見上げてごらん夜の星を

☆6☆彡





サ ワ「あ……。今日はもう閉店なんですか? やけに早いんですね」

鏡 夜「―――サワさん? いらして下さったんですか?
    すみません。今日は内々のミーティングがあったものですから、
    早めに閉めさせて頂きました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
サ ワ「そっか。それじゃしょうがないよな。……どうしようかなぁ」

鏡 夜「あの、サワさん。もしどこかへこれから飲みに行かれるのでしたら、
    私もご一緒させて頂けませんか? 宜しかったらですけど……」
サ ワ「えっ。俺を誘ってくれてるんですか?!」
鏡 夜「はい。いえ、私なんかがアルーシャのサワさんとご一緒するのが迷惑でなければ。
    厚かましかったでしょうか?」
サ ワ「まさか! いいえ、とんでもないですよ。 こちらこそ、願ったりで光栄です。
    貴方に誘われるなんて、なんだか嬉しいな……」

鏡 夜「どうしてですか? 私はただのバーテンダーですよ。
    クラブアルーシャのスター、サワさんと飲める私の方がそれこそ光栄です」
サ ワ「いやだな。スターだなんて言ってくれるんですか? ありがとう。
    茅野さんはただのバーデンダーじゃないですよ。
    なんたって、ため息が出るほど美しいひとですからね」
鏡 夜「(笑) ため息ですか。
    そんなふうにあなたに言って貰えるのは嬉しいですけど、
    大した顏ではありませんよ。恐縮です。
    サワさんの方がよほど切れ長の目で恰好良くて魅力的ですけどね」
サ ワ「へぇ。そんなこと言われたら、舞い上がっちゃうな」
鏡 夜「こんなことは、言われ慣れてらっしゃるでしょう?」
サ ワ「でも特別のひとから言われると、まったくもって新鮮な響きです」

鏡 夜「何も特別ではないですよ?
    それともサワさんにとって、私は特別のひと、なんですか?」
サ ワ「えっ、そりゃあね。だって高嶺の花ですよ。
    ピアノマンのスタッフは全員、美形揃いですよね。
    その中でも茅野さんは、ぴか一です。飲みに誘ったりしたら鼻で笑われると思ってました」
鏡 夜「そんなことはありません。
    顏の造形が良いのを選ぶのは、オーナーの趣味です。
    もし宜しければ、私がお店を選んでもいいですか?」

サ ワ「喜んで。ぜひお願いします」




★★★




サ ワ「……この、店って……」

鏡 夜「ご存じでしたか?」
サ ワ「ええ、まぁ。よく来る店では、ありますけど、ね」
鏡 夜「そうなんですか? それは偶然ですね」
サ ワ「彼方も、よくこの店に?」
鏡 夜「はい。時々ですけど。雰囲気が好きなので。
    すみません、私はギネスをお願いします。サワさんは?」

サ ワ「あ、俺も同じものを。
    あの、失礼だけど、この店って常連の間じゃ、ちょっと夜は特定の人間が
    よく集う店で有名、なんですけど……知ってますか?」
鏡 夜「ええ、知ってますよ。ゲイが多いお店、ですよね。
    でも別にゲイバーではないし、一般客だって入れますよ。
    知る人ぞ知るというだけです。女性客だっていますしね」
サ ワ「ですけど、彼方みたいなひとが夜にいたら、勘違いされるし、
    視線が針のムシロでしょ?」
鏡 夜「慣れてますよ」
サ ワ「は……慣れてます、か」

鏡 夜「サワさんこそ、かなり熱い視線を受けるんでしょうね。
    皆さん、彼方を見てる」
サ ワ「いや、俺じゃなくて、茅野さんでしょう」
鏡 夜「では、見られているのは二人ともかもしれませんね」

サ ワ「俺はここに一人で入っても、一人で出たことは一度もないですけどね。
    ってこんなこと言っちゃって良かったかな。もうバレバレか」
鏡 夜「では今日は、二人で入ったので、いいひとを見つけ損ないましたね?」
サ ワ「とんでもない! ……わざとですか?
    酷いな茅野さん。まいったな、意外に人が悪いんだなぁ。
    彼方のような美人と連れだって入って、俺は羨望のマトですよ。
    ジェラシーの矢先が痛いくらいです。でもすごく気分は良いな」
鏡 夜「それは私といるからなんですか?」

