More than you know
01
登場人物: ナルセ/マック/豪
場所:ダイニング・バー
ナルセ「それで?」
マック「それでって? 美味いよ。ナルセも食えば?」
ナルセ「料理の話じゃないよ。それでレイジは茅野ちゃんと別れられたのか?」
マック「さぁ……」
ナルセ「さぁって何だよ。レイジにちゃんと訊いてないのか」
マック「訊いてない。いや、聴いた」
ナルセ「どっちだよ?」
マック「俺とレイジのことなんだから、ナルセに関係ないだろ」
ナルセ「関係ないって? そうか、確かに関係ないよな」
マック「そうだろ。珍しくナルセが他人のことに興味ある方が不思議だよ、俺は。
何かよくないことが起こる前兆かもしれない。コワイ、コワイ」
ナルセ「なんだよ。ただ、俺だけが幸せだと悪いなと思ってさ……」
マック「……幸せなんですか、ナルセさん。実は自慢したいだけなんだな。
なんだよ? 聞いてやるよ。なんか相談? それで俺を誘ったのか。
だけどこの間のあとで、俺と二人で飲みに行くって、マズくないか?
こんなとこ、お前の彼氏に見られたら、俺、殺されるんじゃねぇの」
ナルセ「なんていうかな。その豪に、プロポーズされたんだ」
マック「え。何、プロポーズって。ナルセ、結婚するのか?」
ナルセ「日本では無理だろ。違うよ、一緒に暮らさないかって言われたんだよ」
マック「ふーん。暮らすのか?」
ナルセ「迷ってるんだ」
マック「なんで」
ナルセ「だって、一緒に住んで長い日々を過ごすってちょっと怖くないか」
マック「そうかな。羨ましいけど」
ナルセ「確かに昔はそう思ってたけど、真剣によく考えてみたんだよ。
そしたらさ、休み以外も四六時中一緒にいると、どうなのかなって」
マック「ああ。そうね。確かにね。長いこと一緒にいる時間が多いと、ちょっとケンカするよな」
ナルセ「ケンカしたのか? レイジと」
マック「うん? ……した? のかな? してない? のかな?」
ナルセ「どっちだよ」
マック「なぁ、ケンカって、具体的にどんなんだっけ?」
ナルセ「はぁ? 言い争いをするとか、口をきかないとかじゃないのか? 避けるとかな」
マック「言い争いは無い。でもテンションが下がって、口数は少なくなった」
ナルセ「誰の?」
マック「俺のですよ。レイジのテンションが下がってるかなんて、わからねぇだろ。
それにレイジがあまりうちに来なくなったから、どっちかわかんねぇよ」
ナルセ「ケンカしてから来ないのか?」
マック「さぁ。忙しくなるって言ってたあとだから、それもハッキリとは分からない。
ピアノマンに行っても、姿はないしさ」
ナルセ「その理由はさ、やっぱり、茅野ちゃんとのことだよな?」
マック「……あのな。ナルセ」
ナルセ「なんだよ。また余計なことだって言うのか?」
マック「俺の前で、茅野の名前出すの、やめてくれねぇかな」
ナルセ「―――マジかよ。駄目だぜ、マック。そんな方向は良くないぞ」
マック「何が良くないんだよ」
ナルセ「だって、茅野さんはさ、ピアノマンのバーテンダーで、レイジの右腕だぜ?
