真夏の憂うつ





レイジ「エトーさん。久しぶりだな……」


小高い丘にある密集した小さな異国のような墓地。
墓地からは下の町の景色が良く見える。
空は高く、蒸し暑い。




「エトーさんが、おれに会いたいようだったから、今年の盆は、来てやったぜ?」


墓参りなんて、あんたが死んだ年でさえ、来たことないよな。
おれは、火葬場でサヨナラを言ったはずだからな。
あんたの墓に来てこうやって話すのは、イヤだったんだ。
一度も参らなくて、勘弁してくれよな。
あんたはおれを赦すよな?

今日はさ、今さらだけど報告に来たんだ。
あんたが死ぬ前なのかどうか知らないけど、
カミロに頼んだエメラルド原石な、確かに貰ったよ。
貰ったのは随分前になるんだけどな……悪かったな。

ほら、これだ。キレイだろ。指輪にしたんだ。
これは指輪用の石だろ?
おれにプロポーズしてくれるつもりだったやつだ。
おれの誕生石。
どんなのでも良かったのにな。
そんな大層な石でおれに告白しようなんて、
あんたはホントにおれを怖がってたんだな。

悪いけど、あんたの骨も混ぜて人工石の指輪にしたよ。
いつまでも骨の一部をそのまま置いとくのも、悪いと思ってさ。
おれにとってのあんたの墓標は、この指輪だ。
だから墓参りなんか不要なんだけどな。本当は。
いつも、持ってるよ。そばにいる。
やっとあんたが、おれのところへ帰ってきたみたいだ。

カミロもあんたの居るところへ逝ったんだろ?
それに一昨年のクリスマス時期に、昭子さんも逝ったと思うけど会えたか?
彼女もあの世で元気かな。
おれは、ひとの墓参りが苦手だから昭子さんのも行ってないんだ。
彼女、怒ってるかな。若いころはいつも怒ってたからな。
あんたもよくセクハラをして叱られてたよな。
でも今は怒ってないことを祈るよ。

どうせ天国で神様のお宝を一緒に探してんだろ?
もし死んだって、こんな狭いとこにじっとしてないって言ってたもんな。
あんたは本当にどこに居ても、じっとしてたことが無かったもんな。

だから皆とは逆で、お盆には墓の方に休憩に戻ってるかと思ってな。
だから、来てみたよ。
そこに居てくれるといいけどな。

なぁ……。

カミロじゃなくて、あんたに会いに来て欲しかったよ、エトーさん。
あれはどういうメッセージかな。
まだ会えないというのは、おれに来るなという意味でいいのか?
それとも、あれはおれの罪悪感かな。
あんたは怒っているのか?

昭子さんの遺言だったから、あんたが必死で築いた黄金ルートは、手放したよ。
きっともうそれは知ってるよな。直接聞いてくれたか?
もし戻れていたらエトーさんは手放すつもりだったと、昭子さんは言ったんだ。
おれと、ピアノマンで落ち着いて暮らしていくつもりだったんだって。
だったら、ルートのことじゃ怒っていないよな。

じゃ、あっちかな……。
おれがあんた以外に、パートナーを作ったこと。
でもあんたは、鏡夜のことではきっと怒っていないと思うけどな。
鏡夜には感謝してるはずだよな。
おれを見守ってくれてすまないと、感謝してるハズだ。
あんたにとって、キョウは感謝こそすれ恐れる相手じゃない。

だったら問題は、もうひとりの方かな。
でもあんただって、現地にいっぱい愛人がいただろ?
それと同じことだよ。

……いや、同じかな。どうかな。
それ以上になるのが、おれは怖いのかな。
あんたのように、手にしてから逃げられることに怯えてるのかな。
だからいつまでも進展できず、おれを飼い殺すしかなかったんだ。
でも、絶対におれのことを手放さなかったよな。
そうだよな? 反省してるか?
そのせいで死んでまで、おれのことを飼い殺してるんだぜ、あんた。
酷い男だよな。

死ぬ前に、おれとセックスしておけば良かったって、
あの世で後悔してんだろ?
死んでからじゃ遅すぎるんだよ、ホントにな。

おれはさ、あんたに似てきたって、みんなが言うんだ。
憧れが強いと本人に近づいていくものだな。
あんたは本当に、カッコ良かったよ。
いつだって、肌に触れたいと、体で繋がりたいと思ってた。
なのにどうしてキスしか出来なかったんだろう。

あんたともし、一度でもあんたと肌を合せていたら、
きっとおれは、それ以上のものなんか見つけなかったと思うぜ。
だからさ、これはあんたのせいだよな?
あんたが臆病だから、こうなったんだ。
そうだろ?
おれを勝手に置いて行くからだよ。

あんた言ったよな……最期に会った日に。
もう時効だから、脳天気な神様みたいに、俺を許せって。
だから、おれはもう、恨み辛みを云うのをやめるよ。
あんたを、赦すよ。エトーさん。

もう、あんたのそばにも無理にはいかない。
自然にそっちに逝く日まで、待っていて欲しい。
ただ、もしかすると、その時にはあんただけを好きじゃないかもしれない。
誰かに心を残すかも。解らないけどな……。

どうなのかな。分からないよな……。
本心なのかな、これは。
ただ言い訳をしたいだけかな?
何に、誰に対して?