サ ワ「そうですよ。貴方とカップルだと思われているんですきっと。
    茅野さんには迷惑でしょうけどね……」
鏡 夜「いいえ。私もたまに寂しい夜は、ここへ独りで入って、二人で出て行きます」

サ ワ「え、まさか! 嘘でしょう?!」
鏡 夜「本当ですよ。意外でしたか?」
サ ワ「もちろんです。だって、だって……彼方は……」

鏡 夜「オーナーの恋人。ではありませんよ」
サ ワ「そうなんですか? 俺はてっきり……いや、失敬、茅野さんがノンケだったら、
    これは黙っておこうと思ってた考えですけどね」
鏡 夜「いえ、構いませんよ。私はバイセクシュアルです。
    でもどちらかというと、男性が相手の方が多い」
サ ワ「ビックリだな。なら、俺にもチャンスがあるのかな?」

鏡 夜「そうですね。口説き文句によります」
サ ワ「口説き文句か……緊張感だな」
鏡 夜「サワさんは口説かなくても、誰でも思いのままでしょうからね。
    口説くことはないですよね」
サ ワ「いや……そんなことはないですよ。最近は狙ったひとりさえ、
    落とせない日が続いてる。これでもね。こんなこと、初めてです」
鏡 夜「あなたに想われて振り向きもしないなんて、よほど何も見えてないのですね、
    その相手のひとは」
サ ワ「はは……何も見えてないか……。そうだな……。
    でも、見てないことはないと思うんですよ。ただ、俺以外のひとを見てる気がする」

鏡 夜「何か……いけないことを聞いてしまったのでしょうか。
    こんな素敵なあなたの傍にいて、あなたが見えていないのなら、
    いったい何を見ているのでしょう? とても興味深いです」
サ ワ「さぁ? 何でも思い通りにはいかないってことですよね。
    恋ってそういうものだったなと、ちょっと今さら思ったりしてます、俺」
鏡 夜「恋、ですか。サワさんは可愛らしいことをおっしゃいますね」

サ ワ「可愛いですか? 恋の話をするのは俺らしくない?
    バカみたいに見えるかな……」
鏡 夜「すみません。バカにしたわけではありません。
    サワさんでも、そんな恋の悩みがあるのかと親近感を持っただけですから、
    お気に障られたら許して下さい」
サ ワ「いいえ、そうじゃないですよ。バカだなと自分で思ってる。
    俺はね、久しぶりに誰かを好きになった気がするんですよね。本気で。
    ちょっと自分でも俺らしくないなと思ってるくらいね」
鏡 夜「どんなひとですか? サワさんの叶わぬ恋の相手とはどんなひとなんでしょう」
サ ワ「どんな……どんな人でしょうね?
    一言では言い表せないけど、まぁ、あまり高嶺の華ってタイプじゃないですよ。
    ……って彼に悪いかな。でも気さくで、良いヤツなんでね。
    気があるような無いような。駆け引きを心得てるのか思うと、実は本当に天然で、
    何も考えてないようで実はすごく考えてて、そこが憎らしいけど、
    なんとなく憎めないヤツです」

鏡 夜「憎らしいのに、憎めない……ですか。そんなタイプがお好きなんですか?」
サ ワ「それが全然。今までとは違うタイプなんですよね! 不思議だよな。
    まぁでも、そんなに本気というわけでもないですよ。勘違いかも。
    叶わないなら、次に行くだけだから。いつまでも思い続けるとか、
    俺のキャラじゃないし……今は鏡夜さんを口説こうかな、みたいな、ね。
    ねぇ、鏡夜さんって呼んでもいいですか?」

鏡 夜「どうぞ、構いませんよ」

サ ワ「鏡夜さんは、要オーナーの恋人でないなら、今つき合ってるひとはいないんですか?」
鏡 夜「いますよ」
サ ワ「! いるんですか! なのに、こんな場所へ?」
鏡 夜「そうです。私は悪い恋人なんですよ。平気で裏切るような……ね」