おまえだって店に行けば必ず会う人物だろ。なのにそんなギクシャクしてちゃ、
全然、店に行ってもつまらないじゃないか。大人の時間が台無しだ」
マック「そうだな。俺もそう思って気にしたけど、でも茅野は楽しそうなんだ」
ナルセ「え?」
マック「ピアノマンの悪魔の用心棒は、最近、俺にやたらと愛想がいいんだよ。
どう解釈したらいい? あの笑顔は、やっぱり俺に勝ったつもりなのかな」
ナルセ「お前、負けたのか?」
マック「わかんねぇ。負けたのかなぁ……そうなのかなぁ……。
うおおおお、俺は負けたのかーーーー!?」
ナルセ「もう酔ってんのか、マック。問題点がさっぱり分からないな。
レイジは茅野さんとのこと、何て言ったんだよ?」
マック「言えなかったって。茅野に対して、俺と……マックと付き合うとは言えなかったって。
だから恋人はやっぱり茅野の据え置きで、俺は愛人で我慢しろって言ってた」
ナルセ「我慢しろって? それは酷いな。
そんなことを云われて、お前はどう答えたんだ?」
マック「ああそうですかって、言ったような気がする……覚えてないけど」
ナルセ「ああそうですか? じゃないだろ。どうして反論しなかったんだ。
レイジは、お前だけと付き合うって約束したんだろ?」
マック「さぁ……そんな約束、してたかなぁ。ニュアンスの問題だよな。
俺としかセックスはしないって、どういう意味? 他でするの面倒だからって意味?
今となっては、解らないよな。とにかく、こういう繰り返しが多過ぎて、混乱してる。
それにさ、俺はレイジに茅野がどうしても必要なら、茅野をくれてやるって、
言っちゃった手前、もう茅野と仲良くするなとは言えないよなァ……」
ナルセ「なんだそれ。なんでそんなこと言ったんだよ?」
マック「いや、騙された? っていうか。茅野にしてやられた感が、な。あいつは悪魔だからな。
とにかく、お前は愛人だって言われたのが最新情報なら、それで間違いないだろ?
俺はレイジさんの愛人です。公式愛人でいいのかなぁ……非公式かなぁ。聴いとこ」
ナルセ「お前に愛人って呼び名は、似合わないよな……」
マック「ぼくもそう思ってるんですけどね……って、おい。愛人ってフレーズはカッコイイ筈だろ。
呼び名が似合わないってどういう意味だよ。二号さんなら似合うってかよ」
ナルセ「二号な。一号、二号か。どうせならそんな感じだな」
マック「順番でやっぱ負けてるよな。しょせん俺が二番煎じなんだ〜〜」
ナルセ「しょうがないな。相手が相手だしな。今や茅野さんはレイジの大事な相棒だ」
マック「トホホだよ。本当に情けないんだよな。相棒はいいよ。でも性交までしなくていいだろ。
レイジは本当に俺とだけセックスしてるのか? そんなんで満足してる?
茅野にしなかったら死ぬ言われたら? レイジは優しいだろ。折れるかもしれないだろ。
つか、すでに折れたんじゃねぇの。だって茅野は恋人のままなんだぜ。
だからレイジが茅野とも寝てないって証拠はないんだ。
もしもまだしてるのかと思うと、俺はテンションが下がるんだよ……」
ナルセ「大概だな。レイジをそんなに独り占めしたいのか?」
マック「もちろん、そうですよ」
ナルセ「マックは贅沢だな。お前は皆からレイジを奪っといて、さらに独り占めする気か?」
マック「なんだよ、それ。みんなのレイジでもいいけど、俺と皆は意味が違うだろ。
リンやメリナが、レイジとえっちするのかよ? そんなのありえねぇだろ」
ナルセ「いっそ、レイジを諦めたら? 茅野さんに本当にやってしまえよ」
マック「それはもうない。嫌だ。なんだよ、またナルセは反対派に戻るってのか?