それともただの見栄かな?
死んだあんたにまで見栄を張って、何だっていうんだろうな。
おれは本当に素直じゃないよな。
全然、昔と変わってないんだ。
おまえはいつまでもガキだって、あんたに指で額を弾かれた頃と、
ちっとも変っていない。
でも、あんただって、そうだっただろ。

だからお互い素直じゃなくて、何も進展しなかった。
あんたを赦すなんて、おれは卑怯だよな。
おれだって、同罪なのにな。
あんただけのせいじゃなかった。

だって、ここに立ってるだけで、おれはあんたの所に逝きたくなる。
全然立ち直ってないじゃないか、おれは。
あんたに、逢いたいよ、エトーさん……。
苦しくて、今にも崩れ落ちそうだ。

何で先に死ぬんだ。
おれを置いて行くなんて―――。

おれが墓参りに来なかったのは、そういうことだったんだ。
自分でも今、分かったよ。
ここに来たら、おれは確実に死んでた。
ここは死に場所には、おあつらえ向きだからな。
どうして、今さら来たんだろう。

あんたは、おれにそっちへ来て欲しいかな?
エトーさん、答えてくれよ。
おれは、あんたに逢いたいよ。
逢いたいよ、エトーさん。

ここから飛び降りたら、確実にそっちへ行けるかな―――。

















鏡 夜「レイジさん」


レイジ「――――鏡、夜……?」

鏡 夜「何をしているんですか。落ちますよ。
    気をつけて下さい。鈍くさいマヌケみたいに落ちたいんですか?」

レイジ「いいや? まさか―――。
    煙草を、落としたんだ。真っ逆さまに落ちてった。
    ゴミを捨てるなって管理事務所のひとに怒られるかな?」
鏡 夜「大丈夫ですよ。危ないから、こっちに来て下さい」

レイジ「……おれは、戻る、か?」

鏡 夜「ええ、戻れます。こっちに。戻れますよ。そうでしょう?
    足をこっちへ向ければいいだけです。ゆっくりね。飛び降りたりしないでしょう?」
レイジ「そうだな。するはずがない。……どうしておまえ、ここにいるんだ?」
鏡 夜「尾行しました」

レイジ「嘘だろ。おまえの姿は見なかったぞ」
鏡 夜「つけたのは私じゃなくて、私の部下ですから。
    あなたの知らない部下も私は使っています」
レイジ「そうか。用心してたつもりなのにな」
鏡 夜「私に秘密は無駄だと、言いませんでしたか?」

レイジ「おれを尾行するなとも、言わなかったかな?」
鏡 夜「聴いてません」
レイジ「都合の悪いことは全部、聴いてませんだな、おまえは」

鏡 夜「おかしな夢をみたなら、どうして私に言ってくれなかったんです」
レイジ「だって、心配するだろ。おまえ」
鏡 夜「言われない方が、心配します。どうせバレるんですからね」
レイジ「どうせバレるのか……おれはおまえには秘密を持てないんだな。
    おれの見た夢まで分かるとは、どんな密偵をつかえばわかるんだ?
    それともおれの夢の操作までできるのか? おまえは」

鏡 夜「私には、あなたのことはよくわかります。夢見の悪さにも気が付きます。
    ずっとあなたを見てきたんです。江蕩さんよりも、見てきました。
    だから何も言わなくていいから、そばに居て下さい。私の目の届くところに。
    浮気をしても構いません。私を愛さなくてもいい」
レイジ「おれに浮気を赦すなって、おれは言ったよな?」
鏡 夜「でも、したいならしょうがないでしょう。欲望の問題かもしれない。
    あなたは、とにかく今は捨てられないんです。あの、ベーシストがね」
レイジ「どうしてなんだろう?」

鏡 夜「私に聴かないで下さい。答えなど私は知りたくない。
    ただ、私のところに戻ってくれるなら、誰と何をしても私は構わない。
    私の立場は何でもいいんです。恋人でなくてもいい」
レイジ「……恋人の称号を、取り消してもいいのか?」
鏡 夜「そうしたいならどうぞ。恋人の称号を、彼にあげればどうですか。
    ただ、私の元には戻ってきて下さい。それは叶えては貰えませんか?」
レイジ「わからない。恋人の称号は、きっとおれには重要じゃない。
    きっと、あいつもそれは今の状態では受け取らない。
    あいつの問題は、おまえがいることだからな」

鏡 夜「だったら、今まで通りで問題はないはずです。私は貴方の部下で、
    仕事の相棒で、彼方の身のまわりを守ります。それは私の前からの役目です。
    彼に問題視されることではないですから。以前のままです」
レイジ「鏡夜……。おれをひとりにしないでくれよな」
鏡 夜「しませんよ。私は身勝手に離れたり、無理に求めたりしません。
    常に何があっても、あなたの傍にいます。約束します」

レイジ「おまえの約束はどういうわけか、信じられるな。
    これが信用ってやつだよな。あいつには……まったく無いからな。
    絶対の姿がこの世にあるなら、きっとおまえのことだな、鏡夜」

鏡 夜「私は決して裏切りません。レイジさんを。裏切るくらいなら死にます」


レイジ「うん。そう信じてるよ。でも死なないでくれよ。もう死人はいいよ。
    …………悪かったな。心配させて。
    コワい夢を見たんだ。どうしても、忘れられないんだ。
    しばらくは、おまえのベットに寝かせてくれないかな……」

鏡 夜「ええ。もちろん、良いですよ。私の家に来て安心して眠って下さい。
    私がそばで何からも守ります。悪霊だって、追い払いますよ」

レイジ「そうだろうな。頼もしい限りだ。……ところでそれは、何だ?」

鏡 夜「柄杓とバケツですけど。掃除道具もありますよ。
    今からお墓の掃除をしますけど、レイジさんはどうしますか?
    ちゃんと墓参りをしないから、江蕩さんが化けて出るんです。
    今年から私がお盆にはお参りと掃除に来ます。安心して下さい」



レイジ「…………任せるよ(ー_ー;)
    おまえに言えは、こうなることは分かってたんだ。そう、わかってた・・・」





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photo/真琴さま