サ ワ「そんなふうに――― そんなセリフを云いながら微笑まれたら、
    たとえ恋人がいたとしても、誰でも彼方に落ちますね……」
鏡 夜「まるで私が口説いてるような形になりましたね。
    サワさんが一夜の寂しさを埋めたくて、私を口説こうとしているのなら、
    その労力を省略することは、できますよ」

サ ワ「は、たじろぐ以外に俺が今する反応はないですね。
    そのまま乗れば、あなたのペースだし、断るのは愚の骨頂という気がするし、
    これは困ったな……鏡夜さんは、なんだか恐いな」
鏡 夜「困らせてしまいましたか? サワさんはプライドが高いんですね。
    ボーカルという人達は、皆さんそうでないといけません。
    気高くて、触れにくい、私はそういうひとに、魅かれます。
    でもあなたの想い人は私がサワさんと寝てしまっても、何とも思わないでしょうか?」
サ ワ「思わないと思いますよ。……妬いてくれたら、少しは脈もあるんでしょうけど。
    ちなみに鏡夜さんは、どっちですか? ネコ? タチ?」

鏡 夜「どちらでも。私は相手によって合わせます。
    相手が抱きたいなら、抱いて貰いますし、抱かれたいなら、抱きます。
    甚振りたいなら、Mにもなりますし、甚振られたいなら、Sでも可能ですよ」
サ ワ「ますます、息を呑むしかないな……。ちょっと興奮してきた。
    でも夢中になって、のめり込んだら恐いことになりそうだ……」

鏡 夜「あなたと私が寝ても、そういうことにはなりませんよ」
サ ワ「え、何故ですか?」
鏡 夜「一度寝てしまえば、興味を失うからです。一度食べたものはもう口にしない。
    自分を必死で口説いてきて、夢中になられて、そしてベッドを共にする許可を出す。
    そういうスタイルで誰かとセックスするなら、そこで興味は終わります。
    あとはただ、寂しいから便利使いに肌を合わせたいと思うだけです」
サ ワ「やけに辛辣ですね。俺がそういうタイプだと?」
鏡 夜「ええ。きっと。でも、今のあなたはそうじゃないと思います」
サ ワ「……どういう意味かな?」

鏡 夜「想い人を、どうにかしたいのに、どうにもならない。
    だから、そのもどかしさを、誰かで埋めたいんです。私と、同じです」
サ ワ「鏡夜さんと同じ? 貴方もそんな想いがある?」
鏡 夜「ありますよ。サワさん、私とゲームをしませんか。
    彼方は、想い人を口説くのを諦めないで頑張ってみて下さい。
    ダメでも、幾度もチャレンジしてみて欲しいんです。
    口説いてみて、一度でも体を合わせられたらゲームオーバーです。
    私はそれで、きっと励まされる……私にもチャンスがあるかもしれないとね」
サ ワ「そんなことをして、俺に何か利点があるかな?
    しつこくして玉砕したら、もう挫けるだけだ。惨めなのはごめんだ。
    鏡夜さんを励ますのはいいけど、俺はただのピエロになる気はないね」

鏡 夜「ゲームに商品はつきものです。もし、ダメだった時には――――
    一回につき、一度、私は代わりにあなたと肌を合わせます。
    裸身を慰めて差し上げます。何でも言って下さい。あなたが望むことを全て……」
サ ワ「―――体を差し出す鏡夜さんの、利点はなんですか?」
鏡 夜「そうですね、憧れのサワさんと寝られるということでしょうか。
    わざと振られてくれたらいいのにと、思うようになるかもしれませんね」
サ ワ「は……。コワい人だな。悪魔みたいだ。
    おれは美しい悪魔に妙なゲームを持ちかけられたってわけだな。
    ……オーケイ、よくわからないけどそのゲーム、乗るよ。面白そうだ。
    実際、諦めきれないのも本当をいえばあるしね。残念賞が出るならやろうかな。
    でも、鏡夜さんを抱けるときは、俺は負けたことになるのかな?」

鏡 夜「いいえ。負けるのはお嫌いですか? 私も嫌いです。
    でも、どちらにしても、きっとあなたは勝ったと思うはずですよ。
    そんなふうに、私をベッドの上で征服すれば良いんです―――簡単なことですよ」







photo/真琴 さま

NEXT(7)