるとおまえは言ったっけ?」
マック「また云う。またですか……。またそういうことを云うのかよ?!
    俺はあんたと違って、何回も云ってますよね? 聴いてますよね? 
    なのに、さらにそれを言わせるなようなことは、腹が立つから言うなって、
    俺、前に言わなかったか?」
レイジ「何を怒ってるんだ。そういえばかなり前に言ってたかな……。
    そうだ、夏のバカンスだったな。ああ、あの時は腹立ち紛れに、
    おまえにおれは縛られて、レイプまでされたのにすっかり忘れてたな」

マック「レイプって。まだ根に持ってるんですか。あれは謝っただろ。暴力彼氏じゃねぇからな、俺。
    それを解ってるなら、蒸し返すなよ。ちゃんとレスをお願いしたいんですけどね」
レイジ「だからそれも訊くなって、おれも言わなかったか?」
マック「そういえば、言ってたかな? ぜんぜんすっかり忘れてたよ。
    あんたはさ、まだ訊かれたくないわけ? この期に及んでも」
レイジ「はぁ? 何だよ、この期に及んでもってのは。意味がわからないな」
マック「だって、あんたは茅野より俺が好きだろ?」

レイジ「なんだって? そんなこと、ひとことも言ってない!」
マック「だって、茅野とは今年に入ってから一回も寝てない言ったじゃん!」
レイジ「それは、おまえが嫌だというからだろ。願いを聞いてやったんだ」
マック「俺が云うから? そうか。じゃあ何で俺が嫌だって云ったら寝ないんだよ?
    俺の希望をあんたがわざわざ聴くのは、何でだよ―――?! 
    それには絶対に、俺のことをが……いや……やめた。いい。もう、いいわ」

レイジ「いいのか」
マック「うん。いい。何だか聴いても無駄な気がするし、さらに傷つくことを云われそうだし、
    ケンカになって損するのは結局、俺だけだからな。もういいよ」
レイジ「そうだな。賢明だ。そんなに焦る必要はないだろ」

マック「レイジはさ、真っ直ぐ言葉が言えないんだな。もしも言おうとすると、
    警告サイレンが鳴って、鍵もガッチリ締まって、もう簡単には外せないんだ。
    その鍵はどうやったら外れんだろうな?」
レイジ「そんな鍵なんか、かかってない。
    おまえに対して、そんな風に言う自分のセリフに、リアル感を持てないんだ。
    思ってる自覚がないんだから真実味がない。ただ、それはおまえにだけじゃなくて、
    誰に対する言葉さえも、自分の言葉が本当かどうか疑わしい。
    だから云いたくない」
マック「それは愛してるとか、好きとか言う自分のセリフに真実味がない?」
レイジ「そうだ。そのような類のものに、だな」
マック「茅野やヘミにはいつも平気で言うのに、それも真実味がないわけ?」
レイジ「もちろん本気じゃないことはない……。ただ、本気だとも言い難い。
    でもおれは鏡夜が好きだし、愛してるんだ。それは本当なんだ……たぶん」
マック「そんなボンヤリした感じで、本当なんだって言われてもな。
    じゃあそれで、マックさんのことは好きだし、愛してるのかよ?」

レイジ「だからそういう訊き方をするなと言ってる。答えられない」
マック「答えられない? ……あ、そう。じゃ、いいよ」
レイジ「怒ったのか?」
マック「―――いいや。怒ってはないけどな」

レイジ「別に言葉に出して言う必要はないだろう。おまえは恋人でもないし」
マック「そうだよ。恋人じゃないよな。その通りです」
レイジ「このままでいいんだろ? おまえは愛人のままでで良いと言ったよな」
マック「そんなこと、言ったっけ?」
レイジ「蒸し返すのか。おれの恋人は鏡夜だ。でも、ただの記号だ。
    このままで進むなら、おまえに何も言う必要はない。言わなくても、このままだ」
マック「あんたはいいよな、それで。ただ、あんたがいいだけだ。でも俺は違うよな。
    けど……まぁ、いいよ。俺もそれでいい。たぶん。
    正直、こんなやりとりが長くて、何が本当だったか、わかんなくなったよな。
    とにかく、もうレイジを追いつめないことにしたんだ、俺は」
レイジ「もう十分に追いつめてると思うがな」
マック「そうか? ごめん。そういうつもりはないんだけど」