俺の味方は誰もいないのか。そうなのか。俺は孤独なMr.ロンリーなのかー!!」
ナルセ「そうじゃないけど、マックが毎日辛い想いをして過ごすのは見たくないからさ」
マック「でもお前が幸せそうで、俺は良かったよ。逆恨みしたりしないから。
俺の分まで、荒野の暴力彼氏と幸せになって下さいね、ナルセさん……」
豪 「……そらみろ、結局、そういうことになるんだろう」
マック「げッ!!」
ナルセ「豪。やけに遅いじゃないか」
マック「なんで……ッ。ここここ、これは別に俺がナルセを、誘ったわけじゃないからな!!」
豪 「レイジは変わってなんかいないんだ。奴は人に迷惑をかけて、相変わらずいい加減なままだ」
ナルセ「よせよ豪、そんな云い方するのは。お前、謝りに来たんだろ、マックに」
マック「へ……?」
ナルセ「今日はさ、俺の奢りじゃなくて、これは豪が、お膳立てしたんだ。
この間、マックにパンチを食らわせて悪かったって、お詫びの会だよ」
豪 「この間は、悪かった。暴力で解決するのは、良くなかったと思う」
マック「そうか? 俺はあれで良かったと思ってるよ。ナルセと俺が寝たのは、事実だからな」
豪 「……過去形の話なら、多少はあれで、俺も許すがな」
マック「どうかな。過去形かどうかは、その恋人に訊いてみたらどうだよ?
もう一回、殴っといた方が、もしかしたらいいのかも知れないぜ……」
ナルセ「マック! やめろよ、二人とも。豪は仲直りしようとここに来たんだろ」
豪 「別に仲直りしたいわけじゃない。ただ、謝りはしておきたかっただけだ。
ナルセを庇って、怪我したとも後で聴いたしな……そのままじゃ、後味が悪い」
マック「あっそ。妬けるよな。あんたのナルセってわけだよな」
豪 「俺のナルセじゃない。店にいたなら、シックスティーズのナルセだ。
でも、俺も感謝する位置にはいるってことだ。ナルセを庇ってくれたなら、礼はいいたい」
マック「―――ふぅん。そうかよ。そうですか……。
荒野の燻し銀は、意外に熱いよな。いいな、ナルセ。愛されてんなぁ。
ま、座ったら? 俺は、別に恨んだりしてないから。かなりアレ、ずっしり効いたけどな。
こんなとこでナルセを巡っての争奪戦とか興味ないし、ナルセはバンドのリーダーで、
俺の私生活の悩みには何の関係もないからな」
★★☆
豪 「まるで、ナルセみたいだな。今のレイジは」
ナルセ「そういうこと言うなよ。俺、もう浮気はしてないだろ」
豪 「……だといいがな」
ナルセ「なんだよ、まだ信用してないのか?
そんなのでよく一緒に暮らそうとか言えたよな、お前?」
マック「いやいやいや、ちょっと今さらこんなとこで揉めないでください。
俺たちのせいでこれ以上争わないでお願いします」
豪 「……レイジはいったい、何を考えてるんだ?
茅野さんが恋人で好きなら、茅野さんと付き合えばいいんだろう」
ナルセ「レイジは、マックが好きなんだよ」
豪 「そうなのか?」
マック「そう言ってたか?!」
ナルセ「あのなマック。なんで当のお前が、訊くんだよ」
マック「だって、レイジに好きなんて言われたことねぇもん俺。うわ、恥ずかしい!」
豪 「……無いのか」
ナルセ「無いって、無いのか? 幼稚園児だって誰ちゃんが好きくらいの告白、できるぜ。
ったく、レイジは幼稚園児以下だな……マックに惚れてるくせにな。明白じゃないか。
そんなの俺でもわかる」
マック「それ、もっと沢山、レイジ本人に言ってくれない?」
豪 「お前は愛人の立場で良いのか、マック」
マック「俺は本気なんだ。これでもレイジは、きっと俺が好きだとは思ってる。
だから絶対に、俺の一方通行じゃない。今さらここまで来たからには、
そう信じてないと貫けないだろ。だから、愛人じゃ納得できないと思ってるよ、豪ちゃん」
豪 「ちゃんをつけるな。豪でいい……」
マック「じゃ、豪。
あんたは、俺のことを嫌いだと思うからしょうがねぇけど、
俺はレイジのことはマジなんだよ。ハンパな気持ちじゃねぇよ。
つーか、恥ずかしくて酒の醒めそうな話だから、もう勘弁してくれねぇかな?