レイジ「謝られると、悪いのはおれで、余計に追いつめられた気になる」
マック「じゃあ、謝りません。ゴメンは取り消してくれ」
レイジ「もう遅い。結局、結果は変わらない。
    すでに聴いたことは、もう聴かなかったことにはできないんだからな」
マック「言葉って怖いよな。云っちゃったことは、もう取り消せない。
    聞いたことも、聞かなかったことにはできないんだよな。
    俺はいつもすぐ思ったことを云っちゃうから、状況が切迫するよな」

レイジ「分かってるなら、それを直せよ。もっと思慮深くなれないのか。
    そういう凶器にもなる言葉を、本気で取り扱うのが嫌なんだよ。
    嘘か本当か、そんなもの相手が判断すればいい。言葉なんか全部、受け側の感じ方次第だ。
    だけどもしも本心を言うのなら、それを加味して多少は慎重になるべきなんだ」
マック「そんなの考えるだけ面倒くさい。
    考えすぎて慎重になり過ぎたら、寡黙になるだろ。何も話せないだけだ。
    所詮受け側の問題なら、どんだけ慎重に言っても無駄じゃんか。そうだろ?
    でも俺は、そのうっかり発した間抜けな言葉でもって、先に進めることもあるよ」
レイジ「そんなことあるか?」

マック「俺がアホみたいに、何度も何度も同じことを訊いてくるのを、
    レイジは最初はうんざりして嫌がってたよな。
    何も聞きたくないって、吐き捨てるみたいな言葉で、ずっと拒絶してた」
レイジ「今だって、嫌がってるけどな。もしかして通じてないのか? 驚いたな」
マック「そうじゃないよ。俺にとっては、初めと今は、一緒のイヤなんかじゃない。
    以前より今、今よりちょっと先、もっと先、俺が云うことにレイジは同じようで、
    実は別の反応をしてくれてる。そう思ってるよ。違うのか? 嫌にも段階があるんだ。
    嫌と云いつつ、別のニュアンスの違う返しを、きっと次もしてくれる」
レイジ「それが何だ。おまえがそう感じてるだけのことだろ。
    つきあいが長くなって、おれの方も、多少は心を赦して気安くなっただけだ。
    おれだって、鬼じゃない。これだけ続けば愛着だって湧いてくる。ただそれだけだ……」
マック「それがどうしてだか、わかんないのか?」

レイジ「何が? 何だよ? おまえの言う意味がわからんな。別に成り行きというだけだろ」
マック「あ、そ。だったらいいよ。俺が分かってりゃいいことなんだから」
レイジ「おれは解ってなくていいのか?」
マック「いいよ。レイジさんは、ありのままでいて下さい、レリゴー、だ」

レイジ「……なんだよ。気持ち悪いな。というか、感じ悪い。不愉快だ」
マック「じゃ、云い直すよ。レイジとこうしていられるだけで、幸せなんだよ、俺……。
    なんだか会話だけ聞いてると、俺、完全に一方通行のストーカーぽいけどさ」
レイジ「愛人でもか? おまえは愛人で幸せか?」
マック「そう。愛人でも。それ以上に上がれるなら、歓迎だけど、それはないんだろ。
    でも今だってしたいことはちゃんとしてるし、レイジの傍にもいられるし、
    茅野ができないことも、俺にはできるだろ。ま、逆もあるんだろうけどさ」
レイジ「おまえはセックスだけだろ。それだけでいいのか」

マック「いいよ。今はな。でも、俺が欲張りなの知ってるだろ。先は同じじゃない」
レイジ「欲張りじゃなくて、おまえは強引だ。おれは都度、振りまわされる」
マック「へぇ。そうなんだ。そんなふうに感じてるんだ。
    じゃあさ、そうじゃなかった頃が懐かしいと思わないか?」

レイジ「なに? ……ああ、そういうことか。関係は変化してると云いたいのか。
    なるほどな。よし、ならわかった」
マック「何がわかった?」
レイジ「やっぱりキーボードは、他の奴を探せ。おれは出ないことにした。
    傲慢でストーカーのおまえが調子付くのは、おれがお人好しで優しいせいだ。
    だからこれ以上振り回されるのは、初心に戻ってやめるよ」
マック「ええええー! そんな!」
レイジ「せいぜい、ナルセに土下座でもさせることだな。だったら、出てもいい。
    そうだ。ナルセにそう伝えな」

マック「ええええー! ナルセに殺される!」




photo/真琴さま


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