なんなんだ、これ。あんたら暇なの? 今日は俺を辱めて苛める会なのか?」
豪 「あのレイジを独占したいってことは、本気なんだろうがな」
マック「別に……独占したいわけじゃないんだよ。レイジを閉じ込めたいわけでもないんだ。
ただ、レイジが、誰かと……。赤裸々に云いますけど、現状、茅野の奴と、
キスしたり、体を触ったり、繋がったりする行為を想像すると、俺は辛いんだ……。
でもレイジだって男だし、自分の男の部分を使いたいと思うのは、仕方ないよな」
豪 「……ナルセ。レイジは、その……やっぱり……」
ナルセ「うん。茅野ちゃんには突っ込んでるけど、マックには突っ込まれる方だけ。
マックとは、そっちが相性いいんだってさ」
豪 「そ、そうか……」
マック「でもだからって、じゃあドウゾってわけにもいかないんだ。俺の神経がやられる。
やっぱり、やっぱり、それは譲歩できないっていうか、俺はどうしてもイヤなんだ。
誰とも性的にレイジを共有なんかしたくないんだ。これは独占ですか?
俺は人よりワガママなのか? でも自分のことも粗末にしたくないし、どうしたらいいんだ。
レイジを好きなら、俺は自分を殺して、考えを変えなきゃならないのか?」
豪 「・・・・」
ナルセ「なんだか、身につまされるから俺は黙っていようかな……」
豪 「お前が何か、アドバイスした方がいいんじゃないのか、ナルセ」
ナルセ「俺が? マックの気持ちがよくわかるのは、むしろ豪の方じゃないのか?」
豪 「お前が言うなよ……」
ナルセ「そうだよな。だから黙ってるよ」
豪 「俺は、最近のレイジを知らないんだ。ナルセはレイジが変わったと言うが、
どうだかな。だから、マックのことをレイジが本気かどうかの判断などつかん。
今、俺に言えることはないが、レイジが頑なにお前といることに拘ってるなら、
何かは気持ちがあると思う。浮ついたことを言わないなら、尚更だ。
レイジには昔からそういうとこがあるからな。結局は、レイジがどうしたいかに尽きるがな」
ナルセ「……正論だな。最もな意見で少しは参考になったか、マック?」
豪 「イヤミなヤツだ。仕方ないだろ。俺はレイジの理解なんかできない」
マック「別に助言はいらねぇよ。ただ……」
ナルセ「ただ? お前はどうするんだ、マック」
マック「俺はレイジが最後に決めるまで、待ってた方がいいよな。
何か突破口的な、新たな代案を考えたり云ったりしない方が、いいんだよな?
今まで荒療治を決行しても、解決じゃなくて、結局うやむやにしただけだもんな。
待つって決めておきながら、全て先に耐えきれなくなって、暴走して、なし崩しだし……。
下手すりゃ、俺がしつこいから、レイジはもう諦めただけかもしれないし。
こんな好き勝手な俺のことを、よく捨てなかったもんだよな。それだけで十分だよな」
ナルセ「分かってるならいいじゃないか。またこれからもじっと待ってみたら。
今度は痺れを切らさずに、お前も痛い思いをして激痛を抱えながら待ってたらどうだよ。
豪はさ、そうしてくれてたよ。そりゃ別れた回数もお前の比じゃないけど、
豪はいつも待っててくれた。お前にも寛容な心の広さが必要だよ、マック」
マック「…………相当、ご苦労したんですね。豪にーさん。
これからも恐らく、もっと苦労するよ、あんた。この調子じゃ、たぶんね。
こんな身勝手な俺さまナルセさまと、同居なんかして本当に大丈夫ですか?
少し冷静に考え直したら? 俺からの助言だよ」
ナルセ「どういう意味だよ、マック」
豪 「なんだか急にマックの応援をしたくなったな……」
photo/真琴さま